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2020年11月13日(金)放送より

作家・高橋源一郎さんがセンセイとなって、1冊の本をテキストに現代社会の課題やひずみを考察し、生き方の指南役となる「ひみつの本棚」。今回のテキストは、ケイタ著『料理大好き小学生がフランスの台所で教わったこと』です。長野県の山中の農家で暮らす小学6年生のケイタくんは、1歳のときから包丁を握るほどの大の料理好き。本場のフランス料理を学ぼうと、農家ボランティアで家に来ていたフランス人を頼りに、2週間のフランス料理修行に飛び出しました。ケイタくんの体験を通じて、源一郎センセイは何を感じたのでしょうか。

【出演者】
高橋さん:高橋源一郎さん(作家)
小野アナ:小野文恵アナウンサー


料理の好きな小学生、フランスへ行く

‌高橋さん: きょうの本は、ケイタ著『料理大好き小学生がフランスの台所で教わったこと』です。
小野アナ: ‌著者のケイタくんは、なんと小学6年生。生まれは神戸。2歳のときに長野県の山の中の小さな村に引っ越しをして、今はお父さん、お母さん、そして弟2人とネコとイヌとニワトリと暮らしているそうです。
高橋さん: この本は、小学校5年の終わりのときにフランスに行ったケイタくんが、現地のお友達に教えてもらった料理を紹介している本なんです。
この番組でも、料理本を紹介したことはあるんですよね。
‌小野アナ: 『カレンの台所』。
‌高橋さん: 今回は、料理の本というよりも…何と言ったらいいんですかね。教育の本かな。
‌小野アナ: 教育ですか?
‌‌高橋さん: そういう本だと思います。
いつも僕は自分の本棚から選んでくるんですけど、本がいろいろ送られてくる。おもしろかったら取り上げたいと思っているんですけど、これはおもしろかった。ということで、ぜひやりたいと思いました。
‌小野アナ: 写真もいっぱい入っていますね。
‌高橋さん: いっぱいあります。とてもきれいな本なんですね。
著者のケイタくんが書いた文章を読んでみましょう。「はじめに」というのがありますね。

ぼくの名前はケイタ、小学校6年生。

長野県上伊那地方の山の中の小さな村で、お父さん、お母さん、弟2人と、ネコとイヌとニワトリと暮らしています。

ぼくがとっても好きなのは、絵本の『ぐりとぐら』じゃないけれど、料理することと食べること。

高橋さん: 5年のときに行ったフランスの話を書きます。
自己紹介がすてきなので、読ませてくださいね。背景がよく分かります。

ぼくは神戸で生まれた。この村に引っ越してきたのは、2歳のときだ。

農業の仕事をしながら、自分たちで農業を始める土地を探していたお父さんとお母さんはここならのびのびと子育てができると思って決めたんだって。

いちばん近いコンビニまでは自転車で1時間20分。まわりには家もあるけど、山に囲まれていて空気がとてもきれいなところだ。シカやイノシシ、タヌキにリス、ネズミ、カモシカやイタチなどの野生動物もいる。

学校にはバスで行く。同級生は5人。友だちとは校庭で遊んでからバスに乗って帰ってくる。そんな田舎で、ぼくは暮らしているんだ。

高橋さん: 目に見えるようですね。
お父さんとお母さんの話を読ませてください。

‌お父さんの仕事は農業で、ズッキーニやミニトマトなどの野菜と、自家用のお米などを作っている。今は、ビール作りもやっているよ。

ビールを作ると麦芽かすが出る。それを畑に入れると、すごくいい肥料になる。自分で麦を作ってビールを作って、それで野菜も作るといいって思ったんだって。

お父さんは、いろんなことをやりはじめるけど、ちょっとあきっぽいところもある。

高橋さん: 言われていますね。

‌でも、農業はいろいろ自分で工夫できるから、楽しいみたい。

今年、ニワトリを飼い始めたんだけど、それも、ニワトリ屋さんに見に行くだけって言ってたけど、見たら飼いたくなって、ヒナを買ったら「小屋作って」ってぼくに言うんだよ。だから、ぼくは弟のコウスケと小屋を作ったんだ。

