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これまでの放送

第243回 2014年11月3日放送

楽しみも苦しみも、すべて音になる ヴァイオリニスト・五嶋みどり



“自分”と向き合う

11歳のデビューから30年にわたってクラシックの最高峰を走り続けているヴァイオリニスト・五嶋みどり。世界中の名だたる指揮者やオーケストラから共演のオファーが後を絶たず、参加したCDがグラミー賞に選ばれるなど、その評価は揺るぎない。
聴く者の心を揺さぶる音は、どうやって生み出されるのか。五嶋がずっと貫いてきたのが【“自分”と向き合う】という考え方だ。
「自分の中にある音、自分がどのようにその音楽に対して反応するかが大切だと思います。外から持ってくるより、自分の中からどうやって出せるのかとか、中には何があるのか、そういうことを考えていく」と語る五嶋は、音楽を通してひたむきに己と対話し続ける。

写真理想の音は自分の中にあるという五嶋。その音を探し求め、深く深くもぐっていく


曲は、生きている

五嶋は自分の音を探すのに近道はないと言う。楽譜と徹底的に向き合い練習することはもちろん、曲が作られた時代や文化を調べ尽くし解釈に思いを巡らせる。さらに、かつて何千回も演奏したことのある楽曲でもまるで初めて挑むかのように練習を怠ることはない。同じフレーズを何度も何度も弾き続け、“今”の自分が納得できる音を探っていく。
「常に、解釈によっていろいろな事が見えてきて、そうするとまた聞こえてくることも変わってくるわけです。例えば同じ小説を読んでも、感じることはそのたびに違ってくるでしょう。同じように、曲は生きているのです。だから演奏というものはその時々で変わるものなのです」-だからこそ五嶋の音は、常に変わり続け、進化し続ける。

写真納得するまで一切の妥協を許さず、ひたむきに曲と向き合い続ける


素直に、ただ素直に

年間の公演数がおよそ100にも上る五嶋。だが、どこに出かけても、誰と共演しても五嶋が目指すひとつの心境がある。それは【素直】という至極シンプルなものだ。
「音というものはとても素直に弾いている人の心境や経験が反映されると思うんですけど、音そのもの自体が、何か自分自身だと私は感じます。だから私は素直に演奏していきたい。素直であるために、欲というものをなるべく見つめ直して、できる限り離していきたいと思います」

いま五嶋は演奏家であると同時に、大学で教える教授であり、音楽NPOなどの社会貢献活動家でもある。
たった1人で芸術の深淵を探るタイプの演奏家もいるなかで五嶋は、積極的に人と交わり、共に演奏し、それをまた自らの刺激としてきたのだ。
「心がオープンであれば多くのことが学べると思います。ヴァイオリンを弾くには楽譜を研究して楽譜に沿って演奏すれば良いというわけではありません。プロのミュージシャンの仕事はただ楽器を演奏するだけではありません。それ以上のものが求められるのです」

写真曲をどう解釈し、どう表現するか。心が素直でなければ誤った音になるという


プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。

感情に振り回されず、仕事と言われているもの、与えられた仕事、自分で選んだ仕事、そしていただいた仕事というのに向かって、情熱を注ぐことだと思います

ヴァイオリニスト 五嶋みどり


プロフェッショナルのこだわり

ヴァイオリン

五嶋が使用するグァルネリ・デル・ジェス。
およそ300年前に作られたもので、あのストラディ・バリウスと並び称されるヴァイオリンの名器。
毎日欠かさず弾き続けるための工夫がネックの裏に施してある。
貼られているのは皮のパッチ。
演奏による指の摩擦でネックを傷つけないためのものだが、このパッチがすり切れてしまうためわずか6か月ほどで張り替えるという。

写真グァルネリ・デル・ジェス
写真保護用のパッチ


弓

愛用の弓はおよそ200年前にフランス人のドミニク・ペカットによって作られたもの。
五嶋なりのこだわりが“弓を休ませる”ということだ。同じ弓ばかり使い続けるのではなく、別の弓を使うことで時々休みを与える。こうすることで弓の持つバネが保たれるのだという。

写真3、4週間ごとに2本の弓を使い分ける


バッグと楽譜

公演で世界中を飛び回る五嶋が、楽器の他に肌身離さず持ち歩くのがショルダーバッグだ。
入れているのは主に楽譜。五嶋の曲への解釈や練習で気付いたことをメモした代えのきかないものだ。そのため飛行機に乗る際も、預け荷物には入れず、このショルダーバッグに入れ大切に持ち歩くのだと言う。
取材中、来日した五嶋の荷物が空港でなくなるハプニングがあった。手荷物だったため難を逃れたショルダーバッグを肩にかけ「こういうことがあるから最低限必要なものはカバンに入れてるのよ」と言って五嶋は、ほほえんだ。

写真ヴァイオリンケースとショルダーバッグは決して離さない
写真さまざまな書き込みのある楽譜は代えのきかない大切なもの