【国語辞典サーフィン】ある決まったカテゴリーを愛してやまない人

23/06/17まで

国語辞典サーフィン

放送日:2023/06/10

#学び#勉強#お笑い

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突然ですが、あなたは今どんな靴を履いていますか? デートの日だからハイヒール? 山登りに行くので登山靴? 休日はやっぱりスニーカー? ライフスタイルや用途によって選ぶ靴は変わってきますよね。では、国語辞典はどうでしょう? 同じ辞書をずっと使っていませんか? 国語辞典なんてどれも同じ! とは思っていないでしょうか?

実は国語辞典には、それぞれ編者のこだわり、編集方針があって、一つ一つ違うんです。また、言葉の意味以外にもたくさんの情報が詰め込まれていて、さまざまな楽しみ方があるのです。さあ、国語辞典を開いて、広くて深~い言葉の海、言葉の波を乗りこなしましょう!

【出演者】
タツオ:サンキュータツオさん
柘植:柘植恵水アナウンサー


タツオ:
ごきげんよう、サンキュータツオです。

柘植:
ごきげんよう、アナウンサーの柘植恵水です。

タツオ:
きょうも恒例の街頭インタビューからスタートです。きょうは、ちょっと物議をかもす項目ですよ。街行く人たちにこんな質問を投げかけてみました。
もしもあなたが国語辞典なら、この言葉、何と説明しますか?

  • 自分の中にある好きなモノを突き詰めている人。
  • 好きなモノに熱量がある人。
  • 専門家。ひとつのコトに熱中している人。
  • ひとつのコトに対してのめり込んで詳しい。
  • その道のプロみたいな。
  • ある決まったカテゴリーを愛してやまない人。

タツオ:
どうですか?

柘植:
専門家とかプロかなと思ったんですけど・・・

タツオ:
正解は「おたく」なんです。

柘植:
〇〇おたくとかの「おたく」ですか。

タツオ:
おたくってけっこう似た言葉がいっぱいあるんですよ。例えば「マニア」と「おたく」の違いって自分の中で整理しないと「おたく」って定義できないんですよ。

柘植:
そうですね。

タツオ:
「熱中する」とか「マニア」もそうですし「研究する」とかもそうかもしれません。では、国語辞典たちがどう説明しているか? 本来、どの辞書も「相手のことや相手の家庭や所属を敬っていう言葉」というふうになっています。例えば「おたくのご主人」みたいに言うときの「おたく」ってありますけれど、ここで議論している「おたく」の説明に関しては、ちょっといろいろ厳しい意見が出ております。

柘植:
辞典が厳しいんですか?

タツオ:
『新明解国語辞典 第八版』では「趣味などに病的に凝って、ひとり楽しんでいる若者」と書いてあります。

柘植:
病的に凝ってですか?

タツオ:
『集英社国語辞典 第三版』では「マンガやアニメなどの趣味の情報や細部にしつこくこだわり、ときに、他人との意思の疎通が上手にとれない人」。用例として「アニメおたく」とあります。

柘植:
そういう人が身近にいたのかしら?

タツオ:
一方で厳しくない辞典もありました。『明鏡国語辞典 第三版』では「ある趣味に没頭し、それについて非常に詳しい人」。こうなるとマニアと何が違うのかというニュアンスもちょっと欲しいですね。『新選国語辞典 第十版』には「漫画やゲームなどの趣味の世界で、知識が豊かでコレクションなどが多いマニアをさす語」とあります。

柘植:
マニアが出てきちゃった!

タツオ:
コレクターみたいなニュアンスも出てきましたね。でもね、漫画やゲームなどの趣味の世界って言っているんですよ。で、参考情報で「元は否定的な意味で使われた」って書いてあります。

わかりやすく由来まで載っている辞典もありました。なんとあの『岩波国語辞典 第八版』。もう「おたく」なんか認めません! みたいな感じのまじめキャラですけども、けっこうちゃんと書いてあります。「特定の趣味的分野を深く愛好し、人並み以上にその分野の知識や物品を保有・収集したり、行動したりする者」。「一九八三年に、中森明夫が「「おたく」の研究」で言い出した頃には、視野が狭く社交性に欠ける者というイメージを伴っていた。九〇年代以降サブカルチャーとして積極性を帯びても使う」

柘植:
中森明夫さんすごい!

