【出演者】
佐藤さん:佐藤翔輔さん(東北大学災害科学国際研究所・准教授)
柴田アナ:柴田拓(ひらく)アナウンサー


経験が生きた、生かせなかった。その差は何か

柴田アナ: 東日本大震災から9年半が過ぎました。被災地では、新型コロナウイルスの影響が続く中、震災の伝承活動において、新しい取り組みが始まっています。きょうは、みなさんと一緒に、被災地で震災の記憶を伝え続けている人の声に耳を傾けます。
ゲストは、東北大学災害科学国際研究所准教授、佐藤翔輔さんです。佐藤さんは、災害の伝承や継承のプロセス・効果について研究されていますが、研究を始めたきっかけはなんだったんでしょうか。

佐藤翔輔さん

佐藤さん: 東日本大震災は2011年の3月だったわけですが、私自身はそのときはまだ東北にはおりませんでした。2011年の4月から東北大学にお世話になる予定だったんですが、東日本大震災があったということで、急きょ、3月11日の次の日から、前倒しで採用というか着任になりまして、現場に入るようになりました。
現場を見させていただく中で、実は東北の太平洋側というのは、昭和三陸、明治三陸、チリ津波と、津波災害が繰り返された地域なんですけれども、過去の津波の経験が生かされている地域もあれば生かされていない地域もあって、「その差はなんで生まれるのだろう」ということに疑問を持ちまして、研究を始めたということになります。
柴田アナ: 具体的にはどういった研究をされているのですか。
佐藤さん: アプローチとしましては、現場に行ってフィールド調査とか、体験された方、伝えている方からのインタビュー調査、アンケート調査、たまには実験なんかもします。主に3つのテーマでしていまして、1つ目は、東日本大震災が起こる前、津波が繰り返されていたわけですけれども、その津波が現代の人にどこまで伝わっていて、東日本大震災のときにどこまで被害を抑えることに影響していたのか、ということを調べていました。
もう1つは、東日本大震災が起きたことについて伝える活動が盛んに行われているわけですけども、それを後世に効果的に持続的に伝えるためにはどうしたらいいか、その方法論について研究をしています。
あとは実践的な活動で、今、被災地では震災の伝承のための施設がたくさんできていますが、その展示内容のアドバイザーであったり、伝承の活動をされている方のプログラムづくりだったり、活動についての支援をさせていただいています。「3.11メモリアルネットワーク」という、被災地にある団体や個人のネットワークの組織がありますが、そういった組織の立ち上げなんかもお手伝いさせていただいています。
柴田アナ: ことしの春先から感染が拡大しました新型コロナウイルスの影響で、伝承活動がどのような影響を受けているかについても、調査をされているそうですね。
佐藤さん: 震災から9年半がたちまして、間もなく10年の大変大事な節目を迎えるわけですけれども、ちょうどそのときに新型コロナの影響があったということで、その実態を把握したいと考えまして、先ほどご紹介した「3.11メモリアルネットワーク」の皆さんと調査をさせていただきました。震災伝承の活動をされている、岩手・宮城・福島の3県の30団体の方からアンケートの結果をいただいたことになります。
主な結果ですけれども、この3月、昨年の3月に比べて、受け入れが3割以下になった団体や個人が半数以上いたということです。もう1つは、毎年、震災があった3月は一番関心が集まって一番多くの方が来てくださる大事な時期ですけれども、その時期に活動できなかったくやしさ、ですね。その活動で収入を得ている方たちも多いので、経済的な不安を訴えられた、という結果が出てまいりました。
柴田アナ: 3月は新型コロナが広がり始めた時期で、慰霊の式典なども中止になったりしたわけですけども、伝承活動にも影響が出ていたということなんですね。
佐藤さん: 3月から始まったその影響ですけれども、6月の半ばから下旬くらいになってきますと、やや落ち着いたところもあったんですが、6~7月くらいから、東北でもオンラインを使ったリモートの語り部の活動などが徐々に始まってきているというのも結果として現れてまいりました。

