【飛ぶ教室】「きょうのセンセイ~校正者 牟田都子さん~」

23/06/16まで
高橋源一郎の飛ぶ教室
放送日:2023/06/09
#文学#読書
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23/06/16まで
2コマ目「きょうのセンセイ」は校正者の牟田都子(むた・さとこ)さん。本を作るのに欠かせないお仕事“校正”。その言葉は知っていてもどんなふうにお仕事されているのか、なかなか知りませんよね。今回は牟田さんのお仕事ぶりをのぞかせていただいたかのようなお話を聞くことができました。“紙の上のバトル”とも言えるようなやり取りもあるようです。そして、なんと源一郎さんも牟田さんのお世話になっていました!? 校正者と作家の深~いトークを、この「読むらじる。」でもお楽しみください。
【出演者】
高橋:高橋源一郎さん(作家)
礒野:礒野佑子アナウンサー
牟田:牟田都子さん(校正者)
礒野:
源一郎さん、2コマ目です。
高橋:
はい。今日のセンセイは、1コマ目でご紹介した本の著者でもあります、フリーランスの校正者の、この方です!
牟田:
牟田都子です。こんばんは~。よろしくお願いします。
高橋:
こんばんは。よろしくお願いします~。
礒野:
よろしくお願いします!
高橋:
え~っと、1コマ目で本を紹介…、してないよね(笑)。
礒野:
時間の都合で、ほぼ出来ませんでした(笑)。
牟田:
十分にしていただきました。ありがとうございます!
高橋:
“ホントに面白くて”っていうか。いろんなところをご紹介しようと思って僕、いっぱいメモを書いてきたんだけど、どこも紹介してないっていう、恐ろしいね(苦笑)。
礒野:
まとめてるんですけども…。
牟田:
いっぱい、マーカーがつけてあって、ありがとうございます。
高橋:
なんか「校正者」みたいな気分になってきた。
牟田:
赤ペンで(笑)。
フリーランスの校正者って?
高橋:
あの、もちろん初めてお会いするんですけど、ちょっと最初にですね、校正のお仕事についてはさっきもチラッと言ったんですが、牟田さんから「フリーの校正者って、どういうものか」だけ、ちょっと教えていただけますか?
牟田:
はい、承知しました。私は「フリーランスの校正者」ということで、最初は出版社の校閲部で「業務委託契約」っていう形で10年間働きまして、そこでいろいろ教えていただいて経験を積んで、先輩から、師匠から。で、そのあとで独立というか、会社を離れまして、今は個人でいろんな出版社の編集者の方から主に書籍の校正をご依頼いただいて、1~2週間で校正して、お戻しするというか納品するという形で働いているんですね。
高橋:
あの~それでですね、どっから聞こうか。聞きたいことがいっぱいあるんですけど…。
牟田さんに番組に来ていただくということで、牟田さんが校正した本を見たら、僕が読んでる本がいっぱいある! あはっ(笑)。
牟田・礒野:
あははははは(笑)。
牟田:
ありがとうございます!
高橋:
この番組でご紹介した本が、実は何冊もあるんですよ!
牟田:
そうですよね~!
礒野:
ありましたね。例えば、どういった本があるか教えていただけますか?
高橋:
『へろへろ』ですね。
牟田:
鹿子裕文(かのこ ひろふみ)さんのね、『へろへろ』っていう本とかね。
高橋:
そうそう。『へろへろ 雑誌「ヨレヨレ」と「宅老所よりあい」の人々』と、それから『ブードゥーラウンジ』。
牟田:
そうですね。同じ鹿子さんのね、『ブードゥーラウンジ』は今年この番組で紹介していただいて、私も大喜びで聞いてました。ありがとうございます。
高橋:
『ブスの自信の持ち方』、 山崎ナオコーラさんの本も、みんな読んでるんですよ!
牟田:
ありがとうございます!
高橋:
これって、偶然とは思えないんで(笑)。
牟田:
いや、いや、いや(笑)。
高橋:
これは全て依頼されて?
牟田:
そうです、そうです。
高橋:
ですよね。
牟田:
そうです!
