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2020年3月20日(金)放送より

4月3日(金)よりスタートする新番組<高橋源一郎の飛ぶ教室>。その“体験授業”として、3月20日に「0時限目」をお送りしました。今回「読むらじる。」では、高橋源一郎さんが1冊の本について語りつくすコーナー「秘密の本棚」をお届け。ピックアップされたのはフランスの作家カミュの『ペスト』。新型コロナウイルスの流行する現在ともリンクするこの不気味な小説に、高橋さんは巨大な災厄と戦う意義を見いだします。

【出演者】
高橋さん:高橋源一郎さん(作家)
小野アナ:小野文恵アナウンサー


カミュに聞く! 感染症と戦うためには

小野アナ: 「秘密の本棚」に行きましょう。この時間の先生は源一郎さんです。きょうはどんな本でしょうか。
高橋さん: きょうの本はアルベール・カミュ著『ペスト』です。
小野アナ: ごく簡単な本の紹介は私からさせていただきます。
著者の作家アルベール・カミュは1913年アルジェリア生まれ。今から107年前ですね。1942年に発表した小説『異邦人』で「不条理の哲学」を打ち出して戦後の世の中に大きな影響を与えました。1957年にはノーベル文学賞も受賞しています。
高橋さん: 44歳でノーベル賞受賞ですから、めっちゃ若いです。
小野アナ: きょうの本『ペスト』は1947年にカミュが発表した作品。舞台はアルジェリアのオラン市です。
ある朝、医師のリウーがネズミの死体をいくつか発見するところから物語が始まります。その後、原因不明の熱病になる人が続出。感染症ペストが発生したことが分かります。死者が急増し、感染拡大を防ぐために町は封鎖。孤立し、厳しい状況の中で、人間の尊厳を懸けて連帯し必死に戦う市民たちの姿を淡々と描いた長編小説です。
高橋さん: カミュがノーベル賞を取った直接の作品はこの『ペスト』。すごく評価されていたんですね。
日本でもずっと売れていてロングセラーなんですけど、実はコロナウイルス影響下でものすごく今売れている。
小野アナ: そうなんです。中国の武漢市が封鎖されたことしの1月下旬ごろから売り上げが急増して、2月の中旬から3月にかけては1万4000部を増刷するほどの話題になっています。
高橋さん: 10日ぐらい前、某ネット書店で第3位。それぐらい、みんなが求めていたところがあると思いますので、きょうはこれをやろうと思います。
小野アナ: 『ペスト』を選んだ理由は、やはり新型コロナウイルスですか。
高橋さん: そうですね。新型コロナウイルス感染で、今世界中が大パニックに陥っています。こういうのは過去何度もあって、そのたびに同じようにパニックを繰り返している。「そんなときに何を考えて、どう対処したらいいか」ということを作家たちが過去何回もやってきています。ロンドンのペスト禍でダニエル・デフォーという人がペストについて書いたものもあります。
カミュの『ペスト』は1947年ですけど、1945年に終わった第二次世界大戦、ナチスや戦争をペストにたとえたといわれているんです。それも含めて、人間の力を超えた大きなものに襲われたときに、人はどう混乱して、どう立ち向かうかを徹底して考えた小説。
今読むならこれしかない。
小野アナ: 実は今回初めて読みました。
高橋さん: どうでした?
小野アナ: 私、本当にアルジェリアのオラン市でペストが大流行したのかと思って、だまされてしまったぐらい…。
高橋さん: ドキュメンタリーのタッチで書かれているんですね。
小野アナ: 架空のお話なんですが…。
高橋さん: とは思えないですよね。

無力でも続けなければならない戦い

高橋さん: 冒頭はこう始まっています。

4月16日の朝、医師ベルナール・リウーは診療室から出かけようとして階段口の真ん中で1匹の死んだネズミにつまずいた。とっさに気にも止めず押しのけて階段を下りた。しかし、通りまで出てそのネズミがふだんいそうもない場所にいたという考えがふと浮かび、引き返して門番に注意した。

