【飛ぶ教室】「きょうのセンセイ~ライター・作家 ブレイディみかこさん~」

23/09/01まで

高橋源一郎の飛ぶ教室

放送日:2023/08/25

#文学#読書

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「きょうのセンセイ」は、ライターで作家のブレイディみかこさん。5月の「アナーキーな2時間スペシャル」ではイギリスからのリモート出演でしたが、今回は、東京のスタジオに登場! 1コマ目の「ヒミツの本棚」では、イギリスで実際に起きたできごとをモデルにしたブレイディさんの新作、「R・E・S・P・E・C・T リスペクト」 を取り上げました。
イギリスの人びとが声を上げる、運動をする背景には何があるのか、ブレイディさんが語っていきます。

【出演者】
高橋:高橋源一郎さん(作家)
礒野:礒野佑子アナウンサー
ブレイディ:ブレイディみかこさん(ライター・作家)


礒野:
源一郎さん、2コマ目です。

高橋:
はい。今日のセンセイは、作家でライターの、この方です。

ブレイディ:
ブレイディみかこです。お久しぶりです。よろしくお願いしま~す。

高橋:
わ~い(拍手)。

礒野:
よろしくお願いしま~す。

高橋:
ホンモノだ~(笑)。

ブレイディ:
そうですよね(笑)。いつもオンラインなので。

高橋:
リモートばっかりでさ。いつ以来?

ブレイディ:
でも「アナーキーな2時間スペシャル」のときだから…。

高橋:
あれって…。

礒野:
5月です。今年の5月!

高橋:
あ~、ぜんぜん覚えてないや(笑)。

ブレイディ:
あれがやっぱりオンラインで、リモートで出演させていただきました~。

高橋:
やっとですね。いやいやいや、今日はスタジオに来ていただいて、ありがとうございます。
いろいろ、あちこち回ってんでしょ? 本の!

ブレイディ:
そうですね。「営業ウィーク」で。あはははっ(笑)。いろいろ頑張って…。

礒野:
いつぐらいから日本には?

ブレイディ:
日本に来たのは、今月の12日。母が今年亡くなったので「初盆」というやつがありまして、だからその直前に入った感じですね。で、東京は21日から。明日の午前中に、また福岡に帰りまして、29日にはイギリスに帰ります。

高橋:
今回は息子さんも一緒だということですね。

ブレイディ:
そうなんです。いま、だから福岡でおじいちゃんと一緒にいるんですけど、今回すごく一緒に来たいっていうのが…。

高橋:
来ればよかったのに~!

ブレイディ:
でもほら、私が仕事してるときに、1人じゃないですか~。だから、誰か一緒に遊んでくれれば…。

高橋:
だから、言ってくれたらさ、ウチの長男を貸したのに(笑)。

ブレイディ・礒野:
あははははっ(笑)。

礒野:
息子さん同士! 年も近いですよね?

高橋:
19だからね、ウチは。

ブレイディ:
ウチは17歳じゃないですか~。だから、そう、よかったのに~。

高橋:
今度は前もって言ってくださいね(笑)。

ブレイディ:
はい、今度はぜひ遊んでいただけるように~。

高橋:
まぁ当人の意向もあるんですけど、勝手に親が…(笑)。

ブレイディ:
親が勝手に決めちゃいけないんですけど。確かに、確かに。

高橋:
一応、当人に聞いてみますので。

ブレイディ:
は~い。よろしくお願いします~。

1コマ目の補講?
~『R•E•S•P•E•C•T リスペクト』への思い~

高橋:
ということで、1コマ目のヒミツの本棚は『リスペクト』でしたけど、いや~、僕はね、ちょっとね、うるっとしましたね。

ブレイディ:
そうですか…。いや何かこれ、たぶん難しいだろうなと思ったのは、「いまどき、運動小説?」みたいな。

高橋:
そう!

礒野:
あ~~!

ブレイディ:
だって、運動する人とか運動ということ自体に関して、いま、なんか目が冷たいっていうか。

高橋:
あの~、特に、日本ね。

ブレイディ:
うん。

高橋:
よく言うんだけど、まぁ運動っていうのは「政治活動」とか「政治参加」とか。

ブレイディ:
偏見がありますよね。

高橋:
あるよね。だから、すごく「えっ? なんでそんなことするの?」みたいな。

ブレイディ:
そう!
「運動をしたって、何も変わらないよね」っていうような目線があるときに、こんなストレートな運動小説を出していいものだろうかというのがありましたけれども、私この事件がやっぱり、すごい、起きたとき、もう…

高橋:
そう!

