【出演者】
松村邦洋さん
堀口茉純さん
川久保秀一さん


2022年5月22日(日)放送の<DJ日本史>は、シリーズ企画「鎌倉幕府の気になる御家人たち」第2弾。御家人サバイバル競争の初期段階で粛清された2人の御家人、梶原景時・比企能員の実像に迫りました。

鎌倉幕府の有力御家人の一人、比企能員(ひきよしかず)について見ていきましょう。

鎌倉幕府の御家人は頼朝から仕え始めた一族が多い中で、比企一族は頼朝の前から源氏に仕えてきた一門でした。
子どもだった源頼朝を育てた乳母(めのと)は、比企一族の比企尼(ひきのあま)。
頼朝にとって比企一族は身内同然の存在で、頼朝が心からに頼りにした一族でした。
では実際、どれくらい頼りになる存在だったのでしょうか?
比企一族の存在の大きさとは?


1159年の「平治の乱」で源氏が敗れ、わずか13歳で伊豆へ流された源頼朝。
ここから兵を挙げるまでの20年間、流人生活が続きますが、この間の頼朝の生活を支えていたのは実は比企一族でした。

乳母だった比企尼は、一介の流人に過ぎない頼朝に対して日々の暮らしに必要な物資を欠かさず送り続けます。
いくら源氏が落ちぶれたとはいえ、頼朝のことは決して見捨てませんでした。

また、比企一族には侮れない力もありました。
今の埼玉県比企郡一帯を治めて豊かな経済力があった他、ここを拠点に地元の武士と強いネットワークを築きます。
比企尼には娘たちがいたのですが、これぞ!と見込んだ武士に彼女たちを嫁がせることで、関東一円の武士に影響力を持っていました。

このように、頼朝に親身に寄り添ってきたばかりでなく力もあった比企一族。
頼朝が将軍になると、重く用いられていきます。
そして、頼朝の息子・後の二代将軍頼家が誕生すると、その乳母には比企能員の妻がとりたてられました。
さらに、頼家の妻には比企能員の娘。

こうして見ると、源頼朝、そしてその息子の頼家にとって、比企一族は家族同然の存在だったというわけですね。

松村邦洋・堀口茉純 比企一族を語る!
※下記の再生ボタンからお聞きいただけます(2022年8月15日まで)。

鎌倉殿の13人

日曜日 総合 午後8時/BSP BS4K 午後6時

詳しくはこちら

DJ日本史「鎌倉幕府の気になる御家人たち②梶原景時・比企能員」①