【飛ぶ教室】「きょうのセンセイ~詩人 伊藤比呂美さん~」

23/06/30まで

高橋源一郎の飛ぶ教室

放送日:2023/06/23

#文学#読書

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2コマ目「きょうのセンセイ」は詩人の伊藤比呂美さん。まずは番組冒頭の「今夜のコトバ」で源一郎さんが紹介した“恩送り”という言葉について、比呂美さんはあるエピソードを紹介していました。1コマ目の「ヒミツの本棚」でご紹介した、森崎和江(もりさき・かずえ)著『まっくら-女坑夫からの聞き書き-』についてもトークが広がりました!

【出演者】
高橋:高橋源一郎さん(作家)
礒野:礒野佑子アナウンサー
伊藤:伊藤比呂美さん(詩人)

「恩送り」を考える

高橋:
今日はさ、言いたいことが、いろいろあるんじゃないですか?

伊藤:
むっちゃ、ありましたね~。(番組冒頭の)上野千鶴子さんの話もそうだったし、私もアレ、読んでて…。あの~、なんて言うの? 宣言?

高橋:
あ~。はい、はい、はい、はい。

伊藤:
すごく良かったの。宣言が~!

高橋:
宣言文ね~。

伊藤:
すごく良かったのよね。あとさ「恩送り」っていうの?

高橋:
うん。知ってた?

伊藤:
いや、知らなかった。

高橋:
僕も知らなかった、実は。

礒野:
そうですよね。私も初めて知りました!

伊藤:
いい言葉ですよね。あのね、西さん(※西 成彦さん、文学研究者)は東大(で学んだ)じゃないですか。

高橋:
はい、はい。(伊藤さんの)元夫ね(笑)。

伊藤:
あっ、元夫ね。すみませんね(笑)。西さんとか言っちゃって。

高橋・礒野:
あははは(笑)。

伊藤:
若い時にポーランドでね、吉上昭三(よしがみ・しょうぞう)先生と一緒でね。

高橋:
なんの先生?

伊藤:
え~とね~、ロシア語?!

高橋:
あぁ~。

伊藤:
ポーランドに先生がいらして、私たちもいたんですよね。で、ホントにお世話になったの! (妻の)内田莉莎子さんは、絵本の翻訳家で、お世話になって! で、先生にね「これだけお世話になってて、どうやって恩を返したら?」って聞いたのね。

高橋:
うん!

伊藤:
そしたら先生がね「もうね、僕はいいんだ」って。「今度は西くんたちが…」、前の夫ね(笑)。

礒野:
わかりました(笑)。

高橋:
1回言えばいい(笑)。

伊藤:
「西くんたちが、今度は自分の学生たちに返していけばいいんだ」って。

高橋:
その時、先生いくつだったの?

伊藤:
先生、わかんない…。私ぐらいかな? もっと若いわね。だって東大にいた頃だから。

高橋:
あっ、そうか、先生だから50代後半…?

伊藤:
50代、60代…?

高橋:
まぁでも、もうそういうことを思ってたんだよね。

伊藤:
そうなの。私たちが20代の半ばぐらい。だからね、私、早稲田大学でさ、子どもたち、子どもってね…、学生となにかやる度にね、吉上先生がね、このへんにポツンといるの(笑)。

高橋:
あははは(笑)。

礒野:
へぇ~!

伊藤:
頭の上に立ってる(笑)。

高橋:
ちゃんと「恩を送ってるか?!」って。

伊藤:
そう、そう、そう。

礒野:
忘れられない言葉なんですね。

高橋:
いつ頃、そういうことを思うようになった?

伊藤:
先生に言われてから。

高橋:
あっ、じゃあ、けっこう前から?!

伊藤:
私はけっこう前から思ってる。

高橋:
偉いね。

礒野:
20代から!

伊藤:
私ね、やっぱり源一郎さんと違ってね(笑)。

高橋・礒野:
あははははは(笑)。

伊藤:
“もののあわれ”とか、全部知ってますから。

高橋:
そうか。じゃあ、そういう意識があったんだ!

伊藤:
ありますね。って言うかさ、作品を書いてるとさ、「私っていうの。私、私、私、私、私」で書いてるでしょ?