ブレイディ:
10年ほど前というか、2014年の話なんですよ。

高橋:
これ「基本的には実話」なんですよね。ベースになっているのは?

ブレイディ:
登場人物は、1人1人のキャラとかは作ってますけど、起きたことは時系列で、ほぼほぼそのままです。

高橋:
あぁ~!

ブレイディ:
だから最後に…、あっ、最後まで言っていいんですかね(笑)。
せっかく…。

高橋:
いや、いや、あのさ~(笑)。

ブレイディ:
さっき(1コマ目で)最後まで言わずにいてくださったのに(笑)。あははは~(笑)。

高橋:
それはね、作者が言うのはいいんだよ。

ブレイディ:
いいですか!

高橋:
好きに言って(笑)。僕らが言うと問題になるかもしれません(苦笑)。

ブレイディ:
主旨がわかったら面白くなくなる話ではないと思うので言いますけど、最後に何か「リスペクト」を勝ち取るんですよ。区長が謝罪しますよね。

高橋:
そう、そう、そう。

ブレイディ:
あれ、全国紙に謝罪文がのるんですけど、本当に今でも『ガーディアン』(イギリスの大手新聞)のサイトに…。

高橋:
載ってるんですね。

ブレイディ:
この本の中では、ロビン・ジリアンという名前になってますけど、ロビン・ウェールズっていう区長が、「I apologise(謝罪する、詫びる)…」っていう…

高橋:
はっきりした英語!

ブレイディ:
そういう言葉で始まる文章を本当に全国紙に載せたんですよ。だから、そういうことをね、運動なんかしたこともない若いシングルマザーたちが勝ち取ったっていうのが、やっぱすごい痛快な話だなと思って。
だから「運動をちょっとしても、しょうがないんじゃない?」っていう時代だからこそ、こういうことが本当にロンドンであったんだよっていうのを、やっぱこう、投げたかった感じはありますよね。

高橋:
さっきも言ったけど、小説では3人のシングルマザーが始めて、それに、その~、なんて言うの、ヨーダみたいな(笑)。

ブレイディ:
あはははっ(笑)。

礒野:
ローズですよ(笑)。

高橋:
先生、グルみたいな人が…。

ブレイディ:
はいはい。

高橋:
実際にはどうだったの?

ブレイディ:
実際にもね、やっぱり上の世代が助けてるみたいで、集合写真とか集合映像とか見てると、やっぱりちょっと怖そうな年上の方がいらっしゃったりとか。

高橋:
昔とった杵柄(きねづか)みたいな人たちが!

ブレイディ:
そう。あと、ちょっと「知恵袋」的なね。

高橋:
あぁ~~。

ブレイディ:
知的そうな方、高齢の方がうしろについておられたりとか、やっぱり本当に助けてはもらったみたいですよ。

高橋:
「世代を超えた連帯」っていうことですよね。

ブレイディ:
そうです。まさにそうです!

高橋:
これやっぱり、すごいと思うのは、シングルマザーは20歳ぐらいだよね、みんなね。

ブレイディ:
そうですね。10代の子もいます。

高橋:
10代の子もいる。そういう子が、なんの前提もなしに、 なんにも知らないで、いきなり路上に立って、プラカードを持って演説しちゃうっていうのは、つまりは、当然それまでは活動の経験はないと思うんだけど、何かしら、そういう伝統?

ブレイディ:
そうですよね。見てるからですよね。

高橋:
そうそう。つまり、日本であれをやろうという人がいないのは、見たことがないじゃない。

ブレイディ:
う~ん。

高橋:
でも、彼女たちがやる、やれることには、何かしらあるんでしょ?

ブレイディ:
だからそう、小さいときから、イースト・ロンドンって貧しい地域ですけど、あそこは本当にシルビア・パンクハーストという“ラスボス”が出てきますけど(笑)。

高橋:
ラスボス、本当のラスボス!

