ひろせまさゆきくん(6歳・東京都)からの質問に、「昆虫」の小松貴先生が答えます。(司会・柘植恵水アナウンサー)
【出演者】
小松先生:小松貴先生(昆虫学者)
まさゆきくん:質問者
――お名前を教えてください。
まさゆきくん:
まさゆきです。
――どんな質問ですか?
まさゆきくん:
僕のママは蚊が大っ嫌いです。人間が蚊を絶滅させる方法はありますか? それは悪いことですか?
――蚊に刺されるとかゆくなるものねぇ。これは小松先生、教えていただけますか。
小松先生:
まさゆきくん、こんにちは。
まさゆきくん:
こんにちは。
小松先生:
まさゆきくんは、蚊は好きですか?
まさゆきくん:
刺されるのは嫌だけど、刺されないなら大丈夫!
小松先生:
あぁ、そっかそっか。世の中の人間は、たいがい蚊は嫌いなんだよね。刺されたらかゆいし、刺されて病気になることがあるんです。日本脳炎とかマラリアという怖い病気を、蚊は人間にうつします。毎年世界では、何千、何万人という数の人間が、蚊に病気をうつされて死んでいるんですよ。
まさゆきくん:
へぇ~。
小松先生:
トラとかライオンに食い殺されるよりももっと多い数の人間が、蚊によって死んでいるんですね。なので、「蚊なんて、もうさっさとこの世からいなくしてしまえ~」と思う人間がいっぱいいるわけですが、実際のところ、蚊を地球上から1匹もいなくすることができるかといったら、それは無理なんです。いくつか理由がありまして、1つは、蚊は殺虫剤をかけると死にますけど、蚊によっては、殺虫剤をかけられても死なない性質を持っているので、完全に薬をまいていなくすることはできないんです。ものすごく強力な殺虫剤をばらまき続ければ、たぶん全部死ぬかもしれませんけれど、そんなことをしたら、たぶん人間を含めて他の関係のない生き物もみんな死んじゃいますから、できないんですよ。やっちゃいけないんですよ。あと、蚊というのは、幼虫のときに必ず水の中で育つんですよね。
まさゆきくん:
うん、うん。
小松先生:
なので、この世から水を全部なくせば、たぶん蚊はいなくなります。でも水をなくしたら、他の生き物も人間もみんな死んじゃいますからね。水がなくても生きていける生き物はこの世にはいませんから、それもダメなんです。ですから基本的に、蚊がいなくなるようなことをやろうとすると蚊以外の生き物もみんな死んじゃうので、結局のところ、できない。絶滅させることはできないんです。
まさゆきくん:
うん。
小松先生:
であるとともに、蚊は、絶滅させちゃいけないんです。あの……なんていうんですかね……。人間は蚊のことを、「なんの役にも立たない、ただ、刺されるとかゆいだけの生き物」と思っていますけれど、蚊は実は地球上の「生態系」、他の生き物たちとのかかわりあいのことをそういうんですけれども、その中ではすごく大事な役割を果たしているんですよ。実は私、蚊に刺されて死にかけたことがあるんです。マレーシアという南の国があるんですけれど、昔そこに虫の研究に行ったときに、蚊に刺され過ぎてデング出血熱という病気にかかったんです。ものすごく高い熱が出て、体の穴という穴から血が噴き出して死ぬという病気なんですけど、その1歩手前ぐらいまでいったんですよ。
そこまでひどい目に遭わされていながら、私は「蚊は絶滅させちゃいけない」と、ほうぼうで言って回っているんです。なんでかといったら、蚊は実は、いろいろな生き物にとって大事な食べ物になっているんです。トンボも鳥もコウモリもカエルも、みんな蚊を食べて生きているんですよね。もし蚊がこの世からいなくなったら、食べるものがなくなって困る生き物がこの世にいっぱいいるんです。
人間は、「別に蚊がいなくなっても困らないじゃないか」と思うかもしれませんけれども、蚊という昆虫は、想像を絶するようなおもしろい機能というか仕組みを体に持っていて、それが実は、この先人間が快適に生きていくうえですごく役に立つヒントになるということが、最近わかってきたんですよ。まさゆきくん、指とかに間違って針とかトゲを刺したことって、ある?
