【飛ぶ教室】「きょうのセンセイ~文芸評論家 斎藤美奈子さん~」

23/10/20まで

高橋源一郎の飛ぶ教室

放送日:2023/10/13

#文学#読書

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「きょうのセンセイ」は、文芸評論家の斎藤美奈子さん。1コマ目で紹介した米原万里さんの『噓つきアーニャの真っ赤な真実』の文庫本の解説を書いていました。そして、斎藤さんが近代文学に描かれた男と女のあり方を掘り下げた『出世と恋愛 近代文学で読む男と女』の話になり、源一郎センセイは思わず反省の弁を述べます。

【出演者】
高橋:高橋源一郎さん(作家)
礒野:礒野佑子アナウンサー
斎藤:斎藤美奈子さん(文芸評論家)


礒野:
源一郎さん、2コマ目です。

高橋:
はい。今日のセンセイは、文芸評論家の、この方です!

斎藤:
斎藤美奈子です。こんばんは。

高橋:
よろしくお願いします。

高橋:
お久しぶりです。

斎藤:
はい。そうですね。

高橋:
なんでも1年9か月ぶりとやらで。なんかさ、ついこのあいだ会ったような気がするんだけど。

斎藤:
そうですね。もうじき2年っていうね。

高橋:
ね~、ヤバいですね(笑)。

斎藤・礒野:
あははははっ(笑)。

高橋:
時間の感覚が狂ってきました。斎藤さんとは年に1回、“小説をまとめて読んで話す”っていうのを長くやってきたんで、1年に1回会うのが普通になってたもんね。

斎藤:
そうですね~。

礒野:
ちょっと間があいたんですね、この期間は。

高橋:
そう、そう。やっぱり1年に1回さ、ここでそういうのをやるのもいいね?

斎藤:
いや~、やめたほうがいいですよ、あれは絶対。

高橋:
嫌だ? あははははは(笑)。

斎藤:
6時間ぐらいかかるんですよ、あれ(笑)。

礒野:
あははははは(笑)。

高橋:
そう! そうなんだよね(笑)。

礒野:
そんなに時間かけてるんですか!?

斎藤:
もっと、8時間ぐらいのときもあったかもしれないですよ。

高橋:
8時間のときもあった!

斎藤:
だって、ずっと話が長いわけですよ、要するにね。

高橋:
僕がってこと? あははっ(笑)。

斎藤:
いや、いや…。15冊やりましたからね。

高橋:
15冊を丁寧に、2人でやるの。

斎藤:
やると、そのぐらい時間かかるの。

礒野:
1日がかりですか~。

高橋:
いや、もうね、疲れてくるんだよね。最後のほうは、もうろうとしてきて。

斎藤:
そうですよね。

礒野:
うふふふ(笑)。

斎藤:
お昼ご飯食べて、夕ご飯食べて。

高橋:
うん、夕ご飯食べて。「えっ…、帰れるの?」みたいに。

礒野:
さすがにちょっと、ここでは難しい…。

高橋:
難しいけど、そういうのをやると面白いと思うんですけどね~。すいません(笑)。

礒野:
斎藤さんのプロフィールを、簡単ですが、ご紹介させていただきます。
1956年、新潟県生まれ。児童書の編集者を経て、1994年に発表した『妊娠小説』をきっかけに、文芸評論家として活動されていらっしゃいます。2002年に『文章読本さん江』で、第1回小林秀雄賞を受賞。去年(2022年)1月21日に、この番組で、源一郎さんとの共著『この30年の小説、ぜんぶ 読んでしゃべって社会が見えた』をご紹介しました。それ以来のご登場となりますね。

高橋:
そう、だから、1回6時間とか8時間とかやったやつを、まとめたっていう。

斎藤:
無理やりな本ですよね。

高橋:
無理やりだよね~。いや~、ホント、斎藤さんと話してるとエンドレスになっちゃう。

斎藤:
あはっ(笑)。

高橋:
ね。だからちょっとラジオでは無理なんですね(笑)。

1コマ目の続き:『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』

高橋:
ということで、1コマ目で米原万里さんの『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』を取り上げて、これは名著なので、いつかやろうとずっと思ってて、なんとなく、そろそろやろうかなと思って、本の後ろを見たら、斎藤さんが解説書いてたのを、それまで気がつかなくて。

斎藤:
そうなんですよね。

高橋:
米原万里さんと斎藤さんは、なにか関わりがあったの?

