【出演者】
松村邦洋さん
堀口茉純さん
川久保秀一さん


2024年5月12日(日)放送の<DJ日本史>、テーマは『お上を動かした訴え方』。
働けど働けど、税が重く一向に楽にならない。そうなるとお上に訴え出るしかありませんが、江戸時代、普通のやり方では願いを聞き入れてもらうのは困難、下手をすれば厳しく罰せられることだってありました。そうした中、江戸時代の人々はどんな訴え方をして重い腰のお上を動かしたのでしょうか?

訴える時に大きなパワーを生むのが、怒りの感情。領民の怒りに火が付いた結果、藩の政治が覆った、青森八戸藩での出来事をご紹介しましょう。

八戸藩は時代が下るにつれ財政難に見舞われますが、1800年代前半、野村軍記という家臣が徹底した改革に取り組みます。
1つは税を重くすること。他には、特産品を藩の専売制にしてその利益を藩の収入にすることにも取り組みました。
いわば、領民にとっては痛みを伴う改革だったわけです。

そんな中、領民たちはある1つの要求を掲げて立ち上がります。その要求が呼び水となって、怒りは瞬く間に広がっていきました。
領民の感情に火をつけた要求、それは一体どんな要求だったのでしょうか?


事の始まりは、野村軍記の指示で行われた食料の在庫調査でした。
当時は天保の大飢きんが忍び寄っていた時期。野村軍記はすでに他の地域で食料を買い付けていましたが、それが到着するまでは1人1日3合の食料があれば乗り切れると考え、各村にどれくらい残っているか調べようとしたのです。

これが、農民たちの疑念を招きました。
「藩が、安い値段で食料を強制的に召し上げようとしている。しかも百姓への配給は、1日たった3合のひえだけらしいぞ!」

こうして1834年、農民たちが立ち上がります。
そしてある要求を掲げ、怒りをますますヒートアップさせていきました。その要求がこれです。

「野村軍記の身柄を引き渡せ! 軍記に1日ひえ3合で働かせよう!」

口々に叫ぶ農民たちは、酒もあおって勢いづきます。
最初のうちこそ300人ほどでしたがみるみるうちにふくれあがり、一説にはその数、ついに2万人!
そして一路、八戸城をめざしました。

ここに至って野村軍記は失脚、その後まもなく病死します。
恨みを野村軍記に集中させるやり方はすさまじい熱となり、藩の政治を一瞬で覆してしまったのでした。

DJ日本史「お上を動かした訴え方」①

DJ日本史「お上を動かした訴え方」②