突然ですが、あなたは今どんな靴を履いていますか? デートの日だからハイヒール? 山登りに行くので登山靴? 休日はやっぱりスニーカー? ライフスタイルや用途によって選ぶ靴は変わってきますよね。では、国語辞典はどうでしょう? 同じ辞書をずっと使っていませんか? 国語辞典なんてどれも同じ! とは思っていないでしょうか?
実は国語辞典には、それぞれ編者のこだわり、編集方針があって、一つ一つ違うんです。また、言葉の意味以外にもたくさんの情報が詰め込まれていて、さまざまな楽しみ方があるのです。さあ、国語辞典を開いて、広くて深~い言葉の海、言葉の波を乗りこなしましょう!
【出演者】
タツオ:サンキュータツオさん
柘植:柘植恵水アナウンサー
タツオ:
ごきげんよう、サンキュータツオです。
柘植:
ごきげんよう、アナウンサーの柘植恵水です。
タツオ:
今週もこの時間がやってまいりました。15分間、マニアックでオタクな国語辞典トークにおつきあいください。
柘植:
タツオさん、この番組では「街頭インタビュー」をしますよね。こんなおたよりいただきました。
「この番組の隠れたファンです。渋谷に住んでいるのですが、街頭インタビューに遭遇したことがいまだにございません。どのあたりで街行く人に質問されていらっしゃるのか? ヒントでいいので、番組でお知らせいただけるとうれしいです」
(東京都・カメールさん)
タツオ:
うれしい! 「街頭インタビュー受けたい欲」あります?
柘植:
ありがたいことです。
タツオ:
スタッフさんが苦労して、いろいろな人がいる場所に行って収録しているんです。ご協力いただいている方、ありがとうございます。さあ、きょうはどこで収録したのかな? 街行く人たちにこんな質問を投げかけてみました。もしもあなたが国語辞典なら、この言葉、何と説明しますか?
もう1つ、こんな注文もしました。見たことがない人に向けて説明してください。
きょうはあるものを取り上げています。みなさんもいっしょに考えて、想像しながらお聴きください。なんでしょうか?
- 黄色くてつぶつぶでひげが生えている。
- つぶが覆いかぶさった棒状の物体。
- 小さい、丸いものがいっぱいついた、黄色く棒の形になっているもの。
- 黄色くて、つぶつぶしていて、夏に食べたらおいしくて甘い。
- 主にコーンスープなどで使われる原料であり、黄色いつぶつぶが特徴の、アメリカなどでよく食される食べ物。
柘植:
今回はわかりましたね。黄色、つぶつぶ、棒状。コーンスープ(笑)。
タツオ:
コーンスープって言っちゃったよ! 正解はとうもろこしです。
柘植:
これからおいしい季節ですね。
タツオ:
今回は、とうもろこしを見たことない人にどう説明するのかというのがポイントでした。とうもろこしを見たことない人いるかな? でも、実際になっているところを見てない子どもとかはいるかもしれないね。
柘植:
たしかに!
タツオ:
みんなが知っている見た目もきちんと説明する国語辞典は多いんです。どう説明しているのかちょっと見てみましょう。種類や食べ方など、いろいろ詳しく書かれていますが、今回は見た目の描写だけをちょっとかいつまんで説明しますね。『明鏡国語辞典 第三版』では「扁平(へんぺい)形の種子は二〇センチメートル内外の果穂の中軸に列をなしてつく」。いや~こんな言い方ある? 「つぶつぶ」ってみんな言ってたけど、「つぶつぶ」をもうちょっと具体的にいうと「扁平形の種子」。たしかに扁平形かな?
柘植:
ちょっとつぶれた感じで、丸くはないですもんね。
タツオ:
たしかに表現が難しいね。
柘植:
きょうはディレクターがとうもろこしを用意しました。
タツオ:
ありがとうございます。葉っぱにくるまれていることも言うかどうか? あと、黄色いつぶつぶは言えるけど、それがどうなっているのか見落としていませんか? ちょっと説明不足かもしれないですよね。『岩波国語辞典 第八版』には「つと状の苞(ほう)に包まれ、種子がぎっしり並ぶ実をつける一年生の作物」。『集英社国語辞典 第三版』は「夏、苞(ほう)に包まれて、実のぎっしり並んだ果穂ができる」。
では、とうもろこしについて、他の辞書では、その見た目をどう説明しているのか味わって聴いてください。『三省堂国語辞典』は、もうちょっとやさしく説明しようと心がけている辞典なので、こんな感じになっています。「夏、軸(じく)のまわりに、うす緑色の皮に包まれ、歯のようにならぶ黄色い実をたくさんつける」。
柘植:
すごい歯並びですね! これはおもしろい表現ですね。
タツオ:
『新明解国語辞典 第八版』では「黄色い実が軸のまわりに、ハモニカの吹き口のようにぎっしり詰まって出来る」。これがけっこう有名な説明なんですけど、軸に粒がきれいに並んでいる様子をどうやって表現するのか考えたんでしょうね。ハーモニカでなく、古いハモニカっていう言葉を使っているんです。あのぎっしり間隔なく並んでいるのをハモニカに見立てている感じがたまらないですね。
柘植:
意外とあの並び方を表現するのって難しいですね。
タツオ:
このようにみんなが知っているもの、見たことあるものをどう説明するかって、国語辞典のセンスとか、その編集方針がばっちり出るんで、絶対に見落としちゃいけないやつなんですよ。この「ハモニカの吹き口」に関しては、伝統的な語釈として残してくれてるんですけど、ひと昔前には、もうちょっとおもしろい項目もあったんです。それは「たらこ」です。たらこのあの形はどう説明します? 「大きなヒル」だと嫌ですよね。
柘植:
やだやだやだやだ(笑)。例えるの難しいですね。
タツオ:
たらこはね、「一腹がサイドカーのように並んでおり」なんです(笑)。バイクの横にくっつける座る人がいるやつです。何かに例えることってあまりなかったから、このような見立てを入れるというのが革命的だったんです。それを『新明解』が頑張って「ハモニカの吹き口」を残しているんです。
柘植:
編集の方たちは、ふだんから見るものすべて考えるんでしょうね。
タツオ:
さすがに「サイドカー」はもう時代じゃないということで、第六版で姿を消しましたけど「とうもろこし」の「ハモニカ」はまだ残っています。
柘植:
たしかに誰でもわかりますもんね。
タツオ:
言葉を説明する難しさ、努力、おもしろさを国語辞典から感じ取っていただきたいと思ってご紹介いたしました。