【戦争の向こう側2022】~それでも書き続けた、戦時下の作家たち

高橋源一郎と読む 戦争の向こう側2022

放送日:2022/08/15

#文学#読書#戦争

終戦から77年。戦争経験者が年々少なくなる中、私たちが当時を知る貴重な手掛かりのひとつが、戦争について書かれた文学作品です。番組では、作家・高橋源一郎さんが選んだ作品を通して、「戦争とは何か」を考えます。5回目の今年は、「それでも書き続けた、戦時下の作家たち」がテーマです。太宰治の『十二月八日』『散華』『惜別』を取り上げました。

【出演者】
高橋:高橋源一郎さん(作家)
奥泉:奥泉光さん(作家)

高橋: 3つの作品を取り上げるんですが、『十二月八日』から行こうと思っています。
これは1941年12月8日に始まった太平洋戦争を受けて、2週間弱で書かれたと。太宰は書くとき一気に書くんです。33歳なんですけど。感想いかがですか?
奥泉: これは結構有名なんですよね。この小説は割と有名で、前から知っていたんですね。でも、なんとなく読んでたんですけどね。やっぱり資料を見てね、これ12月に書いてるってのに、まずビックリしましたね。
12月中に。ていうのはね、要するに、日本の近代史全体の中でね、全部トータルで見てね、この昭和16年の12月からね17年のお正月ぐらいってね、一番なんて言うんだろう、盛り上がった時代なんだよね。
これはもう間違いないわけです。「勝った」と、緒戦のね。もう日本軍皇国の大勝利っていう、ものすごく国民が一丸となるというようなイメージで言うと、よく災害やなんかがあったりするとね、国民が連帯するというイメージがあるじゃないですか。でもそんな比じゃないね、盛り上がりがあった時ですよ。極端に言うとね、日本がワールドカップで優勝するようなね、それぐらいのレベルだよね、きっと。そんなレベルだと思う。なのに、その時にこれを書いてたのかと。
高橋: たいしたもんですよね。
奥泉: なるほど、と言うね。やっぱりアイロニカルな書き方をしてるじゃないですか。
これはやっぱり、たいしたもんだなと思いましたね。
高橋: ということで、まず気になる部分、冒頭なんですね。朗読します。


きょうの日記は特別に、ていねいに書いて置きましょう。
昭和十六年の十二月八日には日本のまずしい家庭の主婦は、どんな一日を送ったか、ちょっと書いて置きましょう。もう百年ほど経って日本が紀元二千七百年の美しいお祝いをしている頃に、私の此の日記帳が、どこかの土蔵の隅から発見せられて、百年前の大事な日に、わが日本の主婦が、こんな生活をしていたという事がわかったら、すこしは歴史の参考になるかも知れない。だから文章はたいへん下手でも、嘘だけは書かないように気を附ける事だ。なにせ紀元二千七百年を考慮にいれて書かなければならぬのだから、たいへんだ。でも、あんまり固くならない事にしよう。
主人の批評に依れば、私の手紙やら日記やらの文章は、ただ真面目なばかりで、そうして感覚はひどく鈍いそうだ。センチメントというものが、まるで無いので、文章がちっとも美しくないそうだ。


高橋: はい、ということで、この冒頭はですね、主婦のモノローグ。簡単に言うと、主人が作家なので、おそらく太宰治で、太宰治の妻の視点で書いているっていうところもひとつのやり方なんですが、どうですか?
僕はすごく変わった書き方だなと思ったんですけど。
奥泉: 100年ってのが意味わかんないもんね。
高橋: そうそう(笑)。
奥泉: 100年後にこの手記が発見されて、という書き方は。だからもうさっきも言いましたけどね、緒戦のね、「真珠湾攻撃」から大勝利で、ものすごい沸き上がっていたわけですよね。
高橋: ワールドカップ勝ったようにね。
奥泉: これは近代のね、あらゆる時間の中でも最も、なんて言うんだろうな、晴れがましい時間を生きてたんですね。例外はありますよ。もちろんすでに批判的な目を持っていた人たちはいたんだけども。
多くの人はね、極めて盛り上がっている。100年後なんて言ってる場合じゃないんですよね。
高橋: そうそうそう、今!
奥泉: 今なんですよ。今、国民が一丸となってね、絆で結ばれるというようなイメージがあった時にね、100年後にこの手記がというですね、この距離感って言うのかな。これやっぱり、小説らしいよね!
高橋: そうですよね。だからもう、極端に冷静になってんだよね。
奥泉: そう。
高橋: みんなが盛り上がっているのに、一人だけ。
奥泉: そうなんですよ。しかもね「センチメントが無い」って書いてあるじゃないですか。この自分の文章には。だから当時は「センチメントだらけ」なんですよ。逆に言うと。世間の言説っていうのはね、ホントにセンチメントで人を動かしていくって言うかな。そういう言葉にあふれかえっている時に、全然センチメントが私の文章には無いんだと、っていうね。このやっぱりね、アイロニーって言うかな、ここはたいしたもんだなと思いましたね。
高橋: だってやっぱりね、タイトルね。『十二月八日』。
奥泉: そうですよ!
高橋: ワールドカップ優勝じゃない!?(笑)
奥泉: それをね、ことほぐね、小説なのかなって思うじゃないですか。
高橋: 思うよ、普通。そしたら全然、違う! っていうのが、僕ね、ものすごく気合い入って書いてるなと思いました。で、最後のところがまたすごく面白いシーンなんだけど、途中も、ひとつひとつ脱線させるわけですよね。例えば、ニュース。

