突然ですが、あなたは今どんな靴を履いていますか? デートの日だからハイヒール? 山登りに行くので登山靴? 休日はやっぱりスニーカー? ライフスタイルや用途によって選ぶ靴は変わってきますよね。では、国語辞典はどうでしょう? 同じ辞書をずっと使っていませんか? 国語辞典なんてどれも同じ! とは思っていないでしょうか?
実は国語辞典には、それぞれ編者のこだわり、編集方針があって、一つ一つ違うんです。また、言葉の意味以外にもたくさんの情報が詰め込まれていて、さまざまな楽しみ方があるのです。さあ、国語辞典を開いて、広くて深~い言葉の海、言葉の波を乗りこなしましょう!
【出演者】
タツオ:サンキュータツオさん
柘植:柘植恵水アナウンサー
タツオ:
ごきげんよう、サンキュータツオです。
柘植:
NHKアナウンサーの柘植恵水です。
タツオ:
きょうも国語辞典を開いて言葉の波を楽しみましょう。15分間、マニアックな国語辞典トークにおつきあいくださいませ。本日も恒例の街頭インタビューからスタートします。街行く人たちにこんな質問を投げかけてみました。
もしもあなたが国語辞典なら、この言葉、何と説明しますか?
皆さんがどんな言葉について説明しているのか、想像しながらお聴きください。
- 見た目に心地よさを感じるもの。
- 形が整っている。
- 透明感がある。
- 見た目がきれい。
- 心に鳥肌を立てるほど衝撃を受けること。
- 自分がきれいだと感じたものや景色。
- 幸せな気分になれる、自分の感覚に合うもの。
皆さん苦労している! 心地よいとか、見た目のきれいさとか、整っている感じとか・・・
柘植:
幸せな気分になれるとか。
タツオ:
正解は「美しい」です。
柘植:
「美しい」を言語化するのって難しいですよね。
タツオ:
「きれい」を説明した場合、「美しい」と「きれい」って何が違うんだ? 「整っている状態」と「美しい」って何が違うのか? そういうことも考えなきゃいけないですよね。
柘植:
「きれいな景色」とか「きれい」って使っていらっしゃる方もいましたね。
タツオ:
じゃあ、この「美しい」を国語辞典ではどう説明しているでしょうか。『岩波国語辞典 第八版』では「目・耳・心に、うっとりさせる感じで訴えて来る」
うっとりさせる感じでっていう、これがたぶん岩波的には「きれい」との違いなのかなって感じますね。
柘植:
そうですね。
タツオ:
『新明解国語辞典 第八版』の①の意味では「いつまでも見て(聞いて)いたいと思うほどその色・形や声・音などが、接する人に快く感じられる様子だ」。一瞬ではなく、ずっと見ていられるという、時間の感覚まで書かれているわけですね。苦労のあとがにじむなあ!
『三省堂国語辞典 第八版』①の意味では「心が引きつけられるほど、形や色、音などがいい。きれいだ」。心が引きつけられると書いてありますね。
柘植:
シンプルですね。
タツオ:
「きれい」と「美しい」というのは心が引きつけられるかどうかということかな? と思うのですが、柘植さんどうですか?
柘植:
「きれい」のほうが少しカジュアルというか使いやすい。「きょう、きれいな服ですね」とかわりと使いやすいですよね。
タツオ:
「きょう、美しい服ですね」と言うと、ちょっと重い感じがしますね。
柘植:
人に対しても「きれいな人だよね」って言えるけど、「美しい人だよね」っていうと、吉永小百合さんクラスの人じゃないと(笑)。
タツオ:
「美しい」っていうと、服だけじゃなく、姿勢とか生き方とかに使われるから、ちょっと重く感じますよね。
柘植:
トータル100点みたいな。
タツオ:
そこに目をつけた『明鏡国語辞典 第三版』は、使い方という項目で「美しい」は文章語的で重く、「きれい」は日常語的で軽いって書いてあるんです。美しいは重く、きれいは軽い。カジュアルというのはまさにそうですね。
柘植:
しかも美しいは、文章語的っていう表現。
タツオ:
『角川必携国語辞典』には「うつくしい」は、心にしみ入ってくるような美をいう。「きれい」は、表面的な美をいう。つまり、「きれいな服」っていうのは表面的なことであって、その人の生き方とか内面とかではないわけです。この場合、見た目の美しさの場合は「きれい」と言ったほうが的確かもしれないということを意味しているんです。「美しい」と「きれい」の違いを意識しながら「美しい」を説明しようと、国語辞典は必死なんです。『集英社国語辞典 第三版』の「きれい」③の意味で「汚れていなくて清潔なさま。手をきれいに洗う」。
柘植:
なるほど。
タツオ:
手をきれいに洗うのは、汚れていなくて清潔ということで、街頭インタビューでも「整っている」とか答えている人がいましたけれども、ちょっとそれに近いのかな。「美しく手を洗う」って言いませんもんね。
柘植:
「きれいに手を洗う」とか「部屋をきれいにする」とかかなり日常的ですね。
タツオ:
この表面的な感じとか清潔な様の「きれい」の場合は、例えば「ごはんをきれいに食べる」とかも言いますよね。それは「全部食べる」っていう意味にもなるから、乗せている器を清潔にするとか、表面的に何もなくすということで、全部の意味にもなるんですよ。そういった意味では「きれい」というのは、表面的というとちょっと悪いように聞こえるかもしれませんが、部分的に使われている「美」のことかもしれませんよね。
柘植:
似ている言葉だけど、私たちは自然と使い分けているんですかね。
タツオ:
アナウンサーが「きれいな発音ですね」って言われるのと、「美しい発音ですね」って言われるのどっちがいいですか?
柘植:
どっちも言われたことがないから(笑)。
どっちもうれしい! 言われてみたい!
タツオ:
「きれいな発音ですね」だと、整っているというか正しいという感じですが、「美しい発音ですね」だと、
柘植:
声質を含めトータルな感じですよね。
タツオ:
どっちか言われましょうよ(笑)。
柘植:
よーし、めざせ! 美しい日本語!
タツオ:
言葉の意味以外にも、言葉に関するいろいろ情報が辞典に載っていますので、こういったニュアンスの違いも楽しんでいただければと思います。国語辞典の苦労のあとをぜひ感じてください。