ブレイディ:
あの時代から、本当に、貧困の人たちの運動が盛んな場所だし、小さいときから見てるんですよ。だから、それもあるし、イギリスの場合は、いま若い人は「シチズンシップ・エデュケーション」で習うじゃないですか、それこそ。

高橋:
勉強ですね、学校でね。

ブレイディ:
そう。「抵抗の仕方として、デモっていうのがあるんだ」っていうのが。

高橋:
そうなの!?

ブレイディ:
そうですよ。
デモンストレーションとか、そういうのは、すごい正当な政治活動なんだって習ってるし。

高橋:
学校で?

ブレイディ:
そう!

礒野:
へぇ~!

高橋:
それは、なんの時間に習うの?

ブレイディ:
だから、「シチズンシップ教育」…。

高橋:
あぁ、そうか。「市民教育」ってことだよね。

ブレイディ:
だからそうやって、「シチズン(=市民)」を育てていくんですよ。だから、お行儀よく上から言われることに従うだけじゃなくって、「異議があるときには、こうやって申し立てていい」みたいなことを習うから、別にそんなに特別なことでもない、しちゃいけないことでもないと思ってると思いますよ。

礒野:
へぇ~! 土台がやっぱり…。

高橋:
それは、ずっと前からですね?

ブレイディ:
違う違う。これは労働党の時代。

高橋:
あっ、そうだ、そうだ。保守党じゃないよね。

ブレイディ:
そう。だから、今世紀に入ってからですよね。

高橋:
あ~、結局それはまぁ、別に政権が変わっても…

ブレイディ:
今もやってます。

高橋:
維持されている。

ブレイディ:
ただちょっと、そういう、反発がどうのってのは減ってるみたいですけどね。

高橋:
まぁね。

ブレイディ:
もうちょっと、おとなしくなってるみたいですけど、でも基本、教えてますよね。

高橋:
あぁ、それはすごいよね。

ブレイディ:
あと、人権についても、やっぱりしっかり教えてるから、例えばこの本だと「手ごろな家賃の住宅を供給されるのは市民の権利」とかって出てくるじゃないですか。
で、日本人のキャラクターが出てくるけど、彼女にはわかんないわけですよね。

高橋:
そう!
これね、途中ですごく、ちょっとある意味で小説から離れるシーンがあって、貧しい人たちが住宅の供給を受ける権利があるってときに、日本人は「?」っていう。

ブレイディ:
う~ん!

高橋:
「いや、お金ないから駄目なんじゃないの?」っていう、ね。

ブレイディ:
でも、あの居住の権利っていうのも、やっぱりその国連とかで定められている「衣食住の権利」ってちゃんと組み込まれていて、その中には「取得可能性」っていうのもあって。やっぱり、べらぼうに家賃を上げて、人が暮らしていけないような家賃を要求してはいけないとか、ちゃんとそういう指針を出してるんだっていうことを、うちの息子は中学で習ったって言ってました(苦笑)。

礒野:
へぇ~。

高橋:
そう!
だからね、僕、それで思ったんだけど、ちょっと今日、番組冒頭の話で「神聖喜劇」(大西巨人著)の話をちょっとしたんですけども、主人公は、つまり「どういう法律があるかを知ってる」んですよね。

ブレイディ:
うん。

礒野:
軍隊の中で。

高橋:
そうそう、軍隊の中で。軍隊の中だって、権利はある。
で、それを主張する、と。だからその、僕ら考えたらさ、権利って知らないよね?

ブレイディ:
うん。学校で教えてないですよね? 日本では。

礒野:
なかなか…。本当に大きなものはね、習いますけども。「これは!」っていうものは。

高橋:
そうそう。だから「実際にどういう権利があって、何を主張していいんだ」っていうことは、習わないんで、知らないよね。

ブレイディ:
そう。だから、國分功一郎さんていう哲学者がいらっしゃるじゃないですか。

高橋:
はい、はい。

ブレイディ:
彼は、サバティカル(研究休暇)でロンドンに住んでいらして、そのころから友だちなんですけど、彼がお嬢さんの学校を探しに見に行って、いちばんびっくりしたのは、小学校の壁に「遊ぶ権利」って貼ってあったって(笑)。

高橋:
あははっ(笑)。

礒野:
ふぅ~ん!