高橋:
依頼って、どうやって来るんですか?
牟田:
普通に電話とかできます(笑)。
礒野:
あははは(笑)。
牟田:
お世話になっている編集者の方っていうのが、いろんな出版社にいらして、面識のある方々とか、名刺交換したことのある方とかから「今こんな本を作っているんだけれど、校正できる人を探していて、日程はこんな感じなんですけれども、お願いできませんか?」って、メールとか手紙とかが来て、それで予定が空いていれば「わかりました」っていう感じで。
高橋:
「編集者のつながり」ですよね。
牟田:
はい、そうですね。
高橋:
ということは「僕が好きな本を作っているような編集者のつながり」ですね。感じとしては!
牟田:
なんとなく、やっぱり傾向が似ているというか(笑)。
高橋:
あはっ(笑)。
礒野:
分野としては、どういったものが多いとか、あるんでしょうか?
牟田:
そうですね。まぁなんと言うか「エッセイ」とか「人文書」っていうふうに、本屋さんの棚の名前でいうとなると思うんですけれども。私がお付き合いしている編集者は、そんなに多くないんですね。ごくわずかなんですけれども、その中でも気の合う人とは繰り返しお仕事をしているので、なんとなくその“気の合う”っていうのが、きっと源一郎さんもお会いになったら、“気が合う”ような方々なんじゃないかと。はい。
高橋:
ぜんぜん関係ないんですが、畠山くんに会ったんですよ。
牟田:
あっ! はい(笑)。
高橋:
ノンフィクションライターの。
礒野:
誰ですか~?
牟田:
選挙を追い続けて何十年という!
高橋:
有名な…。この番組でご紹介したこともあります。
礒野:
ノンフィクションライター?
高橋:
「よろしく!」って言ってましたので。
牟田:
え~、あの、その話は伺いました(笑)。
高橋・礒野:
あはははは(笑)。
牟田:
お世話になっております(笑)。
礒野:
急に(笑)。
牟田:
ただの世間話になって申し訳ございません(笑)。畠山理仁(はたけやま みちよし)さんですね。
高橋:
すばらしいノンフィクションライターでね。
牟田:
『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』っていう本でね、ノンフィクションの賞もお取りになってますね。
高橋:
「開高健ノンフィクション賞」を取ってるんですよ。(2017年 第15回)
牟田:
そうなんです。
礒野:
へぇ~!
高橋:
いい人なんですよ。
礒野:
急になんか…(笑)。
高橋:
すみません(笑)。この前ね、月曜日に会って、「よろしく!」って言ってくれと言われたのを、いま思い出したんです(笑)。
牟田:
その翌日ぐらいに畠山さんからメッセージが来て、「源一郎さんに会いました」って(笑)。そうそう、すみません(笑)。
高橋:
それで、え~っと、いろいろお聞きたいことはあるんですが、ちょっともう時間がおそらく、どうせ無くなっちゃうんで、最初から聞いていこうと!
牟田:
はい! もう回り道しないで。
高橋:
はい、いきましょう。でね、最初、福岡伸一さんの本のね。
牟田:
はい。『生物と無生物のあいだ』。
高橋:
で、えっと、そのあとに、保坂和志さんの『未明の闘争』という小説。これは紹介しなかったんですけど。その文章のことで、やはり「一章」立てていまして、それはどういう話かっていうと、保坂和志さんの小説の中に「私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた。」という文章があって、これは日本語としておかしい。
牟田:
ね! 「私は一週間前に死んだ」。「私が死んだ」のかと思いきや!
高橋:
死んだのは篠島で。
礒野:
死んだ篠島が歩いていた?
高橋:
しかも歩いている。
牟田:
歩いていた! でも、主語は「私は」っていう。
高橋:
おかしいですよね。
牟田:
何度読んでも、ぐるぐる読んでも、ちょっとどういうことなんだろう?