オンライン語り部の試み

柴田アナ: ここからは、コロナ禍において、震災の記憶を伝え続けるために新しい取り組みを始めている人の声を聞いていきます。

最初にご紹介するのは、宮城県石巻市にある「3.11みらいサポート」理事の藤間千尋さん(42)です。
「3.11みらいサポート」は、津波の被害が大きかった石巻市で、ボランティア支援を目的に2011年3月末に立ち上がった団体です。その後、被災地の状況に合わせて活動内容が変わり、現在は震災の伝承を主な目的として、語り部活動や資料館の運営などを行なっています。
神奈川県出身の藤間さんは、震災後、石巻市でボランティアとして活動したことがきっかけで、2011年10月から「3.11みらいサポート」の前身団体のスタッフとなり、石巻市に移住しました。現在は団体の理事として中心的な役割を担っています。
「3.11みらいサポート」は、新型コロナの感染が広がる中、早い段階からオンラインによる語り部活動を始めました。藤間さんに、オンラインで語り部を始めようと思ったきっかけを聞きました。小川真利枝ディレクターが電話で取材しました。

藤間さん: 2月後半くらいから、連日予約をキャンセルする連絡があり春先の修学旅行はもちろん、企業さんの研修も全部なくなっていくようなことを経験しました。ひと月当たり、多いときは600~700人の人たちを受け入れていた月にもかかわらず、ひと月あたり受け入れた人数が10人とか15人とか、今もなってます。
「来てください」って、コロナになって言えなくなってしまってですね、一体これはどうやって復活すればいいんだろうって思ったりもしたんです。
最初、6月の末に、テレビなどでオンラインのいろんなイベントが始まったというのを聞いて、これだったらできるんじゃないかということで始めたのがきっかけでした。「いつもやっていることをやりたい」という思いですね。

柴田アナ: 藤間さんに、ことし2月からの語り部活動の状況を伺いました。
佐藤さん、新型コロナ感染症の影響を強く受けているということでしたが、東北3県の震災を伝承する団体の皆さんの状況について、詳しく教えていただけますか。
佐藤さん: 先ほど申し上げたアンケートの結果なんですけれども、6月までの累計のキャンセル数が、24団体で45000人ほどいらっしゃったんです。去年と比較しますと、3~5月の3か月分の合計ですけれども、人数比でいうと5.1%にしかいたっていないんです。
ただ6月くらいから、各団体さんが方法を模索して、施設の飛沫防止や3密回避の会場セッティングをしながら、かつリモートでのオンライン語り部を併用して実施しているという状況でございます。
柴田アナ: 「3.11みらいサポート」は、6月後半からオンラインによる語り部を始めました。藤間さんに、実際に経験してみて、オンラインの良い点、難しい点を聞きました。

藤間さん: いい点で言えば、一番遠くで熊本からオンライン語り部を聞いてくれた方もいらっしゃるんですけれど、なかなか石巻に来ていただくことが難しい人たちにも、リーチができているなあという実感ですとか、「オンラインでやってしまうと地元に来てくれなくなるんじゃないですか?」と言われたことがあるんですけれども、逆に聞いた方たちが、「現場に行きたくなった」っていうふうに言ってくださるんですよね。「やっぱり行きたくなりました。今はコロナで無理ですけれども」というのは意外でしたし、またすごくありがたいなと思う点でもありました。
難しいという意味では、オンラインの機材を使い慣れなかったりですとか、目の前にいると顔が見えているので反応を見ながら話ができるんですけれども、皆さんがどういう反応をされているのかが分からないことがどうしても多くて、難しいなと思うことはあります。

柴田アナ: 「3.11みらいサポート」は、8月、東京の学生にオンライン・スタディツアーを行いました。この企画は、「コロナ禍でも東日本大震災について学びたい」という学生の要望に、「3.11みらいサポート」が応えたものです。早稲田大学 平山郁夫記念ボランティアセンターが開催しました。自宅からリモートで参加した大学4年生の後藤聡子さんに感想を聞きました。

後藤さん: 参加する前は、リモートで伝えられることって、やっぱり現地に行くよりは少ないだろうというふうに思っていたんですけれども、自分がリモートで参加してみて、物を見ていないからこそ想像力がかき立てられて、むしろ自分で考えるきっかけをいただいたような感じはしました。
家でやったことによって、そのスタディツアーが終わったらすぐに、私、実家暮らしなので、聞いたこととかを家族に話せたんですよね。それは逆に自分がリモートでオンライン語り部の話を伺うことによってできることの1つとして、伺ったお話や自分が感じたこととかを他の人に伝えるっていうのも私たちなのかなって思っていて、それをすぐに実行に移せたっていう意味では、家でやった意味もすごくあったのかなって思います。