ブレイディ:
そんなこと、日本の子どもは教わってないよね~。
だから小学校では、そうやって子どもの権利を教えるし、中学校に入ったら、人間の人権にはどういうものがあるのかっていろいろ種類を教わるから、「ジェントリフィケーション」とかもうちの息子は学校で教わって知ってたんですよ。
(ジェントリフィケーション:「都市の高級化」とも言われる。低所得の人たちが住む地域が再開発されきれいな町になる一方、家賃などが高騰し、もともとの住民が住めなくなることにもつながる)

高橋:
なるほど。学校で教えてるんだね。

ブレイディ:
知ってた知ってた。それで、なんて言うのかな、イギリスの政府というか国っていうのは、「基本的な人権はこういうのがあるよ」って教えておいて、「さぁ、あなたたちは知ってるから、文句があるならかかっておいで」っていう…。

高橋:
あ~~。

ブレイディ:
でも民主主義って、そういうことですよね?

高橋:
つまり、教えないんじゃなくて、一応教えた上で「さぁ、文句があるならかかってこい!」って。かかってきたら「じゃあ、やるよ!」って、戦うわけですね。

ブレイディ:
うんうん。

高橋:
でもそういう意味では、すっきりしてるよね。

ブレイディ:
そうですよね。でも日本でそれを何か教えてないんだったら、それは立ち上がるといっても何を根拠にしていいのかわからないし、何を要求していいのかも、よくわからないですよね。

高橋:
だから本当に、学校教育だけじゃないんだけどもね。権利っていうものはあまり教えられなくて、義務ばっかり!

ブレイディ:
義務ばっかり!

高橋:
だから、ちょっと権利を主張する時に、何かうしろ暗い気持ちになっちゃう。

礒野:
こんなこと言っていいのかな? わがままじゃないかな? とか思っちゃいますよね~。

高橋:
それはまぁ、栗原康さんなら「奴隷だ!」って言うでしょうね(笑)。

ブレイディ:
そうですね。「奴隷根性」って言うんでしょうけどね~。

運動のその後は…

高橋:
冒頭のシーンでね、「ふっと道に立てる」っていうのは…、つまり「日本だったら、道に立てない」っていう“大きな差”ね。

ブレイディ:
う~ん。

高橋:
政治の勉強をしたわけではないだろうに、ただ、「そういうことを、やってもいいんだ」っていうことは知ってる、と。それはやっぱり、そこはすごく大きい。

ブレイディ:
う~ん。「差」ですよね。確かにね~。

高橋:
で、この「反ジェントリフィケーション運動」が、およそ10年前ですね。

礒野:
2014年ですね。

高橋:
これは結局、どうなったんですか?

ブレイディ:
これはだから、あの~、その後はちょっと、終章でもチラっと書いてますけど、まぁ「謝罪した」わけですよね。で、彼女たちの「全てのメンバーに住居を与える」とか言ったんですけど、実はそうもなってなくって。

高橋:
あ~。

ブレイディ:
目立つメンバーはロンドンに住居をあっせんしてもらったけど…

高橋:
有力メンバーはね。

ブレイディ:
そう。でも、そうじゃない人たちは、やっぱりすごく不便なところに行かされたりとか、すごく質の悪い住居を紹介されたり、ホントに北部に行かされた人もいるみたいなんですよ。

高橋:
ということは、当然、グループの分断が生まれちゃうんじゃない。

ブレイディ:
だから、すごくそのメンバーたちは、主力メンバーは自分たちを利用したんじゃないかとか、SNSに書いたり、いろいろもめたりしているところも見ましたけどね。でも結局まぁ、この運動って実は今もあるんですよ。

高橋:
あっ、そうなんだ。

ブレイディ:
そう。で、この本が出るにあたって、ごあいさつはしてきたんですね。

高橋:
あはっ(笑)。この人たちに!