「大本営陸海軍発表。帝国陸海軍は今八日未明、西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり」って言ったら、主人がですね、「西太平洋ってどの辺だね? サンフランシスコかね?」とか言って、これ、ふざけてんだよね。
奥泉: それでほら、「西は変じゃないか?」みたいなね。
高橋: そうそうそうそう。
奥泉: アメリカの方が東で、なんで日本が西なんだ?!っていう。ここが面白いよね。
高橋: 「アメリカが東で、日本が西というのは気持の悪い事じゃないか。日本は日出る国と言われ、また東亜とも言われているのだ。太陽は日本からだけ昇るものだとばかり僕は思っていたのだが、それじゃ駄目だ。日本が東亜でなかったというのは、不愉快な話だ。なんとかして、日本が東で、アメリカが西と言う方法は無いものか。」と言う…。
奥泉: もうね、こういう事しか言わないんだよね。
高橋: そう。主人はね。だから徹底して、このことほぐ日をことほがない。
奥泉: そうですね。
高橋: ていうふうにして書いてるんですね。これがやっぱりものすごく、なんて言うかね、覚悟を決めてね。覚悟を決めると真面目になるじゃん。途中で軍歌の連続ってのがあったよね。軍歌が最後なくなっちゃって、古い軍歌をかけてるラジオ。だから吹き出したと! これね、最初から最後まで真面目にならない。
奥泉: うん。
高橋: まず主人が真面目じゃないじゃん。で、奥さんも真面目にやろうと思ったら、笑わせられるっていう。これはまぁ、そういうふうに徹底してやろうと。
奥泉: そうだね。しかもね、それだと発表できないんだけど。正面きって、この戦争は駄目だっていう小説を書いても、しょうがないわけですよ。
高橋: そうなの。発表できないからね。
奥泉: だから、やっぱり楽しい雰囲気でね。ある家庭の姿を描いてくっていう、まぁ一種のエンターテイメント性っていうかな。そこも一応ね、そのラインもキープしながら、そこに密かな批評性を忍び込ませてる。
高橋: つまり、妻が言ってるんで、主人は免責されてるっていう。
奥泉: それはあるね。
高橋: それも出来てるし。すごくうまいやり方で、誰にも害が及ばないように、ことほがないっていう。
奥泉: ことほがないって。それを100年後に読んでほしいって。
高橋: 100年後の人は分かってくれる。これ書かれてからね、80年ですよ。
奥泉: ホントそうですね!
高橋: 今の僕たちに読んでと言うことだと思います。
そしてこの小説のラストシーン。こういうシーンがあります。


銭湯へ行く時には、道も明るかったのに、帰る時には、もう真っ暗だった。
燈火管制なのだ。もうこれは、演習でないのだ。心の異様に引きしまるのを覚える。でも、これは少し暗すぎるのではあるまいか。こんな暗い道、今まで歩いた事がない。一歩一歩、さぐるようにして進んだけれど、道は遠いのだし、途方に暮れた。あの独活(うど)の畑から杉林にさしかかるところ、それこそ真の闇で物凄かった。
背後から、我が大君に召されえたあるう、と実に調子のはずれた歌をうたいながら、乱暴な足どりで歩いて来る男がある。ゴホンゴホンと二つ、特徴のある咳をしたので、私には、はっきりわかった。
「園子が難儀していますよ。」
と私が言ったら、
「なあんだ。」と大きな声で言って、
「お前たちには、信仰が無いから、こんな夜道にも難儀するのだ。僕には、信仰があるから、夜道もなお白昼の如しだね。ついて来い。」と、どんどん先に立って歩きました。どこまで正気なのか、本当に、呆れた主人であります。