斎藤:
えっとですね、結局、亡くなるまで1回もお目にかかることはなかったんですけれども、でもお互いの読者だったんですね。

高橋:
そういうことね。

斎藤:
ですから、お互いの新刊が出ると送り合っていたことはあって、私はこの『アーニャ』の解説を書かせてもらいましたけど、私の本の解説も米原さんにお願いしたということも…、

高橋:
えっ、なにを、解説してもらったの?

斎藤:
それね、『読者は踊る』ってやつなんですけど。

高橋:
へぇ~。

斎藤:
で、米原さんの書評集で『打ちのめされるようなすごい本』ってあるでしょ。

高橋:
あった、あった。

斎藤:
「斎藤美奈子の本は全部読んでる」って言ったら、「だって4冊しかないじゃない」って言われたっていう、いわれがあって(笑)。

高橋・礒野:
あははははっ(笑)。

斎藤:
それね、私も誰かに会うたびに、「米原さんの本で読みました」って。もう今はね、4冊じゃないですけど!

高橋:
あっはははっ(笑)。

斎藤:
そんなこともあって、お互いに本を送り合っていたので、この本もたぶん送っていただいたんだと思うんです、最初はね。

礒野:
ちょうどね、偶然、今日この本を取り上げられることになりまして。

斎藤:
そうですね! びっくりしました、私も。

高橋:
それで、米原さんて、ロシア語の通訳、翻訳をされてて、それで作家、エッセイストだったんですが、やっぱり「今、生きてたら、米原さんはどう考えただろう」って、この本を読んで思ったんですよね。

斎藤:
本当ですよ。本当にそう思いますね。パレスチナもそうだけど、ウクライナとか…、

高橋:
そう、ウクライナね。

斎藤:
この本自体が民族紛争というか国家間の対立に巻き込まれた子どもたちの話ですから、そうすると自分が生きている時間と、その親たちの時間と、ナショナリズムの問題とかが、小学生にものしかかってくるっていうことなんですよね。

高橋:
そうなんだよね。彼女たちは小学生でしょ。
すごいなと思ったのが、いわゆる大国がいないんだよね。

斎藤:
うん、うん。あっ、そうか、そうか。

高橋:
ギリシャ人、それからルーマニア、ユーゴスラビア、で、日本ね。

斎藤:
うん、そうですよね~。

高橋:
だからアメリカとかソ連とか中国とかはいなくて、まぁもちろん小国とは言えないけど、どっか中間的な国の子たちの物語になってますよね。

斎藤:
60年代から始まって、第2部というか再会編が90年代。そこは東欧の動乱とかを経ての…、だからものすごくドラマチックな…。

高橋:
そうなんだよ。

礒野:
時が流れて…。

斎藤:
流れているんです。その30年の間にね。

高橋:
そう、そう。それで、それ(再会編で描かれた年代)から30年じゃない?

斎藤:
そう、今ね。そうですね。

高橋:
だから本当に…、第1部、第2部みたいな構成になってるけど、第3部を読みたかったね。

斎藤:
この人たちが今ね、その後どうなったか…、

高橋:
そう、そう、そう。

斎藤:
もう引退ぐらいの年齢になっていて、そっからの30年をどう生きたかっていうのを知りたかった。

高橋:
知りたいね~。彼女たちが何を考えて、今何をしているのかっていうのをね。で、ギリシャでしょ、これ。

斎藤:
うん。

高橋:
ギリシャはどんどんお金がなくなってきてる…、で、ルーマニアでしょ。ルーマニアはNATOに入っちゃってて、いつの間にか。それで「政権はどうなってんの?」って。だんだん保守化してるって言ってるし。で、ユーゴスラビアでしょ。これはもう、このあと大混迷で…、

