『熊本水害』消防に残された通報記録

ジャーナルクロス
放送日:2023/06/18
#防災・減災#水害から命を守る
3年前に発生した「令和2年7月豪雨」。67人が亡くなるなど、全国でもっとも被害が大きかった熊本県では、「熊本豪雨」とも呼ばれています。日本三大急流河川の1つで山あいを縫うように流れる球磨川が広範囲で氾濫し、その最前線で対応にあたった人吉下球磨消防組合には、救助の要請が殺到しました。
6月18日の「ジャーナルクロス」では、『水害から身を守る~いかに犠牲者を防ぐか~』と題して放送。この災害を風化させないため、消防や通報者の了解を得たうえで今回はじめて通報内容を記録した音源の一部が公開され、これをもとに水害による犠牲者を生まないための対策について考えました。
【出演者】
牛山:牛山素行さん(静岡大学防災総合センター教授)
奥村:奥村奈津美さん(フリーアナウンサー、防災が専門)
打越:打越裕樹アナウンサー(キャスター、現地取材)
ジャーナルクロス
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「1階が全部水に浸かって…」
――当時、人吉下球磨消防組合で119番通報に対応した職員の1人、土肥和浩さんです。まずは、消防車や救急車が止まっている車庫を案内していただきました。
【人吉下球磨消防組合の車庫】
打越:
こちらはどのような状況だったんですか当時は?
土肥さん:
はい、資機材搬送車のタイヤがすべて浸かってしまうような状態ぐらい、水が来てました。
打越:
もう一歩も動くことは出来なかったんですね。
土肥さん:
はいそうですね。ここから、庁舎から出ていくことができない状況が発生していました。
土肥和浩さん
――土肥さんが対応したうちの1件、家の中に水がどんどんと流れ込んで水位が上がり、2階にいても身の危険を感じてかけてきた119番通報の音声です。
【☏当時の通報音声記録】
土肥さん:
はい、消防です。火災ですか救急ですか?
通報者(女性):
救急です。
土肥さん:
救助ですか、救急ですか?
通報者:
救助です。
土肥さん:
救助、はい。今、どういう状況ですか?
通報者:
1階は全部浸かっています。
土肥さん:
あなたは今、2階にいるんですか?
通報者:
はい。
土肥さん:
何人いますか?
通報者:
3人います。
土肥さん:
皆さんがそういう状況が発生しております。それでですね、何百件と言う119番が鳴りやまない状況で、隊員たちもですね、順次危険な状態の方から救出をはじめているような状況です。いまから私の話をよく聞いてください。
まだまだ水が上がる可能性があるかもしれません、その時のための準備をしてください。まず2階におられて、さらに水が上がってきたらですね。浮いてるものが必ずありますので、今のうちに浮いてるものを探してください。たとえばタンスですとかペットボトルのカラとかですね。ああいうものにつかまっておくだけで必ず浮きますから。あわてずにそういうものにつかまって、待っておくということです。
できればもっと高い、屋根とかに登ることができればそれがいいんですけど、それが可能じゃない場合にはですね、物をもって浮いていただくと。それまでに必ずですね、救助に行きますので、それまで待っておいてください。
――通報を受けた土肥さんは、当時の心境を次のように話します。
土肥さん:
屋根の上にあがるなどかなり難しいと思いましたが、なんとか助かってほしいという思いからできる限りの知識でもって応じました。私なりにその数時間、水が引くまではなんとか浮いていただくと。泳ぐというのは難しいので、浮いていただいておけばというような気持ちでした。
屋内ではより高いところへ避難
――スタジオのお2人は、このやり取りをどうお聞きになりましたか。
牛山:
本当に切迫したなか、非常に冷静な呼びかけをなさっていたなと感銘を受けました。「ペットボトルでも何でもいいです。浮いてるものをとにかく見つけてください」と…これは本当に重要です。また、もし登れるならば少しでも高いところへということを呼びかけていました。水は少しでも低いところに流れていきますから、水害のときは、とにかく浮いて、ちょっとでも高いところにとどまっていれば助かる可能性もあるんです。浮けばいいということは「救命胴衣」を連想される方もいるかと思いますが、家の中であれば有効かもしれないですね。
しかし、浮けるからといって外に出てしまうというのは、かえって危険です。外で雨が降っているときは、水が静かにたまっているわけじゃないわけですよね、流れてるわけです。家の中であればちょっとでも浮くものを確保するということは確かに重要ですが、外へ出たら流されて命を落としてしまうかもしれません。
奥村:
過去の水害で垂直避難された方がみなさん、「もう生きた心地がしなかった」とおっしゃっていました。やむを得ず、建物の高いところにとどまらないといけない場合に備えて、災害用のトイレや水、食料などをふだんから2階以上の高い階に備蓄しておくとよいでしょう。ただ、さらに水位が上がり、最悪屋根を超えるような水かさになってしまうと流されてしまうわけですから、やはり早めに安全な場所へ移動するのが大事だと思います。
“離れて暮らす親”の救助求める
――次にご紹介するのは、80代の1人暮らしの母親の家が2階近くまで浸水し、別の地域に暮らす娘が助けにいけないため119番通報したケースです。
【☏当時の通報音声記録】
消防:
消防です。
通報者(女性):
はい、すみません。母が紺屋町にいるんですけど。
消防:
どこですか?
