【飛ぶ教室】千年の時と国境とことばを超えて

21/09/17まで

高橋源一郎の飛ぶ教室

放送日:2021/09/10

#文学#読書#歴史

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作家・高橋源一郎さんがセンセイとなって、1冊の本をテキストに現代社会の課題やひずみを考察し、生き方の指南役となる「ヒミツの本棚」。今回のテキストは、ミア・カンキマキ著『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』です。
仕事にも人生にもうんざりしたフィンランド人女性が、長期休暇制度を使って、憧れの清少納言の研究のために日本を訪れます。日本語を話せない彼女が読み解いた『枕草子』は、私たちの従来のイメージをくつがえす発見に満ちていると、源一郎センセイは言います。

【出演者】
高橋:高橋源一郎さん(作家)
小野:小野文惠アナウンサー

フィンランド人、日本古典と出会う

高橋: きょうの本は…<飛ぶ教室>再開にふさわしい大作を持ってきました。ミア・カンキマキ著『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』です。
小野: 500ページあります。
高橋: 大変だったでしょう。
小野: ミア・カンキマキさんは1971年フィンランドのヘルシンキ生まれ。大学卒業後、編集者、コピーライターを経て、2013年に出版したこの本で作家デビューしました。
秋の夜長に読むのにぴったりですよ。500ページですからね。
高橋: いま小野さんがおっしゃったように、カンキマキさんはフィンランドの方ですね。71年生まれということは、ことし50歳になるんですね。本を書いたのはほぼ10年前ということで、40歳ぐらいのとき。
小野: 「39歳」と出ていましたね。
高橋: ミアさんは大学時代に『枕草子』を読んで熱中していた。フィンランド語訳か何かが出ていたんですね。それで非常に興味を持った。
40歳ぐらいになって人生に悩むころ一念発起して、「日本に行って『枕草子』を研究しよう」と。
いろんなところに助成金を申請して、人生の休暇を取って日本に来て、いろんなことを調べて書いたのがこの本なんです。

「フィンランドの40歳ぐらいの女性が清少納言? なんで?」と思うかもしれません。
僕も最初、「なんで?」と思ったんですよね。読んで、感動しました。時間が許すかぎりご紹介したいと思います。
冒頭に、なぜ始めたかという告白があるんです。


ここから始まる。
私は自分の人生に飽きてしまった。死ぬほどつまらない。本当につまらないから、その気になれば死んでもいい。
中年、独身、子どもはいない。一人で住んでいる。同じ仕事を続けて十年。六時十五分に起床。いつもと同じ朝食をとる。新聞を読んで、シャワーを浴びる。ヘルシンキの中心街にある職場へ行って、作業をして、会議に出る。[…]帰宅。テレビを見る、だらだらと。たまにヨガに通う。悪酔いするのが怖くてワインを控える。余裕をもってベッドに入るものの、寝つけない夜がほとんど。六時十五分に起床。
つまらなくて死にそうだ。不安で死にそうだ。ムカついて死にそうだ。何か手を打たなければ。


高橋: …というところから始まって、思いついたのが「自分が好きだった清少納言のことを調べる」ということですね。

この本は、どうやってミアさんが清少納言を好きになり、清少納言を研究して彼女がどんな人間かを知っていく、という話なんですけれど、500ページを15分で説明するのはなかなか難しい。

清少納言は身近な存在

高橋: まず「すごい!」と思ったのは、清少納言のことを「セイ」って呼んでいるんですよね。
小野: これはびっくりしました。誰のことを言っているのかと思ったら、清少納言なんですね。カタカナで「セイ」。
高橋: これがすばらしいと思ったんです。
どうしてかというと、僕らは日本人で知っているつもりでしょう。フィンランド人で40歳のミアさんにとっては、まったくの他人。この方は日本語の研究者じゃなくて、日本語ができないでしょう。
それでも、自分とどこかにいたことがある人を同志、仲間に。「セイ」って呼んだときから連帯感が。

僕が『論語』を訳したときに、途中うまくいかなかったんです。孔子のことをカタカナで「センセイ」と呼んでから、翻訳できるようになったんです。
壁を突破する作業。ここから彼女はどんどん清少納言の世界に入り込んでいくんですよね。
小野: 読んでいるほうからしても、「セイ」って呼ばれた瞬間に、1人の女性が浮かび上がってきました。
高橋: そうですね。彼女の文章も、途中からだんだん清少納言っぽい文章になっていきます。
これは、清少納言ふうに書いているところです。