高橋:
というのがあって。で、結局は普通なら、いきなり校正きてね、どういうふうにするんですかね? おかしいですよ? ふふっ(笑)。
牟田:
ちょっと「正直どこから突っ込んでいいのか、わからない」みたいなね(笑)。
高橋:
日本語としてめちゃくちゃな。
牟田:
「どこが、どうおかしいのか」というのを、「どうお伝えすればいいのか」もわからないぐらいに。
高橋:
おかしいでしょ。
牟田:
「おかしな文章」と、言いたくなるような。
高橋:
そう、そう。それでまぁ、これに対して保坂さんは、文法的に…。こういう「おかしな文章が体に響く!」と。その瞬間に「みんながちょっとグラっと世界が揺らいで、そこから小説を読んでもらいたい!」と。だからまぁ、あいさつ?
礒野:
あえて変に?
高橋:
そう、そう、そう。
礒野:
変わった文章を書いたっていうことですか?
高橋:
書いたっていう。
牟田:
「そういう意図」を持って、どうやらお書きになったということを、単行本化されてからおっしゃってたんですけれど。
高橋:
それで、それはちょっと先ほどの福岡さんのも、「これは間違っているけども、このまま通してください」っていう。
牟田:
そうですね。「自分の記憶や思い出を大事にしたいので」ということで。
高橋:
ですから「校正はあやまちをなくすのが仕事」なのに、「いや、間違っていてもいい!」っていう。それは大体、作家がわがままだから。
牟田:
ん、あのっ…(苦笑)。
高橋:
あはは(笑)。
牟田:
「作家の方の表現を大事にしたい」から。はい、えへへへ(笑)。
高橋:
それで、えっと、ご存じだと思いますけど「有名な事件」が、ございましてですね。
牟田:
はい。
礒野:
ええ、ええ。
校正の根本を揺るがす大事件?!
高橋:
これはもう知られてるんで。牟田さんもやってた、所属していた雑誌。
牟田:
某文芸誌でございます。
高橋:
文芸誌に、某…、小島信夫さんっていう方が、小説を書いてて。
牟田:
はい(笑)。
高橋:
あるとき読んだら、メチャクチャで。校正が入ってないんですよ。どう見ても。
礒野:
文章として「ちょっとアレ?」っていう感じなんですか。
高橋:
いや、文章というか「事実が間違っている」。
礒野:
あぁ~!
高橋:
まぁ要するに「ありえない」。もうパッと見て、誰が見ても「あやまちだらけ」みたいな文章があって。
で、小島さんの担当の人と僕の担当が一緒だったんですよ。
牟田:
担当編集者が同じ方、はい。
高橋:
知ってる方かもしれませんが。それで聞いたら「知っていますよ」って。「えっ、なんで?」って聞いたら、小島さんが「校正するな」って言ったっていう。
礒野:
へぇ~~~!
高橋:
うん。それはいろいろ理由があるんですけど。
礒野:
ええ。
高橋:
極端なことを言うと、そういう考えの人もいますよね。あの~、それはたぶん、「言い伝えられていた伝説」が…。
牟田:
伝説が…。あの、そう。原稿をお預かりする時に「この著者の方はそういうの気にしないから、どんどん聞いてくれ」という方もいらっしゃれば、「極力、触られたくない」っていう方もいらっしゃるので。
高橋:
あはっ(笑)。うん。
礒野:
ええ、ええ。
牟田:
それは編集者の方がね、申し送りをして下さるので、私たちも気をつけながら読むんですけど。
高橋:
「全く触るな」っていう人はね…。
牟田:
「ぜんぜん触るな」っていうのは、さすがにそこまでの方は、ちょっと潔癖性みたいなね。
礒野:
出版界でも、やっぱりビックリというか、あり得ないことなんですよね?
高橋:
その事件のあと「じゃあ僕も触んないで!」って言ったらね、「お前は小島さんほど偉くない」って(笑)。
礒野:
うふふふふ(笑)。
牟田:
却下されてしまった(笑)。
高橋:
でも僕、思ったんですけど、校正の方に聞きたいと思ったのが、僕は自分もいろいろ校正していただいているのですが、牟田さんは僕の校正はしたことないですよね? きっと。
牟田:
あ~、あの…。
高橋:
もしかして、ある?
牟田:
(無言で、うなずく)
高橋:
あははは(笑)。
礒野:
うなずいていらっしゃいます!