ブレイディ:
そしたらもう、メンバーが全然違うんですよ。今はシングルマザーのグループでさえなくて、あとから入ってきて男性の方もたくさんいらっしゃるし。でもやっぱり都市の住宅問題、貧困問題、そしてジェントリフィケーションの問題と闘ってらっしゃる。で、ちょうど来月、この本は2013年の結成するところから始まるんですけど。

高橋:
そうだよね。10年前だね。

ブレイディ:
ちょうど10周年のパーティーとかやるらしくって、「来ませんか?」って言われてる…。
どっかのパブで飲めや歌えややるらしいんですけど(笑)。

高橋・礒野:
あははははっ(笑)。

ブレイディ:
なんか、ロンドンのパブで。行こうかなと…。

高橋:
最初は本当にシングルマザーたちが立ち上がった運動だったんですけど、今は、ブレイディさんが言ったように、もうちょっと複雑で大きなものになってるって感じ?

ブレイディ:
もっと、いろんな、違う問題が時代に即して出てきてるから、例えばトランスジェンダーのメンバーの人たちもいらっしゃるみたいで。

高橋:
あぁ、そうか。

ブレイディ:
例えばシェルターとか、相部屋とかあるじゃないですか。大きな部屋とか。そういうところで、どこに入れられるのか…。個室を求めるような運動もあるし。
あの~、すごくやっぱりそれがイギリスの強いところだなと思うのは、日本っていろんな運動がありますよね。反戦運動とか…

高橋:
原発反対とか。

ブレイディ:
いろいろね、どんどん出てくる。で、名前と運動の内容は変わるんだけど、結局やってる人は…

高橋:
メンバーがね!

ブレイディ:
ね!
「変わらない」っていう感じじゃないですか。でもイギリスはこういう運動が始まると、どんどん次の世代に変わっていくんだけど、名前を引き継いで、やってる中身も同じ。私はこれが継続の強さっていうか、イギリスの草の根団体ってすごく長く続きますよね。
例えば、『子どもたちの階級闘争』という私の本の舞台になってる「底辺託児所」というところがあった貧困者支援施設も、10年前の私が働いてた時とはぜんぜん顔ぶれも違うけど、みんな同じことをして、やっぱり引き継いでいってる。その連綿と続いていく感じが、やっぱりイギリスの草の根の運動の強さかなと思いますよね。

作品に登場する史奈子と幸太の役割は

高橋:
あの~、これ面白いのは、わざわざ日本人のカップルを出しちゃった(笑)。

礒野:
男女1人ずつ。

高橋:
本当は必要なかったよね? 話としては。

ブレイディ:
でも何か、この話を小説にしようと思った理由っていうのは2つあるんですけど、1つはコロナ禍だったから取材ができなかった、というのがありますよね。もう1つはやっぱり、これあまりにも、どこかを占拠するなんていうのは、きっと日本の人にとっては、「スクウォッティング」(公有地や空き家などに無断で暮らすこと)とか、そういう文化もないから。

高橋:
もう、過激だよね。

ブレイディ:
過激だし、単なる不法行為じゃん、で終わってしまうと思うんですよ。
だから、そこに何かこう、やっぱり日本人を出して日本人の考え方っていうようなものが、彼女はこの運動に触れてどう変わっていくのか、っていうような、みんなの案内役みたいな人がいるな~、と思ったんですよ。
それで、まぁ女性の駐在員が、本当にロンドンに残っちゃった駐在員がいるんですよね。

高橋:
あ~、いるんだ! こういうのを見てて。

ブレイディ:
2人ぐらい知ってるんですよ。やっぱりその広い世界を見ちゃったから、もう狭い世界には帰れないみたいなことを言って残った人もいるし、何かそういう人たちのこと思い浮かべつつ書いたのと、あともう1人、アナキストみたいな男の子が出てくるのは別に…

高橋:
栗原康さんみたいな(笑)。

ブレイディ:
別に日本人がみんな、あの女の子みたいな感じでもないし。

高橋:
あ~、なるほどね。

ブレイディ:
違う日本人もいるわけじゃないですか。だから、そういうところも描きたかったですよね。

礒野:
あ~!

高橋:
史奈子さんっていう人は、ひとつ、日本人の典型でね。

ブレイディ:
典型的な考え方。

高橋:
ものすごく優秀で、20代の…。

礒野:
新聞記者でね~。

高橋:
でも書いた記事は採用されない、と。
で、僕が面白いと思ったのは、それはどうしてかっていうと、この本の中では、(ロンドンの駐在員事務所の)所長が出てくるんだけど、「もういいんだよ、すごい記事を送らなくても」「どうせ新聞は、ゆっくり滅びていくんだから」みたいな(笑)。
なんかさ、あまりにリアルで!

