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これまでの放送

第232回 2014年7月7日放送

地域の絆で、“無縁”を包む コミュニティソーシャルワーカー・勝部麗子



“あなたを気にしている”人がここにいます

地域からの、声なきSOSに向き合う勝部。訪問しても、すぐに相手に会えるわけではない。そんなとき、勝部が必ず使うのが“名刺”だ。心を閉ざす相手に向けて、名刺の裏側にメッセージを書き込み、その場に残すことを繰り返す。
「助けて」と声を上げられない人へ「あなたを気にしている人がここにいます」という思いを、発信し続けるためだ。
勝部は、年間2,000枚の名刺を使うと言う。「たとえ本人が迷惑だと感じても、相手への思いを伝え続けたい」と、地道なアプローチを続ける。それが功を奏し、2年間会えなかったごみ屋敷に住む人とも会うことが出来た。閉ざされた心の扉を開き、信頼関係を築く第1歩として、勝部はメッセージを発信し続ける。

写真名刺の裏側にメッセージ
写真2年間会えなかった住人と会えた


私たちは、諦めない

コミュニティソーシャルワーカー勝部の信条は、目の前の困っている人から逃げないこと、そして、「諦めないこと」。ごみ屋敷、ひきこもり、孤独死…既存の制度では救えない、“制度の狭間にある人たち”を支えるために、勝部はこの姿勢を崩さない。
リストラ、病気、事故…何かがきっかけで突然厳しい生活を強いられる可能性は誰にでもある。勝部が支援を続ける、鶴田和範さんもそのひとり。会社員だった鶴田さんは、40歳のときに脳卒中に襲われ、半身まひとなった。退職後、自暴自棄に陥り、孤独を深めていた。そんな鶴田さんを支え続け、二人三脚で社会復帰を目指す勝部。厳しい社会の現実に、心折れそうになる鶴田さんを支えたのは、勝部の“諦めない心”。「人生を諦めかけた人より先に、私たちが諦めるわけにはいかない」と勝部は言う。常に相手を信じ、尊重し、寄り添い続ける。勝部の揺るぎない“諦めない”気持ちは、鶴田さんが前を向く力になった。

写真社会復帰を目指す鶴田さんを応援
写真心折れても寄り添い続ける


道がないなら、作ればいい

10年前、大阪府で初めて導入された、地域福祉の専門職コミュニティソーシャルワーカー(CSW)。それは、第一人者として奔走する、勝部の経験と思いが詰まった仕事でもある。
小学生のとき、給食費を払えず突然姿を消したクラスメートに心痛めた。大学生のときは、アルバイト先の大阪・西成で、制度の狭間で苦しむ人たちの存在を目の当たりにした勝部は、福祉の道を志し、社会福祉協議会に入った。
しかし、そこからは道なき道。地域の課題を解決するための模索が続いた。勝部は、福祉の研究者、住民、行政と話し合いを重ねて、解決の方法を探った。課題解決のための新たな専門職(CSW)の必要性を訴えたり、ごみ屋敷や、認知症の人のはいかいを防ぐためのプロジェクトを行政や住民とともに作るなど、さまざまな解決策を地域に作り上げた。
「道がなければ、作ればいい」。CSWになって10年、勝部は今も変わらぬ思いで走り続ける。

写真CSWの第1号として着任


住民力を生かす

勝部たちコミュニティソーシャルワーカーにとって、欠かせないもの、それは住民力だ。人口40万の豊中市にCSWは14人。地域の課題を発見し、解決していくには、そこに住む住民の力が不可欠だと勝部は言う。
豊中には、およそ8,000人のボランティアが登録。地域の困っている問題を人ごとにせず、住民たちの力を持ち寄って解決していく仕組みがある。住民みずからが相談窓口に立つ「福祉なんでも相談」や、市の職員、福祉・介護などの専門職、民生委員が集まる「地域福祉ネットワーク会議」など。勝部は、「24時間365日、同じ地域で生活している住民の方々とCSWが連携していくことで、誰もが安心して暮らせる町が作られる」と言う。

写真地域福祉ネットワーク会議


プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。

「地域で声が上げられなかったりとか誰にも相談できなかったりとかそういう人たちがたくさんたくさんいる社会ですから1人でも少なくする そのために一生懸命努力するこれが私のプロフェッショナルだと思います」

コミュニティソーシャルワーカー 勝部麗子


放送されなかった流儀

困った人は、困っている人

地域のSOSを掘り起こす仕組みとして存在する「福祉なんでも相談窓口」。その相談窓口で相談員として活動するのも、この地域の住民たちだ。
この日は、相談員を務める地域の校区福祉委員と民生委員の研修会が行われていた。テーマはごみ屋敷。地域で苦情を言う住民と当事者との間で相談員がどのような役割を果たすべきかについて学んだ。ロールプレイではそれぞれが役割を演じる。まず、ごみ屋敷に苦情を言う住民「ごみを片付けられないなら出て行って欲しい!汚い!臭い!」。本人「誰にも迷惑をかけていない。これは、ごみじゃない。放っておいてほしい!」相談員は苦情を言う人と本人の間で、本人側に寄り添った支援を行うプロセスを学んだ。周囲から見て「困った人」とみられている人は、何らかの課題を抱えている場合が多い。例えば、特に本人の悩みや体の不調、家族の問題など。「その課題に寄り添うことが本人の心を開くことにつながるのだ」と勝部は説明していた。