牟田:
ラジオで見えないと思いますが、うなずいてしまいました、はい(笑)。
礒野:
うなずいていらっしゃいます(笑)。
高橋:
雑誌?
牟田:
え~っとですね、単行本を2冊、3冊…。
高橋:
ってことは、あのシリーズ?
牟田:
あのシリーズです。
高橋:
あっ! どうも(笑)。アレですね!
牟田:
アレです。
高橋:
ありがとうございました。
礒野:
お世話になってるじゃないですか、源一郎さ~ん!
高橋:
なってる! 言ってくださいよ(笑)。
牟田:
いや、いや、いや、いや、いや、いや(笑)。
著者と校正者。どんな関係?
礒野:
あの~、いいですか、聞いて? 書いた方と校正の方って、直接会う機会とかあるんですか?
牟田:
普通は著者の方に私たち校正者がお目にかかるってことは無くって。
高橋:
そうですよね。
牟田:
ほぼ必ず間に編集者の方が入られるので、あの~、源一郎さんが原稿をお書きになって、それを編集者が預かり、「ゲラ」という、校正のために試し刷りにして、私たち校正者に渡してくれる。で、私たちも校正したら編集者に戻すので、直接お目にかかるっていうことは、ほぼないんです。
礒野:
うわぁ、衝撃の事実。
高橋:
しかも、何冊も?!
牟田:
はい、1冊ではありません。
高橋:
え~~~!
礒野:
どうでした、どうでした? 源一郎さんの! ゲラはどうでした~?!
高橋:
それはまぁ、職業上の秘密だもんね。
牟田:
職業倫理的に公共の場で申し上げるのは…。はい。
礒野:
なるほど。そうですよね~。
牟田・礒野:
あはははは(笑)。
高橋:
その節はお世話になりました。
牟田:
もう、こちらこそ。お世話になっております。
高橋:
そうか~! だから、わからないんですよね。校正者が誰っていうのは、一種の秘密みたいなもので。
牟田:
そうですね。
高橋:
編集者も教えてくれない。
牟田:
別にね、名前が書いてあるわけではないので。
高橋:
ないし~。
牟田:
しかも、やっぱり1人2人ってね、何人かで見ていることもありますから。普通、著者の方は自分の本とか記事とかを、誰がどんなふうに校正してるっていうのは、基本的に知る機会はないので、はい。
高橋:
ただね、僕が、もうホントに、校正者とお話しするのは初めてなんで、思いのたけを~(笑)。
牟田・礒野:
あはははは(笑)。
牟田:
思いのたけをぶつけていただいて!
高橋:
僕ね~、「共作」してるんじゃないかと思う時があるんですよ!
牟田:
ともに、共同作業…。もったいないことで。
高橋:
これはね「僕の作品とは言えないよ」と。
牟田:
いや、いや、いや。
高橋:
あの~、しかも人によって直し方が違うじゃないですか?!
牟田:
そうですね。「どこまで提案をするか」っていう、その踏み込み方と申しますか。編集者もいろんな提案をしますし、校正者も「もうちょっと、この表現はこうしたほうが」とか、グッと聞く人もいれば、あまり聞かない人もいます。
高橋:
牟田さんは、どっちのほう?
牟田:
私はあんまり触らないようにしようと~(笑)。
高橋:
あはははは(笑)。
礒野:
尊重するタイプというか?
牟田:
尊重するというか、まぁ私を育てていただいた、その出版社の校閲部が「基本的に著者の表現を大事にしよう」という方針が大前提としてあるところだったので。
高橋:
あそこは、そうだよね。
牟田:
そうなんです~。
高橋:
グイグイくるところもあるよね!
牟田:
グイグイいくところもね、別のね、「神楽坂」方面とか…。
高橋:
出版社?
牟田:
そう、そう、そう、そう。
礒野:
わかるんですね、それで!
高橋:
もっとグイグイくるところ、あるよ!
牟田:
あっ、そうなんですね~!
高橋:
すっごい、もうね~。
牟田:
あら、あら、あら。
高橋:
「文章を直しまくり」って人がいて。
牟田:
そうですね。まぁだから私がいたところでは「直す」っていう表現は、やっぱり使わないんですね。「お尋ねする」とか「疑問を出す」とか、そういう言い方をするんですけど~!
