【高橋源一郎と読む「戦争の向こう側」】「はだしのゲン」を読み解く

高橋源一郎と読む「戦争の向こう側」

放送日:2023/08/15

#文学#読書#戦争

作家の高橋源一郎さんと“戦争”について考えていく番組、『高橋源一郎と読む「戦争の向こう側」』。8月15日の終戦の日やその前後にお伝えしてきて、この夏で6回目となります。今回は、「エンターテインメントと戦争」というテーマで、エンターテインメント小説の大家、赤川次郎さんと高橋源一郎さんの対談やマンガから、“戦争”を考えました。

番組でとりあげたマンガは、「はだしのゲン」。原爆の被害だけではなく、戦中の同調圧力や戦後の困難な状況を生き抜く人々の姿が描かれた作品です。この作品を、源一郎さんと詩人の伊藤比呂美さんはどう読み解いていったのでしょうか。
番組のトークから一部を抜粋してご紹介します。

【出演者】
高橋:高橋源一郎さん(作家)
伊藤:伊藤比呂美さん(詩人)


高橋:
さて、ここからは「戦争漫画」についてです。すでにお伝えしていましたように、『はだしのゲン』。
戦争漫画の代表で、この春、話題になりました。広島市の教育委員会が、4月から平和プログラムの教材『ひろしま平和ノート』への掲載をとりやめると発表して、小学校3年のプログラムから削除されたと。で、逆にこれが話題になって、また本が売れたという。
実際、僕もそうなんだよ。「逆効果だったんですかね?」と思います。

伊藤:
う~ん。

高橋:
なぜプログラムから外されたのかについて、こういうふうに言われています。旧教材で引用していた『はだしのゲン』の各場面を「漫画の一部では被爆の実態に迫りづらい」と。
例えば具体例として「家計を助けようとして浪曲を歌って小銭を稼ぐシーン」があるんですが、浪曲が現代の時代の生活実態に合わない。まぁそりゃそうだよ。時代劇みたいなものですからね。「栄養不足で体調を崩した母親に食べさせようと池のコイを盗む」は、盗みは誤解を与える恐れがある。
そしたら、ほとんどの物語がダメだっていうことになりますね。

伊藤:
なんか、すごく苦しいですよね。

高橋:
ねぇ、ちょっとね。
えっと『はだしのゲン』。伊藤さん、読んだことなかったの?

伊藤:
なかったの。私、初めてだった、今回。

高橋:
もう、知ってたでしょ、もちろん。

伊藤:
もちろん。名前は知ってて。

『はだしのゲン』はどんな作品なのか

高橋:
ちょっと皆さんにも、とりあえず「あらすじ」を、サクッとお話します。まとめてきました。

主人公のゲンは8人家族。最初は7人家族の三男。物語は昭和20年4月、敗戦直前に始まります。リベラルな思想の持ち主の父は非国民扱いされ、家族は苦しい立場に置かれています。そんな8月6日、広島に原爆投下。その地獄図をゲンは目にしました。間一髪のところで助かったんですが、見たのは悲惨な広島でした。自宅に戻ると倒壊しています。父と姉と弟は逃げ出すことができずに焼け死んでしまいます。そのショックの中で、母親は出産して、いちばん下の妹が生まれます。これで8人家族の3人が亡くなっちゃったんですね。そこから、ゲン一家の過酷な生活が始まります。やがて赤ん坊の妹も亡くなり、帰ってきた兄弟たちと懸命にゲンは働きます。
そして、これはもう1つのストーリーなんですが、亡くなった弟そっくりの隆太を筆頭とする、原爆の戦災孤児たちとも知り合い、彼らと住む家を造ったりもします。極限状況のもとで、それでも生きていく者たちに次々と過酷な運命が襲うのです。というのが「あらすじ」なんですけど。

伊藤:
うん

高橋:
いろんな特徴ある人物が出てくるんですね。

伊藤:
そうですね。

高橋:
物語の中心として描かれるのは、被爆によって人間性をあぶり出された人々のふるまい。例えば、差別にあえぐ在日朝鮮人の朴さん。親切にしてくれたゲンたちには恩義を感じて、何くれとなく世話をやいてくれる。被爆で二目(ふため)と見られぬ体になり、家族からも見捨てられた画家志望の政二さん、という人。この人は、最後には命がけで、死んだ被爆者の絵を描こうとして…、手が使えなくなったので、口で描く。

伊藤:
すさまじかったですね。

高橋:
そうですね。同じように残された命のすべてをかけて、原爆小説を書く人もでてきます。
だから、けっこう、これ、芸術系?