柴田アナ: 藤間さん、そして参加した学生の後藤さん、それぞれに、オンライン語り部の感想を聞きました。
佐藤さんは、オンライン語り部についてはどのように考えていらっしゃいますか。
佐藤さん: 私がやっている大学の授業でも、「3.11みらいサポート」さんや他の団体・個人さんにお願いしてオンライン語り部をしてもらったんです。学生が、みんな初めてなんですよね。始まる前はとても不安だったそうなんですけれども、実際見てもらったら、「とてもおもしろかった、興味深かった」と言ってくれました。
あと、画面越しに話し手の方が話しているわけですけれども、聞いている側と画面を通して1対1のような状況なんですよね。「直接1対1で説明してもらえているような疑似感があってよかった」というふうに言ってもらえました。
柴田アナ: 「これまでは、届くことのなかった人たちにリーチできている」という藤間さんの話については、どのように感じましたか。
佐藤さん: どうしても宮城県石巻市は距離的に遠いですよね。オンラインですと時間や場所を越えて気軽にアクセスできる、お話を聞くことができるというのは、とても良いメリット、利点かなと思います。
後藤さんが、「想像力がかき立てられた」とおっしゃっていましたよね。リモートは、ある意味分かりづらい部分があるんですけれども、その部分を一生懸命、頭で考えて想像するんですよね。「こうなのかな?」と考えることができたり、「もっとこういうことが知りたいな」と現地に行ってみたいと思うきっかけになるということです。
そういった意味で、最初から現地に行くこともあると思うのですが、こういうふうにオンラインの語り部を聞いて関心を持ってもらった上で実際に現地に行ってもらうという2段階っていうのも、なかなかいい方法なのかなと思いました。
柴田アナ: 後藤さんは、自宅から参加したということで身近な人と防災について語れた、ということも言っていましたが。
佐藤さん: 災害や防災の学習にとって大事なのは、「会話」とか「対話」なんです。知ったことについて会話とか対話をしてもらうと知識や記憶が頭の中に定着して、その方の防災力になります。しかも知った知識はそのまま使えるわけではないので、「自分だったらこうしなきゃいけないな」「私たちの家族だったらこうしなきゃいけないな」というふうに、自分のこととして考えてもらう機会がとても大事なんですね。
そういった意味で、家族と会話していただくのは、記憶の定着、防災力の向上にとても重要ですけれども、例えば現地に行って話を聞いたとしますと、家に戻ってくるまでにどうしても時間がありますよね。そのあいだに起きた出来事で記憶が上書きされてしまうようなこともありますので、オンライン語り部によって聞いたことをすぐ家族に話せたというのも、副次的な効果だったかなと思います。
柴田アナ: 話が新鮮なうちに身近な人と共有できた、ということになるんですかね。

オンラインならではの可能性

柴田アナ: 「3.11みらいサポート」の藤間さんに、コロナ禍で難しい状況が続く中でも、震災について発信し続ける理由について、聞きました。

藤間さん: 人はいつか死ぬんですよね。なんですけれども、突然失ってはいけないんだって思います、こっちにいると。
ときどき子どもたち、子どもだけじゃなく来てくださった方に言うんですけど、「あなたが亡くなることで、あなたを大事に思っている人たちが動けなくなってしまうことがあるんですよ」というお話をすることがあるんです。あなたの大事な人がそんなふうになってもいいと思いますか、って。だからあなたは生きなきゃいけないんですよ、というような言い方をするんですよね。生き残らなければいけないっていう言い方、します。
ほんとにこちらに来て、突然、大事な人を失ってしまった人たちの「時が止まる」と言ったら変ですけれども、時間が止まって動けなくなってしまったり、病気になってしまう人もいれば、あまりの悲しさにあとを追ってしまうような人もいたりとか、残された人たちの中で苦しみとして抱えた人たちをたくさん見てきて、やっぱり突然亡くなるという、そういう悲しみは連鎖させちゃいけないと思うんですよね。
そのためには、現場で何が起きたのかという話を聞かないと、動けない人もたくさんいるような気がするんですよ。強烈な話を聞いたからこそ、聞かないと動けない人って世の中にはいると思っていて、「だから逃げましょうね」っていう教育だけで逃げられるんだったら、みんな逃げられると思うんですよね。だからこそ、語り部さんのお話っていうのは、経験者のお話っていうのは、ほんとに大事なんじゃないかなといつも思っています。