高橋: ということです。かっこいいですね。
奥泉: うん。そうだよね。
高橋: これは比較的わかりやすく書いてると思います。
信仰がないから、こんな夜道も難儀すると。僕には信仰があるってのは、あとの『散華』にも。
奥泉: はい、そうですね。
高橋: 僕は作家だから、全然平気だよ! というふうに言ったんだろうと。
特に最後、「どこまで正気なのか、本当に、呆れた主人であります」と。
だから奥さんのトスもいい!(笑)
奥泉: そうですね。言葉の一種の永遠性と言うかな。極端に言うとね。まぁそういうものだよね、おそらくは。
高橋: そうですね。言葉を信頼しているっていう。だから『十二月八日』は、作家のひとつの生き方・考え方として、僕が割と大事に思っているのは「即応性」なんですよ。
奥泉: なるほど、なるほど。すぐ書いてるもんね。
高橋: そう! これはすごくないですか?!
奥泉: そうなんだよね。普通ね、小説ってね、そんな早くないジャンルなんです。
演劇はね、非常に早いジャンルで。
高橋: あと詩とかね。
奥泉: そう。事件が起こって、すぐそれが芝居になったり、よくあるんだけど。
小説ってのはやっぱりなかなかすぐにね、即応して、何か書けるものでは無いと思うんですね。一般的にはね。でもこれ、すごく早いよね。
高橋: しかも、複雑なものじゃない!?
奥泉: そう!
高橋: 表面上はさっき言った、『十二月八日』を祝ってるけど、よく読むと祝ってない。
奥泉: いや、全然祝ってないんだよね(笑)。
さっき言わなかったけど、さっきちょっと読んだとこにね、「東亜」って言葉が出てくるでしょ。
高橋: はい。
奥泉: だから、「東亜」っていう言葉をね、けっこう馬鹿にしてるんだよね。
高橋: そうなんだ(笑)。
奥泉: この時代における「東亜」って、いま僕たちが考えるのと全然違う重みがあるんですよ。東亜って言葉に。だから戦争だって「大東亜戦争」なわけだし。東亜の共同体ですとかね。要するに東亜って言葉が、日本が戦争をしていくときの大切なイデオロギー。その大元にあるのが「東亜」っていう概念で。
高橋: ふざけてるんだよね(笑)。
という太宰の『十二月八日』でした。じゃ、次の作品を読みながら、さらに考えて行きましょう。

高橋: 『散華』も有名な小説ですよね、やっぱりね。
奥泉: そうですよね。
高橋: 有名な小説が多いなっていう(笑)。
奥泉: まぁね。でもこれはやっぱり有名ですよね。
高橋: 書かれたのは1943年(昭和18年)11月頃。ざっくりした内容を言いますと、まず「玉砕」と「散華」という言葉をめぐる小説だ。タイトルにもなってるしね。タイトルがやっぱすごいよね、どれもね。
主な登場人物は、主人公の私と、作家志望の青年。三井君と三田君がいるんですが、そして戦死する詩人志望の青年。この二人の死と2つの言葉、という物語なんですが、ここで『十二月八日』との違いは、本人が出てくるところですね! もう太宰治が、自分・私ということで。だから、さっきの『十二月八日』だと奥さんが言ってるから、一応、主人は免責というか。今回はもはや逃れようが無い、生の姿で、自分の意見を言うと。だからそう言う意味で、けっこう覚悟を決めて書いたなという感じがするんですけど。
まず、奥泉さん、印象はいかがでしたか?
奥泉: 今回すごい丁寧に読んでみたんだけど、これは良い小説でしたね、もう実に。
高橋: いい?! ちょっと印象変わった?
奥泉: この小説はね、前に読んだ時は、まぁなんとなく読んでたんだけど。
やっぱりね、いい小説だな。特に「散華」というものの、「散華とはコレなんだ! 本当は!」って言うね。言わば、そういう主張ですよね。「玉砕」はコレだっていうのは書いてないけど、まぁ「散華」とか「玉砕」というふうに美辞麗句としてね、当時使われていた言葉というものの、それに向かいあってるって言うかな、作家として、言葉の専門家として、というのはね、非常に素晴らしいと思いましたね。そこに関しては。
高橋: 僕は太宰の作品が好きなんですけども、これはちょっと心を打たれると、作家として打たれますよね。
奥泉: やっぱり最後ね、葉書か。3回だっけ?
高橋: 3回です(笑)。
奥泉: 3回も引用するってさ、非常に不思議な技法と言うか、不思議な構成になってますよね。
高橋: じゃあ、とりあえず作品を読み解くために、冒頭の部分を読みますね。


