2コマ目「きょうのセンセイ」は、京都在住の独立研究者・森田真生(もりた・まさお)さん。1コマ目の「ヒミツの本棚」でご紹介した『数学の贈り物』の著者です。東京大学で数学を学び、現在は在野で研究活動を続けるかたわら、子育てやトークライブなど多忙な日々を送る森田さん。「独立研究者とは何か?」という問いをきっかけに、世界の本質にどう迫るかについて、源一郎センセイと熱いトークが交わされました!
【出演者】
高橋:高橋源一郎さん(作家)
礒野:礒野佑子アナウンサー
森田:森田真生さん(独立研究者)
2コマ目「きょうのセンセイ」は、京都在住の独立研究者・森田真生(もりた・まさお)さん。1コマ目の「ヒミツの本棚」でご紹介した『数学の贈り物』の著者です。東京大学で数学を学び、現在は在野で研究活動を続けるかたわら、子育てやトークライブなど多忙な日々を送る森田さん。「独立研究者とは何か?」という問いをきっかけに、世界の本質にどう迫るかについて、源一郎センセイと熱いトークが交わされました!
【出演者】
高橋:高橋源一郎さん(作家)
礒野:礒野佑子アナウンサー
森田:森田真生さん(独立研究者)
高橋:
まず、どうしてもお聞きしたいのが「独立研究者」。これは当然、言われると思いますが、あえて「数学者」じゃない!
森田:
はい。
高橋:
あの~、普通は「数学者」ですよね。僕は、しいて言うなら「作家」なんですけど。
この「独立研究者」って、耳慣れない言葉ですし、なぜそう名乗ったのか。その意味っていうのを、ちょっと教えていただけるでしょうか。
森田:
そうですね。だからその「何かを分かろうとするためには、動かないといけない」じゃないですか。
高橋:
うん。
森田:
行為しないといけなくて。で、その分かるための行為のレパートリーみたいなのが、今では近代の大学で、何か研究対象を決めて、その専門分野の専門家となって、そこにアプローチしていくっていうのが「分かり方の1つの方法」という…
高橋:
「研究者」ですね、普通の。(大学などに)所属して。
森田:
ただ、普通と言っても、ベルリン大学とか、19世紀に始まった、比較的最近の研究スタイルの…。まぁ「研究」と言った時にイメージするアプローチっていうのは、そんなに昔から、当たり前ではなくって。自分なりの分かり方を…
(少し沈黙)
「ベルリン大学って19世紀だったっけ?」って、ラジオに出て言うと、正しかったか自信が…。まぁ「飛ぶ」教室ですからね(笑)。とにかくその「分かるっていう分かり方を、自分なりに作りたい」っていうところから始まっていて、そうすると、う~ん、あの…
(再び沈黙)
高橋:
要するに、「研究所に勤める」とか「大学の先生になる」っていう道を、最初から選ばなかったんですか?
森田:
そうですね。僕は高校生ぐらいの時に、唐木順三さんの『無用者の系譜』っていう本を読んで、日本の歴史の中で、松尾芭蕉とか西行(さいぎょう)とか、在原業平(ありわらのなりひら)から始まって、「世間における無用者というふうに規定するところから始まる」っていうのが、ある種こう、なんか「常とう的なアプローチ」だっていうことがあったりして。
高橋:
無用者の系譜の上に?
森田:
うん、うん。ですから、そうですね…
高橋:
でもそれは難しいんじゃないですかね? つまり、超具体的に言うと「お金どうしよう」とかさ。
礒野:
「なりわい」と言うか…。
高橋:
僕でも考えましたからね(笑)。
で、え~と、結婚されて、家族もいるっていう時に、お父さんは「独立研究者だから、よろしく!」みたいな。
森田:
ええ、ええ。
高橋:
そのへんの葛藤みたいなのは、なかったんですか?
森田:
えっと、そうですね…
(三たび沈黙)
1つのことが気になると、すごい気になっちゃって、(先ほど「19世紀に始まった」と発言した)ベルリン大学のことを…。
礒野:
森田さんが今、ご自分のスマホを手に、調べていらっしゃいます!
森田:
ベルリン大学は1810年に…。あっ、これで安心して(笑)。
高橋・礒野:
あははははは(笑)。
礒野:
さっきから、それで! 気もそぞろでしたよね~(笑)。
高橋:
そうなんだ(笑)。
森田:
やっと落ち着きました。すいません。あはは(笑)。そういう厳密なとこが、けっこうあって。
高橋:
はい。
礒野:
へぇ~!
森田:
「独立研究者」っていうふうに名乗ってるのは、研究するってのは、何か知りたい対象があって、それが外側にあって、それをよく調べると、その本質にたどり着くことができるんじゃないかっていうアイデア自体が、もしかしたら間違ってるのかもしれないと。
高橋:
う~ん。
森田:
僕なんか例えば、「源一郎さんを面白い」と思うのは…。
高橋:
面白いですか(笑)。
森田:
はい(笑)。誰かと会う時に、その人の著書を「全部読む」っておっしゃってるじゃないですか。
高橋:
うん、うん。
森田:
そのテキストを全部読むと、何かしら「その人の中心に至れるのではないか?」って…。
高橋:
思ってます(笑)。
森田:
でもなんか、この世界、けっこう面白いのは、たぶんどんなしかたでアプローチしても、源一郎さんをくみ尽くすことは絶対できなくて。
高橋:
できないね~。僕は逆に「全部読まれても、俺のことが分かるわけない」って思ってるもんね。
森田:
だとすると、源一郎さんという対象を決めて、その本質に向かっていこうとする真理探究ってよりは、どちらかというと、源一郎さんと一緒に対話したりダンスしたりして、そうすると「きょうの源一郎さん」が見つかり、「明日の源一郎さん」が見つかり…。これも1つの「わかり方」だと思うんですよ。
高橋:
う~ん、確かに。
森田:
だから、世界を探求していく時に対象を決めて、自分の専門的なアプローチの方法を固定して、それについて1つずつ知識を増やしていったり、事実を集積していくっていう以外の研究のしかたがあるはずで。
高橋:
あ~!