‌小野アナ: しっかりしている。
高橋さん: というか、お父さんは子どもに結構任せています。

お母さんは英語の先生で、通訳や翻訳の仕事をしている。そのほかにも、ビールの味見や講座の計画を立てる、講師、保育士など、いろんな頼まれ仕事をしているなんでも屋さん。子どもがやりたいということをいつも応援してくれる。

高橋さん: ここですね。

‌小さいとき、ぼくはなんでもまねをしたがる子だったって。1歳になるかならないかのころから、台所でお母さんのやることを見て、包丁でりんごの皮をむいたり、お皿を洗ったりしていたらしい。

高橋さん: 「らしい」だから、記憶がないんですね。

包丁も、まねをしようとしたから、持たせてくれたんだって。

ほんとうにあぶなくって何度も指を切ったけど、それでもやりたがったから、お母さんはやめさせなかった。それで、ぼくは料理を作るのが大好きになったんだろうね。

高橋さん: という話です。こういう家庭環境ですね。
あとでいろいろお話しすると思いますが…。
‌‌小野アナ: 「危ない! やめて!」と…。
‌高橋さん: 普通はね。
‌‌小野アナ: 「お母さんがやるから!」
‌高橋さん: 包丁だよ? 1歳児に。絶対やらせないでしょう?
‌‌小野アナ: ですね。
‌高橋さん: やらせていたら、楽しいんで料理を作るようになった。
‌もう1つ、この家の特徴なんです。

春から秋のとてもいそがしい時期は、ボランティアの人に来てもらう。日本だけでなく、世界のいろいろな国からも受け入れていて、これまでに5つの大陸から130人以上の人が来てくれたよ。

ぼくの家に泊まって、毎日いっしょにごはんを食べて、畑仕事をしたりいろんなことをするから、その人たちも、まあ家族みたい。

料理を作ってくれる人もいる。それで、ぼくのノートには世界各国の料理のレシピが集まっているんだ。

高橋さん: ‌みんなと一緒なんですね。
特にボランティアで仲よくなったのはジェレミーさんという人で、家族みたいなものです。ジェレミーさんは、フランスで有名なレストランで働いていたシェフだったんですね。フランス語も教えてくれる。いい先生だよね。
そしてケイタくんは、せっかくだからフランスに行って――知り合いがいっぱいいるので――料理を習いに行こうかな、と。
‌‌‌小野アナ: 思い立っちゃうんですね。

フランスのことをたくさん調べて、これまでフランスからボランティアに来てくれた友人たちにもお母さんに連絡を取ってもらって、[…]

高橋さん: お母さんは反対しないんですね。

[…]‌どこに行こうかなと計画を立てはじめた。
[…]‌

旅の計画が決まって、学校を休んで料理を習いに行くことを5人の同級生に話したら、みんな「どこに?」「なんで?」って、驚いた。

高橋さん: 普通そうですよね。

ためていたお年玉など、自分でもお金を用意して、2020年2月、お母さんと2人出発したよ。

高橋さん: コロナ直前ですね。
‌小野アナ: 本当ですね。
‌高橋さん: それで、いろんなところを回っていくんです。
詳しくいろんな料理のレシピが書いてあるんですね。小野さん、作ったんだよね?
‌小野アナ: 私は作ってみました。ハチミツをかけて豚肉の塊肉をオーブンで焼くという料理と、ミルクグラタンを作りました。
‌高橋さん: おいしかった?
‌小野アナ: おいしくできましたよ。
高橋さん: すごいですね。
例えば、パオロさんというところに行きます。パオロさんは農家ボランティアの人で、環境団体で働いている人です。
それから、アルプスのふもとのシャンベリーというところに行って、アナイスさんとギョウムさんに。この2人は国立病院のER、緊急救命室で働いています。料理もうまい。そこに行って習う。
そして、美食の街のリヨンにも行きます。リヨンではホームレスの人に会ったりする。
最後に、さっき言ったジェレミーさん。トゥールーズのジェレミーさんのところに行きます。

ジェレミーは、ぼくの家に何か月も泊まってくれたから、お兄さんみたいな存在だ。

これまで、世界の食文化にふれようと、オーストラリアやポリネシアのボラボラ島、ブルキナファソ、アイルランドのダブリンなどで働いてきた。これから自分の店を開くつもりで、トゥールーズに戻ってきたんだって。

