【飛ぶ教室】「きょうのセンセイ~作家・医師 朝比奈秋さん~」

23/06/23まで

高橋源一郎の飛ぶ教室

放送日:2023/06/16

#文学#読書

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2コマ目「きょうのセンセイ」は作家で医師の朝比奈秋さん。一コマ目のテキスト「植物少女」の著者です。三島由紀夫賞の選考委員を務めた源一郎さん、朝比奈さんとは授賞式後の懇親会が初対面の場だったと思いきや、実はその前に衝撃の“出会い”が!? そんなオドロキから始まった作家同士のトークはとどまることがありません。当初の予定を変更し、源一郎さんは朝比奈さんの作品を「全部やる!」と宣言。さてどうなりましたでしょうか。

【出演者】
高橋:高橋源一郎さん(作家)
礒野:礒野佑子アナウンサー
朝比奈:朝比奈秋さん(作家・医師)

礒野:
源一郎さん、2コマ目です。

高橋:
はい。きょうのセンセイは、第36回「三島由紀夫賞」を受賞した、この方です。

朝比奈:
朝比奈 秋です。よろしくお願いします。

高橋:
よろしくお願いします。わ~い(拍手)。

礒野:
よろしくお願いしま~す!

高橋:
え~っとですね、さっき1コマ目でも言ったけど、三島賞を受賞して、そのあとの記者会見のあとに、懇親会みたいなのがあって、晩ご飯を食べてたんですけど、来ていただいて。

朝比奈:
えへへ(照笑)。

高橋:
あまりに面白かったんで、この番組に出ていただこうと思いましてね。

朝比奈:
そうなんですか。

礒野:
どんな会でしたか?

朝比奈:
いや~もう、僕は覚えてないです。緊張しすぎて。

高橋:
ホント?! まぁまぁ、あまり言えないんですけどね。もちろん、初対面で。知らないよね。

朝比奈:
初対面です。

高橋:
朝比奈さんが、普通にレストランに姿を見せたら、某選考委員の方が、「なんや、かっこいいな。賞をやるんじゃなかった」って(笑)。

礒野:
あははは(笑)。

朝比奈:
そうだったんですか(笑)。

礒野:
「かっこいいじゃないか!」って(笑)。

高橋:
医者で、作家で!

礒野:
そうなんですよ。朝比奈さんは俳優みたいな雰囲気がおありですよね~!

高橋:
まぁそんなこと言うとさ、持ち上げ過ぎだって言われるから(笑)。

朝比奈:
あははは(笑)。

高橋:
それで、本当にきょうは出演していただいて、ありがとうございます。

礒野:
ありがとうございます~!

朝比奈:
いえ、いえ。どんでもない。

高橋:
え~っと、受賞して、1ヶ月ぐらいか。発表になってから。

朝比奈:
そうですね。

高橋:
実はさっき、打合せをさせていただいたんですけども、周りにバレてないんだって?!

朝比奈:
ほとんどバレてないですね。

高橋:
まぁ、これはペンネームですよね。

朝比奈:
はい。顔写真も出してますけど。記者会見で放送も動画配信でありましたけど。

高橋:
みんな見てない?

朝比奈:
みんな見てないですね。

礒野:
お友達とかも?

高橋:
知らないの?

朝比奈:
はい。たぶんね、ずっと医学部で、中高も理系だったんで、小説を読んでる人が周りにたぶん、ほとんどいないんですよ。

高橋:
文学とか文化に興味がある知人が周りにいなかった?

朝比奈:
1人もいないです。

礒野:
じゃあ今夜、どうしますか?! これで気付いちゃう人がいるかもしれません。

朝比奈:
気付かないと思いますよ(笑)。

高橋:
声でわかるんじゃない?!

朝比奈:
ほんまですかね~?!

礒野:
わかりますよ。

高橋:
わかりますよ。

朝比奈:
ちょっと怖いな~。

高橋:
前ね~、出演してくださった、ある歌手の方が医者もやってて、番組が終わった後、「あの声、先生ではないですか?」と。

朝比奈:
いや~。

高橋:
マズい?

