三宅民夫

ひとの、
こころを支える、
杖のような存在。

三宅民夫:
三宅民夫です。FM50周年、おめでとうございまーす。

ーープライベートでラジオとの出会いっていつ頃でしたか?

三宅民夫:
ラジオとの出会いはもうずーっと古くって、おおもとを辿ると生まれた時あるいは子供の小っちゃい頃はラジオしかなかったんですよ。テレビがね、小学校3年か4年の時に家に来た。それまではラジオですよね。だから、相撲とか、お爺さんに抱かれながら、お爺さんがあぐらかいてるそのあぐらの上に載って聴いてたのがラジオだったりとか。
子供の頃私は東海地方で育っていたので伊勢湾台風とか大きな台風が来たりするんですけど、それもあのテレビの印象はなくて、ラジオで台風情報を聴いてた。だからテレビがまだ子供、小っちゃい頃は、私が子供で小っちゃい頃はなかった時代なのでラジオがメイン。情報源はラジオという。

テレビが来る前はそうだったと思います。今、「いだてん」あるでしょ。「いだてん」で、ビートたけしさんがお出になってるじゃないですか。ビートたけしさんの後ろにラジオがあるんですけど、ちょっと大きいラジオ。あのラジオ。

ーー茶の間にあってみんなでみたいな。

三宅民夫:
あれがあった。で、茶の間っていうか、そのラジオが部屋の結構高いところに、棚の上の方に置いてあった。

ーー何か思い出の番組とかってあります?

三宅民夫:
番組がね、何をやってたのかがよく覚えてはいないんですよね。

ーー生活の中でも毎日みんなでラジオを聞くとか。

三宅民夫:
それは相撲は聴いてたのは覚えてますね。あと小学校の5、6年生、もうその時はテレビは来てたんですが、少年雑誌で付録が付いていて、ゲルマニウムのラジオを作る。

ーー自分で。

三宅民夫:
そうそうそう。ちっちゃなラジオがあって、その鉱石ラジオっていうんですけれど、石が入っていてそれでこう聴けるんですよ。
自分で簡単に作れるのね。あまりそういうの作らない、今の子たちは?

ーーわからない。私、あんまり記憶にないですね。

三宅民夫:
私たちの時代までぐらいかもしれないけどそれ自分で作ったりして、鉱石ラジオで聴いたことがありました。番組が何を聴いてたのかな。そんなに印象がなくって、えー、番組として印象に残るのはそれより後、中学校から高校の時代に深夜放送がすごく盛んになるんですけど、深夜放送はよく聴いてました。

ーー結構思い出に残ってる番組とか、仕事でのラジオって何か?

三宅民夫:
私がやってたラジオですか?

ーーはい。

三宅民夫:
NHKに入って新人のアナウンサーとして入って最初にやる番組がFMの夕方の6時から6時50分ぐらいまでのディスクジョッキー番組、「夕べのひと時」あるいは「夕べの広場」って言ったかな。

三宅民夫:
それと「FMリクエストアワー」。土曜日の午後3時過ぎから夕方6時まで。で、リクエストをたくさんいただいて、そのリクエスト曲をかけるっていう番組ですが、入ったばかりのアナウンサーとしては最初にずっとやった仕事はそのラジオの番組だったですね。

ーーそうなんですね。

三宅民夫:
それはなんかよく覚えてます。たくさんお葉書届いていて。
それもあの1枚1枚なんか本当にこうイラストとか、いろんな色使って書いてあって、ああ、嬉しいなと思いつつずいぶん勉強時間は邪魔しちゃってるんだろうなと。(笑)

ーーテレビとラジオって何かこうご自身の中で違うなとか意識してラジオだったらこうするとか、そういうのってありますか?

三宅民夫:
意識はしないんだけれど、全く違いますね。
テレビは撮られてるっていう感じがありますよね。撮られてるっていうことが結構大きくって、ちゃんと振る舞うとかね、で、顔も怖い顔してないかとかいろんなこと考えてしまうんですよ。で、ラジオはそういうことはいらないので話す内容、時には読むべきものにすごく集中できる。なんかこう相手の人の心にスーッと入っていける感じが話しながらもしますね。とても不思議なんですけど、声の出し方なんかも違うんじゃないかしら。

やっぱり見られてると思うとそれだけでこう人間の体は緊張して硬くなるじゃないですか。すると人間の声を出すシステムって一つの楽器なんですね。あの、声帯っていうのが喉にあって、で、薄い膜があるんですけどそこでこう吐く息でもってその幕が揺れて音の元ができて、それが体の中の空間に響いて共鳴という現象が起きるのね。で、共鳴という現象は体を震わすので、震わないと共鳴にならなくって、それが硬くなってると震えないんですよ。

ラジオだとその見られてるっていう意識がないでしょ。なので、その声も非常に自然で緊張、悪い意味での緊張感がない。へへへ、変な言い方になるね。自然な、本当にその人らしい声がラジオの方が出るように思いますね。緊張から解き放たれているので。

ーー最後に三宅さんにとってラジオとはどういう場であり、どういう存在でしょうか?


三宅民夫:
私にとってラジオとは心の杖。
心の杖だから見えないですよね。しかも、杖っていうものはあの、杖だけでは歩けなくてやっぱりその人がいてその人が困ってる時に杖が支えになるじゃないですか。で、あのラジオっていうのはその、主役ではない脇の存在だと思うんですね。でも、何か必要な時とか困ってる人がいたりとか、夜眠れないとか、朝起きられないとかそういう時には、いつも必要としている人には何か支えとなって歩くお供ができる。

で、必要じゃない時には脇に置いといていただいてもいいんだけど。静かだけど、でも何かの時に必要としている人には役に立つ。で、その人が歩いたり生きたりする上の支えになっていけるような存在だったらいいかなと思っているんですが。