礒野:
なるほど~!
高橋:
そういう書き方じゃなくてね~。
牟田:
「直してくる!」みたいな(笑)。
礒野:
謙虚ですばらしいですね。
高橋:
しかも、悔しいことに、良くなってる!
一同:
あははは(笑)。
牟田:
ぐうの音も出ない(笑)。
高橋:
これがね、困っちゃうんだよ~。
礒野:
さすがプロですね。やはり校正の、皆さん。
高橋:
もし、それでさ、良くなってなかったらさ、こっちから「元に戻すよ~」って、大きい態度でできるけどさ。良くなってるんだよ! あはははは(笑)。
牟田・礒野:
あははは(笑)。
礒野:
認めざるを得ない。
高橋:
認めざるを得ない!
牟田:
悔しいけど!
高橋:
悔しいけど、う~ん、そっちのほうがいいわ!
礒野:
すご~い。
高橋:
そういう時に「これって僕が書いたんだろうか?」と。
牟田:
うん、うん、うん、うん。
高橋:
「ちょっと、あなたと共作にしませんか?」って、コメントしたらさ~、「結構です」って(笑)。
一同:
あははは(笑)。
牟田:
「ご辞退申し上げます」と(笑)。
礒野:
へぇ~!
高橋:
だから校正者って、仕事が決まっているようだけど、実は決まってないんですよね。
牟田:
そうですね。まぁそのへんの「線引きというか、どこまで踏み込む、踏み込まない」っていうのは、出版社によっても傾向がありますし、個々人によってもあるので。この前ね『プロフェッショナル 仕事の流儀』っていう番組にお出になった、私と同じようなね、フリーランスの校正の大西寿男さんなんかは、結構その小説を多く担当なさっていて、しかも割と踏み込むことがあるっていうのが番組中でね、映ってましたので、そういう方もいらっしゃいますが。
高橋:
あれもね~、だから、踏み込んで嫌だと思う人もいるし。
牟田:
そうなんですよ。たまに「しかられ」が発生するので~、ゲラの上で(笑)。
高橋:
書いてくるの? 「ふざけるな!」とか(笑)。
牟田:
おっきく「バッテン」がつけてあると、ちょっと申し訳なかったのかな~って。
高橋:
あはっ(笑)。
礒野:
紙のやり取りで、なんか、こう…。
牟田:
そうですね。
高橋:
そう、そう、そう。
牟田:
あの紙の上に私たちがいろいろ鉛筆で「こんなふうにされますか?」とか「ここは、もしかしたら書き間違いでしょうか。このようにお書きになりたかったんですか?」とか、いろいろ書くんですけれど、それを著者の方が、「悔しいけどこれにしよう、採用!」みたいに「マル」をつけたりとか、これはほっといてくれ、バッテン!」とか。
礒野:
それ面白そう~! 見たいです~。
高橋:
だから校正用紙を残しといてほしいよね!
牟田:
あれはちょっと見たいですよね。
高橋:
面白いんですよ。けっこうバトルがあったり!
牟田:
紙の上で、熱く(笑)。
高橋:
コミュニケーションがあったり!
牟田:
そうですね。本当にコミュニケーションのやり取りがね、ありますので、私も他の校正者の方とか著者の方の赤鉛筆とかは、見てみたいなと思います。
高橋:
そう、そう、そう。で、この、牟田さんの『本を贈る』っていう本がありましてね。
牟田:
はい。2018年にね、私は共著者ということで、もっと短い文章を書いているんですけど。
高橋:
その中のほとんどが『へろへろ』についての、やり取り。ね!
牟田:
そうですね。『へろへろ』を校正した時のやり取りを書いてるんですが。
高橋:
とにかくね~、校正用紙に、著者の鹿子さんと牟田さんが、なに、もう…。手紙のやり取り?
牟田:
そうですね(笑)。
礒野:
まるで、そういうことですよね?!
