【出演者】
松村邦洋さん
堀口茉純さん
川久保秀一さん


2024年5月12日(日)放送の<DJ日本史>、テーマは『お上を動かした訴え方』。
働けど働けど、税が重く一向に楽にならない。そうなるとお上に訴え出るしかありませんが、江戸時代、普通のやり方では願いを聞き入れてもらうのは困難、下手をすれば厳しく罰せられることだってありました。そうした中、江戸時代の人々はどんな訴え方をして重い腰のお上を動かしたのでしょうか?

時は江戸時代後半の1840年、山形県の庄内藩でのこと。領主領民をびっくりさせる出来事が起きました。
もともと江戸時代初めから200年以上この地を治めてきたのは徳川譜代の酒井家でしたが、突然国替えの命令が下ったのです。

実はこれにはウラがありました。
庄内に代わりに入ってくることになったのは川越藩の松平家でしたが、この松平家はばく大な借金があったので、当時の11代将軍家斉に取り入って豊かな庄内の地に領地を移すよう働きかけていたのです。

ただ、この松平家は容赦なく重い年貢を取り立てる大名だったので、庄内藩の領民は大反発。
しかし、一旦決まった幕府の決定をくつがえすのは簡単ではありません。
そこで領民たちは、ひと工夫ふた工夫して訴えていきました。


国替えの命令が下されるや、領民たちは江戸に上りました。そして、大老や老中がかごで移動するときに直訴を繰り返します。
その訴え方を、彼らはひと工夫。人々の同情をひくよう、直訴状にはこう書きました。

「庄内の地は川も多く洪水もあって大変な場所。しかしご領主・酒井様の思いやりあふれる政で、私たちも安心して暮らしてこられたのでございます」

つまり、よい殿様を慕い続ける純粋な領民、という美談にして情に訴えたわけです。

領民たちは、さらに人々の同情と共感を誘う方法を考えます。そして生み出したのが、スローガン。
侍たちの胸を打ったというそのスローガンが、こちら。

「百姓たりといえども、二君に仕えず」

このスローガンを書いたのぼりをなびかせて領民たちは大集会を開催、声を大に訴えました。
するとやがて、領民の訴えは藩を越えて共感を集めていきます。
中には、幕府の決定に疑問の声をあげる大名も出てくる始末。

ここに及んで、将軍の代替わりを機に幕府は命令を撤回。一度下った幕府の決定が覆る、前代未聞の結果となったのでした。

DJ日本史「お上を動かした訴え方」①

DJ日本史「お上を動かした訴え方」③