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23/08/25まで
2コマ目は月に一度の比呂美庵! ということで、「きょうのセンセイ」は、詩人の伊藤比呂美さん。8月15日に「高橋源一郎と読む『戦争の向こう側』」で一緒に番組をお伝えした源一郎さんと比呂美さん。その余韻を感じながらトークが始まります。恒例のお悩み相談は、「虫の生育の仕事をしているが、ラブシーンなどを見ると…」「自分に嘘をついている…」という2通のお悩みに答えました。
【出演者】
高橋:高橋源一郎さん(作家)
礒野:礒野佑子アナウンサー
伊藤:伊藤比呂美さん(詩人)
礒野:
源一郎さん、2コマ目です。
高橋:
はい。今日のセンセイは、詩人の、この方です。
伊藤:
伊藤比呂美です。よろしくお願いします。
礒野:
よろしくお願いしま~す。
高橋:
よろしくお願いします。
高橋・伊藤:
お久しぶりで~す(笑)。
礒野:
嘘(笑)。
高橋:
あっ、嘘、嘘、うそだよね~(笑)。
伊藤:
あっはっは(笑)。
高橋:
中2日!
伊藤:
そうね。
高橋:
水、木…、3日ぶり。
礒野:
8月15日火曜日の特番(高橋源一郎と読む「戦争の向こう側」)、お疲れ様でした。
高橋:
なかなかいろいろ、放送しながら考えましたけどね。
伊藤:
はい、すっごく考えましたね。いっぱい読みましたね~。
高橋:
読みましたね。でも、もっといっぱい読みたかったよね。
伊藤:
そうね、時間が足りなかったね。
1コマ目「ヒミツの本棚」は、どうでしたか?
高橋:
と言うことで、1コマ目『マダムたちのルームシェア』(seko koseko著)。
伊藤:
面白かったですよ。面白かったんですけど、私がふだん読んでる漫画とは全然違う。
高橋:
違うでしょ!
伊藤:
私はやっぱり、人が殺されたり…。
高橋:
あははっ(笑)。
伊藤:
天才殺し屋とか、う~ん、なんだろう、錬金術師とか(笑)。
高橋:
まがまがしいのが好きなんだよ(笑)。
伊藤:
まがまがしいっていうか、なんかこう、もう少しアクションがあるほうが好きなんですよね。
礒野:
タイプが違いますよね(笑)。
伊藤:
う~ん。「おばあさん漫画」って、最近多いでしょ?
高橋:
多いね。
伊藤:
多いけど、その中でも特に静かでしたね。
礒野:
日常ですものね。お部屋の中でのことが多くて。
伊藤:
そうですね~。私たちの日常って、あんまり静かじゃないから、おばさんとして生き残ってくると…、で、実際、私、ルームシェアしてるっぽいから!
高橋:
そう、そう、そう、そう。
礒野:
「してるっぽい」とは? お友達の家に?
伊藤:
枝元なほみの家に転がり込んで(笑)。
高橋:
そう! だからさ、君たち実際に『マダムたちのルームシェア』じゃん。
伊藤:
でも私たちマダムじゃないのよ~。
高橋:
あははっ(笑)。なんなの?
伊藤:
殺し屋?
高橋:
あははははっ(笑)。
礒野:
いやいや。3人出てきますけれども、比呂美さんは「誰タイプ」って、ご自身では?
伊藤:
栞ちゃん。
伊藤:
どう考えても栞だよ。
高橋:
栞だよね。
礒野:
どうして? どういうところがですか?
伊藤:
なんだろう?
高橋:
まずさ、晴子さんみたいに、おとなしくないし。
伊藤:
おとなしくないし~。
高橋:
で、なんか、沙苗さんみたいにセンスの塊じゃないし(笑)
伊藤:
じゃないし~
礒野:
あはははっ(笑)。
伊藤:
そう、ホントになんか~(笑)。
高橋:
この中で唯一、無骨だよね?
