【出演者】
松村邦洋さん
堀口茉純さん
川久保秀一さん


2022年7月10日(日)放送の<DJ日本史>は、シリーズ企画「鎌倉幕府の気になる御家人たち」第4弾。鎌倉幕府の中枢で将軍を支えた文官、大江広元、三善康信の実像に迫りました。

鎌倉幕府の中で「軍事」以外の部分、つまり「政治」を担ったのが文官と呼ばれる御家人たち。
その代表格が、大江広元(おおえひろもと)、そして三善康信(みよしやすのぶ)の二人です。

彼らは得意の行政手腕を生かして幕府の体制づくりを担いますが、役割はそれだけにとどまりません。
もう一つ期待された重要な使命。それは、朝廷との間に立ち、うまく渡り合っていくことでした。
長らく朝廷が統治してきた日本に、新しい組織である幕府をどう根づかせていったのか?
文官の二人が果たした役割とは?


朝廷を御する方法の一つ。
それは、朝廷の人事に口出しすること。
大江や三善は源頼朝と相談。幕府に近い立場の公家を朝廷の重要な役職につけるよう求め、認めさせました。

また、朝廷の権力基盤をそぐ手も打ちます。
朝廷が支配する地域へ、幕府が任命した地方官を新たに派遣。いわゆる「守護・地頭」です。

こうして朝廷をぎゅーっと締め上げる一方で、朝廷と手を取り合おうという姿勢も見せます。
源頼朝は娘の大姫(おおひめ)を後鳥羽天皇に嫁がせて幕府と朝廷の融和を図ろうとしますが、これを画策したのは実は大江や三善らだった、という見方もあります。

また大江らは、幕府の将軍が京都の文化への理解を深めることを勧めました。
公家の間で行われていた蹴鞠(けまり)に使う鞠(まり)や、京の都で編さんされた和歌集を献上。
朝廷の皇族や貴族と交流するすべを身に着けさせたわけです。

このように大江と三善は京都時代に得た知識と体験を生かし、ハードとソフト、硬軟織り交ぜた方法で朝廷に向き合っていったのです。

松村邦洋・堀口茉純 大江広元 三善康信を語る!
※下記の再生ボタンからお聞きいただけます(2022年10月3日まで)。

DJ日本史「鎌倉幕府の気になる御家人たち④大江広元 三善康信」②