斎藤:
そう、そう、そう、そう。

高橋:
この頃だよね? イスラムの話が出てきたのは。

斎藤:
そうですよね。でもこの、ヤスミンカ(マリの同級生で、ユーゴスラビア人)って実は、ボスニア・ムスリムだっていうことが最後に、まぁ…、自分は全然意識してなかったけど、そうだったということが、彼女の複雑なアイデンティティーなんだと…。
宗教的にだけじゃないんだけど、でもそうだということをずっと子どもの頃から意識しなかったけど、今は意識するっていう話と、それから、ルーマニア人だって、すごいルーマニアに対する愛国心をものすごくむき出しにしていたアーニャ(マリの同級生で、ルーマニア人)が、まぁ実はユダヤ人、ユダヤ系で、そのことをやっぱり、母国では、ある種、差別もあって、ずっとそれを隠して生きていきたいかっていう、そういうことがみんな大人になってから、わかるんですよね。

高橋:
わかるんですよね~。

斎藤:
それをマリ(=米原さん)が発見していくっていうか。

高橋:
だから30年前に、戦争があったときに、僕は初めて、「あっ、そうか。ヨーロッパにムスリムいるんだ」とか。

斎藤:
うん。

高橋:
僕、知らなかったですもんね、よく。それで、それから30年たって、移民も増え、難民も増え、特にムスリムの人たちが、例えばフランスとか、もちろんイギリスとかにも大量に行って。で、パレスチナでの戦争でしょ。だから、60年代には、そういう話は聞かなかったもんね。で、90年代に初めて僕らは知って、それで今ではもう、世界中てんやわんや、みたいに、ね。

斎藤:
そうですよね~。

高橋:
それで僕は思ったんですけど、斎藤さんも、どう思うのかなと思うんだけど、やっぱりこの本を読んで、それでも知らなかったもんね、いろんなことを…。

斎藤:
うん、うん、うん。

高橋:
ユーゴスラビアの戦争って誰が悪いのか、とかさ。
どこが、どこを攻めてんのか、とかさ。

斎藤:
そうですね、確かに。わかんないですね。
国家単位がわかんないし、その中にまた民族だの宗教だのの、対立状況とか、すごく難しいですね。

礒野:
日本だと、ちょっと遠く感じがちなところがありますもんね。

高橋:
うん。だから、ユーゴスラビアの問題のときには、けっこう優れた知識人といわれる人も、ちょっと判断を誤った的な…
スーザン・ソンタグ(アメリカの作家・批評家)とかね。

斎藤:
そうですね。NATOを支持したりしてましたからね。

高橋:
支持してね。だからすごく、僕たちなんかよりはるかに知識も情報もあるはずの人も、ちょっと後になってみれば、おかしな判断をしている。それぐらい、わかりにくい。

礒野:
うん、うん。

高橋:
で、パレスチナだよね。これはなかなか言いにくいのは、何がどのように起こって、何が本当で…
だから、そういうのをパッと見て、画面だけで見る(判断する)ようになっちゃうからね。だから、すごく怖いですよね。

出世と恋愛 近代文学で読む男と女 ~近代文学の傾向と対策~

高橋:
それで、前々回の「ヒミツの本棚」で、斎藤さんの本『出世と恋愛 近代文学で読む男と女』を紹介しました。まさか、聞いてたんですか?

斎藤:
はい、もちろんです。拝聴いたしました~。

礒野:
ありがとうございます。

高橋:
すいませんでした(笑)。

斎藤:
えっ? なんで謝るんですか?

高橋:
いや、とりあえず謝っておかないといけないかなと(笑)。

斎藤:
いや、なんかすごい「鬼キャラ」になっていませんでした? 私(笑)。

礒野:
うふふふ(笑)。鬼キャラ! バサバサ斬る…。

斎藤:
その場にいないと思ってさ(笑)。そんなに私は源一郎さんを追い詰めたというような…、

高橋:
ない、ない、ない。いや、ちょっと、それね…(汗)。

斎藤:
記憶は、ないんですが!

