視覚に頼らずテレビ番組を作るには?

パソコン作業をする杉田記者。「視覚に頼らず番組作り」の見出しと、鈴木福君の顔写真が入った「ガチポリ!」番組キービジュアル。

テレビを耳で見る記者

若者と政治をテーマにしたNHKの新しい政治番組「ガチポリ!」が5月8日(日)午前8時25分から放送される。深夜枠で3回にわたって放送した10分番組を30分に再編集した特別バージョンでお届けするものだ。俳優の鈴木福くんが政治のプロを相手に若者の意見や疑問をぶつける。

番組の企画制作に深く関わった私は、緑内障による重度の視覚障害を持つ記者だ。全く見えないわけではないが、かなり見えにくい。ふだんテレビを見る時もあまり画面に目を向けることはない。テレビ画面に近付いても顔の輪郭がわかる程度で、ドラマを見ていても、声を聞かなければ誰が映っているのか特定できない。

普段は映像とは縁の薄い働き方をしている。記者だから原稿を書くのが仕事だが、パソコンの読み上げソフトを使って文字を打ち込んでいる限り、さほどの不便は感じない。文字情報の原稿を書き上げれば、編集担当者がテレビなら映像を、ウェブなら写真をつけてくれて、世に出て行く流れだ。

まだそれなりに視覚を使えていた頃は、パソコンの画面表示の倍率を大きくしたり、画面に顔を近づけたりして写真などを確認していたが、緑内障がかなり進行した今はほぼその作業をあきらめている。というか、無理にその役割を担おうとすればミスの原因になりかねない。できることとできないことを切り分け、できることにエネルギーを注ぐ。これが四半世紀にわたって悩まされてきた病との私なりの付き合い方だ。

その企画にビジョンはあるか

そんな私が新しいスタイルの政治番組を作るべく、企画開発に取りかかったのは去年の夏のことだった。「若者の政治離れを食い止めるような番組が考えられないか」と職場の上司から勧められたのがきっかけだった。
新たな番組の企画など、これまで一度もやったことがない。ましてや私には視覚に頼れないという大きなハンディがある。とても一人で請け負える仕事ではない。

強力な味方が必要だ。真っ先に思い浮かんだのは旧知の後輩O君だった。私より年次が15年下のディレクターだが、政治関連の番組を何度も手がけている番組作りのプロフェッショナルだ。

「そういうことを考えるの大好きです」とO君はすぐに乗ってくれた。若者と政治の問題は、私にとって大事な取材テーマだった。18歳選挙権が導入された2016年、「ch18(チャンネル18)」というNHKの特設サイトを立ち上げたこともあるし、大学生1万人アンケートという取り組みで若者がなぜ選挙に行かないのか考察したこともある。

「若い人は、政治が自分の生活に関わっているという実感がない」
「コロナ対応で政治の重要性に気づき始めた若者もいる」

O君と議論しながら、番組の方向性を探っていった。

「自由な発想でやろう。堅苦しい番組だと思われたら若い人に見てもらえない」

威勢のよい掛け声は出したものの、番組の提案としてどうやってまとめればいいのか。英語のvisionには視覚という意味もあるが、私は番組のビジョンが見えず、頭の中も視界不良になっていた。一方、O君は「政治のキーパーソンと若者のサシのガチな対論にしましょう」「尺は若い世代が見やすい10分サイズで」などと、完成形が見えているかのように番組の骨格となる設計案を次々と出してくれた。

幸運なことに提案が通り、春の放送を目指すことが決まった。プロデューサーのK君も加わり、番組は具体化していった。ここまでの過程で、私は視覚の壁をそれほど感じることはなかった。国や地方の政治を取材してきた経験をもとに仲間と議論し、設計図を練り上げていく。紙の書類はいったんパソコンやスマホにスキャンし、読み上げ機能を使って確認するのが日常の私にとって、打ち合わせのときはできる限り前もって資料を渡してくれるO君らの気遣いがありがたかった。

「カメラに映っちゃいますよ!」

しかし、収録現場では足手まといにならないように必死になった。現場は分刻みのスケジュールで段取りが進み、出演者やその関係者、カメラマンら撮影スタッフが慌ただしく動いている。