牟田:
そうなんです。
高橋:
「そういうふうに提案したら、こういうふうにキチンと返す」っていう。
牟田:
そう。
高橋:
だから、それだけで本になりそうな(笑)。
牟田:
そうですね。だから実際あれを、あのゲラ1冊分を写真に撮って出版したら、それだけでちょっとその「往復書簡」といいますか、編集者のね、川口さんて方の書き込みも入っているので、なんていうか、その3人のやり取りが「三つ巴」の(笑)。
高橋:
三つ巴の!
牟田:
うふふふっ(笑)。
高橋:
そういうのってね、結局、僕たちの目に入るのは完成品だけだけど。
牟田:
そうですね。
礒野:
私たち読み手にとっても…。
牟田:
読者の方には、ほぼ目にふれることはないんですけれど、著者とか校正者とか編集者は割と日常的に目にしている光景ですね。
高橋:
だから「校正の人の力量によって全然違ってくる」っていうことなんですよね。
礒野:
ええ、ええ。
高橋:
えっと、じゃあもう1つ別のこと聞いていいですか。時間が無くなる前に。
牟田:
はい、もちろん!
校正に欠かせない「辞書」のお話 ~疑わしきは引け~
高橋:
僕ここは、実はご紹介しようと思ってて、ご紹介できなかったんですけど、「辞書」の!
牟田:
はい。校正の仕事に欠かせない「辞書」ですね。
高橋:
もう、校正者といえば「辞書」、なんですが~。
牟田:
はい。
高橋:
面白かったのが、初めての、会社の出勤日ですね?!
牟田:
そうです!
高橋:
某「講談社」ですね。
牟田:
あぁ…。講談社、大きな出版社でございます。
礒野:
言っちゃった…。うふふふ(笑)。
高橋:
最初に校正に必要なものは何かと考えて、「筆記用具と辞書」。
牟田:
そうですね。学生時代に使ってた古いものと、鉛筆、赤鉛筆が要るんだろうなと思って、持って出勤したんですが…。
高橋:
そしたら失笑されたと。あははは(笑)。
牟田:
そうなんです。指導してくださった社員の方に、「それ持ってきたの?」みたいな感じで言われて(笑)。
高橋:
で、理由はハッキリ言わないんでしょ?
礒野:
どうして? その失笑の理由は何なんですか?
高橋:
あんまり君の仕事には、この辞典は使えないっていう。
礒野:
っていう意図?
牟田:
「それ持ってきちゃったんだ~」みたいな。その出版社から出ている国語辞典でしたね。「それじゃあ、ちょっと~」みたいに。
礒野:
へぇ~。
高橋:
辞書なのにね!
牟田:
そう、そうなんですよ(笑)。
高橋:
自社本なのに。
礒野:
適切なものがあるっていうことなんですね?
牟田:
「自社本だからなのかな~?」と、今になってみれば思うんですが、まぁそれで大あわてで、別の辞書を買いに行くんですけど。
高橋:
そう、それでね~、すごい印象的なエピソードがですね、『練習を兼ねて渡されたゲラを、これ以上できないというくらい慎重に読んだつもりだった』
これね~、すばらしい箇所なんです。
『最初のページを見るやいなや「ここ、落ちてるよ」と指さされたのが「にも関わらず」でした』という。あの~、関係の「関」て書いて、関わらず。これ、間違いなんですよ。講談社の辞書でひくと、拘束の「拘」ですね。拘束する、拘置所の「拘」。「拘置所の拘」って(苦笑)。
礒野:
「手へん」の、「句」って書くやつですか?
牟田:
そうです、そうです。
高橋:
『30年間「関わらず」だと思って疑ったことがなかった。「思って」とは「思い込んで」ということだったのです』と。「疑わしきは、引け!」っていうエピソードなんですけど。
礒野:
う~ん!
高橋:
そのあとすごいのが、30種類以上の辞書が近くにあって…。
牟田:
あっ、そうですね。某出版社の校閲部のフロアには、国語辞典だけでも30種類ぐらいがズラ~っと。
礒野:
30種類!
牟田:
大型のものから小型のものまで並んでいまして。
高橋:
そういう仕事をやって、「辞書を引く」っていったら「全部」の辞書を引くんだよね?!