朝比奈:
まぁまぁ、バレたらバレたで、ぜんぜん(笑)。

高橋:
それは、そうですね(笑)。

実は以前に会っていた?! ~医者と作家の二刀流~

高橋:
え~っと、「医者」ということですが、「どういうお医者さんなんでしょうか?」ということだけ聞いておきましょうか!

朝比奈:
あ~まぁ、どこにでもいる消化器内科というか胃腸が専門の医者で、もうどこにでもいる。あははは(笑)。普通の医者です(笑)。

高橋:
あのね、ここで言っちゃおうかな。実はさっき、とんでもないことがわかりまして!

礒野:
ええ。そうなんですよね~!

高橋:
「この前の授賞式が初めて」って言ったら、実はあの時「2回目」だったって!

朝比奈:
はい。

高橋:
ね! 「どこで会ったんですか?」って言ったら、「僕が某病院で人間ドックに入った時の胃カメラ」をやっていただいたと。

礒野:
うふふふ(笑)。

朝比奈:
はい(笑)。

高橋:
5年前?

朝比奈:
たぶんそれぐらい前ですね。

礒野:
こんな偶然あります?!

朝比奈:
びっくりしましたよ。ホントに。

高橋:
某K市の、某病院だよね?

朝比奈:
そうです、そうです(笑)。

高橋:
そうですか~。その節はお世話になりました。

朝比奈:
とんでもないです(笑)。

礒野:
その時って、朝比奈さんとしては「高橋源一郎さんが来た」って思いながらやるわけですよね?

朝比奈:
そうですね、はい。でも、もちろん顔には出さず。

高橋:
そうですよね~。

朝比奈:
最後まで、つつがなく終えて。

高橋:
その時って、小説を書いてました?

朝比奈:
もしかして、書き始めたぐらいか、書く直前ぐらいだと思います。

高橋:
まぁ、なんと!

朝比奈:
だからその、純文学の、先輩っていうふうな感じでは全くなくて。

礒野:
まだ思ってない頃ですね。

朝比奈:
「あっ、テレビで見たことある人だぞ」っていうので、覚えてたんですよ。

高橋:
そうなんだ~。ちょうど小説の書き始めのころ!

朝比奈:
はい。

高橋・礒野:
すご~い!

礒野:
胃腸の中を知ってるわけですよね。

朝比奈:
そうですね。

高橋:
見られましたね(笑)。

朝比奈:
はい!

高橋:
でも良かった。重大な病気がなくて。

礒野:
再会。5年後の!

小説を書くようになった、“きっかけ”は?!

高橋:
それでね、今もおっしゃったけど、普通ね、お医者さん・ドクターでも、割と大学の頃から本を読むのが好きとか、多いんですよね。意外とお医者さんというのは、あの~、文化系的な感覚も。違うんですよね? 朝比奈さんは。

朝比奈:
そうですね。僕はもう全然、小説は読んでなくて、34、5歳の時に、内科の胃腸の、論文か症例報告のリポートを書いてる時に、ちょっと物語が浮かんできて、そこから書き始めて…。

高橋:
そのね~、「浮かんできて書き始めた」っていうのが、どういうこと?

朝比奈:
まぁ「映像として、バ~ってきた」んで、書いてみようと思って書いてみたら、もう止まらなくなっちゃって。で、その延長で今も書いてる、みたいな感じですかね。

礒野:
突然ですか~!

高橋:
不思議なのはね、普通ね「書く」って、なんて言うか、ある程度イメージがないとね、書けないでしょ?
「こういう小説」とかさ。

高橋:
いきなり書いたでしょ?

朝比奈:
いきなり書いて。

礒野:
それが『塩の道』ですか?

朝比奈:
いや、もうそのデビューするまでに30作ぐらいの習作を書いて。

礒野:
そうなんですか。

高橋:
何年ぐらい?

朝比奈:
5年間ぐらいですね。

高橋:
はぁ~!

礒野:
へぇ~!

朝比奈:
「書いては捨て、書いては捨て」の連続で。

高橋:
で、どっかに出したんですか?

朝比奈:
えっともう、いろんなところに出しまくって。

高橋:
その時は落ちてた?

朝比奈:
そうですね。最終選考にけっこう残ったんですけど、最後がちょっと…。

高橋:
『文學界』とか出したんだっけ?