高橋:
あの、確かに斎藤さんの話をするときに、いつも「ごめんなさい」って…。あははっ(笑)。

斎藤:
ちょっと! なんじゃそりゃ(笑)。

高橋:
でもね、正直いって、あんまりね、怒られたことはないんですよね。2回だけ…。

斎藤:
ぐはっ(笑)。

礒野:
でも、あることはあるんですか?

高橋:
2回ある…。

斎藤:
あ~。

高橋:
前にやってた対談のときに…。

斎藤:
それはね~、まぁ、1回は覚えてます。

高橋:
もう1回あったんだよ。なんかね、しかもきちんと用意してきて。

斎藤:
ダハハッ(笑)。

高橋:
理論的なものでね、いきなり突きつけられてね。

斎藤:
あははっ(笑)。

高橋:
ギブアップっていうのが!

礒野:
へぇ~!

高橋:
しかもさ、ぐうの音も出ない感じ…。

礒野:
正論だったんですか?

斎藤:
本当ですか~?

高橋:
本当です。

斎藤:
そういえば、なんか機嫌悪くなったなぁ~と思って…、

高橋:
あははは(笑)。

斎藤:
まぁ、みなさん不機嫌になるのはしょうがないかなと思ってたんですけど(笑)。

高橋:
いやいや、でもね~、あの、「その通りです」って思って。

斎藤:
はい。失礼しました~(笑)。

高橋:
ということで、すばらしい『出世と恋愛』の話を(笑)。

礒野:
昔ながらの女性感、女性像とかがたくさん描かれているっていうお話がありましたよね?

斎藤:
はい、はい。

礒野:
すごく、今も、共感…、

斎藤:
しました?

礒野:
しました! 私は~!

斎藤:
ありがとうございます。

礒野:
言われてみればそうだなと思いまして~。

高橋:
あの中にも出てきたんですけども、前回さ、番組で取り上げたときに、え~っと、斎藤さんが、日本の近代文学の小説の傾向と対策ということで、「主人公には相思相愛の人がいる」「2人の仲はなんらかの理由でこじれる」そして「彼女は若くして死ぬ」と。

斎藤:
はい。

高橋:
ね!

斎藤:
ね! そうなんですよ。

高橋:
で、自分で読んだときに、「あ、僕もそうだ」と思って(笑)。

礒野:
源一郎さんの小説も心当たりが、あったんですよね。

高橋:
デビュー作ですね。『さようなら、ギャングたち』では…、

斎藤:
あぁ、そうでしたね。

高橋:
殺してしまいまして。

斎藤:
はい。私もそれ、そのお話を高橋さんがなさったのを聞いて、「あっ、そうだったな~」と思いました(笑)。

高橋:
で、あの後ね、家へ帰って考えたんですよ。「なんで、そんなことをしたんだろう?」と。

斎藤:
うん。

高橋:
ちょっと、斎藤さんに言われっ放しじゃしょうがないんで。なにか理由はあるまいかと。
でね、思ったんですよ。1つは、そもそも…、メモを取ろうとしてるね(笑)。

斎藤:
フフフフフフ(笑)。どうぞ~。

高橋:
やっぱりさ、女性だけではなく、誰かが死ぬよね?

斎藤:
うん、うん、うん。

高橋:
それは、僕の考えでは、小説は何が面白いかっていうと、ちょっと斎藤さんに聞きたいんですけどね。

斎藤:
はい。

高橋:
小説を読むんですけど、「小説自体が人生に似てる」と。

斎藤:
なるほど。お~!

高橋:
つまり、僕らは何かで類推しながらじゃないと読めないんですよ。だから、「生まれたら、死ぬ」と。

礒野:
あぁ~。

斎藤:
なるほど。

高橋:
何かが生まれて、最後に死ぬっていう話だと納得できるんだよね。生まれてそのままずっとだと、なんか、終わった感ないでしょ?

斎藤:
いや~、そうですか~~?

