時東ぁみ

自分らしさで
しゃべれる、
特別な空間。

赤坂泰彦:
赤坂泰彦です FM50周年おめでとうございます。

時東ぁみ:
時東ぁみです FM50周年おめでとうございます。

ーー赤坂さんにラジオとの出会いをお聞きするのも恐縮なんですが、最初に聴いて感銘を受けたそのラジオとはいつ位の?

赤坂泰彦:
父親が通信士の仕事をしてまして、やっぱり電波というものに携わっていて。で、小さなポケットトランジスタラジオを小学校の時に与えてくれたんですね。それが僕にとっては未知の世界への箱でして。つまり自分が所有してダイヤルを合わせると色んなものが聞こえるっていう。自分に選択権がもしかしたら初めて出来た外部との接触だったのかなあ。

やっぱり朝の番組を聞いてたんですけど、次第にその家に帰って夕方つけたりとか、布団に潜り込んで1分でも5分でも長く起きて夜更かしすると、世界中の音が流れてきて。ロンドンに行ったり、ニューヨークに行ったり、ハワイに行ったり。色んな人達がその中にいて、小さなイヤホーンの向こう側に地球儀が、大袈裟に言うと銀河系がグルグル回ってるようなそんな出会いでしたね。やっぱり音楽にどんどんどんどん入っていきましたね。

ーー一番印象に残ってるパーソナリティとか番組とか、あるいはそこから知って大好きになった曲とかエピソードを教えてください。

赤坂泰彦:
好きになった曲は、もう何千曲にもなると思うんですけど。やっぱり時代ですよね、1950年代60年代のリズムアンドブルースとかロックンロールとか。やっぱり創世記の人達は好きになりました。エルヴィス・プレスリーやザ・ビートルズもそうですし、サム・クックだったりジェームス・ブラウンだったり。で、パーソナリティの人は・・・やっぱり中学生位になると、当時深夜放送と言うのがどんどん芽生えた時代ですから、アナウンス志向だったDJ志向だった糸居五郎さんの様な方ではない、喋りで面白く若者達を焚きつける、例えばせんだみつおさんだったりとか、愛川欽也さんだったりとか、ナッチャン・チャコチャンだったりとか、そういったものを両方聴いてましたね。とにかく、ずっと聴いてたんで。音楽番組が終われば、今度はちょっと面白い番組が始まるっていう。

ーーFMラジオとの出会いっていうタイミングはなんか意識されてます?

赤坂泰彦:
FMはやっぱり高校になってからが、ラジカセというのが世の中に普及しだして、で、そのFM雑誌と言うのを見つけて、エアチェックですよね。やっぱ僕らは、レコードを買うそんなにお小遣い持ってないですから。そうすると、朝のNHK―FMとかでは、全曲完奏のビートルズウイークとかいう、1週間から1週間半位かけて、ファーストアルバムから「アビイ・ロード」まで全曲かけてくれるんですよ。で、タイムが出てるので。それで時間計って毎朝録音してましたね。ほとんどの義務教育的なものはNHK―FMのその朝の番組でしたね。ビートルズもモンキーズもローリング・ストーンズもカーペンターズも、とにかくフルで完奏してくれるので。で、言葉がのってないので。そのカセットが、とにかく宝物でしたね。

ーーポップスの音楽の義務教育だったんですね。

赤坂泰彦:
そう思っています。あれが音楽の義務教育だったんだなって。

ーーディスクジョッキーって言う事へ入り口になった方として。どんな方がいらっしゃいますか

赤坂泰彦:
やっぱりウルフマン・ジャックですね。中学の時に「アメリカン・グラフィティ」を観てFENの放送も知っていたし、やっとその姿を見て白人だったんだって言うのがあって。それでこの人みたいになりたいっていう、あのラジオの箱の中に入ればこの人に会えるんだって思ってましたから。ま、結果その95年にその夢は叶ったんで、僕はもう今叶えたい夢はないので、その夢の欠片をずうーっと今でも追い続けてやってますけどね。彼には到底まだまだ及ばないので。その憧れを抱いたまんままだずうーっと今でもやっているつもりではいます。


ーー時東さんのラジオとの出会い

赤坂泰彦:
そうですねえ。

時東ぁみ:
違う違う、あたし!

一同:(笑)

時東ぁみ:
いや、赤坂さんみたいに深いというかそういうのがなくて。私がデビューしたのが2005年なんですけれども、もう(ラジオの)仕事が初めだったんですね。なので、聴くって言う行為をあんまり世代的にした事がなかったので。箱から何かが流れるようなイメージも実はなくて、もう仕事っていうので出会ったっていう感じですね。なので、その当時17歳だったんですけど、今31になって14年間、まあ局は変われどなんですが、ラジオのお仕事は切れた事がありません。それくらい、大好きなお仕事ではあります。

ーー最初に出会ったラジオはどんなものでした?

時東ぁみ:
それがまたすごく難しくて・・・。あのう、ありがたい事に最初から2本のレギュラーが決まったっていう所からスタートしてるんですけど、作家さんがいる状態のラジオと、一人で好きな事喋っていいよっていうラジオがあったんですが、好きな事を喋っていいよっていうのは、やっぱり17歳にとってはすごく難しくて 素人からの瞬間なので、話す事もメモったり、街で面白いものをメモったり、もうそういう所からスタートした記憶があります。

ーー今こう14年間やってきて、今皆さんに伝えてます。どういう事に心がけたりしてます?

時東ぁみ:
そうですね、先程、赤坂さんも言った通りなんですけれども、私も思うのがラジオやっている皆さんは嘘つきはいないと思っていて、あと、嘘がつけない場所だと思うんですよ。画は見えていないけど、この声一つ、マイク一つで、リスナーさんにとってはこう空間を作ってあげるのが私達の仕事だと思いますし。その中で、特に私は素の、一番素の自分で喋っている仕事かなっていう。
ラジオっていうのはすごく特別な空間だなと思います。