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これまでの放送

第233回 2014年7月14日放送

北の大地、いつも開拓者であれ フレンチシェフ・中道博



粗野でありながら、上質

中道の料理のすべてを貫く流儀。粗野とは、食材が持つ味がそのまま感じられること。だが、それだけでは雑味や臭みもあり、最高の味とは言えない。そこで、中道は「粗野」を保ちつつ、雑味を消して、甘みや香りなどの長所を引き出していく。そうすることで、単に粗野だった食材が「粗野でありながら、上質」な料理に変身するのだ。
北海道産の食材の魅力は、力強い風味があることだという。野性味あふれる風味を生かそうと、中道は“粗野”を残すことに注力する。過度な調理をすると、すぐに粗野感は失われてしまう。そのため、中道は最新鋭の調理法や調理器具は使わない。鍋やフライパンといった一般家庭で使うような調理器具に、切る・煮る・焼くなどの基本技術しか用いない。その代わり、何度で何秒焼けば最高のおいしさになるのか、1度1秒にまでこだわり、試行錯誤を重ねている。一見“普通”に見える調理だが、細部を突き詰めることで、中道は誰にもまねできない極上の料理を生み出しているのだ。

写真中道は、自他ともに認める陽気なシェフ
写真中道の代表作「カスベ(エイヒレ)のムニエル」
フレンチの中でも基本とされるムニエルを徹底的に突き詰めた料理


北海道フレンチの開拓者になる

今、北海道をこよなく愛する中道。だが、若い頃は北海道が好きになれなかった。30年前、修業先のフランスと比較し、美食の文化が根づいていない北海道で料理をするのが嫌でたまらなかった。家庭の事情で北海道を離れられない自分の運命を恨んだこともある。
そんな気持ちを180度変えたのが、地元の農家たちだった。厳しい気候のなか懸命に畑を耕し、おいしい野菜を作る彼らの姿に、中道はひかれた。さらに彼らの「この畑は、先祖が開墾した宝物だ」という言葉に感銘を受けた。北海道には、ほかのどこにもない開拓精神が息づいている。そう気づかされたという。そのとき、中道は、北海道フレンチの開拓者として生きると決めた。
「北海道にフランス料理の歴史がないなら、自分がイチから築けばいい。自分の名前が残らなくてもかまわない。それよりも北海道にフレンチを根づかせる基盤を築く人になりたい」そう言い切る。

写真中道のお気に入りの景色
懸命に働く生産者たちの姿が垣間見られる農村風景だ

写真北の大地が生んだ自慢の野菜
写真上の野菜を使って作られたカルパッチョ


宝は足下(あしもと)にある、掘り続けろ

壁にぶつかったとき、行き詰まったとき、中道がみずからに言い聞かせている流儀。「人間には向上心があるから、今よりももっとすごいことを探してしまいがち。でも、新しいことは“普通”のことを突き詰めた先に生まれる」と語る中道。向上心とは、単に新しいものを追い求めることだけではない。自分の足下を掘り下げることだという。斬新な料理法は生まれないかもしれないが、足下を深く掘ると、必ず小さな発見はある。それを地道に積み重ねていけば、料理は大きく“進化”する。それが40年料理人を続けている中道の信条だ。

写真撮影中、調理法を真剣に考える


プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。

当たり前のことを大事に続けること。淡々と続けることっていうのは、けっこう自分に対して、あるものを突きつけることが多いので。そういうことができるっていうことが、プロっていうことなんじゃないでしょうかね。

フレンチシェフ 中道博


放送されなかった流儀

C’est la cuisine!(セ・ラ・キュイジーヌ)

フランス料理界の巨匠アラン・シャペルが、中道に残した言葉。今から25年前、シャペルは中道の店でディナーを食べたことがある。食後、シャペルはキッチンの中道の元にやってきた。ちょうど片づけの時間で、中道も弟子たちも、給仕係も全員で皿を洗って拭いていた。中道は、狭くてバタバタしたキッチンを憧れのシェフに見られるのが恥ずかしかった。だが、シャペルは笑顔で「C’est la cuisine!(これこそキッチンだ)」と言ったという。ささいなことでも真剣に取り組み続ける姿に、シャペルは賛辞を送ったのだ。
そのわずか1年後、シャペルは突然この世を去ったため、中道にとっては、その言葉が遺言となった。以来、中道は、野菜の皮のむき方や切り方など、普通は意識しないような細かい部分にまで真剣に向き合い続けている。そして、どんなに有名になっても、毎日必ずみずからの手で皿を拭く。ささいなこともおろそかにしない、そんなキッチンからこそ、真の料理が生まれる。中道は「C’est la cuisine!」をそう解釈している。

写真毎日の日課“皿拭き”
シェフになった今でも決しておろそかにしない