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これまでの放送

第275回 2015年8月31日放送

寄り添うのは、傷だらけの希望 子ども・若者訪問支援・谷口仁史

  •  ※谷口さんが代表を務めるNPOスチューデント・サポート・フェイスの相談業務は、
     佐賀県内の方に限られています。


どんな境遇の子も、見捨てない

ひきこもり、不登校、自殺未遂・・・社会の人間関係に傷つき、心を閉ざした若者たちの多くが、悩みや苦しみを誰にも打ち明けられず、孤独の中で暮らしている。そうした若者たちを救うため、谷口は“アウトリーチ”と呼ばれる訪問支援を行う。若者たちのもとに、こちらから出向き、直接支援する手法だ。谷口は、このアウトリーチの達人と言われる。
「ひきこもりや不登校、そして非行など、若者たちが抱える課題は、社会から孤立することによって深刻化しやすくなります。そうした若者が自分から相談施設に足を運ぶことは難しく、彼らが自立に向けたきっかけを得るには、アウトリーチが必要なんです。」
だがアウトリーチは、極めて高い援助技術を要し、熟練の支援者でも取り組むことが難しい。心を閉ざした若者との直接接触はリスクが高く、彼らをさらに追いつめ、状況を悪化させる恐れもあるからだ。しかも、谷口への相談のほとんどは、複数の支援機関がすでに本人との信頼関係の構築に失敗し、対応できなかったケース。そのため本人の、支援者に対する不信感や拒否感が強い場合が多い。最大の難関は、最初のアプローチだと谷口は語る。

写真若者たちのSOSに昼夜問わず駆けつける


価値観のチャンネルを合わせる

谷口は、心を閉ざした若者たちと会う前に、彼らについて必ず綿密な分析を行う。本人の好きなこと、性格、生活リズム、嫌がるNGワードなど・・・。あらゆる情報を家族や周囲の関係者から徹底的に聞き取り集めるのだ。そうした情報の中から本人にとって受け入れやすい言葉や態度を考え、心を開く糸口を探る。
例えば、ネット依存の状態にある若者には、インターネット上のゲームの世界から会話を呼びかける場合もある。本人との信頼関係を築くことができなければ、支援は始まらないと谷口は言う。
「心を閉ざした若者たちに共通するのが、“自分のことを誰も分かってくれない”といった感情なんです。われわれが訪問するときには、少なくとも“この人だったら自分のことを分かってくれるかもしれない”と思ってもらわなきゃいけないんです。まずは本人の価値観にチャンネルを合わせていくことが必要です」

写真少年の好きなカードゲームで信頼関係を築く


プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。

覚悟と責任感を持って限界を突破すること。そして、そこで得たビジョンを立場を超えて共有をして、現実を一緒に変えていく。このことができる人のことだと思いますね。

子ども・若者訪問支援 谷口仁史


放送されなかった流儀

支援の限界を、“チーム力”で突破する

「1人で出来ることの限界を、謙虚に認める」。これが、谷口の口癖だ。若者が抱える悩みや苦しみは多岐にわたり、命に関わる深刻な問題も少なくない。そのため、谷口のNPOは専門性を持つさまざまな職種の人々が集い、協力し合って支援を進めている。スタッフは、臨床心理士や社会福祉士、キャリアコンサルタントのほか、元教師などさまざま。相談者の若者1人に対して、谷口がスタッフの中から最適な人材を選び出し、必ず複数のチーム体制で支援にあたるようにしている。それぞれの立場で培った専門的な知見を組み合わせることで、若者が抱えるさまざまな困難を解消していくのだ。
もう1つ谷口が力を注ぐのは、あらゆる関係機関とのネットワークづくりだ。佐賀県や佐賀市などの協力を仰ぎ、教育、保健、福祉、医療、矯正保護、雇用などに関係する組織が一丸となって支援を行う体制を整えている。都道府県単位では全国初の設置となった、「子ども・若者育成支援推進法」に係る“法定協議会”や、県内初となった「生活困窮者自立支援法」に係る佐賀市の取組においても、谷口の組織はネットワークを機能させるための中核機関に位置づけられている。
1人の若者やその家族を支援するには、家庭生活や学校生活、就労先など多面的に支えていく必要があり、谷口のNPOだけでは支えることはできない。谷口のNPOは、学校や児童相談所、地域の事業所など実に1,000を超える関係機関との連携。そしてそのネットワークは、今全国にも広がりを見せている。

写真
写真スタッフとの密な情報共有で手厚い支援を実現する
写真国や県、関係機関の担当者とも緊密に連携を図る
写真なじみの理髪店も地域のSOSをキャッチする場
写真地域の事業所も若者たちの就労の場を提供


子どもたちの未来を支える、人材育成

現在、谷口のNPOに所属するボランティアは、230人以上。その輪に加わりたいという志願者も多いが、支援の質を保つため、独自の選抜制度と人材育成のシステムを設けている。志願者は谷口らベテランスタッフと、「こんな場面ではどう会話を切り出すか?」など、実際の現場でのやりとりを想定した研修を行う。志願者に適性があると認められると、今度はひきこもりだった人など、元当事者とのやりとりの訓練も重ねて支援のノウハウを体得していく。ボランティアのほとんどは、教育・福祉・医療分野を目指す大学生。卒業後はそれぞれが目指してきた職場に入るため、谷口のNPOに就職する者は少ないが、谷口はこう考えている。
「当事者の気持ちを理解し、支援ノウハウを学んだ人材が、教育、医療、福祉分野に輩出されれば、各分野の関係機関での子ども・若者たちへの対応が変わってくる。理解者が増えれば増えるほど、子どもや若者たちにとって優しい社会が作られていくと思うんです」
現場の実践から編み出された、谷口メソッドの人材育成。今、その手法を学びたいと、全国から研修依頼が殺到している。子ども・若者支援関係の国レベルの委員会にも参加する谷口。今後、みずからの援助技術を全国に積極的に広め、日本の支援技術のレベルアップに貢献できればとも考えている。

写真スタッフと若者によるボランティア活動
写真
写真内閣府の講師としてアウトリーチの研修を行う谷口


もう1つの原点、亡き親友との約束

谷口には、かつて1人の親友がいた。その親友は13年前に自殺した。このことも、谷口がこの仕事を始めた原点の1つだ。
親友と出会ったのは、中学1年のとき。きっかけは、学校でいじめられていた親友を谷口が助けたことだった。すぐに2人はかけがえのない友人となり、悩みを語り合う仲となった。
その後、大学に通っていた谷口に、ある日連絡が入る。
「親友が、自殺した」
責任感が強く、正義感も人一倍強かった親友は、さまざまなトラブルを1人で抱え込み、追いつめられて命を絶ったという。さらに、親友は中学時代谷口に助けられたことに感謝し、亡くなる直前まで、身寄りのない子どもたちや不遇な若者たちを支援するボランティア活動をしていた。
命を絶つ直前、谷口に親友から電話が掛かっていた。親友は精神的に追いつめられている様子だった。そして谷口に、自分の死後、子どもや若者への支援活動を受け継いで欲しいと語ったという。
「『助けてほしい』という悲痛な声だったんですね。自分が追いつめられたその思いと、もう1つは、今後支えられなくなる、自分が支援してきた子どもや若者たちをなんとか支えてほしいと」
谷口は、親友を救えなかった後悔の念に駆られながらも、ある1つの思いを固めていく。
“彼の意志を、受け継ぐ”
そうした経緯もあって、谷口は26歳のとき、子ども・若者支援のNPOを設立した。

写真親友の月命日
写真中学時代の谷口と親友
写真親友の両親も谷口の活動を支える