新しい家族の誕生である出産は、まさに幸せの象徴。しかし今、高齢出産の増加なども影響し、早産や病気を抱えた妊婦の出産など、いわゆる“ハイリスク出産”の割合は高まっている。中には、母子共に命の危機にさらされることもあるという。
その過酷な現場に25年もの間向き合ってきたのが産婦人科医の荻田和秀だ。これまで千件にも及ぶハイリスク出産を手がけ、母子の窮地を救ってきた。
その荻田が最も大切にするのは、日頃の徹底した準備だという。たとえば、救命センターとの合同訓練もその一つ。心肺停止の妊婦を蘇生しながら帝王切開をするという、産婦人科医にとって最も過酷な手術『死戦期帝王切開』のシミュレーションを頻繁に行っている。しかしこの手術は、日本ではまだ6件しか実施の報告がないほどまれな上、妊婦がひん死の状態のため助けられる可能性も低い。何度も訓練しても無駄になる可能性の方が高いが、荻田は決してこの準備を怠らない。
「最悪のケースどうなる、死ぬかもしれないって思いながら用意しておかないといけない。そのシミュレーションをしておかないといけない。ネガティブですよね。でもその中から最高の選択肢っていうのは生まれるんじゃないでしょうか。そこから我々の仕事って始まるんです。」
一見普通の出産も、いつ急変して命の瀬戸際になるかわからない-。これまで何度となくその瞬間に立たされてきた荻田だからこそ、日頃の準備の大切さを痛切に感じている。
そして一昨年、この積年の訓練の成果が発揮される場面を迎えた。心肺停止の妊婦が搬送され、『死戦期帝王切開』を実施。母と子、二つの命を救った。