最初は「あれ? ネズミの死骸が変なところにあるな」から始まって、たくさんのネズミの死骸が発見される。市民たちが「何かおかしい」と思っているうちに、ペスト患者が次々出てくる。これがこの小説の始まりの部分です。
450ページもある大長編を15分で話すのはとても無理です。
小野アナ: では、注目ポイントを。
高橋さん: ベルナール・リウーという人を含めて、何人か基本となる登場人物がいます。個人的にモラルを持っている彼らが、人間としてどう立ち向かっていったか、というのがこの小説のテーマになっているんです。
小野アナ: ベルナール・リウーは医師ですね。最初にネズミを発見した。
高橋さん: たくさん死者が出始めたころに、医者たちや市の幹部が集まって保健委員会が開かれるんですよ。リウーは「ペストだと分かったので、早くペストだと宣言しなきゃいけない」と言うんだけど、「いや、まだ確定はできない。もし間違っていたら…」と。
この辺が、いろいろ考えさせられる。
小野アナ: そうですね。こういうことが起きたとき…。
高橋さん: リウーという人は個人の責任で動いているんだけど、その対極には“社会で動いている人”がいる。そういう人たちはいつも遅いんですよね。
このあとペストがはやりだして、オラン市は封鎖されます。閉ざされる。これは今各地で起こっていることと一緒ですね。
小野アナ: 「この国には入れません」とか。
高橋さん: ペストとコロナウイルスはもちろん同じではありません。ペストの致死率は70%ともいわれていますから、コロナウイルスに比べてはるかに重篤です。けれども、「本質的なところでは一緒だな」と小説を読んで感じます。
ものすごい数の死者が出てきます。オラン市だけで何万人と亡くなっていく。その中で医師リウーはずっと全力で戦い続けるんです。「なんでそんなに頑張るんだ?」と…。
重要な登場人物でタルーという人がいます。覚えておいてください。
小野アナ: タルーは、何というか、風来坊みたいな…。
高橋さん: ある日突然現れて、オラン市で起こっていることを書き留めている謎の人物なんです。この謎の人物とリウーは心が通い合うようになる。タルーの正体はあとでまたご紹介します。
タルーがリウーに「なんでそんなに頑張ってやるんだ? みんな責任を取ってやっていないじゃないか」と聞くと、リウーはこう言います。医者になったときですね。

僕のような労働者の息子には特別困難な道だったかもしれません。そうして、やがて死ぬところを見なければならなかった。知っていますか。どうしても死にたがらない人たちがあることを?聞いたことがありますか。1人の女が死のうとする瞬間に「いやいや、死ぬのはいや!」と叫ぶ声を。僕は聞いたんです。そうして、自分はそういうことに慣れっこにはなれないと、そのとき気が付いたんです。

医者だから、仕事で死に慣れちゃう。すると、責任というのは出てこなくなるんです。リウーという人は医者である前に人間だった。これが彼の原則だったから、死に慣れない。慣れないまま、大量のペストの死に立ち向かっていく。
こういうことも言っています。

リウーは暗い気持ちになったようであった。「確かに理由にはなりません。しかし、そうなると僕は考えてみたくなるんですがね、このペストがあなたにとって果たしてどういうものになるか」

タルーが聞くんですね。

リウーは言った。「際限なく続く敗北です」と。
小野アナ: 「敗北」。
高橋さん: つまり「自然の脅威には絶対かなわない」と。
小野アナ: ペストの猛威の前に、できることが何もない。
高橋さん: 「でも、何かをしなきゃいけない」という戦いがこれから続くんです。

「われわれはみんなペストの中にいる」

高橋さん: このあと、タルーという人が動き始めるんです。
大量の死者が出て、市の機能が崩壊しそうになっています。タルーが突然リウーのところにやって来て、「民間の防衛隊を作ります」と。患者を運んだりするために役人だけじゃ足りなくなっているので、「自分が民間の防衛隊を」と。
小野アナ: 医師の手助けを。
高橋さん: それって仕事でもないし、死の危険がある。でも、タルーはやろうと言う。
小野アナ: 命懸けのボランティア。
高橋さん: なんでタルーはそんなことを言ったのか。そのところがもう1つの大きいテーマになるんです。
このタルーという人は謎の人だったんです。謎の人なのに、頭脳も明せきで、リウーをよく理解して手伝ってくれて、民間のボランティアもする。なんでこんな自己犠牲できるんだ?
物語の終わり3分の1ぐらいで、タルーが初めてリウーに告白します。自分が何者かを言うんです。
タルーのお父さんは検事だった。タルーは若いときに、お父さんが犯人に死刑を要求するところを見て以来、「あれは間違っている。誰かを死刑にできる権利を人間は持っているんだろうか?」
彼はそういう制度に反対する運動に関わるようになるんです。そのまま世界をさまよって、このオランに到着した。ここでも死がたくさん。それを見て、自分の命を懸けて市のボランティアに。
タルーはこういうことを言います。

「われわれは人を死なせる恐れなしにはこの世で身ぶり一つもなしえないのだ。全く僕は恥ずかしく思い続けていたし、僕ははっきりそれを知った。われわれはみんなペストの中にいるのだ、と。そこで僕は心の平和を失ってしまった」
小野アナ: どういう意味ですか?
高橋さん: もう1か所でもこう言っています。

「誰でもめいめい自分のうちにペストを持っているんだ。なぜかといえば、誰一人、全くこの世に誰一人、その病毒を免れているものはないからだ。そしてひっきりなしに自分で警戒していなければ、ちょっとうっかりした瞬間に、他の者の顔に息を吹きかけて病毒をくっ付けちまうようなことになる。自然なものというのは、病菌なのだ」