伊藤:
芸術小説って言うかね~。

高橋:
「人間が原爆のことを書いて死んでいく」っていう話でもあるんですよね。
で、戦後になって、平和のために命をかけようとしてクビになる教師も出てきます。熱い目で見られる人もいれば、逆に、戦争中は戦争遂行に命をかけ、ゲンたちを非国民とののしったのに、戦後は民主主義者として政治家になる町内会長が出てきたり、自分の利益のためにアメリカ軍と結託する医師や僧侶が出てきたり。戦災孤児を鉄砲玉に使うヤクザが出てくる。そういう善悪が入り交じった熱い世界が描かれます。
最終的にゲンは「この戦争と被爆の責任を追及しようとし続ける」というお話です。

あってます?

伊藤:
あってます、あってます。なんか、すごい長い大河ドラマで、教養小説で。

高橋:
芸術小説だよね。

伊藤:
そうだった。

高橋:
読んだのは、初めてだったんだ?

伊藤:
全く初めて。

高橋:
へぇ~。感想どう?

伊藤:
なんか私、もっとね…。
「戦争はいけない。」っていうね、そういうことかと思ってたら…。

高橋:
全然違うでしょ!

伊藤:
むっちゃ面白かったの!

高橋:
面白いよね。

伊藤:
私がね、大好きなキャラは、隆太。

高橋:
隆太。さっき言ったね、隆太くん。

伊藤:
なんて言うんだろう。原爆孤児で、弟にそっくりで、それで仲良くなって。ほとんどお母さんが「じゃあ育てよう」みたいな感じになるんだけど、まぁムッチャクチャな人で…。

高橋:
僕、思ったんだけどさ、「コイを盗んじゃいけない」とか言ってるけどさ…。

伊藤:
とんでもないよね。人殺ししちゃいけないと思いますよ。

高橋:
でも、でも憎めないでしょ?

伊藤:
憎めないの! 隆太、どうしたかな~って思っちゃうの。「がんばれ、隆太~!」みたいな。

高橋:
ホント! だからね~、この『はだしのゲン』という漫画は、ある意味で、広島市の教育委員会が、掲載をやめたっていうのは、気持ちがわかるよね。

伊藤:
あまりにもエネルギーがありすぎて?

高橋:
あのね~、「いい子じゃない」もん。いわゆる。

伊藤:
そうね~。ゲンも、なんか反抗しているじゃない、知的にさっ!

高橋:
で、何に反抗してるかって、特に学校。

伊藤:
学校。そうなの、そうなの。

高橋:
最初から最後まで、学校に反抗してるでしょ。

伊藤:
うん。

高橋:
それはさぁ、教育委員会が認められないもん(苦笑)。

伊藤:
やっぱりこのエネルギー…、これをね、子どもが読んだら、どうなんだろう?

高橋:
あ~、どう思います?

伊藤:
いや~、わかんない。

高橋:
読ませたい?

伊藤:
え~とね、読ませたいけど、たぶんね、怖がって読まないかもしれない。

高橋:
あ~、僕もそう思うんだよね。やっぱり『はだしのゲン』の最大の特徴は、エネルギーだと思うんです。

伊藤:
エネルギーがすごい! 今の私たちに、ないでしょ、これ。

高橋:
ないね~!

2人が気になった場面

高橋:
はい、ということで、気になった場面は?

伊藤:
好きなのはね、苦しむところが、全部「ギギギギギギ…」なの。
「ギギギギ。ギギギギ…」って、お母さんも苦しみながら「ギギギギ…」って言うの。

高橋:
そう、そう、そう。

伊藤:
「ギギギギ…」って、何なんだろうと思って。で、どんな苦しみも全部「ギギギギ…」なの。

高橋:
あ~、「歯ぎしり」だよね。

伊藤:
「歯ぎしり」か~。なるほど~!
あとね、子どもが泣くところはみんなね「うわ~ん」なの。このね、プリミティブなさ…、すごいなと思った。

高橋:
エネルギー、すごいよね。

伊藤:
エネルギーがすごい、うん。

高橋:
で、気になったところは?