朝比奈:
『文學界』は出しました。

高橋:
あっそれで、川上未映子さんとか、中村文則さんが選考委員で…。

朝比奈:
候補作で読んでもらってるんですよね。

高橋:
「いたよ!」っていう。

朝比奈:
あははは(笑)。

高橋:
それで結局、『塩の道』で、第7回「林芙美子文学賞」。これも川上さんですよね。

朝比奈:
そうなんですよ~。最終候補に4回残ったんですけど、4回とも、なぜか選考委員で川上さんが。

高橋:
で、今回も!

朝比奈:
今回も、ということで。

高橋:
縁があるよね。川上さんと。

朝比奈:
縁があるんです。あはははは(笑)。

新作『あなたの燃える左手で』~ガチで小説の話を!~

高橋:
それで『塩の道』。えっと、今日はちょっと、普段はいろいろとね、聞きたいことを分けてやったりするんですけど。朝比奈さんはその『塩の道』と『私の盲端(もうたん)』っていう小説で1冊、本を出されまして。

朝比奈:
はい。

高橋:
『私の盲端』はホントに最初の単行本?

朝比奈:
そうですね。

高橋:
それから『植物少女』が2冊目、今日1コマ目でご紹介した。で、もう1冊、『あなたの燃える左手で』っていうのが、え~っと、おそらく、今日ぐらいから本屋に…。

朝比奈:
並び始めた、ちょうど。

礒野:
えっ! ちょうど今日?!

高橋:
だからまだ、日本で誰も評論してないですね。

朝比奈:
あっ、そうですね。はい(笑)。

礒野:
ホヤホヤですね!

高橋:
ホヤホヤ! で、全部読みました!

朝比奈:
ありがとうございます。

高橋:
あのね~、ちょっとね、どれもすばらしかったんで、今日は急きょ、“全部やる”!

朝比奈:
あははは(笑)。ありがとうございます。

高橋:
なので、すいません。ちょっと、朝比奈さんと「ガチで小説の話」を!

朝比奈:
あははは(笑)。光栄です。

高橋:
ここからはしたいと思っていますが、え~っと、せっかくですから、順番が変わりますけど、『植物少女』ですね。あの~、これはちょっと今、紹介しましたが。

朝比奈:
はい。

高橋:
ちょっと紹介が難しいよね?

朝比奈:
そうですね、なかなか。

高橋:
「どこを?」って言われると、1番どこを読んでもらいたい?

朝比奈:
え~。やっぱり、いわゆる植物状態にある人が…。「自分でかんで、自分で飲み込むところ」ですかね。

高橋:
そう、だから「生きている証拠」だよね。

朝比奈:
はい。

高橋:
そういう状態って、ホントにイメージとしては…。植物へのイメージが貧困なのか、動かないから。ものすごく動くんだよね、あの人たち。

朝比奈:
はい、はい。まぁ、その話は「100%フィクション」なんですけど。

高橋:
うん。これ自体はね。

朝比奈:
ただ20年以上前に、医学部1年生の時に、実習で割り当てられた病室が、長期間意識のない方がおられる病室だったんですね。

礒野:
へぇ~。

朝比奈:
その時に、僕も学生でまだよく知らなくて。それであの~、「ご飯を食べさせる」っていうので、唇にスプーンを当てたら、パカッて口を開けられて、食べ物を入れると、ひとりでかんで、ひとりで飲み込んだ時の、衝撃といいますか…。

高橋:
びっくりだよね。意思があるかのごとく、だよね。

朝比奈:
そうですね。普通に目を閉じて、ご飯を食べてらっしゃるように見えたりもして、ちょっと当時の僕の「生きるということに対する理解力では、その範ちゅうにいない人」だったんで、「じゃあ、どういうことなんやろう…。生きるっていうのは?」っていうのが、すごいショックを受けた記憶はあります。

高橋:
僕、思ったんですけど、まぁ朝比奈さんが書かれたのは全部、基本的には医療の現場の話なので、おそらく経験が、もちろん、使われてるとは思うんですけども。

朝比奈:
ええ。

高橋:
こういうのって、さっきも言ったけど、「書こうと思ったわけじゃなく」って?!

朝比奈:
全く。

高橋:
そういう驚きとか、まぁ医者としてのね。衝撃っていうのは、飲み込んで、ずっとお医者さんやってたの?

