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これまでの放送

第182回 2012年5月21日放送

“個”の目覚めが、組織を強くする プロサッカー監督・岡田武史



神経が通いあう、1つの生命体

W杯で日本をベスト16に導いた指揮官、岡田武史(55歳)。去年12月、Jリーグやヨーロッパからのオファーを断り、中国スーパーリーグ「杭州緑城」への監督就任を決めた。中国リーグでも中堅、選手の多くが22歳以下という、発展途上のチームを改革するのが、岡田の新たな挑戦だ。
岡田は、理想のチームのあり方を「生物的組織」と表現する。1人1人の間に神経が通い合い、まるで1つの生命体として機能するような組織のことだ。サッカーでは、チーム全員でどれだけ意思を共有できるかがカギ。相手の戦術にどう対応するか、難しい局面をどう打開するか、チーム全体で1つの意思を持って動かなければならないからだ。
そんな組織を作るために、岡田は今回、意外なところから改革に着手した。チームに申し入れたのは、選手を子供扱いせず、責任を持って行動させることだった。中国では、若手選手は寮に住まわせ、コーチが生活全般に目を光らせるのが慣例。だが、それでは選手に自立心が生まれないと岡田は判断した。
1人1人が「自ら考え、動く」ことを岡田は求める。常に責任を持った判断を自分で下すことを普段(ふだん)の生活から徹底させていく。

写真自身初の海外リーグに挑んだ岡田


指揮官の戦術を超える力

岡田は練習中、選手たちに「ああしろ、こうしろ」という指示をほとんど出さない。
選手自らが「自分たちがどうプレーすべきか」を考え、気づいていく過程を重視する。
それは、チームを指揮官の器以上に育てたいと考えるからだ。
目の前の結果を求めて、すべてを指示し、答えを与えてしまえば、選手は自分で考えることをやめてしまう。それでは選手の独創的なプレーは消え、いずれは成長の限界にぶち当たる。だから岡田は、選手にやり方を強制せず、気づきを促していく。目の前の結果を求められるプロの世界。その中でも、岡田は辛抱強く、そのやり方を貫いていく。
2月、練習試合を前にしたミーティングで、岡田は「ボールをどう回すかは、自分たちで工夫してほしい」と選手に指示した。試合が始まり、強いプレッシャーをかけられた選手はボールが回せない。しかしそれでも岡田は具体的な指示は出さずに見守る。
試合が始まって20分。選手の一部が自分のポジションを変えるなど工夫を始めた。ようやくパスが回るようになり、得点が生まれた。
岡田は試合後、選手たちを評価した。そして同時に、「実際の試合ではもっと早く対応しなければならない」と次の課題を与えた。

写真選手たちの成長を感じたとき、岡田の顔もほころぶ


プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。

覚悟をしていること。過去の実績、自分の今もっているもの、または人にどう思われるかとか、評価とか、そう言うものを切り捨てる覚悟をしていること。腹をくくっていること。そういうのが一番大事じゃないかなと思っています。

プロサッカー監督 岡田武史


The Professional's Skills(プロフェッショナルの技)

岡田は毎日の練習で行ったことや、そこで気づいたことを秘密のノートに書き留めている。その反省を元に、次はどんな練習を行うべきか、考えていく。 意外なことに、岡田は先々の練習予定をまったく決めていないのだという。いつも練習開始直前まで、その日のメニューに悩んでいる。岡田の練習は、動きを強制するのではなく、選手にその気づきを促すのが目的。だからこそ、練習メニューにどんな仕掛けを施すか、その工夫をどれだけ凝らせるかが勝負なのだ。
パスがうまく回せず、大きく蹴り出してしまう選手たちに対してこの日用意したのは、ボールに触れる回数をピッチのエリアごとに制限したゲーム。外側のエリアでは自由にボールに触ることができ、中心エリアでは2回までという条件を付けた。これによって、ピッチを外側までより広く使うと、パスが回しやすことに気づかせる狙いだ。そんな練習を、狙いを言わずに行わせることで、少しずつ選手に気づきを促していく。岡田のメニュー作りは、深夜にまでおよび、自宅でも、本を読んでいても、いつもそのことが頭に浮かび続けているという。しかし選手の自立と成長を促すため、あえてその厳しい道を選んでいる。

写真すべてを記録したノートを特別に見せてくれた


放送されなかった流儀

成功者の共通項は、現場に真剣に向き合うこと

岡田の15年にわたる監督人生。それは自分の「指導の限界」との闘いだった。いかに選手たちを「自ら考え、動く」人間へと育てていくのか、その答えがなかなか見つからず、苦悩し続けてきた。しかし岡田は、その苦悩の日々こそが2010年のワールドカップの成功につながったと話す。
岡田は指導者として成功する条件を、こう語った。
「世界中の有名な指導者も日々苦悩していると思う。こうしたらこうなる、こうやったらチームが強くなるなんて、そんなにわかったらみんな出来るんだから。でも、ある意味結果を残す人っていうのは限られている。それは、何か共通項があると思うんだけど、それはやっぱり、その現場に真剣に向かい合って必死になっていること。ダメならしょうがないと腹を括(くく)ってること。それぐらいの共通項しかないんじゃないかと。How toの共通項なんかあまりないんじゃないかと思う」

写真指導の可能性を信じて、現場で闘い続ける岡田