「玉砕という題にするつもりで原稿用紙に、玉砕と書いてみたが、それはあまりに美しい言葉で、私の下手な小説の題などには、もったいない気がして来て、玉砕の文字を消し、題を散華と改めた」


高橋: まぁすごいよね。つまり「玉砕」と「散華」っていうのは…
奥泉: これは、そんなに違いないんじゃないかって、ツッコミたくなるよね。
高橋: 別のところで奥泉さんも言ってたけど、そういう美しい言葉で飾り立てて、戦争の実態を隠そうとした。その日本っていう国の、まぁ代表するヤバい言葉たちですよね。
だから「玉砕」とか 「散華」は、できたら触りたくない。つまりどういうふうに扱っても、どっからか文句を言われるか傷つくっていう言葉。これ両方、ダブルで使ってるっていうことがね。
奥泉: だからやっぱりあらためてね、この言葉に太宰が真正面から、ぶつかってったって言うかね。
それを扱ってたっていう事がね、知ってはいたけどね、改めて、それは思いましたね。
高橋: 作家としてすごいなと思ったのは、その時代にやっぱりアンタッチャブルな言葉があるじゃないですか。使いにくい、出来たら使いたくないと。でも、そういう言葉を、つまりなんて言うか、社会は使ってるし、軍隊とかね、もしかしたら美しい言葉かもしれないのに、言葉をそっち側に奪われてしまっている時に、文学者が何をしたらいいんだっていう。奪い返しに行った?
奥泉: なるほど。まさしくそうですね。
高橋: そういう感じがすると思いますね。
じゃあ、ちょっとこのキーワード「散華」の表現を太宰はどんなふうに書いているか、朗読してみましょう。


三井君の臨終の美しさは比類が無い。美しさ、などという無責任なお座なりめいた巧言は、あまり使いたくないのだが、でも、それは実際、美しいのだから仕様がない。
三井君は寝ながら、枕頭(ちんとう)のお針仕事をしていらっしゃる御母堂(ごぼどう)を相手に、しずかに世間話をしていた。ふと口を噤んだ(つぐんだ)。それきりだったのである。
うらうらと晴れて、まったく少しも風の無い春の日に、
それでも、桜の花が花自身の重さに堪えかねるのか、おのずから、ざっとこぼれるように散って、小さい花吹雪を現出させる事がある。
机上のコップに投入れて置いた薔薇の大輪が、深夜、くだけるように、ばらりと落ち散る事がある。風のせいではない。おのずから散るのである。天地の溜息と共に散るのである。空を飛ぶ神の白絹の御衣(ぎょい)のお裾に触れて散るのである。
私は三井君を、神のよほどの寵児だったのではなかろうかと思った。


