【飛ぶ教室】“集め・つなぐ”仕事

21/05/21まで

高橋源一郎の飛ぶ教室

放送日:2021/05/14

#文学#読書#シゴト

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作家・高橋源一郎さんがセンセイとなって、1冊の本をテキストに現代社会の課題やひずみを考察し、生き方の指南役となる「ヒミツの本棚」。今回のテキストは、小倉孝保著『100年かけてやる仕事 中世ラテン語の辞書を編む』です。
新聞社の記者としてイギリスに赴任していた小倉さんは、2013年、100年以上の年月をかけて完成した「中世ラテン語辞書」の存在を知ります。話しことばとしてはほぼ使われていない中世ラテン語の辞書を、誰がどんな目的でつくったのか。小倉さんは、関係者に取材を重ねながら、人間の「働く意味」について迫っていきます。生きているうちに完成を見ない“世紀を超えたプロジェクト”から源一郎センセイは何を感じ取ったのでしょうか。

【出演者】
高橋:高橋源一郎さん(作家)
小野:小野文恵アナウンサー

100年かけてラテン語の辞書をつくる

高橋: きょうの本は小倉孝保著『100年かけてやる仕事 中世ラテン語の辞書を編む』です。
小野: 著者の小倉さんは1964年、滋賀県生まれ。新聞社でカイロ、ニューヨーク支局長などを経て、現在は編集編成局次長を務めていらっしゃいます。
2014年に、日本人として初めてイギリス外国特派員協会賞を受賞なさっています。これは、イギリスの外国特派員協会がその年の最も優れた報道を表彰するものだそうです。
高橋: きょう紹介するのが、2019年に出版された『100年かけてやる仕事』です。
そもそも「中世ラテン語が日本の僕らに何の関係があるの?」という感じなんですが…。
小野: ラテン語って、あまり使われていないんじゃないでしょうか。
高橋: もう使われていないですね。イギリスでも実際にはほとんど使われていないことばの辞書を、100年かけてようやく完成させたというお話。これが実におもしろい話です。
小倉さんも、そもそも「なんでそんなことをやるんだろう?」という興味から始められたそうです。

在野のワードハンターたちが結集

高橋: これは、もともと1913年に始まったプロジェクトなんです。
皆さん、『オックスフォード英語辞典』ってご存じですよね。『OED』といって、英語の巨大な辞典です。『OED』は1857年に編さんがスタートし、現在も新語を中心に辞書づくりが続く。いまだに170年ぐらい続いている仕事なんです。
皆さんがご存じかどうかは知らないんですけれど、多くの市民が「ワードハンター(言語採取者)」として参加している。ボランティアで。
小野: どういうことなんですか?
高橋: 要するに、本を読んで用例を集めてくるんですね。
小野: 「これに、こういうふうに使われていたよ」と。
高橋: それは手作業なので、ボランティアの人が集めてきたことばを編集していく。
ウィトウェルさんという方は『OED』の語彙集めに奔走して、彼1人で1879年からの5年間に1万7000例を集めた。それで思いついたのが――「英語(の辞書)はそうやってつくっているけれど、ラテン語で同じようなやり方はどうか?」と考えて、呼びかけたのが1913年。
それで、ボランティアを募集することになります。英国学士院(ブリティッシュ・アカデミー)がボランティアを募集する。このボランティア募集がスタートだったんですね。
小野: ラテン語を読める人が結構いた…?
高橋: 1913年にはいたんですね。正確な数字は不明だけれど、ラテン語採取に加わったボランティアは最終的に100~200人だろうと。そんなにたくさんはいなかったんだね。
最も多くのことばを集めた人物は特定されています。バーナード・ウィンスロップ・スイスィンバンクという方が、1人で2万~3万語を集めた。
小野: うーん…!
高橋: この人、おもしろいです。
この人は第2次世界大戦前のビルマ、今のミャンマーで地域弁務官を務めたんですけれど、「スリップ」ということばの意味や出典を記したカードを、ミャンマーからずっと本国に送り続けた。ゾウに乗りながら本や書類を読み、中世ラテン語を探していたとの逸話もある。
小野: へえ…。
高橋: 同じような人で、ジョン・サマーズ・ドルーという人も。第1次世界大戦の英雄なんだけれど、この人も独学で、高等教育を受けていないのに集めた。
こういう人たちが何人もいるんですよね。