ブレイディ:
いやぁ、私これ、けっこう新聞社の取材とかが今週あってですね。

高橋:
えっ! わははははっ(笑)。

ブレイディ:
「いやぁ、リアルでした」って

一同:
あはははははははっ(笑)。

ブレイディ:
と言った人がいましたね。うふふふふ(笑)。

高橋:
だからね、もう逆に、ソフトランディングでいけばいいんだから、そんな何か「コトが起こっちゃう」ような記事で波風を立てないでくれみたいになってくるのって、絶対ありそうだよね。

ブレイディ:
うん。いや、リアルだって、複数の方が…
おっしゃってました(笑)。

礒野:
そうなんですか~。

高橋:
そして史奈子さんは結局、その活動にふれて、マインドセッティングが変わるわけだよね。気持ちが。

ブレイディ:
変わるんですよね。

高橋:
それで、会社を辞めてフリーのジャーナリストになっていく、というふうに見えるんだけど。だから、これは何て言うか、史奈子さんが日本人代表だよね?

ブレイディ:
まぁ、そうですよね。

高橋:
普通の日本人の感覚で、僕やっぱり「これって違法行為じゃないですか?」っていうのは…。

ブレイディ:
単なる違法行為ですよね、って。でもその違法行為がユートピアに見えてくるっていう。

高橋:
なぜだろう、ね。

ブレイディ:
ね~!

高橋:
それがやっぱりすごく、面白かったよね~。

ジェントリフィケーションの奥に見えるもの

高橋:
で、あの~、僕ちょっとこれ、いろいろ驚いたのはたくさんあるんですけれども、最終的に、区長が謝罪して、でもある意味、労働党の区長だから…

ブレイディ:
そうそうそうそう。
たぶん選挙対策の意味で、来年の選挙でウチに入れてくださいねと。このシングルマザーたちを、あんな目に合わせたのは、なんか結局保守党の政治がよくないからですよ、っていうことのダシにされている部分もあるんですけどね。

高橋:
それを利用しつつも前へ進んでいく、と。
僕も知らなかったの。いかにもイギリスらしい運動なんですけど、今でもこういうふうなもの、あるいは、これ以外にもいろんなやり方っていうのは、イギリスの人たちはやってるんですか?

ブレイディ:
反ジェントリフィケーション運動って、イギリスだけじゃなくて世界に広がってますけど。そもそも(ジェントリフィケーションが)60年代にイギリスの社会学者が提唱した言葉なんですよ。

高橋:
あっ、そうなんだ。

ブレイディ:
だから大都市の再開発とかっていうと、なんか治安も良くなるし、小ぎれいになるし、経済も良くなるしいいじゃんって、それまでみんなすごく思ってたのを、でもそれは裏を返せば、そこにもともと住んでた人が住めなくなって、いわゆるすごく嫌な言葉ですけど、「ソーシャル・クレンジング」。エスニック・クレンジング(民族浄化)じゃなくて、貧乏な人たちがセグリゲイト(分離する、隔離する)していくような感覚があって、それはおかしいんじゃないかって。

礒野:
追い出していく…。

高橋:
追い出しね。

ブレイディ:
そう。そうそう。それを社会学者が言ったことで、世界中にこの運動って広がっていったみたいなんですけど、日本だってこれは…。

高橋:
そう!
これね、下手すると他人事みたいな、それはもうロンドンはロンドンで。でもこれオリンピックの2年後という話で。

ブレイディ:
今と同じですよね。

礒野:
オリンピックの2年後。東京でいうと、ちょうど今がその時期になりますよね。

高橋:
ロンドンに住んでるブレイディさんから日本を見ると、どういう感じします?