高橋: これはちょっと説明がいると思うんですが、三井君ってのは要するに作家志望者で、あんまり才能がないと。
奥泉: いまひとつ、なんですよね。
高橋: 太宰のところには沢山そういう若者が来て…親切なんだよね、太宰治はね。
奥泉: そうですね。これを読むとね。
高橋: 結局彼は、結核で亡くなっちゃう。その文学志望の青年が戦争中、結核だから戦場にも行かず。
何者にもなり得ず「散華」したと。ちなみに散華っていうのは仏教用語で、供養の時に使うので、実は正式な使い方かもしれないね、こっちの方が。
奥泉: なるほど。
高橋: という表現でちょっとね、あとの「玉砕」のところもそうなんですけど、どっちかって言うと「怒り」みたいな…
奥泉: うんうん、うんうん。
高橋: …ものをちょっと感じちゃったんですけどね。
奥泉: まぁこれはね、文章ホントいいよね!
高橋: いいよね!
奥泉: だからね、なんか太宰はうまいって、もちろんうまい作家なんだけどね。そのうまさが鼻につく感じが(笑)。
高橋: 嫌なんでしょう(笑)。
奥泉: そう(笑)。
だけど、これはいいよね。「これが散華なんだ」と。
高橋: そうそうそうそう!
奥泉: ということを言いたいわけだよね。
高橋: あっちが使っている「散華」は「散華」じゃないと。
奥泉: 「散華とはこういうことでしょ!」と。まさしく、これが「散華」なんですよって言うね。それは相当気合も入ってるし、文章にも力が入ってるなっていう印象を受けましたね。
やっぱり昭和18年はね、もうさっきとちょっと状況が違うんだよね。
高橋: ホントに「散華」「玉砕」の…
奥泉: アッツ島、ガダルカナルもあって、いわゆる玉砕してっていう状況は伝わって来てるわけですよね。
やっぱりこの小説って結構シリアスに書いてるじゃないですか。でもそのシリアスさ、シリアスな形で、この言葉と本当に向かい合おうとしてるって言うね、その何て言うんだろう。技術の高さと相まってね、これは本当に素晴らしい文章になってるなと思いましたね。
高橋: そして、もうひとつです。これは三田君という、これもまぁ太宰のところに来ていた、この人は詩人の志望者なんですけども、まぁあまり良い詩も書けずと、太宰は思ってね。そういう子に対してすごく優しいんですけど。その三田君は、途中から出征します。結局あとで、アッツ島ですかね?
奥泉: そうですね。
高橋: ということが分かるんですけど。途中戦地から手紙を送ってきます。
その4通のうちの最後のものが、こんな便りです。


御元気ですか。
遠い空からお伺いします。
無事、任地に着きました。
大いなる文学のために、
死んでください。
自分も死にます、
この戦争のために。


高橋: いや~これは参るよね。この『散華』の中で、この手紙は3回繰り返されます。これは異例ですよ。
奥泉: う~ん、普通ないよね。同じやつを3回も書いてんだもん。
高橋: これを読んでもらいたかったんだと思うんですよ。簡単に言うと。この小説は自分の小説っていうよりも、この三田君の最後の手紙をみんなに読んでもらう為に書いたんだよね。
奥泉: そうですね~。だからね、いま気がついたけどね、高橋さんと太宰、似てるね(笑)。
やっぱり高橋さんもそうだもん。何かをね、読んで欲しいんだよね、いつも。そのための注釈として小説を書いてるっていう感じあるもんね。いま気がついたけど。
高橋: そう言われると(笑)。
でも、逆に奥泉さんって、そういうことない? 無いんだよね?
奥泉: 無いかもしれないな~。う~ん。
高橋: それは僕がたぶん「詩」が好きで。
奥泉: なるほど、そうですね。
高橋: 詩っていうのは5行なり8行なりで良くて、長い注釈があっても、そこだけ読んでもらえばいいでしょ。でもそれを読んでもらうために注釈がいるとかね。なんかね、僕はその気持ちがわかって、この小説は、さっき言った「散華」とか「玉砕」という言葉が、まぁ国が使って、惨めなものにしてしまった。その「怒り」から書いたと思うんですけど。
奥泉: そうですね。
高橋: でももうひとつはやっぱりね、「大いなる文学のために、死んでください。」って真正面から言われて、それを引き受けざるを得ないって。でも、この手紙も名文だよね。
奥泉: そう。そうなんだよね。
だからこれで十分、「玉砕」っていう言葉と拮抗(きっこう)できてるっていうかね。
というふうにも言えるし、あるいは「玉砕」なんていう言葉じゃ捉えきれない、故人の生のね、厚みと言うかな、そういうものが表現されるんだっていうことが言いたいとも読めますよね。
高橋: 僕もそう思ったんですよ。だから「玉砕」とか「散華」という言葉はね、戦争中はやすやすと使われて、しかもただの戦死なのに。だから言葉がまぁデフレっていうか、価値が下げられてしまったところに、もう1回、言葉の価値を上げて返すしかないっていう。
奥泉: そう! そのね、戦略っていうのはね、驚いたね。僕がもしやるとしたらね、実際わからないけど、個別の死だよね。個別の死というものに想像力を働かせる形で戦争を描くっていうのは、普通のやり方って言うかね。でも太宰はちょっと違うんだよね。
高橋: 言葉ね!
奥泉: 言葉。「玉砕」「散華」。この言葉に、何て言うかなぁ、こだわって、そこから小説世界を作ってくっていうね。それはね、結構驚きましたね。
高橋: 1行とかさ、1字の言葉から小説全体を作っちゃう。僕はそっちの方が気持ち分かるわ。
奥泉: だから高橋源一郎さんはね、まぁそのタイプだよね。どう考えても。
高橋: だから好きなのかな(笑)。
それでは3つめの作品です。