高橋:
あははっ(笑)。 いやいや…、っていうのは、1つあると思うんですが、ダメですか、それ。

斎藤:
『さようなら、ギャングたち』について言うと、ヒロインだけじゃなくて、全員死ぬじゃない、全員。

高橋:
あ~、全員死ぬね~。

斎藤:
主人公も娘も、猫まで死んでるじゃないですか~。

高橋:
全て死ぬね~。

斎藤:
そうですよ。ころ…、殺しすぎっ!

高橋・礒野:
あははははははっ~(笑)。

礒野:
ズバッと~!

高橋:
あっ、確かにね~。女性だけじゃなくて、全員死んでるんだから、問題ないですね(笑)。

斎藤:
だから、「もう、この世界は御破算」っていう終わり方ですよね。

高橋:
うん。

斎藤:
男性が死ぬっていう小説も、もちろんあって。ただね、やっぱりね『若きウェルテルの悩み』とか『赤と黒』とか、西洋文学ではよくあるんだけど、日本だとやっぱりね、女性のほうが死にますね~。

高橋:
あ~そうか。でもさ、そう言われるとさ、シェークスピアの劇だって、みんな男が死んでるもんね。

斎藤:
でしょ! だから…、

高橋:
ドン・キホーテだって死んでるしね。ヨーロッパは!

斎藤:
ヨーロッパはね、男を殺す。

高橋:
そうか~。日本の方が女性を殺してるんだ!

斎藤:
どっちかって言うと、殺してる感じしますね~。

高橋:
ヤバイですね~。

斎藤:
まっ、あれですよ、姦通小説の『アンナ・カレーニナ』みたいなのもあるので、女性ももちろんバシバシ殺されているんですけど…。

高橋:
フローベール(フランスの小説家)だって、殺してるもんね~。

斎藤:
そう、そう。

斎藤:
姦通系はそうなんですけど、ドラマチックに『若きウェルテルの悩み』みたいな、『赤と黒』みたいな終わり方って、あんまりなんない。

高橋:
なんないよね~。ただ確かにね、安易に若い女の子が死んじゃう話が多いのは、事実ですよね。

斎藤:
いつか、やっぱり連載対談のときに、ちょうど『世界の中心で、愛をさけぶ』が、すごくヒットしたころで。そしたら高橋さんが、あれは「『野菊の墓』と同じだ!」って、おっしゃったの、覚えてます?

高橋:
『野菊の墓』ね。

斎藤:
同じだっていうふうに証明できるって、おっしゃって(笑)。

高橋:
あっはっ(笑)。そうだよね。難病で…。

斎藤:
難病っていうか、そうですね…、『野菊の墓』の政夫と『セカチュー』の朔太郎は同じだっていうふうに…、あっ、そうだ! 祖父だ!
祖父が『野菊の墓』だって言ってたんだ。

高橋:
あっ! そう、そう、そう、そう。

斎藤:
なんかね、そういう、ある種の…。

高橋:
思い出した! アレはこれで、そのおじいさんの話が出てくるんですよ。

斎藤:
そう、そう、そう。

高橋:
どうも話を聞いてると…、

斎藤:
それが朔太郎と…、

高橋:
おじいさんが『野菊の墓』の生き残りなんだよ! あはっ(笑)。

斎藤:
っていう…、っていう説でしたね。

高橋:
新説! そう! 思い出した。よく覚えてるね、僕より。

斎藤:
いやぁ『野菊の墓』は、この前この本を書くために、もう1回読みましたから、しっかり。あ~、そうおっしゃってたな~と思って(笑)。

高橋:
確かに…。
それでね、思ったのは、斎藤さんの言うとおりなんだけど、とはいえ、例えば、夏目漱石は『明暗』を書いてるじゃないですか。

斎藤:
うん、うん、うん。

高橋:
あれってさ、死なない話だよね?

斎藤:
まぁ、全部死ぬとは言ってないですよ、それは~(笑)。

高橋:
あっはっはっは(笑)。
だからいいじゃない、最初は、殺しても!

斎藤:
あ~、でもほら、『三四郎』だって殺してないでしょ、別に。

高橋:
あ~、そうか。そうだね。

斎藤:
だからね、恋愛にいかないで、失恋していると、まぁいいんです。それでね、だけど、恋愛関係に進むと、死ぬ!