伊藤:
そうね~。
高橋:
それで、子どもが…。
伊藤:
娘がいる。
礒野:
栞さんはそうなんですね~。
高橋:
そう、それで、離婚して、転がり込んだわけだね。
伊藤:
そうね~。
高橋:
だからそういう、なんか、“普通”じゃない…。あの~、晴子さんは育て上げて、夫が亡くなって、子どもは自立して、1人になってっていう、まぁ通常の主婦のコースを…。
伊藤:
うん。これたぶん、読む人はみんな、自分は栞じゃないかな?
高橋:
あ~、と思うね~。
礒野:
えっ?
伊藤:
つまりほら、『若草物語』を読む人みんなが、みんな「ジョー」なの!
高橋:
うん、うん。
伊藤:
あれはね。
礒野:
視点として…。
伊藤:
だからジョー的なのが、栞だと思う。
高橋:
つまり、いちばんなんて言うかな…、生きてる人だよね。
伊藤:
あとね、「女言葉」がね、いま私たち、ほら、女の作家たちってさ、やっぱ女言葉を使うことにすごくこう、慎重になってるでしょう?
高橋:
う~ん。
伊藤:
嫌なんですよ。
礒野:
それはジェンダー的に、とかですか?
伊藤:
って言うか、私たち、使わないもの~。
高橋:
こういう言葉は、もう、ちょっとね。ふふふ(笑)。
伊藤:
使わないんだけど、実はこれ、この世代の東京の人たちって、けっこう使うんですよ。
高橋:
あ~、なるほどね。
伊藤:
実はね、私こう見えて、けっこう「女言葉スピーカー」なの。
高橋:
あっ、そうなの?
伊藤:
そうなの。
高橋:
なんで? 使わないじゃん、普段。
伊藤:
それは、相手が違うから。
礒野:
えっ? 例えば、どういう言葉ですか?
伊藤:
「そうなのよね」とか、「そうだわね」とか、「行ったわ」とか。
高橋:
言うんだ!?
伊藤:
言うの。すごい言うの!
高橋:
え~、信じられない。
伊藤:
詩人の小池昌代さんて、やっぱ同じ地域に育ってるから、2人でSNSでやり取りしてると、「やったわよ」「やったわね」「そうなのよ」みたいな感じなの。
だから相手がそういう言語だとね。で、これは安心して「女言葉」をみんな使ってて!
高橋:
これ、そうだよね。このお話って、男が出てこないんです。
伊藤:
そうね~、出てこないわね。
高橋:
出てこない。徹底して「出さない」と。
伊藤:
「カラッと晴れた青空のような下に住んでる女たちの話」なんじゃないですかね。
高橋:
本当にファンタジーだけど、いいよね! 男だと…、できないね、これ。
伊藤:
できない?
高橋:
できない!
伊藤:
どうして?
高橋:
え~とね、まずね、3人が家事…。
伊藤:
あっ、そう! 能力ないもんね。
高橋:
ね(笑)。1人でもゴミ屋敷になるのに、3人だと「ゴミ屋敷の3乗」になっちゃう。
毎月恒例「比呂美庵」開庵!
礒野:
さて、源一郎さん、比呂美さん! そろそろ、恒例のコーナーにまいりましょう!
伊藤:
ようこそ、比呂美庵へ!
高橋:
わ~い(拍手)
礒野:
今日も時間の限り、お便りを紹介していきま~す。まずはラジオネーム「おかしなおばさん」さん。
愛知県の40歳の女性です。
40歳の主婦です。パートで昆虫を飼育しています。成虫が交尾している姿は、なんともユーモラスでほほ笑ましいのですが、困ったことになりました。ドラマや映画などでラブシーンやベッドシーンが始まると、なぜだか私の頭の中でマヌケで滑稽でユーモラスな音楽が鳴り響き、おかしさが込み上げてきて、笑いが止まらなくなってしまうんです。そして一抹の寂しさと悲しみが襲ってくるのです。どんなに知的な人だろうと、あか抜けた人だろうと、立派な志の人だろうと、明るい人だろうと、暗い人だろうと、所詮やってることは虫と同じだと思うと、笑えて笑えて仕方がありません。ものすごく悲しくなるのです。こんな私はどうすればいいでしょうか。
高橋:
じゃあ、僕から言っていいですか?