朝比奈:
そうですね(苦笑)。そうだったんだと思います。だから、例えばその『私の盲端』とかも、人工肛門の女子大生の話なんですけど、僕自身が人工肛門を作るオペに入ってたんですね。だけどやっぱりその~、手術しながら、ちょっとショックというか。

高橋:
う~ん。

朝比奈:
やっぱり、生きるためとはいえ、こういうふうに…。こういう場所に人工肛門を作っていいのか、とか。そういう、たぶんショックがあったんだと思うんですけど。やっぱりまぁ医者なので…。

高橋:
飲み込むんだよね。

朝比奈:
飲み込むしか、しょうがなくて。そうですね。

高橋:
20年ぐらい、ず~っと。

朝比奈:
ず~っと飲み込み続けたものが、たぶんおそらく、勝手にもう爆発して。

高橋:
爆発した!

朝比奈:
物語という形で、出てきたのかな~っていうふうに思います。

高橋:
でもそれは~、なぜか、当人にはわからないんだよね?

朝比奈:
そうですね。

高橋:
突然、物語が浮かんできたっていう。

礒野:
「その時が来た」っていうことなんですかね~?

朝比奈:
そう…、なんじゃないですかね~。

高橋:
自分ではわかります? その理由って。なんかね、突然、書き始める人もいるんですよね。

朝比奈:
あ~、やっぱりいるんだな。やっぱり、うまく言えなかったし、医者なので、そういうことも言えないし。
周りの人にも言えないし。またその、何がどう苦しいのかも、たぶん、言えなかったんですね。

高橋:
う~ん。

朝比奈:
たぶん、おそらく「物語を通して表現するしかなかったのかな」みたいな感じですね。まぁ、推測になるんですけど。

高橋:
すいません、言っていいですか?

朝比奈:
はい。

高橋:
読んでないって、どのくらい読んでなかったの?

朝比奈:
まぁそもそも書き始めるまで、自分でお金を払って「小説」を買ったことが1回もないです。

高橋:
マジで?!

朝比奈:
はい、そうです。

礒野:
勉強のための、論文とか、そういったものは?

朝比奈:
論文とか医学書はいっぱい読みましたけど。

高橋:
「本」は読みますよね? 小説は…?

朝比奈:
物語はいっさい読まなかった。

高橋:
いっさい読まなかったの?

朝比奈:
はい。

礒野:
すご~い。

高橋:
いつ頃から読むようになったの?

朝比奈:
34、5歳で急に書き始めたので、そっから読み始めました。34、5歳から。

高橋:
すいません。小説、面白い? 読むと。

朝比奈:
あ~、面白いですし。

高橋:
あははは(笑)。

朝比奈:
ためになるな~と思うんですけど。ただ書くのに必死で…。

高橋:
なかなか、じゃあ、時間がない?

朝比奈:
インプットする時間がなくて。もっと読んでたら良かったなって、今は思ってます。

礒野:
あははは(笑)。

高橋:
これからは時間がいくらでもあります。あともう1つ、朝比奈さんは「映像が思い浮かぶ」って言って。

朝比奈:
あぁ、そうですね。

高橋:
作家も「映像派」と…。僕は全く浮かばないんですよ。

朝比奈:
あ~、そうなんですか。

高橋:
僕はゼロ!

礒野:
へぇ~!

朝比奈:
それは逆に…。

高橋:
だから逆にね、まぁ、ある作家の人と話してね、「高橋くん、どうやって書くの?」って。「言葉を見て書いてます」って言ったら、「映像は?」って言うから、「浮かばない。ゼロ!」って言ったらさ、「マジで?」って。

朝比奈:
いや、そうですね。「マジで?」っていう感じですね(笑)。

高橋:
まず映像なんだ?

朝比奈:
まず映像です。

高橋:
映画は見ます?

朝比奈:
映画は、まぁ人並みぐらいじゃないですかね。1年に1回、2回ぐらいだと思います。

高橋:
じゃあ 「勝手に物語が生まれてる」ってこと?!

