加藤紀子

生活の中に、
ずっと、
いてほしい存在。

加藤紀子:
FM50周年おめでとうございます。

ーーラジオを聴きだした頃というのが、どんな番組を聴いてたのかとか、どうやって聴いてたかとか、ちょっと思い出を教えて頂けますか?

加藤紀子:
ラジオを聴き始めたのは、中学3年の受験勉強の時ですね、深夜ラジオを聴き始めたのがきっかけです。

オールナイトニッポンを聴いていて、鴻上尚史さんがお話されてる曜日が凄く好きで、お顔も知らないし、何をなさっているのかもよく知らないですけど、すごく話が面白くて、こんな色んな経験をこんなエピソードを話す人がいて耳をもってかれるって凄いなって思いながら聴いてました。で、そのままたぶん寝ちゃって、ラジオがこう、いろんな国なのか混線していろんなフワーと言葉が聴こえてきて、今不思議なことが起きてるなって、現実とラジオの間を自分の記憶の中を行ったり来たりする浮遊してるみたいなのも凄く面白くて、見たこともない何かが起きてるぞ、みたいなワクワクするっていうのがラジオの世界にはありました。

ーーFMラジオとの出会いっていうのは何か、

加藤紀子:
FMラジオはたぶん、お仕事をさせて頂き始めた19歳の時に出たのがたぶん初めてで、こんなに音質も違うんだなって感動したりとかっていうのをよく覚えています。凄くデビュー曲が深い音で聴けたというのは、新鮮な喜びでした。

「今度私どこか連れて行ってくださいよ」っていう曲でデビューさせて頂いたんですけど、その曲がAMとFMでこんなに響き方が違うんだっと思って、そこから自分も深夜ラジオをFMでやらせて頂いたと時に、海外の曲を沢山紹介する番組で、「うわー!ほんとに音がこんなにかっこよく聴けるなんて!」っていう深夜のなんかこう、一人で喋ってるんだけど一人じゃないみたいな繋がりが、リスナーの方との繋がり方だったりていうのも凄くなんか世界がまた一つ広がって、好きになりました。

ーー今、松尾さんと一緒にすごくバラエティに富んだゲストをお迎えしてお話されてますけれども、なんか自分が聞いた経験で、今みんなにリスナーにこんな気持ちで楽しんで欲しいなっていうことを思っていらっしゃいますか。

加藤紀子:
松尾堂に関しては、私あのアシスタントという立ち位置でお世話になっているんですけど、完全なるリスナーでスタジオの中にいるので、聴いてくださっている方とおんなじ目線、ではなく耳で楽しんでる番組なので、私が何かを言うっていうよりも、また次どんな方と会えるのかな、どんなテーマがくるのかっていうのが常に楽しい番組ですね。

なんか松尾さんとはもう10年、10何年以上前にテレビであのお世話になってたんですけど、テレビだとやっぱり物がある、物を話すっていう部分でまあ時間に流されながら紹介していくものが多かったんですけど、ラジオだと物見えない中でいかにその、手に取るようにわかりやすくっていう部分を、松尾さんはされる上で、よりまたマニアックにお話を丁寧にされるので、凄く聴いてて勉強になったりとか、想像力が膨らんだりして。収録の時に松尾さんのお話、ゲストのお話うかがって家で放送日に聴いてまた、あ、こういう聴こえ方もあったっていう、2度3度松尾さんのお話が楽しめるので、ほんとになんかいい番組に仲間に入れてもらったなって、松尾さんの魅力を感じながら毎回収録に参加してます。

ーーこんな風なラジオがいいな、とか、こんな風なラジオでいてほしいな、ていうの、なんかありますか?

加藤紀子:
私は基本お家では、フランスのラジオをインターネットで聴いてるんです毎日。もしくはハワイのラジオを聴いてるんですけど、ほんとに日本のラジオもどっかの外国で暮らしてらっしゃる方が、日本人の方とか、日本語、日本に興味がある方が普通に聴けるようになったら、もっともっと広がって楽しいなって思うし、でも聴き逃しサービスが出来たことも凄く有難いですし、なんかあとNHK-FMは全国どこに行っても聴けるっていうのは凄くやっぱり嬉しいアイテムなので、生活の中でずっとずっとまだまだいて欲しい存在だなぁと思います。

ーーはい。色んなヒントになるお話を沢山キーワード頂いたんですけどね、ラジオではそういう夢の時間だったっていうような、加藤さんなりのまとめで、たとえばいかがですかね。

加藤紀子:
そうですね。夢の中でスタートしたラジオが今実際自分の生活の中の一部になってるっていうのは凄くあるかも知れないですね。まずラジオ側に来れるとは思ってなかったんで。なのでそれは夢の中からのスタートかも知れないですね。

ラジオは夢の中からのスタートでした。