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ひとりひとりの出口づくり

コミュニティ・ソーシャルワーカーの相談の中で、「制度の狭間」の問題として浮かびあがった「ひきこもり」。10代から50代まで、長い人では10年以上ひきこもっていた人もいる。この課題を解決するために、3年前から取り組んできた居場所づくり「びーのびーのプロジェクト」。ここでは、園芸、手作り、パソコンなどさまざまな活動プログラムが用意され、参加すると中間的な就労の場として一定の活動費も支給される。現在60名の登録者がおり、活動では本人の得意とする分野を引き出し、自己肯定感を高め、仲間づくりをしていく。ここでは、ひとりひとりの個性に応じた目標が設定され、漫画の発行や出版、ピアノ伴奏、農業など、社会につながるための「ひとりひとりの出口づくり」を行っている。また、一定の活動ができるようになると、就労体験へと移行する。地元の事業所や地域団体などの協力で就労の場が提供される。事業所は、新聞販売店や包装資材の製造、小売店の配達業務など。地域団体の活動としては、団地の雑草とりなどがある。すでに、このプロジェクトから就職したメンバーは17名にのぼっている。最近、新聞販売店での正規就労が決まったP君。この日、彼は初給料をもらい、勝部のもとに報告に来ていた。「初給料でいつも新聞配達に行っている和菓子屋さんでおまんじゅうを買い、母親にプレゼントしたい」と勝部に話していた。その和菓子屋さんはいつも彼に温かい言葉をかけ続けていた人だという。勝部は涙を浮かべていた。

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開かない扉へのチャレンジ

阪神淡路大震災以降、孤独死対策を重層的に取り組んできた豊中市だが、大阪のベットタウンであり、自治会の加入率は46%にとどまっている。その原因の1つが、近年増え続けるマンション。ほとんどのマンションには管理組合はあるが、自治会を伴わないところが多い。マンションでは孤独死が相次ぎ、地域の大きな課題となっている。この日勝部は、マンションの管理組合の集まりに出向き、高齢者や障害者の見守りについての話し合いを持ちかけた。参加者からは「本人が倒れたとき、緊急連絡先のわからない高齢者への対応をどうしたらいいか」「ひきこもっている高齢者が多い」「認知症で独り暮らしをする方への対応がわからない」などの意見が出され、管理組合自身も課題の深刻さを受け止め、解決の手立てを探っていたことがわかった。そこで勝部は、マンション単位での交流の場づくり(サロンやカフェ)や倒れたときの緊急連絡先を記した見守りカードの作成などについて提案をした。
勝部の提案はいま豊中の街で実現し始めている。豊中市社会福祉協議会では見守りカードを作成し、マンションの管理組合への配布をスタートした。この春以降、豊中のマンションで次々にサロンやカフェが立ち上がった。手作りのパウンドケーキにおいしいコーヒーを用意して集会室に集まる人々。桜の咲く中庭にテーブルとイスを並べて花見の会を催す人々。マンションに暮らしながら、人と人とのつながりを大事にしていく。そんな新しい温かな都会の暮らしが勝部の活動する豊中の街に生まれ始めている。これまで手の届かなかったマンションの管理組合へのアプローチ。開かない扉への挑戦が続いている。

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いちばん厳しい人から学ぶ

コミュニティ・ソーシャルワーカーの支援を通じて勝部は、「いちばん厳しい人を支える」ということを常に意識していると語る。その原点となったのが、学生時代にアルバイトに行った西成労働福祉センターだという。この日勝部は、当時お世話になった海老一郎さんと久しぶりに再会した。当時の西成はバブル前の時期で労働者であふれかえり、活況を呈していた。しかし、元気な若い人はいくらでも仕事につけるが、高齢者や体の弱い人は仕事からあぶれ、一定の日数働けないと失業手当でさえ受けられない。まさに弱肉強食の世界だった。取りこぼされる労働者の姿を見た勝部は、いちばん厳しい人こそ社会の現実を教えてくれることを、このとき知る。そしてこうしたいちばん厳しい人を取りこぼさない社会を作りたいと強く思った。それが勝部の原点となった。

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優しいまなざしをたくさん作る

豊中市社会福祉協議会では、認知症高齢者の徘徊について地域で早期発見することを目指し、平成19年に徘徊情報を事前登録した人にメールで知らせるシステムを全国に先駆けて作り、定期的に実証実験を地域で行っている。この実験では、徘徊高齢者の役と家族の役、そして探す人の役を地域の住民が演じ、どうすればこのシステムが有効に働くかを探っていく。また、実験を通してこのシステムを市民に知ってもらうとともに、認知症高齢者の実情を理解してもらい、優しいまなざしが地域に広がっていくことを目的としている。