タツオ:
『三省堂国語 第八版』にも「特定の趣味にのめりこんで、くわしい知識をもつ〈人/ようす〉。オタ」と書いてあって、由来も「アニメファンなどが、おたがいに「おたく」と呼び合っていたことから、一九八三年に、コラムニスト中森明夫が名づけ、八〇年代末に広まった。最初はけいべつの感じが強かった」と書いてあります。中森明夫さんは、国語辞典に固有名詞が載っている数少ない人ですからね。項目にはなっていないけど説明で出てくるんですよ。

柘植:
すごいことですね。その言葉を生み出したというか当てはめたというか。

タツオ:
これを踏まえると、由来まで書けないけど、当初は軽蔑の感じが強いとか、最初はこういう人たちを指していたというニュアンスを、なんとか『新明解』『集英社』はくみ取ろうとして、「病的に凝って」とか「他人との意思の疎通が上手にとれない」とか書いていたんですよ。

で、『デジタル大辞林』の④の意味で「俗に、特定の分野・物事を好み、関連品または関連情報の収集を積極的に行う人。狭義には、アニメーション・テレビゲーム・アイドルなどのような、やや虚構性の高い世界観を好む人をさす」と書いてあります。だから、虚構性が高いものを好むのが「おたく」で、わりと現実にあるものを追いかけたりするのが「マニア」ということもいえますね。

これを踏まえて「マニア」という言葉もちょっと調べてみました。『三省堂国語辞典』には「趣味などにのめりこんでいる人」で、用例は「鉄道マニア・切手マニア」〔戦前からあることばで「電話マニア」など・・・〕

柘植:
電話マニア?

タツオ:
なんか電話中毒のことみたいですね。『岩波国語辞典 第八版』には「特定のものに熱中する人。切手マニア。『新選国語辞典 第十版』でもやはり用例は「切手マニア」。切手と鉄道はマニアですね。

柘植:
「マニア」になるとやたら切手と鉄道が出てきますね。

タツオ:
ただ、鉄道に関しては、最近「鉄オタ」っていう言葉もあるんですね。「鉄道マニア」から「鉄道オタク」に入ってきてるんですよ。つまり、鉄道自体は変わっていないけど、受け取る人たちの心の中では虚構性が高いもの(アイドル)になっているんです。『鉄道ファン』という雑誌もあるし、昔は「鉄道マニア」って言っていたのが今は「鉄道オタク」になっているんです。鉄道に何がつくかによって、受用してる人の心のあり方が全然違うんですよ。「鉄オタ」っていうと、追いかけているんです。乗ったり、撮ったりしているんです。

柘植:
「音鉄」もいますしね。

タツオ:
「鉄道マニア」っていうとすごい情報量が豊富で、「鉄道ファン」っていうと「鉄道イエーイ! 楽し~い!」って感じ。『鉄道ファン』を買っている人は「鉄道オタク」だと思うんですけどね(笑)。
「マニア」「ファン」「オタク」、似た言葉でも使われる文脈とかで、そのニュアンスはだいぶ変わるんです。

国語辞典を作っている人たちは、すごく気をつけて「おたく」という項目を書こうとしているんですけど、他の言葉の意味と差別化するんだったら、たくさん用例を集めて「やっぱりちょっとネガティブな意味で使われているな」って判断して、ちょっと厳しい語釈になるんですけど、この状況に理解がない人が、その項目だけをあげつらってけっこう国語辞典を批判したりするんです。「視野が狭いとは何事か!」「意思の疎通ができないとは何事か!」と、確かに気持ちはわかるんですけど。「マニア」と「ファン」と何が違うのかと考えたときに、そういう記述もいちおう残しておこうという、作り手の思いがあるんです。べつに作っている人がそう思っているわけじゃなくて、現在ではそういう使われ方をしています、ということ書いているので、次の改訂でどうなるかということも含めて注目していただければと思います。

