井前法相と妻の案里議員
初公判で無罪主張

河井克行前法務大臣と妻の案里議員が起訴された去年の参議院選挙をめぐる大規模な買収事件の初公判で、克行前大臣は「現金は票の取りまとめを依頼する趣旨で提供したわけではない」と述べ、無罪を主張しました。また、案里議員も「当選を目的として現金を渡したことはない」と無罪を主張しました。

前の法務大臣の河井克行被告(57)は、去年の参議院選挙で妻の案里議員を当選させるため、地元議員や後援会幹部など合わせて100人に2900万円余りを配ったとして公職選挙法違反の買収の罪に問われ、参議院議員の案里被告(46)も、このうち地元議員5人に合わせて170万円を配った罪に問われています。

人定質問

初公判は午前10時3分ごろから始まりました。

2人は法廷の中央にある証言台の前に並んで立ち、裁判長から名前や職業を尋ねられました。これに対し、「河井克行です。衆議院議員です」と答えました。案里議員も「河井案里です。参議院議員です」と答えました。克行前大臣は声を張って大きめの声で裁判長のほうを見すえて答えました。案里議員は少し小さめの声で手を前にくんで、答えていました。

被告の様子

法廷には克行前大臣、案里議員の順に入りました。

克行前大臣は軽く頭を下げて少し傍聴席を見渡してから弁護士の前に座りました。黒っぽいスーツでネクタイはせず、白いワイシャツを着ていました。逮捕前よりもやせているように見えました。

案里議員は上下紺のスーツで、法廷に入るときに深く頭を下げました。白いマスクを着用していますが、緊張した表情に見えました。

起訴状朗読始まる

法廷では検察官による起訴状の朗読が行われました。

2人は証言台の前に立ち、克行前大臣は正面を向いて、案里議員はうつむいた様子で起訴状の朗読を聞いていました。

克行前法相 無罪主張

克行前大臣は裁判長から起訴された内容について問われた際、はじめに「私を国政に送り出していただいた多くの皆様にご心配とご迷惑をおかけしたことについて、深くお詫び申し上げます」と深く頭を下げて、謝罪しました。

起訴された内容については「『総括主宰者』であるという点については否定します。現金の供与について河井案里と共謀したことはありません」と述べました。

現金の供与については「記憶が判然としない部分もありますが、供与自体についてはおおむねそのとおりであると思います」と述べたほか、3人については供与の金額が記憶と明らかに異なるとも主張しました。

その上で「いずれの供与についても河井案里に対する投票や票の取りまとめなどの選挙運動を依頼する趣旨で提供したものではありません」などと述べ、無罪を主張しました。

案里議員 無罪主張

案里議員は裁判長から起訴された内容について問われると「有権者、選挙を応援してくれた人に大変なご迷惑をおかけしました。一連の選挙に関して深くお詫びします」と頭を下げて謝罪しました。

起訴された内容については「私が去年の参議院選挙に広島選挙区から立候補したこと、夫が私の選挙運動を取り仕切っていたことは間違いありません。しかし、私は夫と共謀したことはありませんし、私の当選を目的として5名に選挙運動を依頼しその報酬として現金をお渡ししたことはありません」と述べ、無罪を主張しました。

また、「私は立候補届出前に選挙運動そのものをしたことはなく、立候補届出前には自民党の党勢拡大のための政治活動や選挙運動の準備行為を行っていただけです」と述べました。

その上で現金の提供先とされる地元議員5人のうち3人については現金を渡したことを認め、2人については「渡していない」「記憶にない」と述べました。

克行前法相の弁護士は

克行前大臣が無罪を主張したのに続いて、弁護士がはじめに「公訴棄却」、つまり裁判の打ち切りを求めました。

公訴棄却について
弁護士は「今回の事件で検察官は、現金を提供した買収者として克行前大臣と案里議員を起訴しながら、現金を受け取った人については1人も起訴していない。このような対応は著しく均衡を欠くことは明らかで、公正さを著しく害する」と主張しました。

そのうえで「検察官は、現金を受け取ったとされる人については、逮捕や勾留など強制捜査の可能性を示唆しながら執ように取り調べるなど、利益誘導をする中で自白を得た。今回の事件の起訴は、違法な捜査によって作り上げられた供述調書を積み重ねたうえで行われたもので、著しく正義にもとる。速やかに審理を打ち切るべきだ」と述べ、2人を起訴したこと自体が違法だと主張しました。

