【出演者】
松村邦洋さん
堀口茉純さん
川久保秀一さん


2022年6月12日(日)放送の<DJ日本史>は、シリーズ企画「鎌倉幕府の気になる御家人たち」第3弾。北条氏が権力を握っていく過程で深く関わった3人の御家人、畠山重忠、和田義盛、三浦義村の実像に迫りました。

鎌倉幕府の有力御家人、畠山重忠(はたけやましげただ)和田義盛(わだよしもり)
この二人の共通点といえば、北条に滅ぼされてしまった、という点です。


畠山重忠は見た目もかっこよくて性格はまっすぐ、腕っぷしも強くて「坂東武者の鑑(かがみ)」とまで言われた人物。
和田義盛も武勇にすぐれていて、御家人たちを束ねる幕府の重要ポジション「侍所(さむらいどころ)」のトップまで務めた人物です。
この二人、武門一筋でやってきた古き良き典型的な、ザ・坂東武者ですが、北条氏にとっては次第に目ざわりな存在になっていきます。

勢力を広げる北条は武蔵国(むさしのくに)=今の埼玉県なども勢力下に置きたいと考えますが、ここに拠点を構えて支配していたのは畠山重忠でした。
また、和田義盛の方は幕府の重要な役職である「侍所」のトップで、これも北条の目ざわり。

こうして二人は滅ぼされていくのですが、北条のやり方は強引!
畠山と和田が粛清されたいきさつを通して、鎌倉の権力闘争の実態、見ていきましょう。


西暦1205年、畠山にこんな疑いがかかります。
「畠山は謀反を企んでいるに違いない!」

こう言いだしたのは、北条家の当主・北条時政。
きっかけは、北条時政がかわいがる娘婿と畠山重忠の息子が酒の席でけんかになったこと。
ところがこの北条時政の言い分、実の息子の義時たちからでさえ、まさかそんなはずはないだろう、と否定される始末。
それでも北条時政は兵を動員して、畠山重忠の息子をだまし討ち。
さらに、わずかの兵を連れてやってきた重忠本人も数万の軍勢で取り囲んで殺してしまったのです。

そして、和田義盛の場合。
1213年、謀反の未遂事件が発覚し、これに和田一族の一部が関わっていたという疑いがかけられます。
和田を追い込むこの絶好の機会を、当時の北条家当主・義時は見逃しませんでした。
北条義時は、和田義盛の神経を逆なでする行動に出るのです。

和田義盛は捕まった甥の赦免を求め、一族98人を引き連れて御所へ嘆願に訪れるのですが、北条義時はなんとその前へ、縄で縛ったままの義盛の甥を引き立ててきたのです。そして最後は、島流し。
和田義盛にとっては、すごい屈辱でした。

和田義盛を怒らせた出来事はこれだけではありません。
島流しになった甥の屋敷は、一旦は一族を束ねる和田義盛に渡されることになりました。
しかし、この決定を北条義時が取り消し。他の御家人に渡してしまったのです。

怒った和田義盛は、ついに挙兵。そこを北条義時らに返り討ちにされ、滅ぼされてしまいました。
いわゆる「和田合戦(わだがっせん)」と呼ばれる事件ですね。

松村邦洋・堀口茉純 畠山重忠・和田義盛を語る!
※下記の再生ボタンからお聞きいただけます(2022年9月5日まで)。

鎌倉殿の13人

日曜日 総合 午後8時/BSP BS4K 午後6時

詳しくはこちら

DJ日本史「鎌倉幕府の気になる御家人たち③畠山重忠 和田義盛 三浦義村」②