伊藤:
私、友子。(主人公・中岡元の妹)

高橋:
え~と、6番目の子どもで、いちばん最後に生まれた女の子ね。亡くなっちゃうんだよね。

伊藤:
原爆の当日に生まれて、お母さんが苦労して育ててたんだけど、さらわれていくでしょ。

高橋:
う~ん。

伊藤:
で、なんか他の集落っていうか、人々のコミュニティーに持ってかれて、そこでお姫様って言われて、いろんな人の、なんか生きる、なんて言うんだ…、支えみたいに、まだ3ヶ月、4ヶ月ぐらいの子どもなのに、みんながそう思っててね。

高橋:
うん。

伊藤:
ほら「アキエが生きてんだぞ!」って。「だからお前も頑張れよ!」みたいな。

高橋:
いろんな人の名前をつけられてね。

「生命だけが残ってる」

高橋:
さっき伊藤さんがプリミティブって言ってた…、原爆が落ちて、なんにもなくなって、ゼロになっちゃった。

伊藤:
うん。

高橋:
生きている、生き残ったというか「生命だけが残ってる」って感じですよね。

伊藤:
そうね、そうね。

高橋:
だから、人間の生命って、ヤバイもんだよねって。

伊藤:
そうね。ここまで、いろんなふうに爆発していくわけだからね。そこでね、その子どもがさ、死ぬじゃない。3ヶ月か4ヶ月の赤ん坊、少女みたいな子が。

高橋:
うん。

伊藤:
そしたらね、その死体をちゃんと描いてるの。

高橋:
そうだよね。

伊藤:
こういう絵だからさ、死体か生きてるか、わかんないんだけど、でも死体として描いてるのが、私はすごいショッキングだった。

高橋:
えっとね、じゃあ僕はね、もう本当に、いろんなとこがすごいんだよ。
第5巻で、お母さんが亡くなっちゃいますよね。

伊藤:
はい。

高橋:
お母さんはやっぱり原爆症で亡くなって、そのお母さんの遺体を背負って、ゲンがどっか行こうとする。

伊藤:
うん、うん。

高橋:
で、「どこに行くんだ?」って言ったら、「マッカーサー元帥と天皇に会いに行く」っていう。
だから中学生かな、「中学生のゲンが、戦争責任を追及している」っていう話を作っちゃうところっていうか、実際にこれは著者の中沢啓治さんの経験がほとんど主だっていうから、その思いみたいなのは、やっぱりあれはすごいよね。

伊藤:
あるわね~。戦争責任てさ、石垣りんの詩を読んでても感じるの。
やっぱり、そういうところがいっぱいあってね。だからあの~、感じてたんだろうな。すごく。

高橋:
これは以前に、この番組でやったんだけどさ、日本人の多くって結局、戦争が終わったら…、もう、 なに、自然災害みたいに、もう終わりましたね~っていうふうに…

伊藤:
そう、そう、そう。

高橋:
「なかったことにする」に対して、「絶対なかったことにしない」。これは「意志の人」なんだよね。

伊藤:
それって「戦争がなんで始まったのか」ということも、ちゃんとわかった上で、原爆ということを語ってるでしょ。

高橋:
うん、うん。

伊藤:
で、よくある、絵本とかを見てると、「ある日突然、真っ青な空で、いきなり災害が落ちてきた」みたいなね。

高橋:
そんなわけはないよね。

伊藤:
そう。それをちゃんと押さえている、っていうところが、私は面白かった。
あと面白かったのが、いちばん後に出てくる女の子、光子。

高橋:
はい、はい、はい、はい。

伊藤:
その人が言ってるのがね、「女も悪い」って。

高橋:
あったね~!

伊藤:
おばさんと話し合ってるんだけど、女も戦争によろこんで協力した、って光子が。
そのおばさんが、女は弱い立場だった、って言うと、弱者ぶったり、被害者ぶったらいけない、女にも戦争を起こした原因はある、って光子が言うわけ。それ、最高。

高橋:
そこは強烈だよね。

伊藤:
最高。

高橋:
だから僕、『はだしのゲン』って、被爆直後のシーンだけがものすごく印象に残ってて、僕もそうだったんだよね。

伊藤:
うん。

高橋:
で、今回読んだら、全然違う。もっと大きい、要するに「日本人とはなにか」。

伊藤:
そうね。


【放送】
2023/08/15 「高橋源一郎と読む「戦争の向こう側」」

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