森田:
僕はその、何ていうか、「“探求の方法自体を作り直す”っていうことができないか?」っていう、すごい野望みたいなことを高校生の時に思って。
礒野:
へぇ~!
森田:
そうすると日本だと仏教の伝統とか身体的な修行の…。ただしその、身体的な修行というほうに行き過ぎると、やっぱりその身体の限界を超えていけない。自分の体の直感というのを超えていけない。
それに対して数学というのは、非常にラディカルなしかたで、人間の行動の習慣だったり、それまでの発想の方法っていうのを飛び出していく。そこに非常に大きな魅力があると。
高橋:
なるほどね。
森田:
かなりその「自分の身体的な習慣」とか、「当たり前と思ってたことを超えていきたい」っていう思いがもともとは強くて。逆に言うと「現実に対する関心がすごい薄かった」んですね、僕。
高橋:
薄い。うん。
森田:
現実って、しょせんは可能性の1つにすぎないんじゃないかと(笑)。生きている間に、その可能性の1つとしての現実だけを対象にしていくっていうのは、もったいないというか。
ところがやっぱり、『数学の贈り物』の中でも、子どもが生まれてから大きく変わったのは、子どもが行為しながら、自分とは違う世界を動きの中から作り出していく。しかも彼らが虫を見たいとか、植物を見たいとか。だから特に最近は近所に「庭師」と思われているぐらい、庭仕事に夢中なんですけど(笑)。
礒野:
庭仕事に? 森田さんが?!
森田:
そうですね。庭の8メートルぐらいの松も、自分で登って剪定(せんてい)をしたりとか。
礒野:
えぇ~!
森田:
でも、そうやって、木々に手を伸ばしていくと、今まで見つからなかったイモムシが見えたりとか。季節ごとのですね、植物の変化っていうのが目に見えたりとか。「遠くに未知があるわけじゃなくて、非常に目の前に、だけど一生かけても、くみ尽くせないという意味で隠れている」。つまり、僕は「開かれた秘密」という言い方をしてるんですけど。全然、奥に隠れてるわけでも暗号化されてるわけでもなくて、堂々と公開されているのに、人類が「全人類史をかけても、くみ尽くせないであろうという意味で隠れているようなもの」っていうのが目の前にあると。そういうものを分かるっていうことが、人間が、例えばですけど、片足がちょっと調子悪くなって、松葉づえをついたりしているだけで、ちょっと階段が急に見えるとか。
高橋:
う~ん。
森田:
要するに「空間の見え方が変わる」わけです。片足が動かなくなることで。じゃあ、ましてや自分がミミズだったらどうかとか、カマキリだったらどうかっていうと、空間の見え方が全く違うはずで。
そうすると、この世界には1つの空間があって、それを僕たちは分かち合っているわけでは決してなくて、生き方の数だけさまざまな空間というのが生成していると。だから「どのように生きるか」っていうことによって、違う世界を作り出すことができて…。なんて言うのかな…。「自分の命の、自分なりの生き方を通して、新しい世界を。だけど、新しいっていうのは、やっぱり続いていないといけないので、懐かしくて新しい世界を生み出しながら、その行為を通して作り出されていく世界を分かっていく」っていう。
高橋:
うん。
森田:
自分を分かるっていうのも、自分というものが最初からあるわけじゃないので、「生まれ変わりながら、さっきまでの自分と違う自分になるっていう仕方で、自分が分かる」っていう分かり方があると思うんです。
高橋:
センセイ! いいですか(笑)。質問です!
森田:
ええ、ええ。
高橋:
僕の理解がそんなに間違ってないとすると、つまり、そういう、簡単に言うと「世界の秘密」みたいなことを、調べて生きていくっていうことは、数学研究者とか、職業ということとは違うってことですよね?!
森田:
そうですね。だから「ある分野を決めて、その研究者です」っていうふうに、そういうスタンスをとる時点で、ある種、研究というものに対する1つの前提を選んじゃってるんじゃないかと。
礒野:
う~ん、なるほど! 「しばり」と言うか?
高橋:
誤解してました。僕ね、「独立研究者」っていうのは「独立した数学研究者」だと思ってたんですよ。
森田:
はい、はい。
高橋:
つまり「どこにも所属しない」。じゃなくて、そもそも、数学かどうかさえ分からない。
森田:
そうですね。そう、そう。
高橋:
「あらゆる物から独立して、世界を調べる」と。
森田:
そうですよ。で、もともと現実に興味がなく、身体を超えて行こうとしたときに、最もそういう意味で興味深い言語が数学。行為が数学だと思って、数学から始めて。
礒野:
なるほど。「言語」とおっしゃる。
森田:
最近は、現実に興味があるので、庭仕事とか、すごいやったりしてるんです(笑)。
高橋:
なるほど~。
【放送】
2023/06/30 「高橋源一郎の飛ぶ教室」
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