【出演者】
松村邦洋さん
堀口茉純さん
川久保秀一さん


2022年4月10日(日)放送の<DJ日本史>は、シリーズ企画「鎌倉幕府の気になる御家人たち」第1弾。鎌倉幕府の誕生に大いに貢献した北条時政・義時の実像に迫りました。

鎌倉幕府初代執権、北条時政(ほうじょうときまさ)
元は現在の静岡県の伊豆を拠点とする地方の豪族で、当初は平家方として伊豆に流されていた源頼朝の監視役を務めていました。
しかし、娘の北条政子が頼朝と結婚すると、平家方を離れて源頼朝の挙兵に参加。
その後鎌倉幕府が出来てからは、重要な役職の「執権」に就いて大きな力を持つようになりました。

世間一般でのイメージでは荒くれものの坂東武者(ばんどうむしゃ)という感じかもしれませんが、実は時政がすごかったのが、政治手腕!
実際、平家が去った後の京都に入って政治を取り仕切ったのは、この北条時政でした。
では、その北条時政の政治手腕のすごさとは?
京都での様子を見ていきましょう。


1185年、源頼朝の命を受け、京都に入った北条時政。
時政はこの京都で、鎌倉幕府の全国支配へとつながる歴史的な偉業をやってのけます。
それは、守護・地頭を全国に配置すること。

この守護・地頭、そもそもは、頼朝と対立する弟の源義経を追討する、という名目で全国に設置した役職。
ですが、実際はそれだけにとどまらず、非常に重要な意味を持つ政策でした。
鎌倉幕府が配下にある武士を守護・地頭として各地に置く。
これによって実質的に全国の土地を管理、幕府の支配を日本のすみずみまで行き渡らせることが出来たのです。

そしてこの北条時政、物事の進め方もすごかった!
様々な場面で剛腕ぶりを発揮します。
たとえば、京都で犯罪を犯した者を独断で処刑。
当時、都の治安を担っていたのは朝廷管轄の検非違使(けびいし)でしたが、これを差し置いて果断に処置を下しています。

北条時政とはどんな存在だったか。
その実像は、歴史を変える政策を手掛けて幕府による支配をぐいぐい押し進めた剛腕政治家だった。
そう言えるのではないでしょうか。

松村邦洋・堀口茉純 北条時政を語る!
※下記の再生ボタンからお聞きいただけます(2022年7月4日まで)。

DJ日本史「鎌倉幕府の気になる御家人たち①」②