見返りを期待せず、献身的にラテン語を集めた。あたかも昆虫採集を趣味とする人たちが森に分け入り、崖を登りながら昆虫を追い求めるがごとく、古文献のページを開いてはラテン語を採取してきた。

熱意の理由

高橋: ラテン語の豆知識を少し。
ラテン語の歴史は古くて、生まれたのは紀元前7世紀ごろなんですって。これが「アルカイック・ラテン語」。それから、紀元前3~2世紀に生まれたのが「オールド・ラテン語」。そのあと登場するのが「古典ラテン語」。
この辞書で扱っている「中世ラテン語」は、西ローマ帝国滅亡後、各地域の言語に影響を受けながら使い続けられた。(辞書づくりが行われたのは)その中の「イギリス版」なんです。
それを、たくさんのボランティアの人たちが集めていった。

泣けるような話があるんです。「スリップ」という1枚の紙にことばと用例を集めていくんですけれど…。


[…]集まったスリップは最終的に計七十五万枚になった。[…]一人で二万~三万言語のカードをつくったボランティアもいた。ボランティアたちはみな何の見返りも期待せず、まるで働きバチが蜜を集めるようにこつこつラテン語を採取していった。[…]多くのボランティアは自分の生きている時代には辞書が完成しないだろうことを認識していたはずだ。


高橋: こういうのが僕の好きなところなんです。
小野: 何のモチベーションで?
高橋: 「スリップ」という紙が残っているんですよ。


「スリップからは、辞書の完成を願うボランティアたちの気持ちが伝わってきました。スリップに注釈をつけているボランティアもいました。『自分はこう考えます』と言った説明が書かれてある。多くのボランティアたちはすでに亡くなっていたと思いますが、小さなカードを通してそうした人たちとやりとりしている気がしたものです」


高橋: 100年たっているので、最初期のころからの人たちはもう誰も残っていない。そして、みんな「自分が生きている間には完成しないだろう」と知っていたけれど、それでも参加していたということですね。


現在では使われなくなった中世ラテン語を残すことに英国人はどうして、あれほどまで熱意を持ち続けるのだろう。


小野: そこですよね。
高橋: 河野(通和)さんという元編集長(『中央公論』)、その方は、こうおっしゃっている。


「死者の思いを届けたいと考えた人がいるんでしょう。そうしたことに価値を見出(いだ)す人たちが辞書を整備すべきと考えたのだと思います」
[…]
「会社などいろんな組織を見ていて思うんですが、その組織を築いてきた先輩たちが過去にやってきたこと、つまり前段の歴史ですが、それに対する敬意が薄れているんじゃないでしょうか。歴史がブームになってはいるけど、死者の感性を訪ね、そこに寄り添いたいという感覚はむしろ薄れているように思いますね」


高橋: そういう人たちが集まって、100年かけてつくっていったんですね。

健全な社会に必要なこと

高橋: このプロジェクトが最終的に終了したのは、2014年9月だそうです。
小野: 100年たっているんですね。
高橋: 最後の編集長になった方は、こういうことを言ったんです。


「古典ラテン語や中世ラテン語を使う人がほとんどいないことは認めなくてはいけません。それだからこそ、この時期に辞書が完成したことの意味は、むしろ大きいように思います。言葉は使われなくなると、次第に意味を理解することが難しくなります。辞書をつくっておくことで言葉の意味を確認する基礎ができました」


高橋: 辞書が完成して、最後のページにはこういうことが書いてあります。「十七分冊目の刊行によって、すべて終わりました」…。


「一世紀にわたるこの作業の間、数え切れない人々の奉仕と支援を受けてきた。多くの編集スタッフはもちろんだが支援者の中には、ボランティアとして古文献を読み込んでくれた人や公文書館、図書館の司書、印刷業者などが含まれる。彼らの献身的努力がなければ、この辞書は完成しえなかった。この分冊を辞書作成に携わったすべての人々に捧(ささ)げる」