美しくて、おもしろくて、妖しくて、神秘的なもの。
[…]
鴨川。河原で練習しているバイオリニストとトランペッターとギタリスト。
ごみ収集車のイキのいいテーマソング。
[…]
オーガニック弁当。
[…]
特大サイズの何十ユーロもする果物盛り籠。
豆腐職人。
扇子職人。
[…]
寂しい男たちで埋まっている食堂。
学生たちが必死に勉強するために籠城するハンバーガーショップ。


小野: (清少納言が『枕草子』で)「珍しいもの」「みっともないもの」といってリストにしていく感じを、ミアさん流に。
高橋: リストに挙げて書いていくわけです。そして、ミアさんは途中でいろんなことに気づいていくわけです。
僕は気がつかなかったんですが、例えば、随筆で話しかけているような感じ、現代的で断片的で個人的なところは、「いまのブログのルーツじゃないか」と。
小野: 清少納言の『枕草子』こそが!
高橋: お互いに1日中歌をいっぱい送り合っているでしょう。「これってショートメールとかツイートとかFacebookじゃない?」と。
そうしていくと、どんどん(清少納言たちの存在が)近くなってくるんですよね。

極めて現代的な“女性”のあり方

高橋: 一番驚いたのは――この時代の女房たち。
宮廷で働く女性たちは――僕らも知っているつもりでいたけれど、よく知らなかった――自立をしている。名前は持ってないけれど、すごい知識がある。男性に伍(ご)して歌を作ったり文章を書いたりして、張り合うこともできた。

ミアさんが言っていますが、「持ち家があり経済的に自立しているキャリアウーマンたる宮廷女房たちって、アメリカのテレビドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』の女たちじゃないか」。
こういうふうに、どんどん「セイ」のことが目に見えて分かってくる。

この番組でも、ヴァージニア・ウルフ『自分ひとりの部屋』のことを取り上げたと思います。

2020年5月22日放送 「もしシェイクスピアに妹がいたら…」

高橋: 覚えていらっしゃるでしょうか。ヴァージニア・ウルフは『自分ひとりの部屋』で、「女性が何かを書こうとするなら、お金と自分1人の部屋が必要。年収500ポンド。そんな時代はずっとなかった」と。
ところが、日本の平安時代には、奇跡的に実現していた女性たちがいた。
小野: そうか。清少納言も紫式部もそうですね。
高橋: ヴァージニア・ウルフも、紫式部についてわりと熱狂的に書いている。
この国では――いろんなところでおかしなことがあったにもかかわらず――奇跡的に、ある時期だけ女性の文化が輝いていた。その代表が清少納言、「セイ」だったということですね。

ただし、清少納言について、日本でも紫式部のほうが人気あるじゃないですか。どちらかを知っていると、「清少納言は才気走って、自信たっぷりで、生意気だ」と。
小野: …(微苦笑)。
高橋: そういう評価はヨーロッパでも多かったんだけれど、最近になって評価が変わってきた。
もしかしたら、自立して、自信をもって自分の表現で「これがいい」と言う女性が嫌われる。「自分のことを言う女性は嫌われる」というのは、清少納言の時代からあったんじゃないか。
小野: 永遠のジレンマ…。
高橋: 「1000年前といまと、全然変わらないじゃないか?」というようなこともミアさんは言っています。

清少納言をメンターに

高橋: ミア・カンキマキさんは、「セイ」という、いまから1000年以上前にいた、現代の女性と近い価値観を持っているかもしれない清少納言について書いたうえで、最後のほうで『枕草子』から引用しているんです。これがおもしろい。
ミアさんがフィンランド語で自分ふうに訳したやつを、また日本語に訳した。分かります?
小野: 日本語の口語訳じゃなくて、1回フィンランド語になって、また日本語になったもの。
高橋: これを読むと、「清少納言って、こんな人だったっけ?」という感じですね。
最後、清少納言の『枕草子』はこんなふうに終わっているそうです。


暗くなってきたので、もう文字が書けなくなり、筆の墨は使い尽くしてしまったけれど、筆をおく前にまだいくつかのことを書き終えたい。
実家で時間を持て余しているときに、人が見ようとするはずはないと思って書いた。わたしの目に見え、心に思ったありとあらゆることを。それでも、人にとっては不都合だったり言いすぎたりしている箇所があるかもしれないから、細心の注意を払って隠してあったのに、手立てもなく世に漏れ出てしまった。
[…]
今、わたしの手もとには紙がかぎりなくたくさんあり、あれやこれ、故事、ありとあらゆること、ありふれた話なんかで書きつくしてしまおうとした。だいたいわたしが心惹(ひ)かれ、感じ入った物や人に絞って書きつけてある――和歌、木、草、鳥、虫についても書いた。わたしのいたらなさしかないこれを人が見たら、がっかりするだろう。わたしだけがおもしろく感じたり、自然に思いついたりしたことを書きつけてあるだけなのだ――わたしがたわむれに書いたものが、他の多くの著名な作品と肩を並べられるはずがない。(……)
人がわたしの本をどう思おうと、日の目を見てしまったことが悔やまれる。