高橋:
書いてるけどね。

伊藤:
書いてるけど、どっかでやっぱりそれって「私たちのものだ」っていうのがあるし。

高橋:
うん。

伊藤:
あと「女の文学」みたいのを書いてるじゃない?!

高橋:
う~ん。

伊藤:
そしたら、どっかにやっぱり、富岡多惠子(とみおか・たえこ)さんとかさ。

高橋:
あ~。

高橋・伊藤:
石牟礼道子(いしむれ・みちこ)さんとかね。

伊藤:
いてさ!

礒野:
うん、うん。

伊藤:
“これが送られてきて、私も送っていくみたいな”ところって、やっぱり感じるんですよね。

高橋:
僕もね、それはずっと感じていたんだけど。

伊藤:
うん。

高橋:
つまり、言葉にもならないしね、しないしね。「モノを書く」っていうのは「自分から出るんじゃなくて、過去にいろんな人がいて、それをなんか、僕らがキャッチボール」をして…。

伊藤:
そう、そう、そう、そう。

高橋:
「それを返すっていう感覚」はあったけど、「恩送り」みたいな“言葉”にすると「それってそういうこと!」っていう。

伊藤:
でも、言葉にしなくてもいいんだよね。

高橋:
ね~。

伊藤:
そんなこと言っちゃうとさ~、「いかにも良いことしてま~す!」っていう感じで(笑)。

高橋:
嫌だよね(笑)。

伊藤:
そうじゃなくて…。なんかこう、ほら。やっていけば、自然にやっていけばいいのかな…?

高橋:
そうだね。じゃあ意識は、ずっと変わってない? 僕はね、ある時期から、特に、これはちょっと「誰に向かって」って思って書いてる。

伊藤:
うん。

高橋:
それは、あの時に読んで、僕はすごい救われて、やっぱりそういうことは誰かに、子どもたちへとかね。っていうのは、だんだんだんだん強くなってくるね。

伊藤:
あ~、なるほどね。

礒野:
う~ん。

伊藤:
私、『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』っていうの書いた時から、すごく強くなってきて、これは私だけじゃなくて、「私たちが私たちのために書いてるんだな」っていうふうに思ってきた。だから、50代!

高橋:
50代ね。

伊藤:
50代のはじめ。吉上先生ぐらいの時。

高橋:
あ~。それまでは、やっぱりなんか、気付いてる人もいると思うけど、なかなか気付くのが…。

伊藤:
そう! 私、私、私、私! 「私の声を聞け~!」みたいな。

高橋:
そう、私! あはっ(笑)。

礒野:
きっとそうですよね。若い時って。

高橋:
普通はね。で、あんまりさ、20歳ぐらいで思うって、そもそもできないじゃん。

伊藤:
そう、できない。

高橋:
僕も「まだ、恩をもらってる」んだから(笑)。

伊藤:
そして、そしてね、そしてね! 聞いて~!

高橋:
聞くよ(笑)。

伊藤:
その頃になってくると「ハッ!」と、環境に気が付くの。「あ~、なんか周りに木があって、草がはえてて、海があって、風が吹いてて。その中で生きてるんだな」ってことに気が付くし。それからさっき源一郎さんが言ったみたいにね、「自分の声って、人から借りてきてるな」って。

高橋:
そう、そう。

伊藤:
で、「私、声お借りしました」ってことを、最初に「引用があります」という代わりに、使い始めたのね、その頃から。やっぱりそれって「つながっているな~!」みたいな。う~ん。

高橋:
やっぱり、なんかね~「流れの中にいる」。これは書いたことがあるんですが「ある時にパッとさ、鏡を見たら、映ったのは父親だった」って。

伊藤:
うん、うん。

高橋:
亡くなったね。

礒野:
ええ。

高橋:
それで、ちょうど僕の足元に子どもが居たからさ、「これが父親だったら、この子どもは僕?」みたいな。時間が50年ぐらい…。本当にね~、一瞬、「流れの中に自分がいる」っていうか。故人っていうよりね。これをまた50年前には、父親の父親が見てて。父親の父親の父親がって、またこれは続いていくっていうふうになったら、なんかちょっと、うれしいよね?