高橋さん: 世界を回って料理を研究してきたんですね。

ジェレミーには、フランスの料理で子どもでもできるものを教えてと、出発する前に頼んであった。それで、ジェレミーの家でクロックマダムとコルドンブルーを作ったんだ。

高橋さん: ものすごく本格的なのでレシピも書いてあるんですが、今回は料理の紹介ではないので…。

既成の教育を問い直す

高橋さん: こうやって、フランス中を回って料理を習っていきます。その間、ただ料理を習うだけではなくて、フランスの社会のことも見えてきます。
例えば、「フランスでは家族が集まって、みんなでごはんを食べる」とか。それから、日本でも話題になった「黄色いベスト運動」。ありましたよね。デモをする人たちを見て、「なぜこういうことをやっているんだろう?」と社会の勉強をして、戻ってきます。

デモは、年金の制度を変えようとしていたり、税金を上げたり、労働条件を悪くしようとしている政治家に対して抗議しているんだって。すごくたくさんの人たちが、こんなにも怒っているんだ。

高橋さん: こうやって社会を見て、最後に日本に戻ってきます。
「おわりに」というところで、ケイタくんの文章があるんです。印刷された文章の横に、手書きの文書があるんですね。

フランスに行って言葉が通じないのは
何が何んだか分からないから 改ためて
大変だと思った。

いま打ちこんでいることは
世界の名作をほとんど
読むこと いちばん
好きな本はジュール
ベンヌ作の「二年間の
休暇」です。

高橋さん: 最後にお母さんが説明してくれています。

「子どもが料理できるのは立派なことだけど、危ないから私はさせない」と、日本でも、ケイタとの道中でも、何度もいわれました。確かに料理は危ないと思います。でも、1歳1か月のケイタが身振りで必死に表現した「野菜を包丁で切りたい」という訴えを、私はどうしても却下することはできませんでした。

初めて包丁を手にしたケイタは危なっかしかったけれど、真剣な眼差(まなざ)しで野菜を切っていました。私の包丁の動きを見事に再現し、すでに料理の手順も覚えていました。「子どもって意外とできるんだ」と驚かされた瞬間でした。それ以来、ケイタが料理をしたければさせてあげました。

高橋さん: こう書いています。

さて、私は息子3人を育てていますが、どの子にも料理だけでなく、掃除も洗濯も興味を持てばやってもらいました。どんなに幼くても、本人がやりたがるタイミングを見逃さず、「安全確保をするだけで、口出しと手助けは最低限に」と心がけた結果、3人とも暮らしに必要な家事ができるようになりました。今では私が忙しいときや寝込んだときに、代わりに料理を作ってくれる頼もしい3人に成長しました。

もはや私が息子たちに教えることは何もありません。今は、息子たちは大工さんに教えてもらいながら4坪の子どもの家を手作業で建てているところ。棟上げもすみ、屋根を葺(ふ)くところまできました。すでに立派な家の形になっていて、「子どもって意外とできるんだ」と驚く私。‌