柴田アナ: 「悲しみは連鎖させてはいけない」という思いから、震災伝承を続けている藤間さん。オンラインでの伝承活動に可能性を見いだしています。

藤間さん: 現場に来てもできないようなことを含めて、オンラインでできたらなと思ったりしています。
すごく言い方が変かもしれないんですけども、語り部さんの中には、ご自身が当日移動した距離がかなり遠くて、現場に来てもそれを全部体験するなんてことは時間もかかって難しいっていう人が結構、いらっしゃるんです。全部を映像でやるのではなくて冒頭の5分でも10分でもいいので、その方の自己紹介も含めて、どんなふうに動いたのか、みたいなことが、地図じゃなくて現場の映像とともにあらわされて、短縮バージョンで彼女や彼がどう動いたのかが分かり、そして現場からの中継でお話も聞けるみたいになると、それは一例にすぎないですけれども、現場に来てもそこまでの動きはできないので、オンラインならではになるんじゃないか、と。オンラインだからここまでできる、みたいなところまでできると、より伝わるオンライン語り部になっていくのかなとは思ったりしています。
ネガティブな部分から始まったやり方なんですけれども、これが1つのプログラムとして根づいていける可能性をすごく感じるので、ブラッシュアップしていきたいなと思っています。

柴田アナ: オンラインならではのプログラムを作っていきたいという藤間さんのお話でした。佐藤さん、どのように聞きましたか。
佐藤さん: 今回、新型コロナの影響で特別にオンラインのプログラムを作られたところもあるんですけれども、以後はこのオンラインの語り部プログラムというのを、通常のサービス、取り組みにしていただきたいなと思うんです。オンラインの語り部を聞いたあとで実際に行ってみたいと思ってもらったわけですから、気軽に参加できる、気軽にアクセスできるツールとして、プログラムとして、オンラインの語り部を定着してもらって、さらに知りたい人に現地に来てもらうという2段階のプログラム構成にしてもらうといいのかなと思いました。
柴田アナ: オンラインは、始めのきっかけということですね。
佐藤さん: そうですね。オンラインで知ってもらって、さらに現地に来ていただくという意味で、次のサービスにつながるプログラムになるかな、と。そういった意味で、オンラインの語り部プログラムというのは、とても良い可能性、良い効果を持っていると思います。
実は私の授業でやっていただいたときもそうなんですけれども、今回のオンラインの語り部は臨時的なプログラムということで、無料でやっていただいたんです。ただ、現地で語り部やガイドをしていただくときはもちろん有料になってございます。オンラインで無料のものが続きますと、活動自体が立ち行かなくなったり、団体さんそのものがなくなってしまう懸念もありますので、このオンライン語り部自体は価値があるものだと思いますので、やはり有料にして一定のお金を払う、対価を払うというスタイルにしていただくことも重要かと思います。

当事者によるオンライン語り部の課題

柴田アナ: 次にご紹介するのは、宮城県・大崎市にお住まいの田村孝行さん(59)、弘美さん(58)です。
田村さん夫妻は、震災で、当時25歳だった長男の健太さんを亡くしました。勤め先だった銀行で勤務中、上司が避難場所として指示した支店の屋上で、津波にのみこまれました。田村さん夫妻は、「命の大切さ」や「安全な社会に」という思いで、息子の健太さんが亡くなった女川町の慰霊碑の前で、ほとんど毎週末、語り部活動を行っています。コロナ禍の、現在の状況を孝行さんに聞きました。

田村孝行さん: コロナの状況が大きくなってきて、人を集めることが基本的に難しくなってきたときに、われわれも「安全な社会に」とうたっておきながら、あえてこうリスクを背負って、というのが実情でした。5月くらいから、われわれのスタンスとしてはやはり発信するというのが1つの方法だし、この事案については語らなくてはいけないというわれわれの使命があるので、息子が3月11日に、企業の管理下で犠牲になってしまったことがあって、半年後に発見されてですね、そのときは暗中模索の中で雲を探し続けるという半年間の日々でした。
いざ、息子を葬儀をして送らなくてはいけないといったときに、会葬御礼に込めた言葉で「健太を生かし続ける」「健太の命を役立たせる」ということを私は誓ったわけですよ。そのことから、私たちが生きることはそれが命題となったということですね。その渡されたバトンをですね、健太の精神のバトンも含めて、しっかりと渡せるようにしていきたいという思いがあって、自分たちでやれることを模索するうちに、オンラインというところにたどり着いたというところですね。