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生きがいと仲間づくり~ホームレス支援~

勝部は、制度の狭間にある人への支援の1つとしてホームレス支援も行っている。Nさんは10年以上路上で生活し、その日の食べ物にも事欠く厳しい生活を送ってきた。路上に通い続け、勝部はNさんの心を開いた。そして今、生活保護を受けながら人生の再スタートに踏み出したNさん。勝部は、地域のサロンに連れ出し、交流の場に参加してもらおうとしている。勝部は、「ホームレスは、ハウスレスではない」と言う。つまり、住居が用意されても、家族に代わるような地域住民とのつながりがなければ孤立したままになってしまうというのだ。また、勝部は、自立に向けNさんを就労支援センターに誘い、週数日から働き始めることを勧めている。Nさんは「自分で働いたお金で、孫に何かを買ってやりたい」と話す。その目標を実現するには、働く場と仲間を作り、生きがいをもって生きていくことが大切だと勝部は考える。
最近、地域のサロンにたびたび顔を出すNさんの姿が見られる。就労にも意欲的になり始めた。サロンで地域の住民と笑顔で話し合うNさんの姿を見て、勝部にも笑顔がこぼれた。

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事業所も見守りの一員に

この日、1枚のファックスが流れた。生協の宅配担当者から「配達先の独り暮らしの高齢者のお宅に新聞が3日分溜まっている」と言う。勝部は、担当民生委員とともに、その家に訪問し安否を確認した。緊急連絡先を把握していた民生委員が家族と連絡をとり、友人と旅行に行っていたことがわかり事なきを得た。ファックスを入れてくれた生協は、豊中市社会福祉協議会が組織する「ひとり暮らし応援事業所ネットワーク」のメンバー。ここには、新聞販売店、電気、ガス、水道の検針をする事業所、そして郵便局や宅配業者などが組織されている。その数は23業種、550店舗に及び、事業所も参加する地域の見守りの仕組みとして、全国でも先駆的な事例となっている。勝部はこの日、ファックスをくれた生協との話し合いに出向き、宅配スタッフが高齢者などの見守りにあたって「気づきの感度」を高めるため、今後研修など一緒に開催したいと提案した。住民の見守りに加え、事業所の見守りにより、豊中では重層的な支えあいのネットワークが築かれている。

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自治会の活性化、地域を耕す

全国で今、自治会組織の高齢化が叫ばれている。豊中においても地域活動の担い手である自治会の高齢化の問題が生まれている。豊中市の豊南校区福祉委員会では、自治会にPTAのOBを中心とした30代から40代の青年部を作ることで、地域のイベントなどを主体的に企画し、活性化を目指している。この日行われていたのは、「豊南グランドカフェ」。地域でひきこもりがちな高齢者たちに呼びかけ、小学校の体育館で本格的な音響設備や照明器具をそろえたカラオケ大会を開催した。会場は満員、紙テープ飛び、演者には花束が送られ、大賑わいとなった。地域の老若男女がカラオケを楽しんだ。勝部はこの日、1人の男性の高齢者とともに会場に現れた。男性は、以前はカラオケが趣味だったが独り暮らしが長く続き、ひきこもりがちになっていたという。会場から促された勝部は、ステージに飛び入り参加。勝部の歌う姿を見ながら男性は嬉しそうに微笑み、カラオケの楽しさを思い出していた。

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それぞれの住宅状況に沿った見守り

豊中市の東丘は、千里ニュータウンで有名な集合住宅が立ち並ぶ街。
大阪万博当時の中層の公営団地、築40年の分譲マンション、UR(旧公団)の建て替えで高層化されたオートロックのマンションなどがあり、この地域の高齢者の見守りをしている東丘校区福祉委員会では、それぞれの集合住宅の状況に沿った見守りを心がけている。
ここでは毎月2回、地域住民と民生委員が協力して、1人暮らしの高齢者を中心としたお弁当の配食サービスが行われている。民生委員は配食の日が近づくと、高齢者の自宅に電話を入れて予約を確認。
これもまた、安否確認を兼ねたものとなっている。
また豊中のような都市部では、どこに1人暮らしの高齢者が住んでいるか、その把握が極めて難しい。そこで勝部たち豊中市社会福祉協議会では、市役所と民生委員の協力で、新たに75歳になる高齢者の全戸調査を実施(国の安心生活創造事業)。さらに1人暮らし高齢者が希望すれば、勝部たちが提案した「安心キット」が配られる。
これは、既往症などの医療情報や、いざというときの緊急連絡先などが書き込まれた紙の入った筒状の容器で、高齢者のお宅の冷蔵庫に保管される。今では、豊中市内でおよそ5,700人の高齢者が利用。救急隊とも連携した、きめ細かな見守りの仕組みとなっている。

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