通報者:
紺屋町。
消防:
紺屋町。
通報者:
はい、水が家の中に入ってきて、一応、2階には避難しているみたいなんですけど、ちょっと私たちも行って救助しようと思ったんですが。
消防:
お母さんは何歳の方ですか?
通報者:
88です。
消防:
88歳、足が悪いとか。
通報者:
そうです、足が悪いんですよ。
消防:
自力で避難できない?
通報者:
そうです、外に行けないので、これから先、雨がもっとひどくなってくると、母は動けないので…。
消防:
今、市内がすべてが冠水していますので、すべての隊員が活動中ですぐには向かえない状況なんですよ。それで2階があれば、2階のところでまずは避難をしていただいて、順次、救助の方を進めていきますけれども、緊急性の高いところから向かっておりますので…。
――のちにボートでの救助が来ましたが、その時には浸水が止まっていたため、母親は無事だったということです。牛山さんは、このやり取りをどうお聞きになりましたか?
牛山:
ボートで救助されるときの状況を考えてみることが重要だなと思いました。というのも、水害というとボートでの救助を連想されると思いますが、それは雨が収まって水の流れが静かになった段階だからできるわけです。ところが、雨が降っている最中は水が激しく流れているわけで、そのなかでボートを出したら流されて大変危険です。
通報のなかに消防の切迫した案内がありましたが、とにかく2階以上の少しでも高いところにとどまるくらいしか、いざというときには方法がないのです。ただ、日本の水害はほとんどの場合、1~2日たつと家から全く出られないっていう状態から脱します。必ず助かるとは言えないところが難しいんですけれども、本当に切迫したときの最後の手段として、高いところにとどまることを考えておかなければいけないと思います。
――奥村さんは、高齢者や体の不自由な方が家で水害に備えるときのポイントをどう考えますか?