鈴木福君と村木厚子元厚生労働事務次官の対談風景。
「そこにいたらカメラに映っちゃいますよ!」と手を引かれるなんていう場面も一度や二度ではなかったし、収録中の出演者の身振り手ぶりや表情がわからないことにもどかしさを感じることも多かった。

励まされた再会もあった。鈴木福くんの最初の対談相手は、前衆議院議長の大島理森さんだった。今から16年前、政治部で国会担当だった私は、当時予算委員長だった大島さんを連日連夜追いかけていた。収録の後「あんな話で良かったかなあ」と振り返る大島さんとしばらく会話を交わした。

大島理森前衆議院議長。

かつて毎日見てきた丸顔は、ぼんやりとしかとらえられなかったが、言葉のキャッチボールの手応えは昔のままだった。「体に気をつけなさいよ」と言葉を残して立ち去る後ろ姿に自然と頭を下げていた。

耳と経験で編集する

収録を終えると、次に高くそびえ立つ壁は編集作業だった。テレビの映像は、1秒に30のコマが集まってできている。これを上手に切り取り、つなぎ合わせながら番組の長さに整える。視覚を駆使するこの作業はとても手ごわい。

それでもできることはある。番組の主役は、福くんと大人の対談だ。音声を聞けば、どこのやりとりを拾っていくか、意見が言える。そして事実関係に誤りがないか確認しながらコメントを固めていく作業は、これまでの取材経験で培った現場感覚が役に立った。

また、放送と連動して対談の詳細をウェブサイト「政治マガジン」に出すことになり、中心となって執筆した。こちらは文字情報の世界。聴覚で視覚を補えば、壁はない。

4月初め、無事全3回の放送が終わった。5月3日から5日までの再放送に続いて5月8日には3回分を30分にまとめた特別バージョンが放送される。

視覚に頼れないメンバーの存在をチームのメンバーはどう見ていたのだろうか。ささやかながら一つだけ自分がいたからこそできたのかなとご報告できることがある。それは、視覚障害のある人たちに向けた解説放送をつけてもらえたことだ。4月初めの放送には間に合わなかったが、今度の放送からは副音声で映像の説明を聞くことができる。私と同じように視覚に頼れない人たちが政治を身近に考えるきっかけになれば、とても嬉しい。

衝突を摩擦熱に変える働き方

いつもそうなのだが、今回の番組制作の際も「健康な体であれば、もっといろんなことができるのに」と何度も思った。
でも、だからといって、あきらめたり、卑屈になったりすることは誰も望んでいない。O君、K君、そして彼らの上司であるI君は私の事情を理解し、支えてくれた。このような仲間に恵まれなければ、自分が役割を果たすことはかなり難しいと実感する。

障害の有無にとどまらず、多様な特性を持った人材を活かし合う働き方は、今後ますます求められると思う。一人でできないことをチームで補い合えれば、持てる力を発揮できる。O君らの上司であるI君は番組作りの上で大切にしている言葉があるという。

「摩擦熱」
一人一人が精一杯やることは当たり前のことだとして、限界を突破し、さらに高みに連れて行ってくれるのは、制作スタッフが議論し、知恵や工夫を出し合っていくこと。それは時に衝突を生むこともあるかもしれないが、摩擦熱に変えることができれば、番組の中身を上げていくことができるという意味なのだという。いろんな人間がいるからこそ摩擦熱は生まれる。

視覚に頼らなくてもテレビ番組は作れる。そう確信した。

第2回収録後の記念写真。 鈴木福君、村木厚子さん、番組スタッフと杉田記者。

放送予定(NHK総合テレビ)

5月3日午後11時35分~  鈴木福君×大島理森 前衆議院議長

5月4日午後11時35分~ 鈴木福君×村木厚子 元厚生労働事務次官

5月5日午後11時35分~ 鈴木福君×時田博機 山形県遊佐町長

5月8日午前8時25分~ 3回分をまとめた30分の特集番組

【杉田記者 執筆記事へのリンク】
取材ノート・消えてしまった文字が教えてくれたこと

選挙プロジェクト記者
杉田 淳
平成5年入局。視覚障害があり、音声ソフトを使いながら、この原稿を書いています。最近聞いた若者の言葉は「Vtuber」。U(you)の次はVが来ているんですね。