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第89回 2008年6月10日放送

野生の命を、あきらめない 獣医師・齊藤慶輔


自分しか、いないんだ

釧路湿原の中にある齊藤の診療所。ここには、北海道中から傷ついた野生動物が運ばれてくる。治療の対象は、絶滅の危機に瀕したシマフクロウやオオワシなどの猛きん類だ。
広げると2メートルを超える大きな翼、鋭いクチバシや爪を持つ野生動物を相手にしなければならない。ペットや家畜と違い、野生の猛きん類の治療に教科書はない。齊藤は、試行錯誤を重ね、自ら治療法を編み出してきた。
だからこそ齊藤は、野生動物と向き合う時、覚悟をもって臨む。「動物の前にいるのは自分しかいない。最良を目指し、最善を尽くす」
野生動物の命をつなぎ止めるために、自らを追い込み、全身全霊で治療にあたる。

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野のものは、野へ

齊藤の仕事は、治療だけでは終わらない。最終的な目標は、鳥を野生に帰すことにある。ケージと呼ばれる専用の施設で衰えた筋力を回復させ、同時にメンタル面のリハビリを目指す。ケージに不用意に近づかず自然環境にさらすことで、人間に慣れ鈍った警戒心を呼び覚ますのだ。
だが野に戻せるのは、運ばれてくる鳥の2割ほどに過ぎない。さらに自然に適応できず、再び救出されるものも少なくない。それでも齊藤は、鳥たちを野に放ち続ける。傷の完治ではなく、野に放つことが野生動物の獣医師としてのゴールだと信じているからだ。
「人間が判断して、野生復帰は無理だと踏んでしまえば、それで終わってしまう。少しでもチャンスのあるうちは、野のものは、野へ帰してやりたい」

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治すのではない、治る力を引き出す

齊藤の元に運ばれてくる野生動物の多くは、自動車や列車にはねられケガをした鳥たちだ。骨折、全身打撲、翼の損失や大やけどなど、ひん死の重傷を負ったものばかり。現場は、まさに救急医療そのものだ。強制的な水分の注入や止血剤、ビタミン剤、抗生物質など命を救うためにありとあらゆる手を尽くす。だが、そんな齊藤が最後に信じているのは、野生動物が持つ”生きようとする力”だ。齊藤は、ひん死の重傷を負ったワシに、あえて肉を見せる。”生きる意志”を見るのだ。
「自分で治る力があるはずだから、それをアシストする。『治す』なんておこがましい事じゃない、手助けをするだけ。それが僕らの仕事」と齊藤は言い切る。

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プロフェッショナルとは…

どのような状況においても自分の使命はきちっと果たす。それ以外に、人がまったく予定していなかったプラスアルファの何かをゲットしてくることができる人がプロフェッショナルじゃないかなと思います。

齊藤慶輔

The Professional’s Tools

大切なのは、安全を確保すること

翼を広げると2メートルを超え、鋭いクチバシと爪を持つ大型の鳥たち。齊藤の職場は、いつも危険と隣り合わせだ。
爪によるケガを避けるための厚手のグローブ、暴れて翼が傷つかないように体を包み込むシートなど。試行錯誤を重ね独自に開発したものや、世界各地から取り寄せたものなど、野生動物専門の獣医師ならではの独特な道具が並ぶ。安全を確保することが、治療への第一歩となるのだ。

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写真皮で作られた目隠し。目を隠すことで猛きん類は途端に大人しくなる


大人しくさせるには…

ワシなどの猛きん類は、目を隠されると途端に大人しくなる。齊藤は、鷹(たか)匠が使用する目隠し用の帽子をカザフスタンから取り寄せ使用している。ここでポイントになるのは『声』。目が見えず不安になっている鳥に齊藤は必ず声をかけて治療を行う。「これから触るよ、治療するよ」と人間の言葉で語りかけることで鳥が安心するという。

写真皮で作られた目隠し。目を隠すことで猛きん類は途端に大人しくなる


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