『源氏物語』の作者・紫式部が使った硯を復刻するプロジェクトに携わった製硯師(せいけんし)の青栁貴史(あおやぎ・たかし)さんに、復刻への思いや苦労などうかがいました。そして完成した硯も公開していただきました。(聞き手:武内陶子パーソナリティー)
【出演者】
青栁貴史さん(製硯師)
<プロフィール>
1979年、東京都生まれ。16歳で祖父と父に師事。書道用具専門店内の硯工房で4代目製硯師を務めながら、修理・改刻・文化財の復元・復刻製作にも従事。
――紫式部が使った硯はどこにあるのですか?
青栁:
滋賀県大津市の石山寺(いしやまでら)にあります。平安時代、貴族たちの間では石山寺への参詣がはやっていました。石山寺に滞在中だった紫式部は、寺にあった硯を使って『源氏物語』を書き始めたそうです。
――これがその硯なんですね!
青栁:
大ぶりの石に2つの円が彫られ、それぞれ鯉(こい)と水牛が彫刻された「墨だまり」があります。
――青栁さんが復刻することになったきっかけは?
青栁:
クライアントの石山寺では、令和によみがえらせてほしいと言われました。現代の硯職人が紫式部の硯を復刻すれば、今まで謎とされていたことが少しでも解明され、話題になると思ったそうです。現物は東京に持ってこれないので、3Dプリンターで作ったレプリカを見本にして復刻しました。
――この硯はどんな人に使われることを想定して作られたものなのですか?
青栁:
石の材質から考えると特別な人のためにオーダーで作られたものだと思います。1300年前にこれだけこだわったものは、現在の工具を使っても、根気と技術が必要なんです。私も何度か心が折れかけました。それくらいの根気と技術が込められているんです。当時、製硯師などはいなかったと思うので、仏師などが作ったと考えられます。
――現物を研究することで苦労されたことは?
青栁:
紫式部がうらやましがるような「硯」を作ろう! と製作に臨みました。材料の石も中国の友人に頼んで最高のものを調達しました。2トンの塊の中心から取り出した端渓(たんけい)の坑仔巌(こうしがん)を使っています。そして、1300年前の職人と同じ時間を過ごすことを心がけました。はじめてオリジナルを見た時は「すこし雑だな」と思っていましたが、半年間、製作に対じしていたら、当時作った人の気持ちが伝わってきたんですよ。当時の人に会っていろいろ答え合わせをしたいですね。
――きょうは彫り終えた硯を持ってきていただきました。本邦初公開なんですね!
青栁:
ちゃんと正面から見ると鯉と水牛と目が合うようになっているんです。最後に目の穴をあける作業だったんですけど、ものすごく緊張しましたね。
――1300年前の景色を見ている感じです。
青栁:
1000年残る硯の条件は、作った人の情熱(熱量)と時間なんです。硯の生存率を下げないために諦めないということを、今回の復刻プロジェクト(1000年前の作り手)から学びました。
【放送】
2023/08/02 「ごごカフェ」