奥村:
避難に時間のかかる方で、浸水や土砂災害リスクの高いエリアに住んでいる方は、やはり早めの避難を心がけていただきたいと思います。その目安となるのが「大雨警戒レベル」です。5段階のうち「レベル3」のときに避難を開始することを心がけていただければと思います。
また、雨の状況がピンポイントで変わっていくなかで、個人個人が能動的に情報を入手して判断していくことが大切です。例えば、気象庁の「キキクル」や、国土交通省の「川の防災情報」などのインターネットのサイトで情報を見ることができるので、それをもとに判断していただきたいです。
ただ、ご高齢の方のなかには、インターネットの操作が苦手という方もいらっしゃると思います。その場合、離れて暮らしている家族がそういった情報にアクセスして、何か危険が迫っているようだったら電話で知らせ、雨が降る前の明るいうちに避難を呼びかけるなどしていただきたいです。実際に、孫が電話したことで祖父母が避難できたっていうような、被災された方の話を聞いたことがあります。
――牛山さんは、救助する側の安全についてはどういうふうにお考えになりますか。
牛山:
これもしっかり考えておかなければいけないところです。災害時には「とにかく助けに行かなきゃ」という善意の気持ちが出ることは全くおかしなことではないんですが、それに伴って被害が発生したケースも少なくありません。
私の調査によりますと、1999年以降の風水害で亡くなった方1521人のうち、実はその1割近くが、何らかの防災行動をとったことによって亡くなっています。消防職員とか警察官とか公的な防災行動による犠牲者は、ほとんどいないです。これらはほぼすべてが個人的な防災行動…例えば自宅への水の侵入を防ごうとして土のう積みをしていて流されたケースや、近所の人の手助けや見回りといったケースなどを含めると、犠牲者全体の2割近くに上ります。つまり、風水害のときの救助活動は非常に難しいんですね。
「救助」の考え方は地震災害と風水害では全く異なります。地震災害は、揺れがあったその瞬間に一番危険な状況が発生して、周囲の人たちみんながその場の状況を共有します。ところが、風水害は周囲の状況がゆっくりと変化して、一見ふだんどおりに行動できそうに思えてしまうのですが、いつの間にか状況が悪化していることが少なくなく、悪化するタイミングが現場では分かりにくいのです。だからこそ、慎重に行動しなければならないと思います。
私の調査では、風水害で亡くなる方のほぼ半数は屋外なんです。やっぱり雨風激しい時の屋外での行動は危険性が非常に高い。だから、正解はありませんが、やっぱり私たち1人1人、すべての人が、まずは安全確保を第一に考えていくしかないのかなと思いますね。
奥村:
助ける側の命のことも考えて、一人ひとりが早めの避難行動を心がけてほしいですね。
豪雨のさなか屋外で
――家の外に出て、流されてしまったという方からの通報記録です。
【☏当時の通報音声記録】
消防:
消防ですか? 救急ですか?
通報者(女性):
救急です。町のほうに出てきたらちょっと流されまして。今、木につかまっている状態なんですけど。
消防:
木につかまっている? どのあたりの木ですかね。
通報者:
はい。ちっちゃい木なんですけど。堤防の横の入る道を通ってたんですけど、ちょっと水かさが増えて、道のところの木につかまって避難してるんですけど。
消防:
今、何人でいらっしゃいますか?
通報者:
おじいちゃんとおばあちゃんと私、3人です。
消防:
おじいちゃんとおばあちゃんは、何歳ぐらいですか?
通報者:
80代だと思います。夫婦でいらっしゃるんですけど。車の上に乗ってるんですけど。もう、ちょっと。流されそうな感じです。
牛山:
本当に切迫していたやり取りでした。流れる水に立ち入ってしまうと人や車は簡単に流されてしまうんですよね。水深が一見浅く見えても、流れが速ければ流されてしまいます。車でも徒歩でも、とにかく浸水しているところには近づかないということを徹底してほしいと思います。
――奥村さんは実験で浸水の怖さを体験したそうですね。
奥村:
防災科学技術研究所との共同実験で、冠水したなかを歩くことの恐ろしさを体験してきました。そもそも、上から見ても泥水なのでどれくらいの深さがあるかということがわからないんですね。冠水したなかを歩くのは本当に危険です。水がたまっているところには入らない、近づかないということが大事だなと痛感しました。
家から動かない…父を亡くした男性の証言
永尾禎規さん(左)
――119番通報したもののつながらず、人吉市内で同居していた父親を水害で亡くしたという方を取材しました。永尾禎規さん、3年前の熊本豪雨で父の誠さんを失いました。当時、永尾さんは母のムツ子さんと3人で、球磨川に近い2階建ての一軒家で暮らしていました。すでに、家は解体され、更地となった場所で、お話を伺いました。
永尾さん:
前の晩からものすごい雨足が強くてですね。朝5時ぐらいですよね、ものすごい雨音が強くなってですね。6時前後から防災無線が鳴ってたんですけど、ちょっと何を言ってるか分からなくて。
うちの両親も高齢で、母が89、父が88だったんですけど。父がちょっと認知症の症状が出ていたもんですから、もういっぺん見に行ったら、すぐ目の前のところまで水が来てたんですよ。これはちょっと危ないと思ってですね、まず母をですね、おんぶして裏の方のこの地域にまずやって。今度は父もと思ったんですけど、なかなか理解してくれんもんですから、手を引いたりですね、したんですけど。「もうよか、もうよか」と言い出したもんですから、「もうよかじゃなかたい(一緒に逃げようと)」と(言ったのですが…)
――永尾さんの話の中に、防災行政無線がよく聞こえないという話がありました。
牛山:
大雨のときに防災行政無線が聞こえないというのは昔から繰り返し言われている話で、この解決策は見当たりません。防災行政無線での呼びかけは“一種の合図”、きっかけのようなものだと考えて、ほかの手段で情報を確認するという使い方をするのが妥当かなと思います。防災行政無線で何か言ってるから、自分でインターネットやテレビのデータ放送などを使って、気象情報や近隣の川の水位情報などを得ようとするのがいいのではないでしょうか。そういった自分で使いやすい情報のアクセス手段を日ごろから確認しておくのが有効かもしれないですね。
――奥村さん、本人が避難に同意しないケース、家族としてはどう対応すべきでしょうか?