伊藤:
そうね、そうね~。なんかほら、「死なない」もんね~。

高橋:
あっ、そう! 繰り返しだからね。

伊藤:
そう。植物を育ててると、死なないんですよね。ずっと生きてるような気がするの。動物って死んじゃったら死んじゃったなんだけど、もしかしたら大きな目で見たら、動物の生と死っていうのも植物の生と死と同じように、ずっとつながっていくんだなって。「恩送り」みたいに…。あぁダメだ。「いい話」になっちゃうじゃない(笑)。

高橋・礒野:
あはははは(笑)。

伊藤:
私、「いい話」って嫌いなのよ。

1コマ目でご紹介した本『まっくら: 女坑夫からの聞き書き』について

伊藤:
私さぁ、森崎さん読んでなかったんですよ。

高橋:
それ、僕ビックリだよ。逆に。つまり僕たちにとってはね、石牟礼さんとか、ああいう女性の「聞き書き」のすべてのスタートが森崎和江さんだから。

伊藤:
私は「石牟礼さん、一択」でした(笑)。

高橋:
あははっ(笑)。

伊藤:
すいません(笑)。

高橋:
まぁ、もちろん同じところにいてね。ただ森崎さんが編集員で。え~っと、石牟礼さんは普通の書き手だったから。

伊藤:
いや~、もうね、この前のさ、中村きい子さんもビックリしたけど。森崎さんもすごいビックリして、「全部同じじゃん!」みたいな。

高橋:
あ~、似てるよね。

伊藤:
そう、そう。「3人娘」みたいな感じで売り出せるよ(笑)。

高橋・礒野:
あははは(笑)。

高橋:
ホントだよね(笑)。

伊藤:
「その違いはなんなんだろう?」っていうんで、私、急きょ石牟礼道子の『苦海浄土』を買って、読んでみたんですけど。わっかんないの! なんで? 石牟礼さんは石牟礼さんで、森崎さんは森崎さん。で、中村きい子さん。ちょっと言うとね、私は中村きい子さんて、前に『女と刀』を読もうとして、“ウッ”ってなって。“Too Much”な感じで。

高橋:
そう、そう、そう。『女と刀』ね。

伊藤:
“Too Much”だったんですよ。なんかこう、言葉の使い方もなにもかも。

高橋:
そう、そう、そう。「武士」だもんね、なんかね。

伊藤:
武士でさぁ。そして「方言」の使い方も、なんかこうね、“あざとい”って言うか、“Too Much”っていうかね。で、森崎さんて、上野千鶴子さんとの雑誌の座談会で、なんか読んだんですよ。それが初めての“森崎体験”だったのね。

高橋:
へぇ~!

伊藤:
あんまり「ス~ッ」としてて。

高橋:
水のように?

伊藤:
水のように…。そうね~。

高橋:
「ス~ッ」だったの?

伊藤:
あのね、「標準語」っていう感じだった。

礒野:
あ~!

高橋:
これでも標準語なの?!

礒野:
へぇ~! やっぱりけっこう「九州の言葉だな」と思いながら読みましたけど。

伊藤:
『女と刀』じゃなかったけど、女2人が掛け合う、みたいなやつだったんですよ。で、石牟礼さんて、私が熊本で暮らし始めて、数日して、熊本の言葉が耳に入ってきた時に読んだんですよ。それでやっぱりね「ドスン!」と来た。

高橋:
あ~。

伊藤:
あと「書き方の違い」もあるような?!

高橋:
そうだよね~。

伊藤:
これやりだすと3時間かかるから(笑)。

高橋:
じゃあ、やめとこう(笑)。

礒野:
あははは(笑)。

高橋:
で、やっぱりね、それで言うと、森崎さんは、「マッチョ」なところが、あると思うんですね。

伊藤:
う~ん。

高橋:
リーダーだった谷川雁という、当時ね、“日本で最も偉大な詩人”と、“互角”に!

伊藤:
うん。

高橋:
「評論もできるし、まぁ詩も書けるし」っていうので。坑夫がすごい自立してたでしょ?!

