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これまでの放送

第245回 2014年11月17日放送

いつか、喜びの涙に変わるように 在宅ホスピス医・川越厚



死を認め、人生を“退く”ための医療

「人生の最後は、自宅で穏やかに迎えたい」。そんな末期がん患者の切実な願いを叶え続けてきたのが、在宅ホスピスのパイオニア、川越厚(67)だ。まだ「在宅ホスピス」という言葉すらなかった時代から始めて25年。およそ2,000人の末期がん患者を家で看取ってきた。
病院ではこれ以上の治療が難しいとされた末期のがん患者。その多くは、がんの進行から生じる神経の圧迫や呼吸苦などの体の強い痛みで苦しむ。川越は触診を行いながら、患者の状態をこと細かに観察し、その痛みの緩和に必要な薬の種類や量を処方していく。薬の量が少なければ痛みを取りきれないし、多すぎれば副作用で患者を苦しめることになる。川越はこの見極めの技術が群を抜くと言われている。
さらに川越は、死期が迫るにつれて強くなる死別の悲しみなどの“心の痛み”にも寄り添っていく。患者とその家族に、独特の語り口で死期を伝え、死を受け止められるようにいざなっていく。
川越が目指すのは、人生の幕引きを穏やかに行うための医療だ。
「“退く”医療ですね。病気を治す医療が全く無力になったとき、同じ姿勢で医療を行ってはいけない。お迎えが来るときまで人間として生きるわけですからね。今度は、生きていくということを大切にした医療」

写真がんの進行から生じる体の痛みと、心の痛みの両方に寄り添う


亡くなる人と、家族 どちらも大切な患者

在宅ホスピスを行う上で重要な役割を担うのが、患者を支える家族だ。薬を飲ませたり、衣食住の介護を行うなど、医師や看護師がいない間、在宅ホスピスの主な担い手となる。それは時に、精神的にも身体的にも重い負担となって家族にのしかかる。そのため川越は、患者本人だけではなく、それを支える家族も含めてケアを行っていく。
「嵐に巻き込まれて救助を待っている患者と家族がいる。そういう嵐に巻き込まれた人を救い出して、安全なところへ連れて行く。我々が行う在宅ホスピスという医療は、そういう仕事だろうと考えていますね」

写真在宅ホスピスの最も大切な担い手、家族も支える


人は、どんなときであろうとも、希望を持って生きられる

川越はかつて、今とは対照的な医療を志していた。
東京大学病院で婦人科のがん治療を行うエリート医師だった川越は、「医療とは病気を治すこと。治せないことは、医療の敗北だ」と考え、“治す医療”の道を追求した。
しかし、39歳で結腸がんを患う。手術は成功したものの、体力的に現場の第一線に戻ることができず、在宅訪問を行うクリニックにしかたなく勤めた。そして2年後、若くして末期の乳がんを抱えた患者と出会う。川越は、自宅で最期まで過ごしたいと願うその患者のために、当時まだ在宅ホスピスという医療分野も確立していない中、試行錯誤で体と心の痛みを緩和していった。
患者は亡くなる2週間前、「これまでの人生で、今がいちばん幸せです」と涙ながらに語ったという。
それから川越は、在宅ホスピスという医療分野を確立させるため、ひとりひとりの患者と向き合っていく。自宅で看取った患者は2,000人。患者と家族の姿から、在宅ホスピスという医療の根幹を教わった。
「人間というのは、その時までのいろんな希望を持つことができる存在だと。そういう人間理解が僕の根本にある。死というものが目の前に来ても、残されたときを家族一緒に生きるんだという喜びみたいなものを感じていける。そういうことが最期までできるように僕らが支えていく」

写真患者から全て教わった。在宅ホスピスとは、残された生を支える医療


プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。

前へ進むとき、後ろに退くとき、そのことを熟知してですね。進むべきとき、退くときを見定めて、退かなきゃいけないときには勇気を持って、しかし、さりげなく撤退する。それがプロだと思います。

在宅ホスピス医 川越厚


プロフェッショナルのこだわり

「あなたと居る」が、救いになる

川越が今最も力を入れているのが、身寄りのない独居患者の看取りだ。年々、強い孤独感を抱えるひとり暮らしの患者が増えてきていると、川越はいう。家族の支えが期待できないため、その看取りは困難を極める。その中で川越が目指すのは、“家族代わりとなって支える”チーム体制作りだ。医師や看護師だけではなく、ケアマネージャーや介護ヘルパーなど福祉分野の力も結集。生活全般をケアし、患者が1人でも家で最期まで過ごせるように支えていく。
「体が弱っていって、死が近づけば近づくほど1人でいることの孤独感が募っていく。普通は周りに家族がいて、一緒に最期の最期まで側にいてくれる。だからこそ、私たちも「あなたとずっと一緒に居ますよ」というメッセージを伝えていく。そういう温かい人間的な関わりが必要なんじゃないかなと」

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家族代わりとなって、チームで独居患者を支えていく