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第344回 2017年12月4日

リスクがなければ、面白くない バイオリニスト・樫本大進



誰よりも“楽しむ”

世界最高峰のオーケストラ、ベルリンフィルハーモニー管弦楽団。バイオリニスト・樫本大進(38)は、そのスター軍団の頂点に立つ“コンサートマスター”(通称コンマス)を8年にわたって務めている。
時には100人以上でハーモニーを奏でるオーケストラの世界において、一糸乱れぬ演奏を生み出すのには、指揮者では示しきれない実に繊細な間合いやタイミングを陰から統率するコンマスの存在が不可欠となる。樫本は本番中、誰よりも体を動かして演奏する。曲の転調で体を沈ませたり、指の動きを後方の団員に見せてこれから弾く音の音色や伸びのニュアンスを伝えるなど、さまざまなサインを送り続けているのだ。
だが、樫本が演奏中、最も大切にしているのは、「誰よりも楽しむ」ということ。率先して楽しむ姿は、団員に伝染し、やがて舞台の雰囲気を変え、客を魅了する特別なハーモニーを生み出すと信じている。

「“音楽”という漢字はいいなって思うんですよね。“音を楽しむ”って。自分が楽しまないと、お客さんも楽しめない。“音楽”というのは全てが素直に正直に音に出ると思う」。

写真指揮者の一番近くがコンマスの定位置
写真演奏中、思わず笑みがこぼれることも


NO Risk,No Funリスクを楽しめ

日本人である樫本がベルリンフィルでコンマスを任されるのは、ズバ抜けたバイオリンの実力ゆえだ。数々の国際コンクールでグランプリを総なめにし、17歳で世界屈指の国際コンクールを当時最年少で制し、その演奏は「神は全てを与えた」と評されたほど実力は折り紙付きだった。
そんな樫本には、ひとりの恩師がいる。20歳の時に出会ったライナー・クスマウル。「楽しまなければいい音楽は生まれない」と、自由に、楽しく、演奏することを教えてくれた。その指導は、「泣いている暇があったら演奏せよ」と厳しい英才教育をうけて育ってきた樫本にとって、大きな転機となった。

「リスクをも楽しむ」。この信念を貫き、まったく経験のなかったオーケストラの世界に飛び込み、1年半の厳しい試用期間をクリアし、ベルリンフィルのコンマスとなった。
いま、コンマスとして臨むリハーサルで、樫本はあえて自分や団員の意見を指揮者にぶつけ議論を促す。驚くべきことに、本番ギリギリまで、意見がまとまらなくても樫本が動じることはない。
「ビビるとかビビらないとか、どうでもいいんですよ。完璧じゃないから、おもしろい。不安があるから集中するんです」。

写真ピアノの先生だった母親の影響で3歳からバイオリンを始めた
写真リハーサル中、団員同士で口論になることも


扉を開けるのは、自分

この夏、樫本は大胆な挑戦を自らに課した。それは、クラシック音楽の名曲、ドヴォルザーク作曲の『新世界』のアレンジを変えること。ベルリンフィルで50年以上も演奏方法が変えてこなかった伝統の一曲に10箇所以上の修正を加えたのだ。歴史ある一曲のアレンジを変えることで、団員たちから反発も予想されるなか、樫本は自らの修正案をひとつも変更することなく本番に挑んだ。

「誰も開けてくれないんだよ、自分でやるしかないんだよ、開けるのは。止まったら終わりじゃないですか。上へいけばいくほど先が見える。常に不満でいないと」。

演奏終了後、割れんばかりの拍手が沸き上がった。地元ベルリンの耳の肥えた観客たちをして「これほどすばらしい新世界を聞いたことがない」と言わしめた。

写真毎年ソロ公演にも挑み続けている


プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。

自分の仕事を心から楽しみながらやって、常に先のもっと先を求める姿勢ですかね

バイオリニスト・樫本大進