礒野:
うふふふふ(笑)。

朝比奈:
そうですね。

礒野:
すごいですね。どこからそのインプットが…。すご~い。

高橋:
じゃあですねぇ、もうここからは「質問」させていただきましょう。

礒野:
はい。

高橋:
え~と、デビュー作は『塩の道』という。

朝比奈:
はい。

高橋:
林芙美子賞を取った作品ですね。これは伸夫という医師が主人公なんですけど、2回離婚してるんだよね、確か。あはははは(笑)。

朝比奈:
そうですね(笑)。

高橋:
すごい親近感がある。どうでもいいんですけど(笑)。

礒野:
あはははは(笑)。

高橋:
それで、結局まぁ、なんて言うかね、寄る辺なく、福岡のみとり病院。そこでさらに嫌になって、青森のほうの病院に行くんですけども…。

朝比奈:
はい。

高橋:
本当になかなか凄絶(せいぜつ)な漁師ばっかりで、まぁ言わば、元は無医村だったところに行く。

朝比奈:
はい。

高橋:
いい話かと思ったら、凄惨(せいさん)な話なんですけど。

朝比奈:
あははは(笑)。

高橋:
ここで「津軽弁」がガンガン出てくるんですけど。

朝比奈:
はい、はい、はい。

高橋:
これは、朝比奈さんは津軽と関係ある?

朝比奈:
えっと、あ~、実は僕、医者をやってる時に1ヶ月間、西津軽の診療所で、へき地診療していて、その時に、ご老人の方の津軽弁をものすごく聞いたんですね。

高橋:
1ヶ月だけ?

朝比奈:
1ヶ月だけです。

礒野:
え~! そういうことですか。

高橋:
すごいね。けっこう前でしょ?

朝比奈:
あぁ、28歳ぐらいだったんで、10年以上前ですかね。

高橋:
なんで覚えてるの(笑)。

礒野:
津軽弁がすごい表現で…。

高橋:
これ実は、別の小説にもけっこう出てくるんです。

朝比奈:
そうです(笑)。けっこう影響を受けてるんだと…。

高橋:
それは、1回自分の中に来たものは、逃さず…。

朝比奈:
なかなかインパクトのある経験はたぶん、誰にも言ってないんで、ここで出てきたんだと思います。

高橋:
あっ! やっぱりこれも言ってないから!

礒野:
飲み込んでたんですね!

朝比奈:
そうです、そうです(笑)。

礒野:
確かに、津軽弁はちょっと独特ですもんね。

高橋:
これ、いわゆるね、無医村地区の診療所の「いい話」かと思ったら「すごく残酷な話」です。

朝比奈:
あははは(笑)。

高橋:
それで『塩の道』に収められた『私の盲端』っていうのは、人工肛門を作った若い女性の話です。

朝比奈:
そうですね。女子大生ですね。

高橋:
で、「オストメイト」っていうのは、僕は知らなかったんですけど、人工肛門をつけている人のことをオストメイトって。

朝比奈:
はい。

礒野:
マークでね、ありますよね。

高橋:
これも、なかなかもう1人、オストメイト仲間というか、オストメイト・メイトですね。仲間の京平という子が来て、この“交流”ですよね。人工肛門というと、やっぱり僕らはあまり縁がないけども、そういうもので、まぁその人間の内臓感覚が変わっていく。あの~、僕おそらくね、どの小説もそうだと思うんですけど、『私の盲端』だと「人工肛門」だし、『あなたの燃える左手で』だと「無くなった手」だし。『植物少女』だと「意識がない状態の患者」だし。“その人の肉体が変わる時の感覚”を、すごく大事にされてるなと思うんですけども、それはなぜだと思います?

朝比奈:
あぁ、いやもう、たぶん「全部ショックを受けた」というか。

高橋:
これも、やっぱり。

朝比奈:
はい。まぁその、腸を途中で切ったりとか。そうですね、自分が実際その方の内臓を触って、やった感覚とか、そういうので身体的な、僕自身がショックを受けたことが多いんじゃないですかね、たぶん。

高橋:
『私の盲端』では主人公が、オストメイトの人工肛門に指を入れるシーンがあって、そこがものすごく生々しい。だからたぶん味わったことが…。だから僕らがね、そういうのは無いんですけど、内臓を触っちゃう…。

朝比奈:
う~ん。よくね、みんなに、自分の内臓を意識して、内臓がグワッてなるような感覚を、読んでる最中に感じるっていうのは、よく言ってもらいましたね。

礒野:
まさにそれですね~。

高橋:
そして、最新作で最新評論(笑)。

朝比奈:
あははっ(笑)。

高橋:
『あなたの燃える左手で』っていうのは、え~っと、タイトルどおり左手を移植する。

朝比奈:
はい。他人の左手を。

高橋:
移植する話なんですけど。これ、すごいですね!