柴田アナ: 「健太の命を役立たせる」という思いでオンラインでの語り部を始めたという田村さん夫妻。妻の弘美さんに、オンラインで語った思いを聞きました。

田村弘美さん: 対面して直に思いを語り、共感してもらってという活動だったんですけど、共感できたっていう喜びが私たちの大きな支えだったんです。この苦しみとか悲しみというのかな、すこし皆さんと共有できたときには、和らいだような気がしたので。
人の温かさに助けられたなという思いできた中で、その活動ができなくなったのはとても残念なことです。コロナでそのつながりをね、女川に来てもらえなくなったっていうのは、すごく私たち、寂しいことなんですけども、でもオンラインという形で伝えるっていう方法を皆さんから教わりながら、今、やり始めていますけど、本当は、伝えきれるのかな、という思いが最初はありました。パソコンから伝えるのは難しいなと、実は最初思ったんです。

映像動画とか写真とかでどこまで分かってもらえるのか。現地の雰囲気とか感じてもらえるのかなっていう不安な思いもあったんですけども、じっくりと今までどおり思いを込めて話せば、皆さん分かってくれたなっていう実感はありました。フリーディスカッションみたいな感じで質問もいっぱい出していただきましたし、私たちの話がしっかり伝わったんだなっていう実感が私たちの中にありました。
直接対面というのはできないんですけども、でも画面に皆さんのお顔が出るんですよね、しっかりと。これって、一緒ですよね。一緒だと私は感じています。このあいだも一緒に泣いて、一緒にお話をして、って感じで。私はオンラインという方法、すばらしいなって。こういう伝える方法があったのねーっていう感じです。

柴田アナ: 弘美さんが、「直接対面もオンラインも一緒だと感じる」と話していましたが、被災した当事者の方がオンラインで語り部をするということについて、佐藤さんはどのように考えていらっしゃいますか。
佐藤さん: これは良い面と悪い面もあるかなと思うんですけど、田村さんの場合は、お話をされることで気持ちを整理することができたということですね。一方で、こういったお話をされることで、当時の嫌な記憶を思い出してしまう方もいるので、人によって、良い面もあったり悪い面もあったりするのかなと思います。
実は「語り部をする」「語りをする」ということについては、オンラインであっても直接対面であっても、聞いてくれる相手にとっても影響されるんですね。「語る」「言う」という行為は、話し手さんだけではなくて聞き手の存在がとても重要なんです。聞いてくださる方の反応がよくなかったり反応が分からなければ、うまく語ることができなかったりするんですね。
反応というのは、表情もそうですし、うなずきもそうですし、そういった相づちから、どんどんその話し手から話が引き出されてくるわけです。語り部の活動というのは話し手と聞き手の共同作業であって、今回、田村さんの話を聞いてくださった聞き手の方というのは「聞き上手」だったので、田村さんが気持ちを整理することができた、うまく話をすることができたということになるのかなと思います。
柴田アナ: なるほど、聞き手も大事、ということですね。
田村さん夫妻は、この9年半のあいだ、仕事が休みである週末のほとんどを使って、自宅から車でおよそ1時間かかる女川町に通い、語り部活動をしてきました。孝行さんは、新型コロナの影響で語り部活動を休む中で、新たな思いが生まれてきたと言います。

田村孝行さん: 9年間ずっと走り続けてきて、ほとんどが当然女川に行ったり、どこか違ったところで慰霊をしたり、その場で話をしたりする日々があって。
震災後初めて、あまり移動しないでいる時間ができたんです。どういうふうに使ったらいいんだろうなとふと思ったときに、次につなげることをどうしていったらいいのかを考えるべきなんだろうなということと、あと、少し整理をするのも必要だろうし、10年を迎えて、10年後をどうしていくんだという準備も必要なんだろうなっていうことも思いました。

