【飛ぶ教室】芥川賞受賞・宇佐見りん登場!①

21/01/29まで

高橋源一郎の飛ぶ教室

放送日:2021/01/22

#文学#芥川賞#インタビュー

ざっくりいうと

  • 「第164回芥川賞」を受賞した、作家の宇佐見りんさんが登場!
  • 今回の「ヒミツの本棚」は、芥川賞受賞作品の宇佐見りん著『推し、燃ゆ』
  • 生きづらさを抱えながら、「推し」の男性アイドルを応援することを心の支えにしている女子高校生が主人公の物語

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21/01/29まで

宇佐見りんさん

2021年1月22日の<高橋源一郎の飛ぶ教室>に、「第164回芥川賞」を受賞したばかりの作家・宇佐見りんさんが登場! 受賞からわずか2日後に、宇佐見りんさんと作家の高橋源一郎さんの対談が実現しました。番組前半の「ヒミツの本棚」は、芥川賞受賞作『推(お)し、燃ゆ』です。宇佐見さんの2作目となるこの作品は、生きづらさを抱えながら、「推し」の男性アイドルを応援することを心の支えにしている女子高校生が主人公の物語です。源一郎センセイは、この本からどんなことを感じたのでしょうか。後半は、宇佐見りんさんと源一郎センセイの対談です。お楽しみに!

【出演者】
高橋さん:高橋源一郎さん(作家)
小野アナ:小野文恵アナウンサー

2作目にして頂点へ!

小野アナ: さあ、1コマ目は「ヒミツの本棚」です。
高橋さん: きょうの本は、宇佐見りん著『推し、燃ゆ』です!…なんとなく笑っちゃいますね(笑)。
小野アナ: ご本人を前にしているんですよね。
高橋さん: なんかさあ…やりにくいなあ…。
小野アナ: 別室ではあるんですが、モニターには宇佐見りんさんが映っていらっしゃいます。白いセーターをお召しになって、セミロングの、テレビで見たとおりの何ともかわいらしい雰囲気の女性です。
宇佐見さんは1999年静岡県生まれの神奈川県育ち。現在21歳。国文学を専攻する大学2年生。デビュー作『かか』で第56回文藝賞(ぶんげいしょう)・第33回三島由紀夫賞を受賞。この『かか』は、去年9月にこのコーナーでご紹介しました。

<2020年9月25日放送 ニューフェースの衝撃>へ

高橋さん: 『推し、燃ゆ』は2作目なんですが、おととい発表された164回芥川賞を受賞されました。
2コマ目で宇佐見さん本人がいらっしゃるので、その前に紹介していきますが…やっぱり本人がいるとやりにくいね(笑)。まあ、いいでしょう。
『かか』は9月に紹介しました。そのときに僕は『推し、燃ゆ』も読んでいました。
小野アナ: 「すごい」とおっしゃっていましたね。
高橋さん: すごいですね。これは取り上げなきゃいけないな、と思いました。ただ、『かか』のときにも言ったんですけど、説明するのはなかなか難しい小説だと思います。
普通の番組っぽく、あらすじをとりあえず言っていきましょうか。
主人公は「あかり」ちゃんという、高校を途中で中退する女の子です。亡くなったおばあちゃんの家に住んで就活をしていると称しつつ、いわゆる「推し活動」を…。
「推し」というのは、何て言ったらいいんでしょうかね。好きな男性アイドルについてのいろいろなものを買ったり、ライブに行ったり、彼についての発言をSNSに上げたりすることが、生きている活動の主なものになっている。
小野アナ: それを「推し」という。
高橋さん: 相手のことを「推し」というんですね。彼女が生きづらさを抱えながらどう生きて、どうなるか。
途中で事件があります。この「推し」が、ファンを殴るのかな。暴力事件を起こして炎上するんですね。これが「推し、燃ゆ」。推しているほうとしては混乱する。そのあげく、ついに「推し」が引退をしてしまう。
…ということなんです。話としては。皆さん、お読みください。
この本はものすごく売れると思います。これも予言しておきます (笑)。読んでください。おもしろい、すてきな小説です。

傑作の予感を確信させる書きだし

高橋さん: きょうはどうしようかと思ったんですけど…いつもは部分的にあちこち読んでいくんですけど、今回は最初のところからじっくりと読もうかな。
冒頭を読んでみましょう。

推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。まだ詳細は何ひとつわかっていない。何ひとつわかっていないにもかかわらず、それは一晩で急速に炎上した。寝苦しい日だった。虫の知らせというのか、自然に目が覚め、時間を確認しようと携帯をひらくとSNSがやけに騒がしい。寝ぼけた目が<真幸(まさき)くんファン殴ったって>という文字をとらえ、一瞬、現実味を失った。