高橋: はい、えーと『惜別』は今まで紹介した2つの作品とは異なります。さっきは短編でしたけど、これは長編小説です。しかもですね『十二月八日』と『散華』は、まぁおそらく「怒り」に任せて書こうと思って書いた。これはかなり違ってですね、まず依頼作品だっていうことですね。

これ面白くてですね、執筆の背景なんですけども、日本文学報国会という団体。これは戦争期に国の統制が厳しくなって、文学者たちの活動も制限されて、活動しようと思うと国のコントロール下で団体の指令のもとに書くと、ていう国策団体ですね。多くの作家、もちろん詩人も入会して、これもう、それぞれの思いでね。本気で戦争がすごいと思って書いてる人もいれば、嫌だけど嘘をついて書いてる人もいるし、まぁ書かなくなった人もいるっていう中で、これはなんと太宰が自ら手を挙げて書いたっていうことで、未だに国策作品ということで糾弾する人がいる作品です。

内容自体はですね、副題に「医学徒の頃の魯迅」とあるので、魯迅の伝記小説なんですよ。年老いた医師による日記で、このへんで奥泉さんぽくなってくるんですけど、仙台留学時代の魯迅(周樹人:しゅう じゅじん)と同じ学校で学んだ医師が、過去を振り返る回想ということになっているんですが、ご存知の方も多いと思いますけど、ひとこと言っておくと魯迅というのは、中国を代表する作家です。日本に若いころに留学して医者になる予定だったのが、有名な「幻燈事件」っていうのがあってですね。それはまぁ要するに、日露戦争で中国人がスパイだっていうことで日本の軍隊に殺されるスライドを大学の授業で見て、魯迅はショックを受けて、こんなところで医学を学んでいる場合じゃないと。
ここで面白いのが「作家になる」と。
奥泉: そうだね。
高橋: 社会を変えるには、まずは言葉を変えることだということで、彼は新しい文学を作って、後に中国のいわゆる革命派のシンボルになるんですけど、彼はイデオロギストというよりも、矛盾をみつめて民衆と共に生きる作家になったということで、はっきり言って日本軍隊にとっては、日本国にとっては煙たい作家の伝記を…
奥泉: 日本帝国主義には、もうアンチですよね。象徴のような、当時は存在だった。特にこの執筆時はね。
高橋: そうそう。それをあえて書いたということですけども、これはどうでした?
奥泉: これはね、まぁ率直に言ってね、退屈はしました(笑)。
高橋: でた!(笑)
奥泉: けっこう冗長な小説なんですよね。
高橋: 長編はね。
奥泉: でね、やっぱりこの小説もね、結局さっきと同じで、魯迅が書いた『藤野先生』というエッセイがあるんだよね。
高橋: そうそうそうそう!
奥泉: あれを読んで欲しいっていう小説だと思うの。
高橋: うん。
奥泉: 最後、長い引用がされてますよね。要するにこれを読んでくれと。
高橋: その通り。
奥泉: そのために長い注釈というか、それを付けて、でもこれを読んで欲しいんだっていう小説なんですよね。
高橋: 全くその通りだと思います。僕、太宰っていう人は、何かね、いろんなものを犠牲にしても小説を書こうとしたと思うんですね。短い時間しかなかったから。僕もこれを小説としてね、出来が良いかと言うと、微妙だと思います。本当にこれは最後の『藤野先生』という、魯迅のエッセイ。
奥泉: これはつまり要するに、若かった留学時代の魯迅が藤野先生という先生に出会って、その人に大変お世話になって…
高橋: 理解しあったんだよね。
奥泉: 影響も受けてっていうね、非常に懐かしい思い出として、また自分にとって非常に大きな力になった。そういう先生の思い出を書いたエッセイなんですよね。それは非常に感動的なエッセイで、ホントそれを読んでくれってことなんだよね。
高橋: 僕もそう思いますよ。僕でもそうするかなって。日本は当時、中国に対して加害の国になったので、加害の国の作家としてどうするかっていう、ひとつの結論を出して実行した作品だと思うんですよ。
だから僕は、太宰って人は、自分の作品をどういうふうに壊しても構わない。
それよりも書きたいことがあるっていうことです。

【放送】
2022/08/15 高橋源一郎と読む「戦争の向こう側」2022

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