津野米咲(赤い公園)

ひとりも、
意外とわるくない、
と思わせてくれるもの。

津野米咲:
FM50周年おめでとうございます。

ーーラジオっていうものでいうと関わったというか聞いたっていうのはいつぐらいだっていう感じですかね?

津野米咲
ちっちゃい頃、父や母の運転する車の中っていうのが原体験かもしれないですね。
昼間。FM聞いて、それで流れてきた音楽を自分で好きになって、お父さんにCDねだってっていう音楽を知るきっかけをいつも与えてくれてました。

ーーそれは、自分ではラジオは持ってなかったけど、車の中で聞いた。

津野米咲:
そうです。でも家にはありました。家にはチューナーあって、家でも聞いてましたね。家では、本当に深夜寝なさいって言われて、寝たふりして起きてお父さんお母さん寝てから起きて、大人な番組を聴くみたいな感じでした。

ーー例えばどんな悪い番組を聴いてたんでしょうか?

津野米咲:
そうですね。ニヤニヤニヤニヤ、放送コードぎりぎりのことをずっと言ってるみたいな感じの番組とか聴いてました。

ーーもう他局さんでも構わないので、なにか思い出の番組とかそこで聴いて忘れられない曲とか、エピソード。

津野米咲:
そうですね。でも深夜はAM聴いてました。オールナイトとか。でもFMだったら中学生の時、同い年の子が結構割とみんな聴いてたのがスクールオブロックっていうTOKYOFMは聞いてましたね。それでBUMP OF CHICKENを凄い好きになって。

ーー今は毎日、日々聞いたりする機会とか時間はありますか?

津野米咲:
母から譲り受けたオンボロの車をよく運転してるんですけど、ラジオとCDとMDしか聞けないんですよ。もちろん最近の電波を飛ばしてどうこうみたいの機器は揃ってないのでずっとラジオをかけてますね。今はサブスクとかいっぱいあっていろんな音楽を探せるけれど、自分で探すっていうのって、やっぱり好きなものの関連で出てきたのとか、こうたどっていくわけなんですけど、それって凄く限りがあって、やっぱりこう自分が、自分で音楽を探そうっていうときには出てこない単語とかで検索しないと引っかからないような、全然違うところにあった良い音楽みたいなのが流れてきて、車止めるたびにメモしてみたいな、やりますね。海外の音楽だったりもしたんですけど。

ーー自分でラジオを聞く経験と、今こうしたリスナーに向けて自分で発信する関わり方もされてます。びっくりさせてやろうとか、みんなを楽しませてやろうとかみたいな何か心がけていることってありますか?

津野米咲:
そんな大層なことは何もないですけど、でももともと喋るプロではないので。肩肘張らず丁寧に、ジャンル問わず良い音楽を誠意を持って紹介できればいいなという感じです。

ーー今後ラジオはこうなって欲しいなっていうようなことはございますか?

津野米咲:
それぞれのメディアに多分得意分野があって、なんか私の体験だけで話すと、ラジオは偶然をくれる、偶然の奇跡みたいなものをくれる媒体だと思ってますので、何もかもできるようになるのではなく、変わらずそこにいてくれたらいいなと思っています。

ーーラジオは私にとって〇〇です。って言うのでもいいし、ラジオは私はこういう風にあって欲しいと思います。なんか一言フレーズにすると、どうなるかな。

津野米咲:
これどっちもなんですけど、二つの要素があって、寂しがり屋の音楽家にとってはなくてはならないものだと思っています。

でもみんなで職場で聞かれる方とかも多いですけど。すごい不思議なのが、うちの番組のメールとかでも職場で聞いてますっていう方もいらっしゃれば、研究室でひとりで聞いてますみたいな方もいらっしゃったりして、それで私はもっぱらひとりで車運転したりとか、学生の時は夜寝る前とかに聞いていて、私はOLさんになったことがないので会社のことはわからないですけど、学校とかで、みんなのこと嫌いじゃないけど同じような趣味を持ってる子がいなかったり、考えていることが多数派じゃなかったりとかする。でもそれで大丈夫、私は私。って思えるほど強くはなくて、って言うような人たちの憩いの場ですよね。こう繋げてくれるっていうか。

ひとりじゃないよって言うよりは、ひとりも悪くないなっていう感じだと思いました、当時聞いていて。なので音楽家になった今も、何か馴染みきれないって気持ちはずっと変わっていないので、寂しがり屋の音楽家と言わせていただきました。