礒野:
あぁ~。でも、わかる気がする。

高橋:
うん、そう。

礒野:
両思いになってしまうと…、

斎藤:
両思いになってしまうと!

礒野:
悲劇が訪れたりしますよね~。

斎藤:
そう、そう、そう、そう。

高橋:
あれね、すいません、僕思うんですけど、たぶんね、若いころに書いた小説が多いじゃない? どっちかって言うと。

斎藤:
うん、うん、うん、うん。

高橋:
それはね、経験がないからだと思うんだよ。

斎藤:
あっ、まぁまぁ、それもわかります。

高橋:
だから経験がないっていうことは、つまり恋愛をどうしていいかわかんないから、とりあえず殺すしかない、と。

斎藤:
あっ、そうなんだよね~。

高橋:
あははははは(笑)。

斎藤:
そうなんだよね~って、ひどいんだけど(笑)。

礒野:
うふふふ(笑)。

斎藤:
明治の文豪って、みんな若いんですよね。

高橋:
若いでしょ!

斎藤:
だから、『金色夜叉』なんて、30歳ぐらいのときでしょ?

高橋:
みんなそうだよね?

斎藤:
30歳ぐらいから書き始めて35歳で亡くなるわけですから、尾崎紅葉は。だからみんな若者文学なんですよね、基本ね。

高橋:
だからさ、自分が30代のときって考えたら、何も知らなかった…、まぁ今知ってるかは別問題だけど。

斎藤:
うん、うん、うん。

高橋:
だから、まぁある意味、仕方がない?

斎藤:
うん。

高橋:
知らないから、この先を!

斎藤:
ってかさ~、それを知らないで書くってどうなんですかね、これね~。

高橋:
いいじゃない! あはははは(笑)。

礒野:
あはははっ(笑)。

高橋:
知らないで書くとどうなるかっていうと、だから形式で書くんだよ、物語を。

斎藤:
あ~。

高橋:
「なんか、みんな殺してたよね」って。

礒野:
今まで読んだことがある記憶とか経験で。

高橋:
そう、そう、そう。

斎藤:
パターンに当てはめるっていうのは、あるかもですね。

高橋:
パターンに当てはめる。で、もっと生きのびて、その先を知ってると、そういう話は、今度はバカバカしくなるんだよね。

斎藤:
うん、確かに、わかります。そこで別れるか、殺すかすれば、いい思い出…、

高橋:
そう、そう、そう、そう。

斎藤:
なんですよね。ああいうこともあったなって。

高橋:
でも「そのあと」っていうのは、書くのは大変。

斎藤:
「そのあと」は別のジャンルに入っていくので、それが、やっぱり近代はそこまでいかなかったんだな~、って気はしますけどね。

礒野:
前におっしゃっていた「時代の限界」っていうのが、あるんじゃないかっていうことは…?

高橋:
あ~、限界ね。
そう、それはね、だって僕らは未来を知らないしね。

斎藤:
はい。

高橋:
つまり家族制度とか、性に対する関係や関わり合いとかさ、さっきの米原万里さんじゃないけど、30年前と、60年前と、ぜんぜん知らなかったじゃん…、

斎藤:
ぜんぜん違いますよね。

高橋:
こんなことになるとは、でしょ?

斎藤:
そうですね。

高橋:
だから、いま書いたら、当然60年前の小説は書かないし、30年前の小説は書かないし。こんなことになってるなんて思わなかったっていうことは…、

斎藤:
いっぱいありますよね。

高橋:
いっぱいあるよね。でもしょうがないよね。知らないんだから。

斎藤:
まぁだから、今の限界で、その中でギリギリどういうふうに書くか、ということしかないと思うんだけども、あの~、今の限界っていうか、恋愛小説でいうと、今ね、過渡期っていうか、変わらなきゃいけないときだと思ってるんですよ、私は。

礒野:
え~!

高橋:
どんなふうに?