また、「仮に公訴棄却の主張が認められないとしても、現金を受け取ったとされる人たちの法廷での証言については、信用性について慎重に吟味してほしい」と求めました。

克行前大臣の役割について
克行前大臣の弁護士は、陣営での克行前大臣の役割について「案里議員の立候補の公認が大幅に遅れ、準備期間が明らかに不足していた。自民党広島県連から人的な支援が得られなかったことから、衆議院議員としてキャリアのある克行前大臣が、自らの人脈を頼って案里議員のための活動を行わざるを得なかった」としました。

そのうえで「克行前大臣は案里議員やスタッフなどから相談を受ければ助言したり、問い合わせや確認を行ったりしたこともあったが、選挙運動全般について報告を受け了承する立場にはなかった。選挙運動の全般を掌握し、統括していない」と述べ、「総括主宰者」の立場にあったとする起訴内容を否定しました。

無罪主張
克行前大臣の弁護士は現金の提供について案里議員と共謀した事実はないとしたうえで、「自民党の党勢拡大、克行前大臣や案里議員の地盤培養活動の一環として地元の政治家らに寄付をしたものであったり、統一地方選挙に立候補した政治家については、陣中見舞いや当選祝いの趣旨も含めて提供したものだ。いずれの現金の提供も、案里議員への投票や票の取りまとめなどを依頼し、その報酬として行ったものではない」と主張しました。

克行前大臣が無罪を主張したのに続いて、弁護士は「違法な捜査による起訴なので、公訴棄却、裁判の打ち切りを求めます。起訴内容については被告と同じです。公訴棄却が認められないとしても被告は無罪です」と主張しました。

案里議員の弁護士は

案里議員の弁護士は「案里議員が参議院選挙に立候補したこと、克行前大臣が配偶者であることは認め、克行前大臣が選挙運動の総括主宰者だったことは争わない。しかし、5人の地元議員に対し票の取りまとめを依頼する趣旨で現金を供与することについて克行前大臣と共謀した事実はない」として無罪を主張しました。

その上で案里議員が現金の提供を認めた地元議員3人については「票の取りまとめを依頼したことへの報酬ではない。このうち2人は統一地方選挙の陣中見舞いでもう1人については統一地方選挙の当選祝いの気持ちを込めた寄付だった」と述べました。

このほか「地元議員5人は検察官との間で公職選挙法違反については起訴されないとの約束の下、供述調書が作成されたものでいずれも供述の任意性や信用性を認めることはできない」と述べました。

検察冒頭陳述

検察は冒頭陳述で選挙の時の克行前大臣の役割などについて、以下のように述べました。

克行前大臣は総括主宰者
検察は陣営での克行前大臣の役割について、「選対本部の人員体制を決め、それぞれの担当者に詳細な指示を行い、選挙運動費用の支払い状況を把握して多額の支払いについては自身の了承を事前に求めさせるなどしていて、選挙運動全般を取りしきる『総括主宰者』の立場にあった」と述べました。

地元政治家への現金提供
地元議員や市長らへの現金の提供について、「克行前大臣は自民党広島県連が党本部の方針に強く反発し、案里議員の支援を行わない方針を打ち出したことから、選挙情勢が非常に厳しいものになると予想した。そこで案里議員を当選させるため、県議会議員や市長、町長らに対し、票の取りまとめなどの選挙運動を依頼するとともに、その報酬として現金を提供することとした。自らの選挙区以外の県議、市長らや疎遠になっている人などにもなりふり構わず、票の取りまとめを依頼し、報酬として現金を渡すことにした」と述べました。そのうえで検察官は法廷で現金の提供先と認めた100人の実名を挙げながら、いつ、どこで、どんな状況で現金を渡したのか、1人ずつ、読み上げました。

このうち、地元議員や市長、町長らは40人で、元議長の奥原信也県議会議員については、「克行前大臣は去年4月1日頃、後援会事務所を訪問し、選挙の状況について話した上、選挙運動の報酬として現金50万円を渡した。案里議員は去年5月25日頃、後援会事務所を訪問し、選挙での支援を依頼した上、報酬として現金50万円を渡した。また、克行前大臣は去年6月23日頃、選挙運動の進捗状況などを話した上、報酬として現金100万円を渡した」と述べました。

