村上てつや(ゴスペラーズ)
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ラジオは、
辞書であり、
玉手箱でもある。

村上てつや:
FMラジオ、50周年、おめでとうございます。

ーー最初AMラジオの頃から、どんな曲が好きだった、どんな番組が好きだったっていうお話を、ざっくばらんに教えていただけますか?

村上てつや:
あんまりAMは聴いてないですね。FMですね。世代としてはもう、まさにね、48ですけど。まあ親が聴いてたのも、いわゆる民放のAMのワイドのワーっとした感じのをあんまり聴いてはいなかった。うちがね。
なんでラジオの思い出っていうと、やっぱり古い家だったから、テレビとかラジオとか母親にチャンネル権、あんまりなかったんですよ。だから親父がいる時は親父が握ってたので。その親父がいない昼間とかに、母親がFMかけてたのが印象的ですね。今でも歌、母親もあの、コーラス歌ってるような人なんで。


とにかく、昔から音楽番組は好きで。音楽がかかってるものを聴いてましたね。いろんなものを本当に聴いてましたよ。だから自然に聴かされるっていうのが、NHK-FMさんが特に、母親が聴いてたってことでもないと思うんですけど。やっぱりラジオの良さって、ある意味唐突に時代を飛び越えて、クラシックがかかったりとか。まあイージーリスニングみたいな、あんまり意識されなくなったりするものとかが、ポンとかかってきたりするのと。

まあ当たり前ですけど、その時のヒット曲が、ポンと入ってくる。耳も心も、ちょっとこの不意打ちでマッサージしてくれるような感じっていうか。FMの場合には特に、どっちかっていうと音楽に重きがあるんでしょうけど。ニュースとかの直後にもポンと歌が、音楽がくるっていうのは。テレビでも全くないとは言わないですけど、あんまりないですよね。あれはなんか面白いなあと思う。その前のニュースによって曲の聴こえ方もやっぱり違うじゃないですか。知ってる曲なんだけども。それこそイージーリスニングな曲とかも、僕らの世代とかだと、ポール・モーリアとか、別に世の中に、そんなに必要としてないような気がしてるんだけど。それをなんかラジオでポンと聴いた時に、あ、こういうクッションってものすごく必要なのかな、みたいなことを思ったりはしますよね。

で、それは今なんかでもすごく思いますよね。
まあ自分が番組でしゃべる時にそこはあんまり気にしてないですけどね。自分はね。でも編成していく立場の人からすれば、当然そういう部分はあるんだろうなと思って。いい意味で、自発的じゃなく聴くっていうことの楽しさっていうのが、やっぱりラジオの一番の魅力じゃないかなと思いますね。

ーー今「ザ・ソウルミュージック」で、こういうところに心を配ってるというところはありますか?

村上てつや:
本当にその、幅が広いから。あの「ザ・ソウルミュージック」自体は、NHK-FMの中でも、本当に小さなツボを突いてるっていうか。それを深く押すタイプの番組、じゃないですか。
だから我々も、それをやらせていただくことの喜び、っていうのはすごくあるんだけど。その中に本当にド・マニアックな人もいれば。別にあの時間、ソウルミュージックを聴きたいからそこにチャンネルを合わせたわけではない人もいっぱいいらっしゃるわけで。その、同じ番組の、まあ一回の放送50分の中で、すごいマニアックなものと、ものすごいわかりやすいものが、できるだけ同時にあるようにっていうのは、意識してますね。
ものすごい敷居の低い曲と、ものすごく敷居の高い曲と(笑)。あの、それが同時にあるというか。うん。それが、なんか50分の中で、あの、自分としては大事にしているというか。やっぱり、マニアックな人はどんどんマニアックなものが聴きたいわけじゃないですか。でもその人だけにお付き合いするっていうのも違うと思うし。ああいう番組だからこそ、わかりやすさだけっていうのもやっぱり、面白くないっていうのも、あるので。

ーー村上さんにとってラジオはこんなものであるっていうのを言っていただいても。

村上てつや:
まあ、ありきたりですけど、やっぱり玉手箱みたいなもんで。そんなにラジオって、テレビみたいに、バタバタ曲を変えないと思うんですよね。よっぽど嫌いな曲でも来ない限りは。だから、ずっと聴いてると、なんか数時間で、絶対自分の知らないことが、そこに語られるとか、聴かせてもらえるものだから。そういう意味では、辞書のような玉手箱のような。ラジオは、辞書であり、玉手箱ですね。