10年後ということなんですが、やはり残す、っていうんですか。発信するだけでなく、いろいろな記録を残す。写真を残すとかもしていきたいなと思っているのと、過去にもいろんな事故や災害があって、そういったものが、「いつなんどき何々の事件・事故がありました」と報じられたり残されたりしているんですが、その中には当時の人の気持ちとかメンタリティが長く残っているものがないことに気づきました。感情の変わり方とか、そのときどう思っていたとか、どういうふうに変化したとか、そういったことも何かに記していったら、いつか後世の方が何かでわれわれのことを見たときに、こういうことがあってこんなことをして、こういったふうに人生が変わって考え方が変わっていったのか、っていうものになったらいいかななんて、最近ちょっと思います。

柴田アナ: 妻の弘美さんも、震災から9年半を経て、気持ちが変化してきたと言います。

田村弘美さん: 息子が亡くなった現実がなかなか受け入れられなかったんですよね。そういう思いもあったんです。でも時間とともに、それを冷静に受け入れるしかないですよね。そういう思いで、少しずつ変わってきたのかもしれない。
続けていくうちに、いろんな方と出会って、いろんな話をして、いろんな思いを共有するうえで、子どもを亡くす悲しみって私たちだけではなくて、多くの方がこのような経験をされて、自分なりにいろんな活動をされている方もたくさんいますので、悲しみだけで終わる親ではなく、少しずつ少しずつ考え方を切り替えて冷静に考えながら進んでいけるように、時間とともになったかなという気もしますけど。
もちろん悲しみは消えませんよ。消えませんけれども、その悲しみをしっかりと自分の中で受け止めて、これから自分でやるべきこと、やれることを、生きている限り続けていくっていうのが息子への思いなので、それが続けられたらいいなと思っています。やっと、そう思えるようになったのかもしれませんね。

柴田アナ: 佐藤さん、田村さんご夫婦の心の変化について、どのように聞きましたか。
佐藤さん: 震災伝承に関わる多くの方が、この9年半をずっと走り続けてきたわけです。ただ新型コロナの影響があって、ふと、活動をいったん止めて冷静に考えたときに、「これから」をきちんと見直したほうがいいと思う方がたくさんいらっしゃったんですね。そういった意味で新型コロナというのは、これからの活動を考える時間になったというふうに言えるかなと思います。
私がお手伝いしている、宮城県気仙沼市の「東日本大震災遺構・伝承館」では、校舎の3Dデータを撮ってバーチャルリアリティーで見学できるサービスを作ったり、次の3月に向けて新しい展示物を準備しています。さらには地元の中学生、高校生さんの語り部を募集して、子どもの視点で館を紹介してもらうようなプログラムも作られているということがあります。
柴田アナ: コロナ禍で伝承活動が一時的にストップした面はあったんですが、それを逆にいい方向につなげるということにもつながったわけですね。
佐藤さん: そうですね。災害の体験というのは、おひとりおひとり違うわけです。田村さん夫婦が歩んできたこの9年、10年というのは、1つの側面としましては、お子さんを亡くされた方という体験ということになります。そういった意味で、そういった方、そういった状況というのは、これからの災害でも少なからず同じような状況に陥る方というのはいらっしゃるかと思います。
そういった方が、10年という時間経過をどう経るのか、どういう内容、過程を経るのかというのは、大変恐縮な言い方をすれば、そういった「事例」になるわけですね。これをきちんと記録して残してもらうことで、同じような境遇の方にとって生きる道しるべといいますか参考になりますので、ぜひ、記録はとってもらいたいなと思います。田村さんご自身で記録をとっていただくのもそうなんですけれども、近しい方、第三者の方から、田村さんはこうだったという記録も合わせてとっていただけると、なおいいのではないかなと思います。
柴田アナ: 震災を経験したおひとりおひとりの記憶が、そういう形で教訓となっていくということですね。
佐藤さん: そうですね。語り部を通して、体験を伝える、気持ちの変化を伝えるということもできるんですけれども、どうしても記憶の部分が薄れていくことがあるかもしれませんので、おひとりおひとり、可能な限り記録をとっていただけると、そういった体験が残る、これから被災する人のためにもなるということで、ぜひ取り組んでいただきたい活動の1つだと思います。

<コロナ禍の震災伝承(後編)>