奥村:
実際に被災地取材をしていても、こういった声をよく聞きます。このような場合、平時から「あなたが亡くなったら自分は悲しいんだ」という気持ちを伝えて説得することが大事かなと感じます。1つの事例なんですが、いま各自治体では、1人での避難が難しい方を“誰が・どこに・どのように避難させるか”ということをあらかじめ考えた「個別避難計画」を作っています。その計画を作るなかで、「自分はここで死ぬからいいんだ」と最初は避難を拒んでいた要支援者の方に、この計画を作る過程で「あなたが死んだら悲しい」ということ伝えつづけたんです。すると、だんだん避難に前向きになったという報告があります。災害時だけではなくて、日々の人間関係づくりが重要になってくるのかなと思います。
牛山:
目指すべきは、避難しなくても良い暮らしをすることだと思うんです。土砂災害はあらゆるところで起きるわけではなくて、起きにくいところもあるわけです。建物の構造でも、鉄筋コンクリートの建物の高層階ですと、仮に浸水して一時的に孤立しても、家の中はふだんどおりということも十分期待できますよね。なかなか難しいとは思いますが、浸水リスクからの避難が難しいということであれば、リスクのない場所に住み替えをするという選択肢もあるのかなという気もします。
――避難をあきらめてしまった父親を説得して連れ出すためには、誰かの助けが必要だと考えた永尾さんは、近所を回ったり、119番通報をしたりしましたが、助けは得られませんでした。
永尾さん:
それでもう1人では無理かなあと思って、人を呼んで応援してもらおうと思って出たんですけど、皆さん逃げる準備をしてたみたいで、隣町の町内会長さんのところに行ったりして、電話もどこもつながらんのですよ、消防もつながらないですしね。そうこうするうちにどんどん水がもう最初、こっちから来たんですけど、こっちから来だしたんですね。
(一方だけじゃなくて、二方向から水が襲ってきたんですか?)
うん、今度はこっちの、山田川の方から水が来たんですよ。
――結局、4メートルほどまで浸水し、父のいる場所に戻ることすらできなくなってしまいました。それで、母と一緒に救助に来たボートに乗って、近くのマンションの非常階段付近で水が引くのを待ちました。
永尾さん:
水が引き始めたのが(午後)3時くらいだったかな。1人でちょっと見てくるちゅうことで来れたんですよ、うちの父を探すのに。おーいって言って探したんですけど、見つからなかったんですよ。消防団の方にちょっと「一緒に探してもらっていいですか」と言って探してもらったんですね、そしたら「ここにおりました」っちゅうて、居間のほうにですね、座ったままうつぶせになっていたんですよね…。
――水害によって父親を失った永尾さん。その無念さから、ふだんの備えの大切さを訴えます。
永尾さん:
1人でちょっと無理があったし、ちょっと状況が状況で、水が来るのがあまりにも早くてですね。ふだんから備えをしとかんといかんなっちゅう思いがあったですね。助けられなかった無念さと、父に対して助けられなくて申し訳なかったっちゅう気持ちがいっぱいだったですね、やっぱり。
【放送】
2023/06/18 「ジャーナルクロス」