伊藤:
してた! 女坑夫がすごい。

高橋:
これって、森崎さんなんだよね。

伊藤:
なるほどね~。

高橋:
社会運動をやってる人たちと、全く互角に戦って、2人はパートナーになるんだけど。それで、分かれる時も「自立」していく。だからそういう意味では、すごく強い人で。

伊藤:
森崎さん本人は詩人?

高橋:
え~っとね、詩人…。詩もいいんだけどな~。僕、結局、なんて言うんだろう。「聞き書きの人?」。
人の話を…。あっ、でも「詩人」かな。

伊藤:
あっ、そうかも! て言うのはね、石牟礼さんて「人の話を聞いて、そのまま書くって、してない」と思う。

高橋:
そうだよね。けっこう変えてるよね。

伊藤:
ねぇ! 飲み込んで、頭の中で全部自分の物語にして。で、使ってる言葉もね「“道子弁”っていう特殊な方言にして吐き出す」みたいなところがあるでしょ。

礒野:
ご自分の言葉にして…?

高橋:
そう、そう、そう。

伊藤:
森崎さんの作品を読むと、すごく「散文的」だなというのがあったんですよ。

高橋:
あっ、そうですよ。だって石牟礼さんて、いわゆる評論みたいなのは無いからね。

伊藤:
まぁ…。

高橋:
「社会評論」をとうとうと書くとかさ。

伊藤:
そうね。でもね、こうやって読んでみるとね、けっこうね「です・ます調」じゃなくてね。「である調」でね、カッチリカッチリ書いてるんですよ~。

高橋:
あ~、そういうのもあるんだな~。

伊藤:
だから読んでて「えっ、えっ、えっ?!」って感じで。で、もう1つ! はい、はい、はい、はい(挙手)。

高橋:
手を挙げなくても、しゃべっていいから(笑)。ラジオだから見えないし!

伊藤:
すごいね、似てるなと思ったのが「説経節」っていうね。

礒野:
なに節?

高橋:
「説経節」っていうジャンルがあるんですよ。

礒野:
説経節。

伊藤:
日本文学って、「能」と「浄瑠璃」の間に「説経節」っていうのがあるのよ。で、「伊藤と言えば説経節、説経節と言えば伊藤」と言う …。

高橋:
勝手に言ってるだけ(笑)。

伊藤:
あはははっ(笑)。

礒野:
そうなんですか(笑)。

伊藤:
すっごい好きなんですけどね。その理由が「女がよく働いて、男が本当にどうしようもない」の。

高橋:
あはっ(笑)。

伊藤:
いい男なんだけど、みんな、どうしようもないの。

高橋:
働かないんだ?

伊藤:
働かないの。だから全くそんな感じでしょ?

高橋:
森崎さんのさ、テーマって「働く女性」なんだよね。

伊藤:
そう、そう、そう、そう。

高橋:
すごい極限のところで働く。『からゆきさん』も、そうでしょ?

伊藤:
そう、そう、そう、そう。だからね、そのぐらい、60年代って、おそらくね「説経節」みたいなものを、みんな読んでて。

高橋:
あ~、うん。

伊藤:
で、しかも、その歴史学で「下層の人たちの生きざま」っていうのを、どんどん掘り出してきた時代でしょ。
そういうのに、この人たちが一斉に興味を持ったんじゃないだろうか?

高橋:
そう。だからね、今でも面白いと思うのは『からゆきさん』も含めて、過酷な労働じゃん。

伊藤:
うん。

高橋:
で、戦後はそういう「過酷な労働から女性が解放されて、専業主婦になって良かったね」って話だったよね。

伊藤:
うん。

高橋:
「それって、本当にそう?」っていうのが森崎さんなんですよ。

伊藤:
ある、ある、ある。

高橋:
だから、どんどんどんどん、明治から大正、昭和になって「どんどん自由になって解放されましたっていうのは本当かよ?!」っていうのを探りに行ったんだよね。

伊藤:
あぁ、いいわよね~。

高橋:
ね~!

礒野:
「本当に自由ですか?」と。

高橋:
そう、そう。あなたたちは本当に自由かと。


【放送】
2023/06/23 「高橋源一郎の飛ぶ教室」

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