午後2時台を聴く
23/09/12まで
日本各地には、一度は見ておきたい美しい建築物がたくさんあります。完成されたデザイン、周囲との一体感、内装の豪華さなど、楽しみ方は無限大です。今回は、紀行作家で一級建築士の稲葉なおとさんをお迎えし、美しい建築物と、それを取り巻く人々の物語、建築物を観光資源として生かす地域の取り組みなど紹介していただきました。(聞き手:武内陶子パーソナリティー)
【出演者】
稲葉なおとさん(紀行作家 一級建築士)
<プロフィール>
東京工業大学工学部建築学科を卒業後、建築家を経て、世界の名建築旅行記で作家デビュー。インドの長編旅行記でJTB紀行文学大賞奨励賞受賞。その後も、国内外の建築を題材に、数々の雑誌連載、テレビ、ラジオで活動。建築文化への貢献から日本建築学会文化賞受賞。小説、児童小説、写真集の津山三部作など、著書多数。
――名建築の定義とは?
稲葉:
名建築というと、有名な建築家が建てたとか、学術的な背景があるとか、一般の人にはわからないポイントがあるのではと思われがちですが、主観で判断していいと私は思っています。見る人が美しいと思うかどうか。維持している人が大事にしているかどうかだと思います。
――建築家として仕事をしていた稲葉さんが、紀行作家の道を歩むことになったきっかけは?
稲葉:
商業施設の設計をしていた時代に、ある飲食店のオーナーさんから「居心地のよい場所を作るには、ホテルを見るのが一番だよ」と教えてもらったんです。よい仕事をするための修行のつもりで、休みのたびに海外のホテルを泊まり歩くようになったんです。海外では、築200年以上のお城が民宿のようになっていて、オーナーさんがご飯をつくってくれて、しかも値段も安いんです。いい建築、いい空間、いい人に出会える経験を積み重ね「滞在記を書いてみたい!」と出版社に持ち込んだのがスタートです。最初は海外しか見ていなかったのですが、日本でも1万円前後で名建築に泊まれることがわかり、興味関心は、国内の名建築宿にうつっていきました。
――日本の名建築宿というと高いイメージですが、お手頃価格で泊まれる宿もあるのですか?
稲葉:
たくさんありますよ。世界的に活躍する建築家が手掛けた建物が公共の宿にもあるし、文化財にもなっている由緒正しい建物に泊まることができますよ。宿坊などもその1つですね。
巨匠が手掛けた宿
- ◆ 村野藤吾が手掛けた、奈良県信貴山(しぎさん)の宿坊・成福院(じょうふくいん)
稲葉:
村野藤吾さんは、日生劇場やホテルの設計を数多く手掛けていて、93歳で亡くなる日の夕方まで設計に向き合った人です。この宿坊は、1970年の大阪万博での観光客需要を見越し建設されました。今の御住職のお父さまが縁あって村野さんに設計を依頼したそうです。村野さんが設計した建物を、いかに大切に維持していくかを考えて、掃除を徹底しています。コンクリートの外壁も、じゅうたんも、天井まですべて拭き掃除なんです。そのお陰で、建設当初は白木だった屋内の木材が塗装したようにピカピカで、築年数を感じさせないほど美しいですよ。
- ◆ 安藤忠雄が手掛けた、泊まれる児童館・星の子館(やかた)
稲葉:
兵庫県姫路市にある、全国でも珍しい宿泊型の児童館です。迷路のような造りになっていて、児童図書館や天文台付きの宿です。昼間は、図書館で絵本や児童小説をじっくり読み、夜は天体観測も楽しめます。安藤さんならではのコンクリートの壁面を子どもといっしょにナデナデできるのも魅力ですね。
- ◆ 日本最高峰に位置する国民宿舎・天望立山荘(富山県)
稲葉:
標高1940mと日本一高い場所にある国民宿舎です。設計者は、吉阪隆正(よしざか・たかまさ)さん。吉阪さんは、内務官僚の父の仕事の関係で、幼少期からスイス、イギリス、日本で生活しました。高校・大学とずっと山岳部に所属し、年間200日以上は山で過ごしていたそうです。立山荘は、雪山建築、山岳建築研究から、雪に埋まらないように自動車工学における流線型を応用して作られました。
津山の魅力
――岡山県・津山市の建築物の写真集を拝見させていただきましたが、津山にはこんなに美しい建物がたくさんあるんですね。
稲葉:
私も津山の名建築といえば、津山高校と津山文化センターの2つだけと思っていたんです。ところが、津山で講演を依頼されたときに、市の学芸員さんに聞いてみたら、他にも魅力的な建物があり、津山が美しい建築の宝庫だということがわかったんです。
――古い建物が残っている地域は各地にありますが、津山ならではの魅力とは?
稲葉:
これは県立津山高等学校を私が撮影している写真です。この建物は、1900年に完成した明治時代の典型的な学校建築で、平成7年に国指定の重要文化財に指定されています。
――その他、知られざる津山の名建築を教えてください。
稲葉:
田熊(たのくま)の舞台です。この建物は、中心地から少し離れた田熊八幡神社にあります。江戸時代に最盛期を迎え、明治、大正と庶民に愛された農村歌舞伎のための舞台で、1871年に作られた、農村歌舞伎の歴史を語る上でも貴重な建築です。秋には農村歌舞伎の文化を復活させる記念式典で「子ども歌舞伎」の公演が予定されています。
――最後にリスナーにメッセージをお願いします。
稲葉:
温泉があるとか、ご飯がおいしいとか、旅を選ぶ理由はいろいろありますが、建築物を目的にした旅もしてみてください。
【放送】
2023/09/05 「ごごカフェ」
午後2時台を聴く
23/09/12まで