伊藤:
はい、どうぞ。
高橋:
これは『トカトントン』ですね。
伊藤:
あはははははっ(笑)。
礒野:
トカトントン?
高橋:
太宰治の『トカトントン』。これは「戦争の向こう側」で前にやったことがあるんですけど、なにか真剣なことをやろうとすると、戦後すぐね。
礒野:
ええ。
高橋:
どこからかトカトントンと音が聞こえてきて、やる気を失う。誰かが真面目に演説し始めると、トカトントン。なにか真剣なことを真面目にやろうとしても、その音が聞こえてくると、一切もう無意味に思えてくる、っていう、まぁ傑作なんですけど。
礒野:
ええ、ええ。
高橋:
でも、トカトントンっていうのは、無いと困るんで。
伊藤:
無いと困るんですか? なんで?
高橋:
う~ん、無いとさ、なんでも感動しちゃうでしょ?
伊藤:
え~! 感動すればいいのに!
高橋:
あっ、そう?
伊藤:
私はね、ちょっと違うんですよ。これはね、つまりさ、虫、成虫が交尾している姿はユーモラスでほほ笑ましいってきてるでしょ。成虫って大人になった虫ね、なんで成虫が交尾してる姿がユーモラスでほほ笑ましいのか?
高橋:
なんで?
伊藤:
人間と同じじゃ~ん。ユーモラスとか、ほほ笑ましいとか思わずに、「交尾だな」って言って、もっとこうドライに見るべきだと思うんですよ。
高橋:
ほほ笑ましくて、いいじゃん、見ても。
伊藤:
いやなんか「交尾してる」って、いいじゃん、それで。
「交尾。」
高橋:
どうすればいいんですか?
伊藤:
だから、交尾してる虫を、虫扱いせずに、ちゃんと生き物扱いをすればいいと思う。
高橋:
面倒くさいね(笑)。作家になったらどうですか?
伊藤:
あ~!
トカトントンで?
高橋:
トカトントンで。そういう感覚だと作家に向いてるなと。
伊藤:
『虫、交尾』みたいな?
高橋:
やめてよ~(笑)。
伊藤:
なんかやってると、「虫、交尾。虫、交尾…」。
高橋:
この人は、なんて言うか、要するに、パッと何かを信じることができない人なので。いや、いいと思いますよ、これで。で、どんどん笑ったり悲しくなったりすれば、よろしいのではないでしょうか。
見て、「あぁ、虫、交尾」っていうふうに。
伊藤:
私はだからさっき言ったようにね、「虫も人間も同じだ」と。
高橋:
うん。
伊藤:
全部、生きとし生けるものは全部同じだって。虫の交尾も、私たちの交尾も、馬の交尾も犬の交尾も、「全部同じ」っていうふうに考えれば…。
高橋:
そこまでは一緒!
礒野:
あ~、なるほど。もしかして今、虫を下に見てるから…?
伊藤:
そう、そう、そう!
礒野:
虫がやっていることを人間もやってるって思っちゃうから、おかしかったり悲しかったりするんですねかね?
伊藤:
そう。花の交尾も全部一緒と思ったら、花の雌しべや雄しべも、1つ1つがいとおしく思えるじゃないですか。
高橋:
あ~、いいこと言うね。
礒野:
続いては、ラジオネーム「夏虹鱒」さん。東京都の28歳です。
私は最近、自分に嘘をつく癖があり、嘘をつかれる自分も、その嘘を信じやすいのではと思うようになりました。3年半前に入社した会社も、いま思えば本当に望んだ会社ではなく、自分に嘘をつき、自分はこの会社に入りたいんだと思うようになり入社しました。去年から会社員として働くかたわら、写真作家として活動を始めました。作家としての今後を考えていると、私は自分がつく嘘のことを考えてしまいます。
本当は作家活動なんてしたくなくて、ただ会社員としての現状が嫌で、少しでも変化が欲しいから、自分は自分に作家活動がしたいと、嘘をついているのだとか。今後、私は何を指針にして進む方向を決めればよいのでしょうか。自分の声に耳を傾けるしか方法はないでしょうか。
伊藤:
これもなんか、太宰治じゃない?