高橋: これは作家らしい「覚悟」だと思う。

最後にミアさんは、清少納言がなぜ『枕草子』を書いたかという謎を解こうとするんです。
当時の宮廷の中にいて、定子という中宮に仕えていた。「その中で才気走った人がエッセーを書いたんでしょう?」と思うじゃない。
そうではないのではないか。ミアさんはこう書いています。


セイ、最初は自分のためだけに日記を書いていたと思う。ところが書いたものを誰かに見られてしまった。それで、あなたには文才があって他の誰よりも観察力があることが知られてしまった[…]。そして、中宮定子がこう言った。「少納言、あなたにはこのすべてを書いてほしいのです。ここでの素敵(すてき)なことをすべて書きとめなさい。私たちの世界がどんなにすばらしかったか語りなさい」。それであなたは周りをあらためて見てみた。目にしたものすべてを見つめた。男たちや女たちを、彼らがどんなふうに振る舞い、どんなふうに身に纏(まと)い、何に憧れ、何を憎み、加茂祭の頃の牛車の混みよう、寺でたまたま顔のきれいな説経師の話を聞いていたときあなたの頭に浮かんだことを。


高橋: つまり、中宮定子に頼まれたと。

僕、ミアさんの文章を読んで、いろいろ調べてみました。
当時の宮廷には、天皇の奥さん――中宮で定子というのがいて、そこに清少納言は仕えています。
もう1人、そのあとに中宮彰子というのが入って、権力争いみたいなのがあった。『枕草子』の清少納言のほうの定子は、結局追いやられちゃうんですよね。それぞれサロンを持っていた。

だんだん自分の権力がなくなっていくのは、女性としては悲しいですよね。それはそれで当時の女のさだめなんです。
そういった中で、「中宮定子と清少納言がいたサロンに、美しい文化、こんなすばらしい世界があったことを、あなたには伝える義務があるわ」と言って、書かせたんじゃないのか。
最後に、ミアさんはこう書いています。


セイ、あなたは中宮の宮廷道化師だった。シェイクスピアの道化たちのように心配なさそうにみえて、そのくせ身にふりかかった悲劇についていつもいちばんよく知っている道化師。セイ、あなたは守護道化師だったのよ。命を賭けて書き、弾丸を受けるために中宮定子の前に身を投げる守護道化師。定子の守護者。それがあなただった。だからあなたは本を書いた。どんなに表面的で、ふしだらで、非情で、「病的な」天皇一家の崇拝者としてあなたが後の世界で見られようともかまわずに。
明るくて、しかめっ面した傲慢な道化師、セイ。
あなたは定子の評判を救うことに成功した。自分のは救えなかったけれど。


高橋: 僕たちが知らない宮廷の世界での権力闘争でいろんな人間が傷ついたり死んだり去っていく中で、すばらしい宮廷文化があったんですね。紫式部もこのあとに出ますし、たくさんの物語も…。
「その文化がどんなにすばらしかったかを、全部語りなさい」と。

紫式部があとで清少納言を批判するんです。「あの人は才気走っているだけ」と。
紫式部は、おとなしい、理想のお嫁さんタイプ。
清少納言が嫌われたのは、いまで言う「自立した女性」。敗れていく自分の主人・定子のために、すばらしい世界だったことを書いた。

なぜそこにミアさんが感動したかというと、「自分も、そういうように強く生きていきたい」と。
これって、自分の尊敬する人を見つけてフォローすることで生きていこうというために見つけた人なんですよね。
小野: セイは、ミアさんにとって「推し」みたいな感じですか?
高橋: そう。尊敬する「推し」ですね。
僕がすごいと思うのは、(セイはミアさんにとって)1000年以上前の、知らない外国の、知らないことばの人。それを僕らが読んで逆に感動しちゃう。
「すみません、ミアさん、知りませんでした…」と思いました。
小野: すごい方ですね、ミア・カンキマキさん。
高橋: このあと『枕草子』を読んじゃいましたよ。(いままでとは)全然違って読めるよ。
小野: 「ヒミツの本棚」、きょうはミア・カンキマキ著『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』から引用させていただきました。

【放送】
2021/09/10 高橋源一郎の飛ぶ教室「ヒミツの本棚」

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