斎藤:
とりあえずね、1個ね、30年前も今も、だいたい一緒っていうのは、ルッキズムというか、すごく、「すー」って読める恋愛小説…、学園ものみたいなのだとさ、だいたいね、マドンナみたいな女の子がいるんですよ。

高橋:
あ~、いるよね。あははっ(笑)。

礒野:
いる、いる。

斎藤:
みんなの憧れの! それで、もうあとの女の子はクズ、っていう。男の子が主人公だと。

高橋:
あははっ(笑)。ひど~い。

斎藤:
女の子が主人公の場合は反対で、だいたい主人公はちょっとコンプレックスがあるような子なので、美人の子は悪役…、

高橋:
あ~。

斎藤:
みたいな。それをすごく、延々と受け継がれているパターンで、やっぱり容姿の問題と、人間関係あるいは恋愛みたいなものっていうのが、やっぱり…、

高橋:
あったよね~。

斎藤:
あって。70年代ぐらいはね、本当にひどいですよ。セクハラ小説の嵐!

高橋:
そ、そうなの?

斎藤:
です! 全部じゃないよ。でも、今だったら絶対出ないっていうのは…、

高橋:
たくさんあったね。

斎藤:
たくさんあるの。有名作家の有名小説でもあるんですよね。言えないけどね。だから、それが70年代の限界だったと思うんだけど。
あともう1個、いま大事だと私が思っているのは、あの~、「不同意性交」ですよ。

高橋:
あっ! はい、はい、はい、はい。今ね。

斎藤:
今年7月に刑法が改正されて、それまで強制性交罪(その前は強姦罪だった)だったものが、不同意性交罪になったんですよね。これって、あの~、「イエス以外は、すべてNO」っていう原則ですから、これね、恋愛小説は変わらなきゃいけないんだよね!

高橋:
それはね、そう思う! ちょっとこれは「おかしいよ!」っていうふうに。

斎藤:
そう。

礒野:
へぇ~!

斎藤:
だからね、そういう話をすると、「そんなね、ムードが無くなる」とかさ…、

高橋:
うん、うん(笑)。

斎藤:
「ロマンチックじゃない」と…。「『いい?』と、同意なんてやってたら、恋愛なんて先に進まない」っていう人が多いの、まだ!

高橋:
うん、うん。

斎藤:
でもね、わかんない。それは思い込みかもしれない。

高橋:
あぁでもね、今僕が読んでも、ちょっとこれ無理やりじゃないのか…、

斎藤:
っていうふうに思う?

高橋:
思う、思う。思うようになったよ。

斎藤:
10年前と違うんだよね、もう、今の…。

礒野:
その頃は「強引さが、またいい」とかいうときもあったんでしょうね? それがね、もう…。

斎藤:
だからさ、「壁ドンがうれしい」とか言ってる場合じゃないわけよ(笑)。

高橋:
あっははは(笑)。

礒野:
「壁ドン」も、ちょっと暴力ですよね~?

高橋:
パワハラ? モラハラ?

斎藤:
もはやあれ、ダメじゃん。だけどさ、「いきなりキスして押し倒すみたいなのが恋愛のスタートである」っていうふうに、だいたい今までは、きてたわけですよね~。それがロマンチックだという文化だったから。そこに、新しい不同意性交罪がくるとですね~(笑)。
やっぱりね、そこはね、意識を変えなきゃいけないんですよ。

礒野:
お話は続きますけども…、

高橋:
不同意性交罪以降の、恋愛小説がどうなるのか!

斎藤:
そう、それで、文学者の、責任…、

礒野:
今日は斎藤美奈子さんにお話を伺いました。残り15秒です。

高橋:
いやいや、それはね、やっぱりね、文学者がやらなきゃいけない。

斎藤:
やらなきゃいけない。

高橋:
誰よりも先に。

斎藤:
そう、そう!

高橋:
そうか、でも逆に、前もって飛び込んでいけばいいんだよね。

斎藤:
うん、だから、それはね…、ホントやってほしい。

礒野:
さようなら~。

高橋:
あっ、そう、今日は同級生の…(*時間切れで、番組終了)


【放送】
2023/10/13 「高橋源一郎の飛ぶ教室」

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