まさゆきくん:
ない。
小松先生:
そうですか。針とかを間違って指に刺すと、すごく痛いのよ。注射とかは、打ったことあるかな?
まさゆきくん:
うん。
小松先生:
注射、痛いでしょう?
まさゆきくん:
うん。
小松先生:
針とかを体に刺すとどうして痛いのかというと、人間の体に刺さるときに、周りの肉を引っ張って引き込むからなんですけれども、蚊に刺されても痛いとは思わないじゃないですか。あとでかゆくはなるけれど、刺されているときは痛くないんです。
まさゆきくん:
うん、うん。
小松先生:
あれは実は蚊の口の先っぽに、目に見えないぐらいのちっちゃいのこぎりがついていて、それで肉を切ってから、中の針みたいな口を刺しているんです。
まさゆきくん:
知ってる。
小松先生:
あっ、よく知ってるねぇ。そのおかげで、肉を引き込まないで針を刺せるから、痛くない。のこぎりで肉を切り裂くというあの技術を使って、将来的に、刺しても痛くない注射針を開発できるかもしれないといわれているんですね。
蚊に刺されて痛くないもう1つの理由が、蚊は血を吸うときに、つば、「唾液」というんですけれども、あれを人間の体の中に入れてから、血を吸うんですよ。このつばの中に、人間の皮膚というか肉についている痛みを感じるセンサーみたいなものを、まひさせる働きがあることが最近わかったんです。
まさゆきくん:
えっ……。
小松先生:
この、まひさせる成分をうまく開発して、痛み止めとかができる可能性もあると考えている研究者もいるみたいです。こういう蚊の体のおもしろい仕組みが、われわれ人間のために役立つかもしれないというのは、本当に最近になってわかったんです。今までの人間の科学というか知識では、わからなかったんですよね。それもこれも今の今まで、昔からいる蚊が絶滅しないで生きていてくれたからこそで、人間は今になってそれに気が付けたんですよね。なので現時点で、「こんな生き物は役に立たない」と絶滅させてしまったら、将来もしかしたらその生き物がいるおかげでわかるかもしれない技術を、永遠になくしちゃうことになるわけです。それはすごくもったいないし、よくないことだと私は思うんです。
まさゆきくん:
うん、うん。
小松先生:
私さっき、「蚊は好き?」って質問したんですけど、私は実は昆虫の中で、蚊はすっごく好きなんです。刺されるのは嫌ですけれども、血を吸うことに関して、あそこまでよくできた生き物は他にいないと思うんですよね。しかも、人間が作ったんじゃなくて自然に勝手に生まれてできた生き物ですから、これ以上にすごいことはないと思うんです。なので私は、蚊にはこれからもずっと生きていてほしいなと思っているんですよ。最後に、このことだけは絶対忘れないで覚えておいてほしいことがあるんです。
まさゆきくん:
うん、うん。
小松先生:
この世に存在するものって、2種類しかないんです。それは、「今すぐ、われわれの役に立つもの」と、「今のわれわれの知識・技術力では、それをどうわれわれの役に立てたらいいのか、われわれがまだ気付いていないもの」です。この2つしかないということは、覚えておいてください。
まさゆきくん:
はい。
――まさゆきくんもママも、蚊に刺されると大変だけれども、じゃあ蚊は絶滅していいのかというと、それはそうではないよということですね。
まさゆきくん:
うん。
――なるべく刺されないほうがいいんだけれども、自然界の中で、長い目で見ても、蚊は大事だよというお話、わかったかな?
まさゆきくん:
わかった。
――あぁ、よかった! ママにも伝えてね。
まさゆきくん:
はーい。
――質問をしてくれて、ありがとう。
まさゆきくん:
ありがとう。
――はーい、さようなら。
小松先生:
さよなら~。
まさゆきくん:
さよなら~。
【放送】
2023/08/04 「子ども科学電話相談」