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これまでの放送

第194回 2012年6月18日放送

誇りを胸に、海へ飛び込め 潜水士・渋谷正信



見えない世界を、見通す

レインボーブリッジや東京湾アクアライン、羽田空港D滑走路など、数々の大工事を陰で支えてきた渋谷。水中での作業は常に危険と隣り合わせだ。現場の視界は1メートルもないことが普通。そうした中でも渋谷は、現場の状況を的確に見極め、素早く正確な判断を下す達人だ。35年の豊富な経験と、海の状態を感じる優れた“嗅覚”がそれを可能にする。
「現場のイメージがすぐ湧く。絵になって見えてくる。見えないんだけど、見える。」研ぎ澄まされた感覚は、水中の職人そのものだ。

写真視界1メートル以下の世界で、自由自在に作業を進める。


臆病なくらい、完璧にやる

潜水時間3万5千時間以上という圧倒的な経験を持つ渋谷だが、仕事に対する姿勢はいつも極めて慎重だ。水中に潜る準備は、装備や手順を一つ一つ丁寧に確認しながら、初心者のようにゆっくりと行う。そして、現場に行く前には、作業の準備や打ち合わせを常に徹底して行い、作業の詳細な計画や手順をスタッフ全員に共有させる。分かりにくい表現やあいまいな表現、勘違いにつながるものは、どんな小さな可能性であっても見過ごさない。
それは、「臆病でなければ、命がいくつあっても足りない」という思いがあるからだ。危険の多い水中で、多くの部下の命を預かって仕事を行う、その大きな責任と常に向き合っている。

写真豪傑ではなく、臆病者であり続ける。


そこに“誇り”があるから

潜水士の手がける仕事は、橋脚の土台や、空港の基礎工事など、人目につくことのない部分だ。水中という危険を伴う現場で、人知れず、社会に欠かせないインフラを手がけ、私たちの暮らしを陰で支えている。その渋谷を支えるもの、それは、自分にしかできない仕事をしている、という誇りだ。
「人目につかない。危ない。でも、それをやれる自分が誇りだと思うんですよね。自分たちでないとできない部分じゃないですか。それを任せられたときに、とてもやりがいを感じる。自分に課せられた仕事だと思うんですよね、この人生で。」

写真「自分にしかできない仕事がある」という誇りを胸に、今日も現場に潜る。


プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。

見えないものを見える人ですね。見えなかったものを見て、何をどうしていったらいいかということを、はっきり道筋を立てられる人だと私は思ってます。

潜水士 渋谷正信


The Professional's Skills(プロフェッショナルの技)

ワカメになる

水中作業の最も難しい点の一つは、体が常に水の流れや波のウネリの影響を受けるということだ。体が揺り動かされる中で、正確な作業を行う極意を、渋谷はこう表現する。
「波の力を自分の体で支えるなんて不可能。ある一点が固定されて、ほかの所が抜けてて、しなやかになってる。海藻でいえばワカメのように、根は付いてるけど、波に自由自在になってる。あの感じがいい。」

写真 写真体のどこか一点を固定し、あとは力に任せずしなやかにするイメージ。


放送されなかった流儀

海を、味方につける

渋谷が仕事をする上で最も大切にしていることの一つが、「海を味方につける」こと。水中作業は自然が相手の仕事だ。天候や海の状態、潮の流れなど、自然条件に常に左右され、思いどおりにならないことも多い。現場に出られず、凪(なぎ)待ちの日が続くことも珍しくない。そういうときに、どう振る舞うかが勝負の分かれ目だと渋谷は考えている。例え現場に出られないときでも、機材のメンテナンスや作業の準備など、今やれることをしっかりとやって備える。それを怠らなかった者だけが、チャンスを捉えることができるという。天候が回復したひとときや、潮の変わり目の一瞬のチャンスを逃さず、仕事をやり遂げる。それができれば、「あたかも海が味方してくれたように見える」のだという。

写真海を味方につけられるかどうかは、自分自身の心構え次第だ。