ここが、この小説の一番難しいところといわれています。
小野アナ: 難しいですね。
高橋さん: 普通にペストの話をしているうちに、「われわれはみんな自分のうちにペストを持っている」。
小野アナ: まだなっていない人もいっぱいいる中で?
高橋さん: これはどういうことか考えてみたんです。
さっき死刑の話が出ましたよね。社会は必要だから死刑制度を持っています。でも、みんな自分は見ないふりをしている。
例えばですよ。ものすごく安い服を僕らは買います。でも、その安い服はどこか、それほど発展していない国で貧しい女の子が悪い環境で作っている。あるいは、僕らが食べているものの中には、どこかの農地を汚染して作ったものがあるかもしれない。
僕らはちょっと知っているんだけども、見てみないふりをして生きている。
小野アナ: 誰かの命を損なうようなことに加担している。
高橋さん: それを考えすぎると生きていけない。だからふだん考えないようにしているんです。タルーという人は考えちゃう人なんです。
ペストということを描きながら、広い世界をカミュは描いていたんです。
小野アナ: なるほど。
高橋さん: 結局タルーはどうなったか。ペストは最終的に終息に向かうんです。ところが、終息が分かった段階でタルーがペストにかかって亡くなる。これは自己犠牲ではあるんです。

「忘れずにいること」の意義

高橋さん: 最後のほうでリウーは総括をしています。何万人の人間がオランで死んで、病毒に立ち向かったよき人たちもみんな死んでしまった。では結局、何が変わって、何が起こったんだ? こう言っています。

タルーは勝負に負けたのであった。自分で言っていたように。しかし、彼(リウー)は一体何を勝負に勝ち得たであろうか。彼が勝ち得たところはただペストを知ったこと。そしてそれを思い出すということ。友情を知ったこと。そしてそれを思い出すということ。愛情を知り、そしていつの日かそれを思い出すことになるということである。ペストと生との賭けにおいて、およそ人間が勝ち得ることのできたもの、それは知識と記憶であった。恐らくはこれが「勝負に勝つ」とタルーの呼んでいたところのものなのだ。

たくさん死んでしまったわけじゃないですか。だから、負けといえば負けなんですよね。
コロナウイルスでもたくさんの人が亡くなりました。まだ終息していないから勝ち負けで言うのもおかしいんだけど、たくさんの被害が残る。そのときに僕らに何ができるか。
立ち向かった人と、そのように立ち向かったという記憶。それを忘れないということ。それが大事なんだということが、ある意味たった1人で戦ったリウーの総括になるんです。
これはペストを描いているんですけど、彼にとっては2年前に終わった戦争。戦争もたくさんの人が死んだけど、覚えていればいい。でも、忘れちゃうでしょう。日々がたっていくうちに「あの戦争、どうだったっけ」と。
小野アナ: そうか。そういうふうにペストと戦争が重なっている。
高橋さん: 僕らは、ギリギリまで個人で戦って、負けるかもしれない。でも、「こういうふうにやったよ」ということを覚えていることだけはできるんじゃないのか。
小野アナ: なるほど。
高橋さん: この小説の最後はこう終わっています。

ペスト菌はけっして死ぬことも消滅することもないものであり、数十年の間、家具や下着類の中に眠りつつ生存することができ、部屋や穴倉やトランクやハンカチや反古(ほご)の中に辛抱強く待ち続けていて、そして恐らくはいつか人間に不幸と教訓をもたらすためにペストが再びそのネズミども呼び覚まし、どこかの幸福な都市に彼らを死なせに差し向ける日が来るであろうということを。

ペストは1つの感染症ではあるんですけれど、もっと大きな、人間を陥れる不幸すべて。「その大きなものに対して、きちんと立ち向かえよ」というのがたぶんカミュが言いたかったことなのかな。
小野アナ: その意味で「勝負に勝つ」ことは私たちにできるのでしょうか。
高橋さん: ねえ…。
小野アナ: まとめのひと言は、いただけるんでしょうか。
高橋さん: まとめるのが難しいんで、このあとゲストと一緒に考えましょう。
小野アナ: 分かりました。では、ひとまず。
きょうの「秘密の本棚」は、カミュ著『ペスト』から引用させていただきました。

番組の後半では、漫画家のヤマザキマリさんをゲストに迎えて、カミュのペストについてさらに深い話をしました。またヤマザキさんは、現在の新型コロナウイルスに関して、家族が住むイタリヤと日本では意識の違いや温度差があることにも言及。ぜひ、聴き逃しでお聴きください!

放送を聴く
2020年3月20日(金)放送より