
フランスの世界的な三つ星店などで最先端のフレンチを習得し、5年前に富山にやってきた谷口。華やかな経歴を持つシェフだが、彼の店ではフランス産のフォアグラ、トリュフといったフレンチで定番の、有名輸入食材がコースの主役になることはない。
出されるのは、地元でとれた山菜やヤギのミルク、イノシシや熊の肉、そしてホタルイカや白エビ、ゲンゲ、ノドグロなどの富山湾の海の幸が使われた、独自のフルコース。地元で食べ尽くされた食材が、谷口の手にかかると全く新たな料理へと生まれ変わっていく。
いま谷口が作り続けるのは、これまでに体得してきた最新のフレンチの料理哲学と、伝統の食文化を研究して活用、双方を掛け合わせた、「どこにもない料理」だ。
代表作、タラの料理「漆黒」。身の表面の黒い部分は富山の伝統食「黒作り」。黒作りが含む酵素で身のうまみを引き出す。
タラに添えるソースには、液体窒素で瞬間冷却して粉砕した、地元産のエゴマを使う。伝統と先進が融合した、谷口の料理の真骨頂。

どこにもない料理、それはとことん地元に密着し、地元の食材を使いこなすことにある。
その素材がある場所に近いからこそ、どのように生育しているか知ることができ、どのように持ち帰れば1番よいか、そのよさをどうやって調理で生かし切ることができるか、すべてを発想することができると谷口は考えている。
「これが地方の本当にいいところで。こういうことが僕らの調理の武器なんでしょうね」
店から車で10分の距離にある竹林で、掘りたてのタケノコがすぐに手に入る。

素材を生かすことを諦めなければ、必ず新しい料理は生まれ続ける。そして、それこそが地方で料理を続ける意義。
「ここにあるものをどんだけ武器に出来るかにかかっているんですね。あるだけじゃだめなんです。あるものに対して、1つも2つもレベルアップさせていかないとだめですし、本当にそれの繰り返しやと思います」と谷口は語る。
谷口がこの春に挑んだのは、地元産のアイガモ。アイガモ農法で米を育てている地元の農家から託された素材だ。田んぼで働き終わったアイガモを有効に生かしたいという思いに応えるべく挑んだが想定以上の高い壁が立ちはだかった。だが、谷口は諦めない。
「もう嫌になったとなったら、もうそれまでですけど。でも今はそうじゃないし、彼女もすごいやる気やし、僕もやる気やし。ほんとにそうやって続いて、いいカモができていければ、絶対おもしろいです」
生後1年ほどたったアイガモ。皮の固さが壁として立ちはだかった。