高橋さん: さっきと一緒ですね。

今後どんなことで驚かせてもらえるのか楽しみでなりません。‌

高橋さん: いろいろ考えさせられると思います。
‌小野アナ: 「こんな子育てしてみたい」とか。
‌高橋さん: 僕もいろいろ考えたんですよ。
まず、この本はさっき言ったように料理のレシピの本なんですけど、僕は教育の本だと思って読みました。
‌‌小野アナ: 「教育」なんですね。
高橋さん: 著者はケイタくんですけど、そういうことをやっているケイタくんの周りが見えてくるんですね。
これは初等教育の話、学校でやっている教育ですね。僕はそういう研究もしていて、大学でも教えているんです。初等教育だけじゃなくて、教育、公教育というのは根本的に問題がある。どうしてかというと、まずカリキュラムを決めちゃう。そのカリキュラムに個人を合わせるんです。
‌小野アナ: そうですね。
‌高橋さん: 先生も頑張るんですけど、基本的には型に人間を合わせるんです。公教育というのはそういうものなんです。
‌でも、「それって、そもそもおかしいんじゃないか?」といったら、おかしいんですよね。
小野アナ: …そうじゃないあり方を体験したことがないから、何とも言えません。
‌高橋さん: 僕はよく例に挙げるんですが、ジョン・スチュアート・ミルというイギリスの経済学者で政治哲学者がいるんです。ミルは大学者なんですけど、学校に行っていないんです。お父さんが全部教育を1人で。
小野アナ: はぁぁ…。‌
‌高橋さん: 8歳のときには、ギリシャ語もラテン語も完全にできた。もちろんミル自身頭がよかったこともあると思うんですが、お父さんが生涯をかけて全力で教育した。
小野アナ: ほかのことはうっちゃらかして…ということですか?
高橋さん: 「それぐらいのものだ」という考えでやったんですね。
‌小野アナ: 人を1人育てることが。
高橋さん: 有名なルソーの『エミール』。家庭教師がエミールという少年を育てる本なんです。僕の好きなセリフがあるんです。「家庭教師は生涯に1人しか教えられない」と言っているんですね。
‌小野アナ:
高橋さん: どういうことかというと、1人の人間を育てるためには、まず自分がすばらしい人間にならなければいけない。それまでに、ものすごい時間がかかる。そのうえで、1人の人間に0歳から20歳まで…そうしたら、一生に1人なんです。一期一会。これが教育。ミルのお父さんと一緒。
‌僕も本当の教育はそうだと思うんです。でも、できないので、僕らは全部外注している。
‌‌小野アナ: 学校に。
‌高橋さん: 僕はこれを読んで思ったんですけど、学校に行っていますよね。
小野アナ: ケイタくんは学校には行っています。
高橋さん: 「学校自体を作る」という考えもあって、実際にやっている人もいるんです。
(ケイタくんを)学校へ行かせて、ご両親は「課外教育」「家庭教育」をしているんですね。残りの時間に。しかも、教育というと、普通「教える」という感じじゃないですか。何も教えていない。
‌つまり、ケイタくんやほかの弟たちが、自然に好奇心を持って学べるような場所を作った。
‌‌小野アナ: ボランティアの人が始終家にやってきて…。
‌高橋さん: ケイタくんの家に、外国のいろんなことを知っている人がいつもいるんです。フランス語や英語、ドイツ語で話したり、何を話しているのかおもしろそうでしょう。ここに来ている人はみんな、たぶん一芸に秀でている。そういう人たちの中に子どもを放り込んだらどうなるかというと、おもしろがるに決まっているんですよ。
普通フランス語は「学びに行くもの」でしょう。でも、たぶん(ケイタくんは自分から)「教えて」と言ったと思うんだよね。しゃべりたいから。
‌小野アナ: そうか。「誰かと話したい」という気持ちが「語学を学びたい」につながっていくと。
高橋さん: ‌それで料理もしたいから、飛び出してどこかに行く。両親は、何の強制もしなくても、そういう空間を作ってあげればいいだけなんですよ。
小野アナ: 「そういうところに子どもを連れていっても、ゲームばかりしちゃうの…」と思っている親御さんも多いかも。
‌高橋さん: その前の段階から、0歳から、そういう環境にしておかなきゃいけない。
‌小野アナ: はあ…。
高橋さん: さっきのJ.S.ミルのお父さんもそうだけど、もちろん子どもの教育のために暮らしているとは思いませんが、そういう場所を最初から考えて、それも考えてやってたんじゃないかな。
こういう本を見ると、「大人が作った本でしょ?」と…。
‌‌小野アナ: ちょっと考えちゃいますよね。
高橋さん: 大人ができるだけ子どもに干渉しないで、ただ場を与えてあげた。しかも、言ってみれば冬休みの課外研究ですよ。それを出版する、というところですね。
‌小野アナ: ここまでおもしろい本ができちゃうんですもんね。
‌高橋さん: これができる。
「ケイタくんはすごいな」と思ったのは、彼の趣味。

趣味は400ページ以上の世界の名作の本を読むこと。

‌小野アナ: 「400ページ以上の世界の名作」って、どういうものですか…!?
高橋さん: ドストエフスキーとかですね。
‌小野アナ: おお…小学生で…すごい…!
‌高橋さん: これを自然に思えるようになったのは、いい環境で育ったな…と、思わず僕も反省しました。
以上です。
小野アナ: 「ひみつの本棚」、きょうはケイタ著『料理大好き小学生がフランスの台所で教わったこと』から引用させていただきました。

放送を聴く
2020年11月13日(金)放送より