松尾貴史

ラジオは、愛。

松尾貴史:
FM 50周年おめでとうございます。松尾貴史です。

ーー最初にラジオと出会われた頃の話を伺いたいんですけど。

松尾貴史:
AMですね。間違いなくAMですね。小さな小さなラジオ、もう子供の時に父が聞いていた小沢昭一的こころみたいな番組、でも小沢昭一的心ではないと思いますけど、子供の時そんなような番組が夕方ぐらいまでの間にやってて。しゃべってることなんだか全然わからなくて、怖い大人の世界を想像してましてね。別に陰惨な話やら、その怪談をしてたわけでは何でもないんですよ。ただ大人の世界の話を、大人にしか分からないような言い回しとか例えとか言葉で喋ってるのを聞いて、大人に近づくのって嫌だなーってことをラジオ聞きながら思ったことを覚えてますね。

松尾貴史:
その小さな所から何か聞こえて、おじさんが喋っておじさんの声が妙に低くて、普段自分の周りにいる人達とちょっと喋り方が違う感じだったんで。なんか不思議な世界から聞こえてくる言葉っていうか情報というかね、そんな感じだったと思うんですよね。


その頃に学校の同級生があの番組面白いよ、この番組面白いよって深夜番組の事を色々と教えてくれるようになって。当時は誰でしょうね、あのねのねとか、笑福亭仁鶴さんとか、そういう形のめちゃくちゃな後関西なんで浜村淳さんとかね、浜村淳さん怖い話がすごく嫌でしたね。
あと映画の話、あれはもう僕が相当大きくなった頃だと思いますけど、映画もうすぐ公開される映画の内容を、ほとんど見たような気になるぐらい喋ってくれたり。で、見に行かなかったりしたんですよね。ジョーズなんかもそうでしたね。もう聞いただけで怖くなってもう見る必要ないなーっていうような。ラジオってそういう喋り手の表現力もあるんでしょうけど。もちろん、活字は活字で想像力が膨らむんですね、別の情報が膨らんでくるところがあると思うんですけど。ラジオは本当にそういう意味で記号的に入ってくるんじゃなくて生理的に入ってきて最大限に世界が広がる、強烈な印象で胸に刺さってるというのが多いんじゃないのかなと思いますね、人にもよるでしょうけど。

ーーラジオっていうのはずっとお仕事っていうのは関りは定期的にちょくちょくあるということですか。

松尾貴史:
そうですね、ラジオはずっとどこかで繋がってますね。

ーーその時に自分で喋る時は自分が聞いてた経験で何を伝えたいと思っているんでしょうか。

松尾貴史:
自分の経験で言うとラジオは喋ってる人と自分と、っていう1対1の感じがすごく強い部分が(あります)。一対一っていうと言葉がおかしくなりますけど、不特定多数相手にマイクの前の人は喋ってない感じがするんですよね。せいぜい何人かに向けて喋ってるっていうちょっと限定された感じがあって。こっちからも今はメールとかインターネットで簡単にインタラクティブに遊ぶことができるメディアになりましたけど、昔はテレビなんかもう当選者の発表をぐらいでしかこうなんかプレゼントに応募しましたとかそういう事しかなかったと思うんですけど。大きなアクリルの箱ん中に手を突っ込んで下の方から早く出して司会者の方が読み上げるっていうぐらいしかないでしょ。

ラジオはわりとハガキを出すと次の週のその時間には自分のものが読まれる確率がすごく高いというので、喋ってる人のブレーンになったような錯覚すらね、ネタを振り絞って書いた時代もありましたしね。

その行ったり来たりという感じが双方向のメディアの、電波で言えば電波というか、近代では一番要素が強かったのかなぁ。手紙とかだけのやり取りだと往復にすごく時間かかるじゃないですか。片っぽは手紙なんだけど片っぽは電波で、読んだすぐの反応が聞こえてくるってなんかすごくエキサイティングなもんだと思うんですよね。そういう意味では行ったり来たりの要素がすごく強い場所なんじゃないかなと思います。

ーー今は「トーキング ウィズ 松尾堂」で、博覧強記で誰が来てもちゃんとお話しをしておもてなしをするとときに、何か気をつけてること、心がけてるってございますか。

松尾貴史:
そんなにないんですけど、こだわるってことが嫌いなもんですからこだわらないようにしたいな。でもどうしても自分で執着してる部分はいっぱいあるんですけどいろんな専門家の方がお越しになるので、僕はどっちかっていうと必ず聴いてくださってる皆さんの側にいなきゃいけないなという風に思うんですよね。専門的なことだけでスタジオで盛り上がってても置いてけぼりにされる人が出てくるのも嫌だし、かといって知ってるのに知らんふりするのもなんか嫌だし、だからどっちかと言うと聞いてる皆さんと同じ側に座ってゲストの方の方に向かってるって言うような感じはくせとして残ってると思います。ただそれを心がけてますって言う殊勝なことは何もないんですけど。

ーー今後ラジオがこんな形であって欲しいとか、松尾さんが関わってる中でお考えがあったら教えてください。

松尾貴史:
ネットでラジオが聞くことができるようなりましたよね。そうすると昔は地域域限定のものが多くて、もちろんラジオでも全国ネットのラジオ放送もいっぱいあったんですけど、それがすごく小さな範囲でしか聞かれなかったものが地球の裏側でも技術的に聞けるようになってるわけですよね。だから多くの人が選んで聞くっていう。

テレビってぼやーっとついててながら視聴みたいなことがどんどん多くなって、ラジオはもともとながら聴取してたと思うんですよ。だけどテレビが逆にながら視聴みたいな感じになって、離れたところとか、洗い物しながらでもテレビ見ると字幕が下に出て何の話してんのかなとぼんやりは分かるような作りになってるでしょ。

ラジオはどっちかと言うと、だんだんこう聞こうと思って聞いてる人の割合が増えたんじゃないのかなと思ってるんです。昔はラジオが聞こえてくるもの、テレビは見るものっていう感じだったのが、今はテレビは見えるものラジオは聞くものっていう要素、ちょっと割合がバランスが変わってきたかもしれないなと思うんですよね。なのでそれで地球上どこでも聞くことができるような状況になったっていうことは、それを聞きたいなって思う人がもっと濃密にいろんな環境で関われるようになったっていうこと。ラジオがだんだんしぼんできたような時期がありましたけど、今また花開こうというか隆盛に向かって発展しようとしてるのかなーっていう感じもしますね。