【飛ぶ教室】会話し助け合う驚くべき樹木たちの“社会生活”

21/11/05まで

高橋源一郎の飛ぶ教室

放送日:2021/10/29

#文学#読書

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作家・高橋源一郎さんがセンセイとなって、1冊の本をテキストに現代社会の課題やひずみを考察し、生き方の指南役となる「ヒミツの本棚」。今回のテキストは、ペーター・ヴォールレーベン著『樹木たちの知られざる生活 森林管理官が聴いた森の声』です。
樹木たちはコミュニケーションを取り、子どもを教育し、助け合いながら社会生活を送っていると筆者は言います。樹木の世界は案外私たち人間の世界に近い、もしかしたら時にそれ以上のものなのかもしれません。皆さんはどう感じられますか?

【出演者】
高橋:高橋源一郎さん(作家)
小野:小野文惠アナウンサー

森の木々は“生きている”

高橋: きょう取り上げる本は、ペーター・ヴォールレーベン著『樹木たちの知られざる生活 森林管理官が聴いた森の声』です。
小野: 著者のペーターさんは1964年、ドイツ生まれ。子どものころから自然に興味をもち、大学では林業を専攻。卒業後は20年以上、州の営林署で働いた後に、フリーランスとして森林の管理をされています。
高橋: 森の専門家なんです。
小野さん、感想はどうでしょう?
小野: おもしろかったです。これを読んだら、街を歩いているときも木が気になって…。
高橋: そうなんだよね。僕はツイートもしたんですけれど、これを読むと世界観が変わるよね。
小野: そうなんです。
高橋: 世界が違って見えると思いました。

これはタイトルどおり、木について考えたというか…彼が森林管理官なので、彼が過ごした森で出会った木たちのお話、ということになります。

各章のタイトルをいくつか読んでいいですか。章のタイトルですよ?
「友情」、「木の言葉」、「社会福祉」、「愛の営み」、「木の学校」、「年をとるのは恥ずかしい?」、「住宅供給サービス」、「冬眠」、「性格の問題」、「ストリートチルドレン」、「燃え尽き症候群」…。
全部木の話です。
小野: ものすごく人間的なタイトル…。
高橋: これが木そのものを描いている章のタイトルということなので、ちょっと驚きます。

樹木たちの豊かな“会話”

高橋: こういうものの紹介はなかなかいっぺんにできないんですけれど、「木の言葉」というところを読んでみましょう。


辞書によると、言葉を使ってコミュニケーションできるのは人間だけだそうだ。[…]では、樹木は会話をしないのだろうか?


高橋: こんな問いですね。ヴォールレーベンさんはこう思います。


[…]じつは木も自分を表現する手段をもっている。それが芳香物質、[…]


小野: 香り!
高橋: そうです。香りがことばの役割を果たしている。
例えば、アカシアがキリンに食べられますね。


最初に葉を食べられたアカシアは、災害が近づいていることをまわりの仲間に知らせるために警報ガス(エチレン)を発散する。警告された木は、いざというときのために有害物質を準備しはじめる。
[…]ブナもトウヒもナラも、自分がかじられる痛みを感じる。毛虫が葉をかじると、嚙(か)まれた部分のまわりの組織が変化するのがその証拠だ。さらに人体と同じように、電気信号を走らせることもできる。[…]


高橋: そして、葉の中に防衛物質を集めていく。これがちゃんと仲間に伝わるというんですね。
そういうふうに警報信号を出すと…。


木々はそれと同時に、地中でつながる仲間たちに根から根へとメッセージを送っている。地中なら天気の影響を受けることもない。
[…]このメッセージの伝達には化学物質だけでなく、電気信号も使われているようだ。


高橋: もっと驚くべきことに、情報がどんどん伝わっていくのは…。


[…]すばやい情報の伝達を確実にするために、ほとんどの場合、菌類があいだに入っているからだ。菌類は、インターネットの光ファイバーのような役割を担い、細い菌糸が地中を走り、想像できないほど密な網を張りめぐらされる。
[…]森の土をティースプーンですくうと、そのなかには数キロ分の菌糸が含まれている。たった一つの菌が数百年のあいだに数平方キロメートルも広がり、森全体に網を張るほどに生長することもある。この菌糸のケーブルを伝って木から木へと情報が送られることで、害虫や旱魃(かんばつ)などの知らせが森じゅうに広がる。森のなかに見られるこのネットワークを、ワールドワイドウェブならぬ[…]


高橋: 「WWW」ですね。


“ウッドワイドウェブ”と呼ぶ学者もいるほどだ。


高橋: これも「WWW」。
小野: だから、「木にはことばがある」と。
高橋: おもしろいのは――こういう情報が伝わらない、沈黙している、反応しない木は害虫にやられちゃうんです。