高橋: 100年分ですね。
辞書の最後の項目は…読むのが大変です。「zythum」。


辞書ではこう説明されている。
「麦芽発酵飲料の一種。(エジプト人の)ビール」
「A」に始まった辞書は、ビールでピリオドが打たれた。


高橋: なかなかすてきですね。
小野: それにしても…その辞書を使う人はいないというわけじゃなく、きっと限られた人たちだけれど恐らくいる。その人たちのために…。
高橋: …やっている、ということですね。
最後の編集長の方、ハウレットさんにお話を聞くんです。もう引退して、畑づくりを(している)。「辞書と畑づくりは関係ないように思うでしょうが、共通点に気がついたんです」と。


「競争のない世界なんです。辞書編集も畑づくりも。競争よりも協力が必要な仕事です」
[…]
「競争を完全に否定しているわけではありません。競争が必要な分野もあるでしょう。ただ、何もかも競争でいいんでしょうか。競争よりも協力を大切にすべきときがあるはずです。わたしはそんな世界で生きてこられたことを幸せに思いますね」
[…]
ハウレットはここで野菜や果物を植えているだけではなく、堆肥を利用して土をつくっている。この土はいずれこの地に実り豊かな作物を与えるだろう。後世のために土台づくりをしている点、そして、身体を動かしている点。たしかに辞書編集とそっくりではないか。


高橋: 「この辞書プロジェクトの価値はどこにあるんだろう?」というと、最後のほうに結論が書いてあるんですね。最後の編集長がこう言います。


「やり終えたことでしょうね。こうした息の長いプロジェクトは終わらないこともある。計画がスタートした後、社会状況が変化してスタッフが入れ替わる。始めたころの熱は冷めます。明確な目的意識が共有されていなければ続かない。社会にとっての精神的訓練です。ジムに行って運動をしますよね。それと同じように、社会はこうした知的活動を続ける必要があると思います。それを続けることで社会は健全な体を維持できるんじゃないでしょうか」


高橋: 小倉さんは最後にこのように書かれています。


現代人は身体を正常に維持するためジムで運動したり、ヨガをやったり、公園をジョギングしたり、プールで泳いだりしている。それと同じように社会は正常さを保つため、辞書づくりや畑仕事のような競争原理から距離を置いた活動を必要としているのではないか。百年にわたって英国人が中世ラテン語のために積み上げてきた時間、労力、エネルギーは社会を極端に走らせないため、正常な判断のできる状態に置くために費やされたように僕には思えた。


高橋: 今は競争原理の社会だし、効率優先。
小野: そうですね。お金にならないことは、なかなか誰もやりたがらない。
高橋: 「こんな中世ラテン語なんて、誰が使うんだ?」と。でも、つまり中世ラテン語がわからないということは、それから影響を受けてきたことが本当にわからない。

ほかのところで書いていらっしゃるんですけれど、今「日本に漢文はいらない」というじゃないですか。ところが、森鴎外や夏目漱石はすごく漢文に熟達していて、彼らの小説には漢文の影響を受けているところがいっぱいあるんですよ。
もし僕らが漢文をわからなくなったら、鴎外や漱石の小説も、本当にはわからなくなるのかもしれない。

今、「無駄なものは要らない」というでしょう。でも、「そういうものがある」ということが社会を健康な状態にしておく運動なんじゃないか。役に立って、効率的で、お金もうけになるものだけで社会ができたら、ヤバイですよね。
小野: 確かに。「あっ、ちょっと待てよ」みたいなときに辞書を引きますもんね。
高橋: 最後に、ハウレットさんという元編集者が言います。「モヌメントゥム・アエレ・ペレッニウス」。ラテン語で「青銅よりも永遠なる記念碑」という意味だそうです。


さびることなく時間に耐えうるものという意味である。時間をかけてつくったものこそ時間に耐える権利を持つ。
[…]
「青銅よりも永遠」


高橋: こういうものって、あるんでしょうかね。
小野: 「ヒミツの本棚」、きょうは小倉孝保著『100年かけてやる仕事 中世ラテン語の辞書を編む』から引用させていただきました。

【放送】
2021/05/14 高橋源一郎の飛ぶ教室「ヒミツの本棚」

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