三原市の天満祥典前市長については「克行前大臣と案里議員は、去年3月27日頃、前市長から指定されたビルの一室を訪問し、選挙での支援を依頼した。克行前大臣は帰り際に現金50万円を渡した。去年6月2日頃、広島市内で開かれた案里議員の政治資金パーティー後の会食で、支援を依頼した上、報酬として現金100万円を渡した」と述べました。

後援会メンバーへの現金供与
検察は克行前大臣の後援会メンバーへの現金の提供についても1人ずつ実名を挙げて説明しました。

そのうえで「メンバーの多くは案里議員の街頭演説の際に投票を呼びかけたり、選挙事務所から渡された名簿を使って有権者に電話をかけたりするなど選挙運動を実施した」と述べました。

リスト作成とデータ消去
検察は「克行前大臣は自分のパソコンで現金を渡す対象者と金額を記載したリストを作り、議員宿舎、議員会館の事務所、それに広島市内の自宅のパソコン内のフォルダーに保存していた」と述べ、現金提供先のリストがあったことを明らかにしました。

そのうえで「去年10月に選挙違反の疑惑が報道された後、去年11月3日頃に克行前大臣がインターネット関連業者に対し、パソコンのデータを復元できない状態に消去するよう依頼した。しかし、事務所のパソコンには消去されなかったフォルダーがあり、リストのデータが残っていた」と述べました。

克行前大臣はメモを取りながら検察官の話を聞いていました。また、案里議員は前を向き、時折、目をつむるなどして聞いていました。

検察が現金提供受けたと認定 首長 議員40人

検察は、冒頭陳述で河井前大臣夫妻から現金の提供を受けたと認定した100人の実名を読み上げましたが、この中には広島県内の市長や町長、地元議員が合わせて40人含まれていました。

40人の名前と提供額、回数は以下のとおりです。いずれも肩書は当時です。

《首長》
▽天満祥典 三原市長 計150万円 2回
▽小坂真治 安芸太田町長 20万円

《広島県議》
▽奥原信也 県議 計200万円 3回
▽児玉浩 県議 計60万円 2回
▽宮本新八 県議 計50万円 2回
▽砂原克規 県議 計50万円 2回
▽岡崎哲夫 県議 計50万円 2回
▽沖井純 県議 50万円
▽下原康充 県議 50万円
▽山下智之 県議 30万円
▽窪田泰久 県議 30万円
▽高山博州 県議 30万円
▽平本英司 県議 30万円
▽佐藤一直 県議 30万円
▽平本徹 県議 30万円
▽渡辺典子 県議 20万円

《広島市議》
▽藤田博之 市議 計70万円 2回
▽海徳裕志 市議 計50万円 2回
▽八軒幹夫 市議 計50万円 2回
▽今田良治 市議 計50万円 2回
▽豊島岩白 市議 計50万円 2回
▽三宅正明 市議 計50万円 2回
▽伊藤昭善 市議 計50万円 2回
▽沖宗正明 市議 計50万円 2回
▽谷口修 市議 50万円
▽木山徳和 市議 30万円
▽児玉光禎 市議 30万円
▽木戸経康 市議 30万円
▽石橋竜史 市議 30万円

《安芸高田市議》
▽先川和幸 市議 20万円
▽水戸眞悟 市議 10万円
▽青原敏治 市議 10万円

《廿日市市議》
▽仁井田和之 市議 20万円
▽藤田俊雄 市議 10万円

《呉市議》
▽土井正純 市議 30万円

《尾道市議》
▽杉原孝一郎 市議 30万円

《江田島市議》
▽胡子雅信 市議 10万円

《府中町議》
▽繁政秀子 町議 30万円

《北広島町議》
▽宮本裕之 町議 20万円

《安芸太田町議》
▽矢立孝彦 町議 20万円

初公判後に保釈請求

25日の初公判は、午前と午後の合わせて2時間半ほどで終わりました。初公判の後、河井前大臣と案里議員の弁護士は、いずれも保釈を請求しました。