高橋さん: 全部読んだあとで言いたいけど、宇佐見さんの文章、ことばが心地よい…「心地よい」じゃないな。前へ前へ運ばれていく感じがするんです。
これを僕は(去年の)9月に読んだんですけど…最初に<推しが燃えた。>とあるでしょう。「ウソだ!」と言われるんですが、<推しが燃えた。>という最初の6字で「芥川賞をとる」と思った。
小野アナ: ええっ? 初めてお読みになったときに?
高橋さん: これ、言ったことあるかな? 昔、僕が「1行しか読まなくてもわかる」と橋本治さんと話したら、橋本さんは「高橋さんはまだまだ甘い。僕は読まなくてもわかる」と。いやまあ、それはいろんな理由があるんですけどね。
『推し、燃ゆ』というタイトルで、「推し」が燃えたでしょう。小説の導入部というか、「こういう世界に入るんだな。ありがとうございました」というノックみたいな感じですね。
小野アナ: 最初のひと言が。
高橋さん: 1行目というか、最初の6字。「1行目で決めにきている」というのは太宰治っぽい。これはずるいよね。マネしたくなっちゃうな。

小説のことば、SNSのことば

高橋さん: 4ページに行くと、あかりちゃんの生活が描かれています。

成美はリアルでもデジタルでも同じようにしゃべる。ふたつの大きな目と困り眉に豊かに悲しみをたたえる成美の顔を見て、あたしはよく似た絵文字があるなと思いながら「駄目そう」と言う。「そうか」「そうよ」制服のワイシャツのボタンを二個はずした成美が隣に腰を下ろすと、柑橘系(かんきつけい)の制汗剤が冷たく匂った。きついまぶしさで見えづらくなった画面に0815、推しの誕生日を入力し、何の気なしにひらいたSNSは人の呼気にまみれている。
「かなり言われてる感じ?」んしょ、と成美も携帯を取り出す。透明なシリコンの携帯ケースに黒っぽい写真がはさまるように入っていて「チェキじゃん」と言うと「最高でしょ」、スタンプみたいな屈託のない笑顔が言った。成美はアイコンを取り換えるように都度(つど)表情を変え、明快にしゃべる。建前や作りわらいではなく、自分をできるだけ単純化させているのだと思う。「どんだけ撮ったの」「十枚」「うわ、あ、でも一万円」「て考えると、でしょ」「安いわ、安かったわ」


高橋さん: 『推し、燃ゆ』について、これからいろんな人がいろんなことを書き、考えると思うんですけど、僕が一番びっくりしたのは、ここでSNSが出てくるんです。

実は『かか』でも出てきているんです。『かか』の主人公も実は「推し」がいたんだよね。なので、共通しているところがある。でも、忘れちゃうんだよね。前回の雰囲気と違うから。
ほぼ同じ設定のところがあるんです。ところが、読んでいてもまったく記憶にないの。「忘れさせられて」いるんだよね。違う話になっているから。これって結構異常なことなんですけどね。

今はSNSを皆さん普通にされている。うちの子どもも中3と高1で、いわゆるデジタルネイティブなんですよ。デジタルネイティブといわれている人たち、みんなSNSを使っているでしょう。
これをうまく小説の言語にした人はいなかった。違うものだから。SNSはことばでやるものですが、あのことばと小説のことばは違うんですよ。
どうやって誰が初めてやってくれるかな、と思っていたんですよ。僕は「宇佐見さんが初めてやったんだ」という意見ですね。
小野アナ: SNSの世界で実際に使われていることばを…。
高橋さん: ことばや世界観そのままじゃSNSじゃないですか。これをこっちの(小説の)世界に「輸入」しないといけない。「翻訳」です。前回やりましたよね。別のことばに変えないと伝わらないので、「翻訳」をしているんです。
これで僕は、初めて子どもたちが言っていることの意味がわかった。

<2021年1月15日放送 “英知のことば”を伝える>へ

小野アナ: SNSをどれほど心の支えにして生きているか、それから「推し」という行為についても、こんなに命がけになるほどなんだ、というのは…。
高橋さん: 普通は経験しないとわからないでしょう。
小野アナ: そうなんです。これを読んで、私は年頃の子どもを持つお母さんに紹介しました。「子どもの心がわかるかも」と。そういうところはあります。
高橋さん: 時代が変わるたびに何か新しい事象が起きて、それを「翻訳」してくれる人がいるんです。僕はSNSがやっとわかった気がする。ありがとうございます。