朝比奈:
ありがとうございます。

高橋:
これもなんか「賞」を取っちゃうんじゃないですか?!

礒野:
おおっ!

朝比奈:
いや、もう十分いただいたんで大丈夫です。

礒野:
いや~、またまた~!

高橋:
あのね~、これはちょっと驚きました。
つまり今までは、まぁこれもそうなんですけど、医学の話で、場所がハンガリーなんですね。

朝比奈:
はい。

礒野:
舞台が?

高橋:
舞台がハンガリーで、主人公は日本人で、左手を移植してもらうのも日本人なんですけど。妻がウクライナの人で、亡くなっちゃう。

朝比奈:
はい。

高橋:
ですから、今の「ロシアのウクライナ侵攻」の話が、バックに…。

朝比奈:
はい。

高橋:
なっていて、「左手を移植する話」と。それで、驚いたのがですね、まぁこれは短い時間では、とても話せないことなんですけど。言ってみれば「医者の視点から戦争を見る」。

朝比奈:
はい。

高橋:
ですから、例えば、“クリミアをウクライナから切り離す”って「切断」でしょ。とか、“国境で無理にくっついてる国”って「移植」してるようなものじゃない?

礒野:
ええ、ええ。

朝比奈:
う~ん。

高橋:
だから、この「主人公は手術して、他人の手を移植する」っていうことと、今の「国境を巡って争ってる」っていうのが、“同じようになっていく”っていう話なんですけど。これはまぁね、作者に聞くのは無謀だとは思いますが、なんでこんな話を思いついて…。つまり、さっきね「映像が浮かぶ」って言ってたじゃないですか。これもそうなの?

朝比奈:
そうですね。ハンガリーには行ったことないんですけど。

礒野:
そこが、すごいですね。

高橋:
絶対、ハンガリーに行ったことあるだろうって。

礒野:
源一郎さんは予想してましたけど、違うんですね。

高橋:
違うんだ。

朝比奈:
ただ、もしかしたら、僕その小説を書き始めてから、やっぱりアンテナがヨーロッパのほうを向いてて、よくNHK-BSの『ヨーロッパ トラムの旅』とか。

礒野:
番組、ありますね!

朝比奈:
あと、『駅ピアノ・空港ピアノ・街角ピアノ』っていう…。

高橋:
ある、ある、ある!

朝比奈:
そういうのを急に見出して、だからブタペストを通るところとかも…。

高橋:
あ~!

朝比奈:
ヨーロッパを、ず~っと見てたりしてたんで。そういうのも、つながってるのかもしれないですね。

高橋:
じゃあ、この話も具体的になにかあったというよりも「自分の中に物語自体が降りてきた」っていう感じ?

朝比奈:
はい…。

高橋:
ありえないだろう、それは~(笑)。

朝比奈:
あははは(笑)。

礒野:
すごいタイプの方なんですね。

高橋:
1番ビックリしたのが、いろんな・・・、ハンガリー人とか、ウクライナ人とか出てくるんですけど、「関西弁」をしゃべらせたり、「津軽弁」をしゃべらしたりして。

朝比奈:
はい。

高橋:
あれも、すごいねぇ。効果的で!

朝比奈:
そうですね~。いま思えば、なんで…。

高橋:
なんで?

朝比奈:
僕が聞きたいぐらいですけど(笑)。

礒野:
番組が、なんと、残り15秒です~!

高橋:
あ~、もう!

礒野:
また来てくださ~い!

朝比奈:
また呼んでくださ~い。

礒野:
作家で医師の朝比奈 秋さんでした~。

高橋:
ありがとうございました。

朝比奈:
ありがとうございました。

高橋:
やっぱり時間なかったね、全然ね。


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2023/06/16 「高橋源一郎の飛ぶ教室」

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