ブレイディ:
いま、だから全く同じようなことが起き始めてるんじゃないかなと思います。いろんなところで再開発…、渋谷の宮下公園でしたっけ…、とかもあったし。あと神宮外苑の木の…

高橋:
木の伐採。

ブレイディ:
あれはまぁ、コミュニティじゃなくて木ですけど、結局「ジェントリフィケーション」っていうのは、なによりも金が大事じゃないけど、とにかくお金さえ生めば町はどうなってもいいということだから、そこは環境だったりとか、人間がいたり、人間の生活なんていうモノよりも、投資とか投機とかお金が大事になっていくと起こる話じゃないですか? だから、そこは同じですよね。
この時期すごくイギリスで言われていたのが、ロンドンで、マンションとかすごく買いあさる国内外の資本家が多くて。

高橋:
あ~、投機目的だよね。

ブレイディ:
そう。家を買って放置しておくから、空き家だらけだったんですよ、やっぱ。
で、よく言われたのが「家は人間が住む場所があって、貯金箱じゃない」っていう言葉が流行ったんですけど。

高橋:
ふふっ(笑)。

礒野:
へぇ~!

ブレイディ:
結局その家がまるで株式みたいに、株みたいに買われていくっていうのは、今だって東京のマンションの価格ってバブルのときよりも高いって…

礒野:
最高値、都心はね、そういうニュースもありましたよ。

ブレイディ:
でも、それって普通の人が普通に働いてお金貯めて買ってるわけじゃないと思うんですよ、そこまで上がるのは。ということは、やっぱり投機の対象になってるんじゃないですかね。

高橋:
ね。いま「中国で不動産バブルがはじけた」って言ってるけど、あれも投機目的で、どんどんマンションを買うでしょ。だから、それって、1つ、資本主義の道ではあるんだけど、そこには住んでいる人の観点はないよね。

ブレイディ:
そう。人間が先に来ないんですよね。「お金のために人間は出ていけ!」みたいな(苦笑)。
う~ん。

高橋:
だから、この小説ってさ、小説自体はイギリスのあるところで起こったシングルマザーたちの「小さな反乱」なんだけれども、これは逆に、ものすごく文明史的なっていうか、「いや、住むのは人のためだろう」とか、「政治っていうのは人間のためにあるんじゃないの?」、だから、「なんのためって、お金のため?」とかね。なんかよくわからない政治的な目的のために動いてるだけで、そこに住んでる人たちの観点はないよね。
僕、いちばんびっくりしたのは、主人公が保育士さん。元保育士さんで…

ブレイディ:
あれは実は本当のリーダーの方で、元保育士さんだったみたいで~。

高橋:
あれ僕、ブレイディさんなのかと(笑)。

ブレイディ:
いやいやいや(笑)。

礒野:
そっか! ブレイディさんも~!

ブレイディ:
そうそう。このモデルになってる人は、ジャスミンさんっていう方なんですけど、本当に保育士をされていた方らしいんですね。

高橋:
保育士の給料では、新しくなった家は買えないんだよね。

ブレイディ:
うん。家賃も払えない。

高橋:
っていうことは、その地区に保育士はいらないっていう話なんですよ。住めないってことだから。
そういう矛盾を押し立てながらどんどん進んでいく中で、本当はね、政治家とかさ、戦わなきゃいけないのに、シングルマザーたちが戦ってる。

礒野:
そうなんですよね。

高橋:
負けないように、われわれもがんばります。

ブレイディ:
そうですね。

高橋:
これ、小説は何冊目?

ブレイディ:
これは2冊目ですね。

高橋:
楽しい?

ブレイディ:
う~ん。私の場合はなんか題材が形態を決めるっていう感じだから、これはノンフィクションのほうが向いてるなっていうのはノンフィクションで行くし、今回のは私、アナーキズムの入門書としても書いたつもりなので…

高橋:
あ~! そうですよね。

ブレイディ:
これは物語のほうがいいな~と思って、この形にしました。

高橋:
アナキズムは怖くないよ、ね!

ブレイディ:
あははっ(笑)。

礒野:
あっという間にお時間になってしまいました。ブレイディみかこさん、ありがとうございました。

高橋:
ありがとうございました!

ブレイディ:
ありがとうございました!

礒野:
来週のゲストは、作家でアイドル評論家の中森明夫さんです!

高橋:
あっ、そう! この前も出ていただいた!

ブレイディ:
お~、中森さんがまた!

高橋:
なんか伝言があれば伝えておきますけど、なんかあります?

ブレイディ:
やるしかない時が、来た!

高橋:
いや、ちょ…、あははは…(時間切れで、番組終了)


【放送】
2023/08/25 「高橋源一郎の飛ぶ教室」

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