
ひきこもり、不登校、自殺未遂・・・社会の人間関係に傷つき、心を閉ざした若者たちの多くが、悩みや苦しみを誰にも打ち明けられず、孤独の中で暮らしている。そうした若者たちを救うため、谷口は“アウトリーチ”と呼ばれる訪問支援を行う。若者たちのもとに、こちらから出向き、直接支援する手法だ。谷口は、このアウトリーチの達人と言われる。
「ひきこもりや不登校、そして非行など、若者たちが抱える課題は、社会から孤立することによって深刻化しやすくなります。そうした若者が自分から相談施設に足を運ぶことは難しく、彼らが自立に向けたきっかけを得るには、アウトリーチが必要なんです。」
だがアウトリーチは、極めて高い援助技術を要し、熟練の支援者でも取り組むことが難しい。心を閉ざした若者との直接接触はリスクが高く、彼らをさらに追いつめ、状況を悪化させる恐れもあるからだ。しかも、谷口への相談のほとんどは、複数の支援機関がすでに本人との信頼関係の構築に失敗し、対応できなかったケース。そのため本人の、支援者に対する不信感や拒否感が強い場合が多い。最大の難関は、最初のアプローチだと谷口は語る。
若者たちのSOSに昼夜問わず駆けつける

谷口は、心を閉ざした若者たちと会う前に、彼らについて必ず綿密な分析を行う。本人の好きなこと、性格、生活リズム、嫌がるNGワードなど・・・。あらゆる情報を家族や周囲の関係者から徹底的に聞き取り集めるのだ。そうした情報の中から本人にとって受け入れやすい言葉や態度を考え、心を開く糸口を探る。
例えば、ネット依存の状態にある若者には、インターネット上のゲームの世界から会話を呼びかける場合もある。本人との信頼関係を築くことができなければ、支援は始まらないと谷口は言う。
「心を閉ざした若者たちに共通するのが、“自分のことを誰も分かってくれない”といった感情なんです。われわれが訪問するときには、少なくとも“この人だったら自分のことを分かってくれるかもしれない”と思ってもらわなきゃいけないんです。まずは本人の価値観にチャンネルを合わせていくことが必要です」
少年の好きなカードゲームで信頼関係を築く

現在、谷口のNPOに所属するボランティアは、230人以上。その輪に加わりたいという志願者も多いが、支援の質を保つため、独自の選抜制度と人材育成のシステムを設けている。志願者は谷口らベテランスタッフと、「こんな場面ではどう会話を切り出すか?」など、実際の現場でのやりとりを想定した研修を行う。志願者に適性があると認められると、今度はひきこもりだった人など、元当事者とのやりとりの訓練も重ねて支援のノウハウを体得していく。ボランティアのほとんどは、教育・福祉・医療分野を目指す大学生。卒業後はそれぞれが目指してきた職場に入るため、谷口のNPOに就職する者は少ないが、谷口はこう考えている。
「当事者の気持ちを理解し、支援ノウハウを学んだ人材が、教育、医療、福祉分野に輩出されれば、各分野の関係機関での子ども・若者たちへの対応が変わってくる。理解者が増えれば増えるほど、子どもや若者たちにとって優しい社会が作られていくと思うんです」
現場の実践から編み出された、谷口メソッドの人材育成。今、その手法を学びたいと、全国から研修依頼が殺到している。子ども・若者支援関係の国レベルの委員会にも参加する谷口。今後、みずからの援助技術を全国に積極的に広め、日本の支援技術のレベルアップに貢献できればとも考えている。
スタッフと若者によるボランティア活動

内閣府の講師としてアウトリーチの研修を行う谷口

谷口には、かつて1人の親友がいた。その親友は13年前に自殺した。このことも、谷口がこの仕事を始めた原点の1つだ。
親友と出会ったのは、中学1年のとき。きっかけは、学校でいじめられていた親友を谷口が助けたことだった。すぐに2人はかけがえのない友人となり、悩みを語り合う仲となった。
その後、大学に通っていた谷口に、ある日連絡が入る。
「親友が、自殺した」
責任感が強く、正義感も人一倍強かった親友は、さまざまなトラブルを1人で抱え込み、追いつめられて命を絶ったという。さらに、親友は中学時代谷口に助けられたことに感謝し、亡くなる直前まで、身寄りのない子どもたちや不遇な若者たちを支援するボランティア活動をしていた。
命を絶つ直前、谷口に親友から電話が掛かっていた。親友は精神的に追いつめられている様子だった。そして谷口に、自分の死後、子どもや若者への支援活動を受け継いで欲しいと語ったという。
「『助けてほしい』という悲痛な声だったんですね。自分が追いつめられたその思いと、もう1つは、今後支えられなくなる、自分が支援してきた子どもや若者たちをなんとか支えてほしいと」
谷口は、親友を救えなかった後悔の念に駆られながらも、ある1つの思いを固めていく。
“彼の意志を、受け継ぐ”
そうした経緯もあって、谷口は26歳のとき、子ども・若者支援のNPOを設立した。
親友の月命日
中学時代の谷口と親友
親友の両親も谷口の活動を支える