森林というコミュニティでは、高い樹木だけではなく、低木や草なども含めたすべての植物が同じような方法で会話をしている可能性がある。


高橋: これからです。


しかし、農耕地などでは、植物はとても無口になる。


小野: うーん…。


人間が栽培する植物は、品種改良などによって空気や地中を通じて会話する能力の大部分を失ってしまったからだ。口もきけないし、耳も聞こえない。したがって害虫にとても弱い。


高橋: 考えさせられますよね。
小野: 本当ですね。
高橋: いわゆる農耕地の作物だけでなく、人間が勝手にどこかに植えちゃったものも能力を失って、どんどん弱って倒れている場合があるということです。
小野: 「緑が生い茂ってきれいだな」と思うようなところでも、必ずしも幸せとはかぎらない。
高橋: 僕らはふつう、それは「水がうまく行っていない」「栄養がない」と言うけれど、情報が遮断されている、コミュニティから切り離されているから生きていけない。
こんなふうには僕も考えたことがありませんでした。

森の親子教育

高橋: 次、「ゆっくり、ゆったり」という章なんです。これがおもしろいんですよ。ブナの若木の話です。
ブナは、ヨーロッパでは一番種類の数が多いんです。


若木はどんどん生長したがる。一年で五〇センチほど大きくなれるほどの力を持っている。だが、母親がそれを許さない。


高橋: まず、お母さんの木があるんだね。その種が落ちて若木になる。


子どもたちの頭上に大きな枝を広げ、まわりの成木たちといっしょに森に屋根をつくる。その屋根を通り抜けて子どもたちの葉に届く日光は、数字にするとたった三パーセントといわれている。ほぼゼロといってもいいほどだ。
その程度の光では、なんとか死なずにすむだけの光合成しかできない。ぐっと背を伸ばしたり、太ったりするのは無理だ。そもそもエネルギーがないのだから、この教育方針に逆らえる子どもなどいない。教育方針? そう、これは子どもたちのためを思った教育なのだ。たとえとして“教育”と言っているのではない。林業を営むものは、昔からこの“教育”という言葉を使っている。


高橋: お母さんが教育するんですね。
こうやって光をあげないことでどうなるかというと、若いころはゆっくり成長するんです。長生きするためには、ゆっくり成長しないといけない。
小野: あえて成長を邪魔している…!
高橋: お母さん、教育しています。


[…]私の森のブナの若木たちは、樹齢およそ二〇〇年の母親の下に立っている。人間の年齢に置き換えると、彼らはおよそ四〇歳。この“若造たち”が義務教育を終えて独り立ちするまでにはあと二〇〇年ほどかかるだろう。


小野: うーん…長い!


[…]いつか親の木が病気になる、あるいは寿命が尽きるときが必ずやってくる。


高橋: そんなとき、親が倒れちゃうわけですね。


親木が地面に倒れるとき、まわりの若木の一部も巻き添えをくらうだろう。
一方、生き残った子どもたちには、親がいなくなってできた隙間から希望の光が差し込んでくる。


高橋: ここで初めて本当の成長を始めます。
強い光が差してくるので、変化には1~3年かかります。


それが終わればいよいよラストスパート。子どもたちは競い合うように生長を始める。誰よりも早くまっすぐ上に伸びたものが勝者だ。


高橋: 「いや、こんなの、そういう木の育ち方でしょう」となるんですけれど、親が周りを囲ってこういう環境を与えないと、きちんと育たないんですね。
小野: そうとも知らず、「光が多ければ多いほどいいんだろう」と思っていましたね。
高橋: そうじゃないんですね。
木というのは教育があったり、ことばがあったりするのかというと、もっとすごいのがあるんですね。

ヨーロッパの“ストリートチルドレン”、セコイア

高橋: さっきちらっと章タイトルだけ読みました、「ストリートチルドレン」。「木のストリートチルドレン」って何だと思います?
これはセコイアのことだそうです。セコイアって、アメリカに大きいのがあるよね。メタセコイアとか。
小野: ものすごく大きく伸びる…。
高橋: 巨大な木です。


ヨーロッパではセコイアの木があまり高く育たないことをご存じだろうか? 樹齢一五〇年以上のものでも、五〇メートルの高さを超えたものはまだ見つかっていない。


高橋: これはどうしてか? 実は…。


ヨーロッパのセコイアは、珍しい戦利品や記念品として侯爵や政治家が地元にもちかえり、街中の公園などに植えたものが大半だ。


小野: ああ…。


そういう場所は森ではないので、親戚から遠く離れて孤立することになる。セコイアの樹齢は数千年と言われている。それに比べればヨーロッパの一五〇歳は実際にまだ子どもだ。彼らは幼少期を故郷から遠く離れて、しかも両親なしで生きていかなければならなかった。