牟田:
そうです。
礒野:
えっ?!
牟田:
その何十種類のものを、指導してくださった先輩から「これは全部引いたのかい?」って言われて(笑)。
高橋:
簡単に言うと「1つの語句を全部見ろ!」と。
礒野:
えっ?!
牟田:
「これは著者の書き間違いではないですか?」って、私がうかつに聞いてしまったので「それ、全部の辞書を引いて、本当に間違いかどうか確かめたのかい?」って言われて、「引いておりませんでした」と言って、あわてて引きに行きました。
礒野:
徹底したお仕事を…。
高橋:
そういうお仕事を、されている。
礒野:
すごいですね、校正って…。
高橋:
僕…。あぁもう時間が無いんで、また来てくださいね(笑)。
礒野:
もうあきらめてる、あきめてる(笑)。
高橋:
じゃあ、どうしてもちょっと聞いておきたかったのが…。
牟田:
最後に駆け込みで(笑)。
高橋:
「校正って翻訳に似てる」っていう話をして、僕は「全くそうだ!」と思ったんですよ。僕、翻訳をしたことがあって。某社でですね。
牟田:
はい。
高橋:
で、その時に、英語としてそんな難しくなかったんですが、訳すと、めちゃ大変で! でね、辞書。当時はネットも無かったんで、辞書を引くんですよ。で、なにを引くかというと「簡単な単語」。
礒野:
あ~。意外ですね。
高橋:
「Book」とか「Cat」とか、「Dog」とか引くの!
礒野:
え~?!
高橋:
「Go」とか。
牟田:
めちゃくちゃわかります。
高橋:
ですよね! つまり、なんかね、会話があるんだけど、すぐ訳せるんだよね。でも読むと変なの、なんか。
なんかね、この人たちが言ってることって微妙にずれてるのは、どこが間違ってるかって探していくと、どうも、この「Dog」っていうのが「犬って意味じゃない」のかもっていう。
礒野:
へぇ、なるほど~!
牟田:
めっちゃ使うし、知ってると思ってる単語なんだけれど…!
礒野:
えっ? 「子どもでも知ってるでしょ」っていうような単語を?
高橋:
そう。それが1番あやしいんだよね。
牟田:
本当にもう「あやしい」とさえ思わないけれど、そこでやっぱり「疑わしきは引け」で、辞書を引くっていうところが、たぶん翻訳の仕事も私たちの仕事も似ているんじゃないかと。
高橋:
で、この中で、ものすごくきれいにしたら、またゴミみたいなのが出てくるっていう。
牟田:
あ~、そうなんですよ~。
高橋:
やればやるほど。これね、もう時間ないから言いますけど、翻訳した時に、ついにアメリカ版の原作者の、アメリカの校正者のミスを見つけたんですよ。
牟田:
なるほど~。
礒野:
うふふふ(笑)。そこの、見つけちゃいましたか!
牟田:
見落としを、むこうの!
高橋:
アメリカ人だから気がつかなかったの。
牟田:
日本人がそうやって、しつこくしつこく辞書を引きながら読んだからこそ見つけることができた。
高橋:
だから校正って、そういう別の世界が見えてきますよね。
礒野:
緻密~。大変な、でも重要なパートナーってことが本当によくわかりました。
高橋:
普段はパッって、読んじゃいますけどね。でも、その前に、なんていうの…。1000倍、読んでる人が(笑)。
牟田:
1000倍はちょっと盛り過ぎ~(笑)。でも必死で読んでおります。
礒野:
ということで、残念ですが、お時間が来てしまいました。
高橋:
ぜひ、じゃあ、おそらくまた、僕の本を校正する際は、よろしくお願いします。その時は、すみません、ゲラにサインして送ってくださいよ(笑)。
牟田:
ちゃんと「牟田でございます」と。「お世話になります」と。「あの時の」と…(笑)。
礒野:
きょうの2コマ目の先生はフリーランスの校正者・牟田都子さんでした~!
【放送】
2023/06/09 「高橋源一郎の飛ぶ教室」
放送を聴く
23/06/16まで