スマートフォン版へ

メニューを飛ばして本文へ移動する

これまでの放送

第322回 2017年4月24日放送

男たちは、“希望”をかける 巨大クレーン船「富士」乗組員



難工事に、挑む

クレーン船「富士」は、全長105メートル、つり重量
3,000トン。これまで、東京ゲートブリッジや築地大橋など、全国各地で難工事を成し遂げてきた。今回の仕事は、本州と気仙沼湾に浮かぶ大島を初めて結ぶ橋の架設。挑んだのは、船長の段野下定美をはじめ、特殊な技能資格を持った20代から50代の男たちだ。持ち場は、大きく3つに分かれる。「富士」の地下にある機関室を仕事場とする機関士。船外で活躍するのは、つり上げる物体にワイヤーをかける甲板員たち。そして、ブリッジと呼ばれる船の操縦室にいるのが、船長の段野下とクレーンの操縦士たちだ。
工事は、1か月をかけ、橋桁から段階的に行われた。そして最後が、中央にかかる橋の架設。その全長は228メートル、重さは2,700トンにも及ぶ。この巨大な橋を2.4キロ離れた現場へ持っていき、一気にかける。これまで数々の橋をかけてきた男たちだが、今回は勝手が違った。作業時間が限定的だった。日中は、湾内を連絡船のフェリーが運航しているため、富士は移動できない。フェリーが走っていない深夜に富士を移動させ、その後、翌日の夕方までに橋をかけ終えなければならない。深夜の作業は、困難を極めることになる。

写真“歴史的大工事”に挑んだ男たち
写真船長の段野下定美


悲願の橋

本州と大島を結ぶ橋は、島民にとって悲願だった。これまで島民が本州に渡る手段は1時間に1本のフェリーだけ。生活の足として必要不可欠だったが、強風が吹けば、運航が見合わせになることもしばしば。島民は、50年前から橋の架設を望んできた。
そして6年前の東日本大震災の時、津波で海路が遮断され、島民は20日間に渡って孤立。小学校のプールにたまっていた水を煮沸して飲んだり、ご飯を炊いたりするなど、過酷な状況に追い込まれた。東日本大震災の被害は、島民の命にとって、本州と結ぶ橋の必要性を浮き彫りにさせた。

写真東日本大震災で海路が遮断された大島
写真男たちがかける“悲願の橋”


信頼し、辛抱する

悲願の橋をかける工事は、午前0時から本格的に始まった。苦戦したのは、甲板員たちが担当するつり上げる物体にワイヤーをかける「玉掛け」という作業だった。このときの気温は、氷点下3度。高さ35メートルにできた足場には霜が降り、すべりやすくなっていた。さらに、深夜で視界が悪く、ワイヤーが障害物にひっかかってしまった。想定外の連続で、玉掛けは終了予定時間を過ぎても終わる気配はなかった。だが、船長の段野下は、決して甲板員たちの作業を急がせようとはしない。ブリッジからただ見守るだけ。そこには、「信頼し、辛抱する」という段野下のひとつの信念があった。

写真困難を極めた玉掛け作業
写真ブリッジから玉掛け作業を見守る段野下
写真橋をつり上げる富士
写真橋を運ぶ富士


俺たちは、家族

クレーン船「富士」には、ひとつのオキテがある。それは、船内での共同生活。年間300日以上、船で生活しながら現場を渡り歩いている。そのため船内には、ひとり一部屋ずつ乗組員の部屋が割り当てられている。お気に入りの家電を集めたり、妻と息子たちの写真を飾ったり、6畳の部屋は、まさに自分の城だ。
船外に出れば、海が広がっているため、釣りを趣味としている乗組員も多い。釣った魚などを料理しては、よく飲み会が開かれる。仕事でもプライベートでも、同じ時間を過ごす乗組員たちは、自分たちの関係について聞くと、みな口をそろえて、“家族”と答える。その中で、父親的存在なのが、船長の段野下。段野下は、船長としてさまざまな判断を迫られたとき、最も優先して考えるのが、家族同様の存在である乗組員の安全だ。ともに生活し、同じ釜の飯を食べることで、乗組員たちは、固い信頼関係を築いている。

写真船内の食堂でよく飲み会が開かれる
写真船内で共同生活を送る14人の乗組員


“希望”をかける

クレーン船「富士」と気仙沼には、ある因縁がある。東日本大震災で、壊滅的な被害を受けた気仙沼。津波によって流された漁船が陸に上がった。市民にとって、その光景はまさに絶望の象徴だった。そんな状態に陥った気仙沼を救ったのが、実は「富士」だった。震災から2か月後、陸に上がった漁船を海に戻すため、気仙沼にやってきたのだ。道路を遮断していた漁船が撤去され、気仙沼の復旧は加速した。「富士」の姿は、気仙沼の人たちにとって、まさに「希望の光」だった。そして震災から6年後、「富士」がかける橋は、物理的に気仙沼と大島を結ぶだけではなく、市民にとっての未来への希望でもある。
工事にかかった時間は20時間。想定外の事態で作業は遅れてしまったが、乗組員たちは、無事に“希望”をかけた。

写真津波で陸に上がった漁船をつり上げる富士
写真“希望”をかけた富士
写真気仙沼を去る富士 男たちの旅は、続く


プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。

互いに信頼し、コミュニケーションとりながら、安全に仕事をすることです。

巨大クレーン船「富士」乗組員