「重さ」という文学的主題

高橋さん: 8ページ。まあ、聞いてください。何ということはない文章なんですが、実は…。

濡れて黒っぽくなった水着の群れは、やっぱりぬるついて見えた。銀の手すりやざらざらした黄色い縁に手をかけて上がってくるのが、重たそうな体を滑らせてステージに這(は)い上がる水族館のショーのアシカやイルカやシャチを思わせる。あたしが重ねて持っているビート板をありがとねと言いながら次々に持っていく女の子たちの頬や二の腕から水が滴り落ち、かわいた淡い色合いのビート板に濃い染みをつくる。肉体は重い。水を撥(は)ね上げる脚も、月ごとに膜が剥がれ落ちる子宮も重い。先生のなかでもずばぬけて若い京子ちゃんは、両腕を脚に見立ててこすり合わせながら、太腿(ふともも)から動かすのだと教えた。たまに足先だけばたつかせる子いるけどさ、無駄に疲れるだけだからねあんなの。
保健の授業を担当しているのも京子ちゃんだった。あっけらかんとした声で卵子とか海綿体とか言うおかげで気まずくはなかったけど、勝手に与えられた動物としての役割みたいなものが重くのし掛かった。


小野アナ: プールの見学?
高橋さん: そうです。ここに「重い」が4か所あります。「重ねる」を入れると5個出てくるんです。これをずっとあとでも繰り返します。
体が重たい。だからその世界から逃れられない女の子の話。
「推し」は何のためにいるのかというと…。

人生で一番最初の記憶は真下から見上げた緑色の姿で、十二歳だった推しはそのときピーターパンを演じていた。あたしは四歳だった。ワイヤーにつるされた推しが頭の上を飛んで行った瞬間から人生が始まったと言ってもいい。


高橋さん: 空を飛んでいるんです。
ここですね。なんで彼女が「推し」を推すようになったかというと、「軽い」から。ピーターパンだったんです。
小野アナ: 重さから逃れられる…。
高橋さん: これは、実は文学の最大のテーマの1つなんです。重い。体も重い。社会からのつながりも重い。いろんなものが重さとしてのしかかってきます。それからどうやって逃れて軽くなるか、というのが文学の基本的なテーマの1つ。この「推し」は「軽い」という象徴になっている。
これも、最初のほうにあります…これをやっていくと終わっちゃうな(笑)。ほかのところへ行きましょう。

「推し」と救い

高橋さん: こうやって、「推し」のことを詳しく書いている。ものすごく詳しくなったでしょう。こういうふうに今の若い子の「推し」というアイドルに対する生態を丁寧に描きながら、実はもう1つ、「重いものからどうやって逃れていくか」ということが同時に描かれているんですよ。
小野アナ: そうだったんですね…!
高橋さん: ここを読んでみましょう。37ページ。

この部屋は立ち入っただけでどこが中心なのかがわかる。たとえば教会の十字架とか、お寺のご本尊のあるところとかみたいに棚のいちばん高いところに推しのサイン入りの大きな写真が飾られていて、そこから広がるように、真っ青、藍、水色、[…]


高橋さん: このお嬢さんの「推し」のグッズを集めた部屋は「教会」なんですね。やっぱり「神様」なんです。
小野アナ: アイドルが。
高橋さん: あとのほうに出てくるんですけど、「現実を見なさい」と親から言われる。そのときに親が言っているのは、「家族関係でも友達との関係でも、何かやったら(お返しに)やってあげる」みたいなこと。でも、神様との関係は一方通行なんだよね。一方通行の関係って、普通に生きていると「駄目でしょ」「無駄でしょ」と(言われる)。
でも、僕たちの世界には宗教はないんですが、ここだけ宗教的というのが…。
…あー、やっぱり全然時間ないわ(笑)。
小野アナ: 2コマ目にたっぷり、宇佐見さんを交えて。
高橋さん: 本当にすばらしい、ほぼ完璧な小説なんですけど、1つだけ欠陥が…。
小野アナ: えっ?
高橋さん: その話は後ほど、宇佐見さんをお招きして。
小野アナ: 欠点がある?
高橋さん: そう。この完璧な小説にも実は欠点がある。
小野アナ: 2コマ目もお楽しみに。
「ヒミツの本棚」、きょうは宇佐見りん著『推し、燃ゆ』から引用させていただきました。

<宇佐見りんさんと高橋源一郎さんの対談>へ続く

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