高橋:
太宰治ですよ。さっきの『トカトントン』と一緒ですよ。
伊藤:
もしかして『人間失格』かも。
高橋:
あの~、だから、これは、普通なんです。
礒野:
普通ですか?
伊藤:
あはははは(笑)。
高橋:
ざっくり言うと! つまり、なんかモノを作ろうとしている人が、20代で、こう思わなかったらヤバい。逆に。
伊藤:
そうねぇ。
礒野:
へぇ~!
高橋:
なんか「俺はすごい天才だ!」とか思って作ってたら、ヤバいですよ。
伊藤:
だって、「嘘」っていうのは、つまり「仮面」ってことだから。
高橋:
そう、そう、そう。
伊藤:
「仮面をかぶる」っていうことに、20代の初めのころ、10代の終わり、ものすごく敏感になってて。
高橋:
そう、そう、そう。
伊藤:
仮面かぶっちゃいけない、とかって。
高橋:
「本当のことを言わなきゃいけない」とか、「自分がやってるのは嘘なんだ」とかっていう自意識の時期を過ぎないと、どうしようもないんで。正常に成長してますので。
伊藤:
ですよね。28だからね。
礒野:
28歳の男性ですね。
高橋:
このままやっていけば、いいんじゃないですか。
伊藤:
ねぇ、「小説家として嘘をつく」って、前に言ってた!
高橋:
あぁ~! 小説家は、そもそも、嘘を書いてるので。
伊藤:
ほう!
礒野:
フィクション?
高橋:
つまりさ、ここだけ嘘を書いてて、まぁ目の前ね。自分に対してもやっぱり嘘をついてますからね。
伊藤:
まぁ、かわいそうな人たち。
高橋:
詩人は違うの?
伊藤:
詩人、嘘つかない。
礒野:
あはははっ(笑)。
高橋:
嘘だ~っ(笑)。
伊藤:
詩人、嘘つかない。
高橋:
え~、ホント?
伊藤:
詩人、ピュア。
高橋:
ホント? ホント? 僕の目を見て言える?
伊藤:
あはははははっ(笑)。ちょっと、待ってよ(笑)。
高橋:
あっはっはっはっ(大笑)。「作家はフィクションを作る」っていうこともあって、その途中で、自分を洗脳するっていうかさ。
礒野:
ええ、ええ。
高橋:
これは傑作だと思って書くとかね。で、それが嘘だってわかってる部分もある。
伊藤:
なるほど。
高橋:
だから、「これ、嘘だ」って自覚して…、つまりなんかさ~、俺はすごい作家だと思わなきゃ書けない時もあるじゃない? それはあえて思い込ませる。
伊藤:
じゃあ、この「夏虹鱒」さん。この人、すごいそこは意識的になってるから、すばらしいじゃない!
高橋:
すばらしいよ、全然!
礒野:
あ~! 俯瞰(ふかん)的に自分を見ることができている?
伊藤:
そう、そう、そう。
礒野:
自分は自分に嘘をついてるんじゃないか?
高橋:
だからこれ、なんの問題もないですよね。
伊藤:
大成しますよ。
礒野:
だ、そうです~!
高橋:
もうね、このまま行ってください。Good!
礒野:
グッと背中を2人が押してますので、ぜひこのまま!
高橋:
普通です。
礒野:
今日は2通、ご紹介させていただきました。前向きに終わりました。そろそろ比呂美庵、閉庵時間になってしまいました。次回、伊藤さんは9月22日金曜日にご出演予定です。
2コマ目のセンセイは、詩人の伊藤比呂美さんでした。ありがとうございました。
伊藤:
どうも、ありがとうございま~す。
高橋:
ありがとうございました~!
【放送】
2023/08/18 「高橋源一郎の飛ぶ教室」
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23/08/25まで