柘植:
いろいろ苦労しながらこの言葉をつむいでいらっしゃるということですね。

タツオ:
皆さんも国語辞典マニア、オタク、まではいかなくても、国語辞典サーファーになってもらえればうれしいです。

柘植:
何かに熱中できるってステキですからね。

国語辞典お悩み相談

私はいま自分の気持ちを的確に表す言葉が見つからず、モヤモヤした日々を過ごしています。
いま気になる存在の人がいます。趣味がきっかけで7年くらい前に知り合った友人なんですが、初めは好きな趣味が似ている、話の合う友だちという存在で、特に意識はしていませんでした。ところが新型コロナウイルスが流行し、会う機会が一気に減ったとき、一緒にライブに出かけたり遊んだりしていた時間が、私にとって楽しく幸せな時間だったことに気づき、また会いたいなと思うようになり、私の気持ちの中のその人の存在感が急に変わりました。
でも、会いたいなと思う一方、では恋愛対象として好きなのか? と自分に問うと、好きとは違うとも思うんです。好きというより、会いたい方が近い気がしていて、この感情はどういう状態なんだろうと、この感情を的確に表す言葉が見つからず、モヤモヤしています。
タツオ先生、この好きとは違うけど、会いたいと思う感情にピッタリとくる言葉を教えてください。(東京都 ペニーレインさん 40代)

タツオ:
きょうは『三省堂国語辞典』くんに聞いてみました。僕は、これは「仲間」なんじゃないかなと思うんです。ここには「立場が同じでいっしょに活動する人(の集まり)」と書いてあり、②の意味で「同類のもの」というふうに書いてあるんですね。やっぱり立場が同じで一緒に活動する、仕事ではなかなかできないですよね。やっぱり趣味を共有してるんで、権力の勾配もないし、年齢も考えなくてもいいし、お互いのプライベートに立ち入らなくても盛り上がれるっていう、すごく気楽な関係なんですよね。それが僕は「仲間」だと思うので、逆に言うと。いままであまり「仲間」に恵まれてなかったのが、急に仲間らしい「仲間」を得たということなんじゃないかなと思うんですね。

『新明解国語辞典』くんにも聞いてみました。「一緒に何かをする(している)間柄。また、その人」ということで「愉快な仲間/飲み仲間」。「飲み友だち」ともいいますけど「飲み仲間」の方が、より結束が固い気がするじゃないですか。②の意味では「同類」。「サザンカはツバキの仲間だ」。そっか同類か! 確かにそうかも・・・(笑)。

柘植:
たしかにライブに出かけたり遊んだりしている時間が恋しいとおっしゃっているから。

タツオ:
で、その時間が楽しかった! というのと、その人が好き! というのはまたちょっと別なのかもしれないですね。ただ、仲間と過ごす時間はキラキラしているということなんじゃないかな、というのが辞典を読むとわかってきましたね。

柘植:
ペニーレインさん、「仲間」でいかがでしょうか?


タツオ:
国語辞典サーフィンいかがでしたでしょうか? そろそろお別れです。

柘植:
きょうは濃かったですね。

タツオ:
濃かったね。盛りだくさんだったね。皆さんも、メッセージ、SNSで番組に参加してください。お悩み相談も待っています。また国語辞典を開いて、国語辞典オタクにはならなくても、国語辞典サーファーになって言葉の波を楽しんでいきましょう。

柘植:
ではまた次回お会いしましょう。お相手は柘植恵水と、

タツオ:
サンキュータツオでした。ごきげんよう。

国語辞典サーフィン

ラジオ第1 毎週土曜 午後0時45分

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【放送】
2023/06/10 「国語辞典サーフィン」

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