高橋: 木は、親が近くにいて、いろんな…光を与えなかったり、いろいろ親が世話をして成長していく。
ところが、勝手に人間が持っていって植えちゃうと、「親がいない」ということになるんです。
小野: そうか…それで、「ストリートチルドレン」。
高橋: そう。


おじさんもおばさんもいない、友だちと過ごす幼稚園もない。一人きりだ。
では、ほかの木との関係はどうなのだろうか。


高橋: ところが、助けてくれるような木も周りにない。ヨーロッパの公園にあるのは…。


ボダイジュやナラやムラサキブナがセコイアを育てるのは、動物にたとえればネズミやカンガルーやザトウクジラが人間の赤ん坊を育てるようなものなので、うまくいくはずがない。
だから北米出身のセコイアは一人ぼっちで生きていくしかないのだ。お乳をくれたり、誤った方向に生長したら注意してくれたりする母親はいない。穏やかで湿った森林に囲まれてもいない。あるのは孤独だけだ。


小野: うわあ…本当に木が人格をもっているように見えてきますね。
高橋: 植樹したり道路の近くに植えると、根を伸ばしていってコンクリートにぶつかったりするでしょう。結局、「彼」が――このセコイア君が育つような場所はないわけです。


一〇〇年を過ぎたころ(木にとっては学校に通いはじめる年ごろ)から、悩みのない生活に終わりが訪れる。幹の先端が枯れて、それ以上生長できなくなるのだ。本来備わる菌類への抵抗力のおかげで、セコイアは枝の伐採で樹皮に傷ができても、さらに何十年も生きつづけられる。
[…]
街中の木は、森を離れて身寄りを失った木だ。多くは道路(ストリート)沿いに立つ、まさに“ストリートチルドレン”といえる。


植物の「知性」「感情」とは

高橋: これって、比喩みたいに感じられるかもしれないですね。「教育」だとか、「木にはことばがある」とか…例えば「群れをつくる」とか、「仲間が必要だ」とか。いちいち人間の社会と比較しているように見えて、「比喩でしょ?」と思われるんですけれど、ちょっと違うと思うんですよ。
最後に「有機林業?」という章があります。ここにこういうことが書いてあるので、読みますね。

スイスの憲法には「動物、植物、およびほかの生体を扱うときには、その生き物の尊厳を尊重しなければならない」と記されている。これを守るなら、道端に咲く花を意味もなく摘むことは許されない。世界のほかの国の人々からは、このような考えはあまり理解されないかもしれないが、私個人としては、動物と植物の両者を隔てなく道徳的に扱うべきだという考えに賛成できる。植物の能力や感情、あるいは望みなどがよりよくわかるようになれば、彼らとの付き合い方が少しずつ変化するのは当然だろう。


高橋: 僕、この本を読んで一番感じたのは、比喩みたいに…。
小野: 比喩じゃなくて”マジ”なんです。
高橋: 「植物に知性はあるか」とか…途中で「脳がある」という話もあるんです。根の先のほうに、人間でいうと記憶みたいな装置がある。
「でも、脳がないのに、記憶なんかできないでしょう」と言われるかもしれないんだけれど、そういうのって全部、極端にいうと「人間中心主義」だと思うんですね。
よく言うんです。「猿に知性はあるか?」「犬に感情はあるか?」とか。つまり、人間が一番偉くて…。
小野: 上から目線。
高橋: 「人間に比べると、この程度」としているじゃない。全部。
「植物は動物よりも下だから、そもそも何も考えてないよ。あんなのはただ自然に、勝手に育ってるだけだ」と言うけれど…。

例えば、アリって社会をつくるでしょう。人間じゃできないぐらい、厳密なものをつくったりするじゃないですか。あれは知性じゃないの?
「人間の頭脳」と考えると知性じゃないかもしれないけれど、それは、人間が「自分の脳だけが正しい」と思っているから。
…と考えて植物のひとつひとつの行動を見ると、意志があるようにみえるし、記憶があるように見えるし、ことばを持っているように見える。

「見える」と言っているけれど、もしかしたら”ある”のかもしれない。それは、人間が言うようなことばや記憶や社会じゃないかもしれないけれど。
もともと植物も動物も、生命の発生からいうと一緒じゃない。
小野: 起源としては。
高橋: それが動物と植物に分かれて、どんどん分岐していったんだよね。
…と考えると、夢物語じゃなくて、大きい「生命」という観点で見ると。ことばみたいなもの、記憶みたいなもの、社会みたいなものというのは(植物や動物にも)あるんじゃないかな。人間だけが威張っていてもしょうがない、と強く思いました。
本当におもしろい本です。
小野: 「ヒミツの本棚」、きょうはペーター・ヴォールレーベン著『樹木たちの知られざる生活 森林管理官が聴いた森の声』から引用させていただきました。

【放送】
2021/10/29 高橋源一郎の飛ぶ教室「ヒミツの本棚」

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