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第239回 2014年9月15日放送

磨きの神様 誇り高き町工場 研磨職人・小林一夫



ミクロの闘い

今から13年前、世界に衝撃を与えた革新的な音楽プレーヤー、ipod。その輝くような金属製のボディーを磨いたことで知られる研磨職人、通称「磨き屋」の小林は、新潟のどこまでも広がる田んぼのただ中に工場を構える。一見それとは分からない古びたたたずまいだが、ここを目指して全国から医療機器などの精密部品の研磨の依頼が殺到する。
小林の真骨頂は、1000分の1ミリの精度が求められる研磨をもこなす技術の高さだ。研磨は、物の表面をミクロのレベルで削ることで滑らかにする技術。しかし、少しでも加減を間違うと表面にくぼみや反りを生じさせてしまう。小林は長年の経験と鍛え上げた手先の感覚で、最小限の研磨で圧倒的な滑らかさを手作業で実現してしまう凄腕だ。シンプルな鍋から複雑な医療機器まで、あらゆるものを自由自在に磨き上げるその技術は並ぶものがないと言われる。

写真全国から研磨の依頼が殺到する
写真ミクロの精度で磨き上げた精密部品


あえて、自分を追い込む

今でこそ一流の職人として自他共に認める小林だが、実はそれはここ10年ほどのこと。24歳で磨き屋を始めてからそこに至るまでの数十年間は、ひたすら自分の仕事に自信が持てない日々を送っていた。原因は、プレスや旋盤といったほかの金属加工に比べて磨きが誰にでもできる簡単な仕事だと見られていたことだ。「磨き屋は、ゴミを吸って金を取っている」という痛烈な陰口をたたかれることすらあったという。
転機が訪れたのは55歳のときだった。開業以来、売り上げのほとんどを依存していたメーカーから、海外に発注を移すためにすべての取り引きを打ち切ると告げられたのだ。突如降りかかった廃業の危機。しかし小林が下したのは、さらに自分を追い込む決断だった。当時工場の稼ぎの大半を稼ぎ出していた5台の自動研磨機のうち4台を同業者に譲り渡し、それまで手がけてこなかった工業部品の手作業による研磨に軸足を移したのだ。たとえもうけが減ったとしても、海外にはまねのできない繊細な技術力で生き残るーそれが小林の出した答えだった。それから必死に腕を磨き続けて3年がたったころ、舞い込んできたのがipodの研磨だった。発注主が課してきた厳しい要望を見事にクリアした小林の名は一躍広まり、磨き屋に対する世間からの評価も大きく高まった。「曇り空が青空になったような感じになったという。そういう感じがしたっていうのだけは間違いないね」―小林の胸には今、揺らぐことのない誇りが息づいている。

写真かつて磨き屋である自分に自信を持てなかった
写真ipodの研磨が周囲からの評価を一変させた


ゆっくりでいい でも諦めるな

ことし71歳になる小林が最も力を入れているのが、若い磨き屋の育成だ。多くの磨き屋が後継者不足に悩む中、高い技術を持つ小林の元には3人の若者が弟子入りしている。磨き屋であることを軽んじられた痛切な記憶のある小林にとって、自分の背中を追いかけて若者たちが磨きの道に飛び込んできてくれることは何よりもうれしいことだ。
その中で小林が今、気にかけている弟子が工場に来て最も日が浅い柴山だ。真面目で慎重な仕事ぶりには誰もが一目置くものの、その慎重さが逆に災いし、新しい仕事にうまく対応できないことがあった。柴山を一人前にしないうちは引退できないと、小林は心に決めていた。
修行が3年目に入ったことし、小林は意識的に新しい仕事を柴山に振り始めていた。しかし、柴山は小林が思うような成果をなかなか上げることができない。ある日には、柴山に任せた100個の部品すべてが返品されてきた。そんな柴山に対しても、小林は粘り強く向き合い続ける。「縁があってうちへきて、一生懸命がんばってくれて・・・あきらめないことだて。何でも。そうすればいつか、絶対立派な職人になるんだて」
磨き屋の誇りを後世に伝えるための闘いに、小林は敢然と挑み続ける。

写真柴山に任せた部品が全て返品されてきた
写真小林は柴山を粘り強く導き続ける


プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。

自分のもうけじゃなく、相手も喜んでくれ、自分のやってることに誇りを持って打ち込める仕事。毎日のなりわいとして、看板を上げてやってるからにはかくあるべきではないかなと自分では思います。

研磨職人 小林一夫


プロフェッショナルのこだわり

小林の元には有名デザイナーが手がける高級食器の仕上げから文化財の修復まで、さまざまな仕事が日々舞い込む。しかし、その仕事場は44年前に建てたままのオンボロ工場だ。実は小林は、たとえもうけがよくても同じ物を長期間にわたって大量生産する仕事は受けず、逆にもうけが少なくても多種多様な小口の仕事を次々に受けるというこだわりがある。もうけよりも優先しているのは、どんな依頼にも対応できる技術力の向上だ。ただの下請けで終わるのではなく、高い技術力を持つことで時代の荒波を生き抜いていこうとする職人としての気概が、そのオンボロ工場には込められている。

写真小林が受け取るのは小口の依頼ばかり
写真44年前に建てられたままの工場